学位論文要旨



No 214687
著者(漢字) 谷口,有子
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ユウコ
標題(和) トレーニング・練習による影響からみた両側性機能低下のメカニズム
標題(洋)
報告番号 214687
報告番号 乙14687
学位授与日 2000.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第14687号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,芳照
 東京大学 教授 渡部,洋
 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 三浦,逸雄
 東京大学 教授 中島,八十一
 東京大学 (総合文化研究科) 教授 大築,立志
内容要旨 要旨を表示する

 両側の体肢において同時に最大筋力を発揮した場合、一側の体肢で単独に最大筋力を発揮した場合の左右の合計値より小さくなる。また、反応刺激に対して両手で同時に反応した場合は片手で単独に反応した場合より反応時間(RT)が延長することが知られている。これらの現象は、両側性機能低下(bilateral deficit)と呼ばれている(Vandervoort et al.、1984)。

 両側性機能低下現象に対してトレーニングが及ぼす影響については、これまで鍛錬者と非鍛錬者の両側性機能低下の大きさを比較するという横断的方法によってのみ研究されており(HowardとEnoka、1991; Schantzら、1989; Secherら、1988)、明確な結論が得られていない。また、「反応速度短縮のための練習」についての研究は、長期にわたる練習の影響を調べたものはほとんどなく、両側性機能低下に及ぼす両側性および一側性の練習の影響については調べられていない。

 そこで本研究では、縦断的手法を用いて、「筋力増強のためのトレーニング」や「反応速度短縮のための練習」によって両側性機能低下がどのような影響を受けるのかを明らかにすることを目的とした。

 また、これまでの研究では、両側性機能低下に関与しているメカニズムについてまだ十分に明らかにされていない。反応時間については、「筋力発揮時にみられる両側性機能低下」と類似した現象が起こることは確認されており、両側性機能低下として筋力発揮の場合と並列的に論じられてきた。しかし、筋力と反応時間は本来別のものであり、果して「筋力発揮時にみられる両側性機能低下」と「反応時間にみられる両側性機能低下」とが全く同一のメカニズムによって出現しているかどうかについては明らかにされていない。

 そこで、「筋力増強のためのトレーニング」および「反応速度短縮のための練習」という、外部から身体に与えた刺激に対して両側性機能低下がどのような応答をするかを検討することで、各々の両側性機能低下のメカニズムについて考察した。

1. 筋力および筋パワー発揮時に見られる両側性機能低下に対する筋力増強のためのトレーニングの影響

(1)両側性および一側性のレジスタンス・トレーニングが両側性機能低下に及ぼす影響

 体育大学学生を両側トレーニング群、一側トレーニング群、コントロール群に無作為に分け、等尺性握力発揮トレーニング(男子23名)、等速性腕伸展パワートレーニング(男子17名、女子4名)、等速性脚伸展パワートレーニング(男子9名、女子9名)を週3日、6週間行わせた。トレーニング開始前、3および6週間後に両側性および一側性の筋力あるいは筋パワーを測定し、両側指数(bilateral index; BI)(Howard & Enoka、1991)を計算した。

 6週間のトレーニングによって、両側トレーニング群では、両側性の筋力あるいは筋パワーが一側性のそれより大きく改善され、一側トレーニング群では、一側性の筋力あるいは筋パワーが両側性のそれより大きく改善された。トレーニング開始前を基準とした場合、全ての実験において、BIは両側性トレーニングによって正の方向に(4.0±2.1%)、一側性トレーニングによって負の方向に(-3.3±1.1%)シフトした。

(2)レジスタンス・トレーニングがトレーニングを行わなかった上肢および下肢の両側性機能低下に及ぼす影響

 体育大学学生(男子22名、女子4名)を両側腕伸展トレーニング群、一側腕伸展トレーニング群、両側脚伸展トレーニング群、一側脚伸展トレーニング群に無作為に分け、等速性筋パワートレーニングを週3日、6週間行わせた。トレーニング開始前、3および6週間後に両側性および一側性の筋パワーを測定し、BIを計算した。

 6週間のトレーニングによって、実施したトレーニングと全く同じ様式で発揮された鍛錬肢のパワーは、平均値で3.3〜14.2%増加した(P<0.01)。

 各群のトレーニング開始前を基準としたBIの変化量を図1に示した。鍛錬肢については、前節と同様の結果になった。非鍛錬肢については、一側トレーニング群のBIが鍛錬肢と同様、負の方向にシフトしたのに対し、両側トレーニング群では、鍛錬肢と同じ正の方向にはシフトしなかった。

2. 反応時間に見られる両側性機能低下に対する反応速度短縮のための練習の影響

(1)両側性および一側性の反応速度短縮のための練習の影響

 体育大学学生(男子23名、女子4名)を両側RT練習群、一側左RT練習群、一側右RT練習群、コントロール群に無作為に分け、母指によるボタン押し反応時間課題の練習を週3日、6週間行わせた。練習開始前、3および6週間後に両側性および一側性の反応時間を測定した。

