学位論文要旨



No 214688
著者(漢字) 中口,博
著者(英字)
著者(カナ) ナカグチ,ヒロシ
標題(和) スノーボードによる頭部外傷の特徴の分析と頭蓋内損傷の発生機序に関する考察
標題(洋)
報告番号 214688
報告番号 乙14688
学位授与日 2000.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14688号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,和彦
 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨 要旨を表示する

背景

 近年、日本のスノーボード人口は爆発的に増加し、スノーボーダーの重症頭部外傷例の報告も増加しているが、スノーボードの頭部外傷の特徴、外傷機転について検討した研究は少ない。

方法

研究1・スノーボード頭部外傷の特徴の分析

 1995年12月より1997年5月までに長野県茅野市諏訪中央病院を受診した全スノーボード頭部外傷患者、全スキー頭部外傷患者に対し、スノーボード歴、受傷機転、打撲部位、頭部CT検査所見、頭蓋単純撮影検査所見、症状、受傷したスキー場名、スキー場の雪面状況、天候、他全身の合併外傷の有無等を調査し、統計学的に分析した。

研究2:スノーボードによる頭蓋内損傷の発生機序

 諏訪中央病院で1995年度、1996年度のスキーシーズン中に治療したスノーボードによる頭蓋内損傷患者9例、1995年度から1998年度のスキーシーズン中に福島県会津市総合会津中央病院で治療した頭蓋内損傷患者21例、1996年、1997年度のスキーシーズン中に長野県大町市立総合病院で治療した頭蓋内損傷患者11例、および群馬県沼田脳外科循環器科病院を受診した急性硬膜下血腫7例、全48例を対象とした。

 受傷機転、頭部CT所見、頭皮外傷の程度、場所、転帰、スキー場のコース、雪質、頭蓋内損傷部と頭皮打撲部位の距離を計測し、受傷時の状況も考慮して頭部外傷の発生機序を検討し直撃損傷、反衝損傷、剪断ひずみ損傷に分類することを試みた。

結果

研究1・スノーボード頭部外傷の特徴の分析

 スノーボード外傷患者559例のうち頭部外傷患者は143例(26%)であり、男性72%、女性28%、年齢分布は7-51歳、平均23歳であった。これに対してスキー外傷患者749例のうち頭部外傷患者は157例(21%)であり、男性は59%、女性は41%、年齢分布は4-66歳、平均25歳であった。

 外傷に関連する要因を検討すると、スキー頭部外傷と比較して、スノーボード頭部外傷では初心初級者(p=0.0478)、後方転倒(p=0.0004)、後頭部打撲(p=0.0009)、ジャンプ外傷(p<0.0001)が多く、重症頭部外傷/全頭部外傷比(p=0.0286)が高かった。一方スキー頭部外傷は、スノーボード頭部外傷と比べ、衝突による外傷(p=0.0011)、前頭部打撲(0.0025)、前方転倒(p=0.0034)、中級者(p=0.046)が多かった。

 スノーボードによる頭蓋内損傷の発生頻度はスノーボードによる頭部外傷の6.3%、スノーボード全外傷の1.6%、スキーによる頭蓋内損傷の発生頻度はスキーによる頭部外傷の1.3%、スキー全外傷の0.3%であった。入場者10万人あたりのスノーボード頭部外傷患者数は4.6人、スキー頭部外傷患者数は3.0人であり、頭蓋内損傷の受傷率はスノーボードでは100万人あたり4.4人、スキーでは0.5人であった。

研究2:スノーボードによる頭蓋内損傷の発生機序

 スノーボードによる頭蓋内損傷の発生に関連する要因としては初級者は75%、中級者は25%、後方転倒が78%、前方転倒は13%、後頭部打撲が61%、前頭部打撲が21%、雪面滑走中の転倒は58%、ジャンプ中の転倒は23%、衝突は19%、緩斜面上での転倒による頭部外傷は雪面滑走中の頭部外傷の92%を占めた。頭蓋内損傷部位と頭皮打撲部位の距離が計測可能であった26例のうち、5cm以上.15cm以内のものは64%、5cm未満のものは29%、15cmより大きいものは7%であった。これらはそれぞれ剪断ひずみ損傷、直撃損傷、反衝損傷に属するものと判断した。