 練習開始前において、両側左のRT(193±5msec)は両側右(196±4msec)より短かく(P<0.05)、両側左右のRTに対する相関係数は、一側左(r=0.819、F0.766、P<0.0001)の方が右(F0.554、r=0.512、P<0.01)よりも高かった。練習によって、左手の反応時間は、一側左群(3、6週間後)と両側群(3週間後)において、開始前と比べて有意に短縮し、右手の反応時間は、3、6週間後に有意な短縮がみられた。しかしながら、分散分析による、練習群の主効果や、練習群と課題の交互作用は有意ではなく、右手においては、練習群と測定時期の交互作用も有意ではなかった。つまり、反応速度短縮のための練習には、筋力増強のためのトレーニングにおいてみられたようなトレーニング効果の特異性がみられなかった。また、全被検者の、練習による両側左(r=0.563、P<0.01)および右(r=0.432、P<0.05)のRT変化分と一側左RTの変化分との間には相関関係がみられたが、両側左および右のRT変化分と一側右RTの変化分との間にはみられなかった。BIは変化しなかった。

(2)右および左視野刺激時の両側性および一側性反応時間の比較

 前節において、両側左のRTは両側右より短かかったこと、両側RTと一側左RTの結びつきが強いことが明らかになり、両側反応における左右の反応を統合する中枢が右半球にある可能性が示唆されたので、左右の半視野刺激を用いて、この仮説を検証した。体育大学学生(男子50名、女子8名)が両側RT課題、一側左RT課題、一側右RT課題を左右の半視野刺激条件下で行った。

 両手反応においては、仮定された両側反応統合中枢と半視野刺激の関係からみた交叉反応の反応時間(左手、220.4±3.7msec;右手、219.8±3.8msec)は非交叉反応(左手、213.6±3.2msec;右手、215.8±3.2msec)の反応時間より長く(左手、P<0.01;右手、P<0.10)、仮説が支持された。

3. 総括

 以上の結果から、「筋力増強のためのトレーニング」の場合は、lateral specificityが見られ、両側性のトレーニングによって、両側性に発揮される筋力および筋パワーが、一側性のトレーニングによって、一側性に発揮される筋力および筋パワーが特異的に増加し、両側性機能低下の割合が変化するのに対して、「反応速度短縮のための練習」の場合は、反応時間自体は短縮するが、両側RTと一側左RTとが連動して変化するため、両側性機能低下の割合は変化しないことが明らかになった。

 また、「筋力増強のためのトレーニング」が鍛錬肢、非鍛錬肢の両側性機能低下に及ぼす影響を、これまでに両側性機能低下のメカニズムとして提示されている大脳半球間抑制のモデルを用いて検討し、両側性トレーニングを行った場合に起こると考えられる脱抑制は、抑制性介在ニューロンの前の部分で起こっている可能性が示された。

 反応時間に見られる両側性機能低下については、両側反応における左右の反応を統合するプログラムが右の大脳半球にあると推察され、一側反応と比べて両側反応ではこの過程が余分に必要であるために反応が遅れると考えられた。最大筋力発揮時、および反応課題遂行時に観察される両側性機能低下は、一見同様の現象に見え、同一の機序が働いているようにみなされがちであるが、両者に働くメカニズムは完全には同一のものではないと考えられた。

図1 両側指数(BI)の経時変化

審査要旨 要旨を表示する

 日常生活動作やスポーツ活動の中で、両側の体肢(腕・脚)を左右対称的に同時に活動させた場合、一側の体肢をそれぞれ単独で活動させた場合と比べて、「力強さ(筋力)」、「すばやさ(反応時間、反応速度)」で表わされる運動機能は低下する現象があり、両側性機能低下(bilateral deficit)と呼称されている。

 本論文は、この両側性機能低下という身体の現象が、練習一トレーニングという働きかけによりどのように変化し、それはどのようなメカニズムによるものかを運動生理学的手法により、検討したものである。

 まず、第1章でこの分野の先行研究の知見を詳細に総覧し、研究課題の設定を明確に行っている。すなわち、従来の横断的研究では、筋力の両側性機能低下の現象がトレーニングによってどのように変化するのかを明快に論じられていなかったこと、反応時間の両側性機能低下が筋力のそれと同様のメカニズムとされてきたことから、縦断的研究及び両者のメカニズムの異同の検討が必要であることを指摘した。

 これらに基づいて、第II章では、筋力の両側性機能低下について4種類の、第III章では、反応時間の両側性機能低下について2種類の実験的研究の概要を示し、その成果を根拠にして第IV章で両側性機能低下についての総括論議を行っている。

 6週間にわたる「筋力増強のためのトレーニング」の場合には、lateral specificityが見られ、両側性トレーニングによって両側性に発揮される筋力が、―側性のトレーニングによって―側性に発揮される筋力が特異的に増加し、両側性機能低下の割合が変化する。これに対して、6週間にわたる「反応速度短縮のための練習」の場合には、lateral specificityが見られず、反応時間自体は短縮するが、両側性反応時間と一側性反応時間とが連動して変化するため、両側性機能低下の割合は変化しないことを明らかにしている。

 筋力発揮は、大きさを要素として、動作が終わるメカニズムに、反応時間は、速さを要素として、動作の開始のメカニズムにそれぞれ関わっている。従来、両者のメカニズムは似かよっていると考えられていたが、本論文は、実験的事実によりそのメカニズムが同じではないことを示した。また、本論文は、これまで困難とされてきた縦断的研究を丹念に実施し、筋力及び反応時間の練習・トレーニングに伴う経時的変化を明示した。

 以上のように、本論文は、体育系大学生のみを対象にした実験に基づいて身体の適応とそのメカニズムについて分析している点で、種々の限界はあるが、よく整えられた手続きから得られた信頼できるデータにより、両側性機能低下についての新たな知見と理論を提示しており、当該分野の今後の研究に寄与するところが大きいと評価され、博士(教育学)の学位論文として、十分に優れたものであると判断された。

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