考察と結論

 スノーボードによる頭部外傷の発生率はスキーによる頭部外傷の発生率の約1.5倍、頭蓋内損傷の発生率はスキーの8.8倍と高かった。スノーボードがスキーより頭部外傷が発生しやすい理由として、スノーボードの教育環境が整っていないこと、特有の用具、走行法によりスノーボードがスキーよりバランスがとりにくいことなどが考えられた。

 スキーによる頭部外傷では前方転倒、前頭部打撲が多く、スノーボードによる頭部外傷には後方転倒、後頭部打撲が多い傾向が見られた。スキーではある程度以上のスピードで比較的急な斜面を滑走する際に前方へ転倒もしくはスキー場の障害物に前面より衝突し生じることが多いためであり、スノーボードでは、身体の前後方向に不安定であるスタイルにより後方転倒が生じやすいためと考えられた。

 スノーボード頭部外傷はジャンプ時の外傷が多く、特に初級者のジャンプ外傷には頭蓋内損傷が多く見られた。

 スノーボードによる頭蓋内損傷は、64%が回転加速衝撃による剪断ひずみにより生じ、36%は直撃損傷、反衝損傷により生じたものと考えられるが、何れもが後方転倒による後頭部打撲により引き起こされる例が多かった。

 スノーボードによる頭蓋内損傷には、回転加速衝撃による剪断ひずみによるものが多いこと、後方への転倒による後頭部打撲により生じることが多いこと、緩斜面での滑走中に受傷することが多いこと、初級者に多いこと、の4つの特徴が見られたが、これらは走行時に逆エッジが過って雪面に接触すると激しい回転加速衝撃が生じる現象(逆エッジ現象)を考慮すればいずれも説明が容易であり、逆エッジ現象はスノーボードによる頭蓋内損傷の発生に大きく関与している可能性が有るものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は比較的新しいウィンタースポーツであるスノーボードによる頭部外傷について、その疫学調査と、スキーと比べた外傷の特徴を統計学的に分析するため、多数のスキー場が存在する蓼科高原にある諏訪中央病院で前向き臨床研究を試み、さらに重症頭部外傷の発生機序を明らかにするため、同病院と同じようにスキー場に囲まれた会津中央病院その他の地域中核病院で治療した重症頭部外傷患者の頭部外傷部位の分析を行って、以下の結果を得ている。

 (1)スノーボードによる頭部外傷の発生率はスノーボード人口10万人につき4.6人、重症頭部外傷の発生率は100万人あたり4.4人であり、スキーと比較すると、スノーボードの頭部外傷の発生率は1.5倍、重症頭部外傷の発生率は8.8倍であった。

 (2)スノーボードによる頭部外傷が発生する要因としては,初級者,後方転倒、後頭部打撲、ジャンプ時の外傷が多く、スキー頭部外傷では中級者、前方転倒、前頭顔面打撲が多いことが統計学的に示された。

 (3)スノーボードによる頭蓋内損傷は後方転倒、後頭部打撲、初級者、緩斜面での走行中、硬い雪面上で発生することが多く、64%に回転加速衝撃による剪断ひずみの関与が、36%においては、直進加速、減速衝撃による直撃損傷(29%)もしくは反衝損傷(7%)の関与が考えられた。

 (4)スノーボードによる頭蓋内損傷では、逆エッジ現象により後方へ転倒し後頭部を打撲するといったスノーボードに特有な現象の関与が考えられた。

 以上、本論文は今まで未知であったスノーボードによる頭部外傷の疫学、外傷の特徴を明らかにし、さらに重症頭部外傷の発生機序をはじめて明らかにした。

 スノーボード頭部外傷の予防法を考慮する上で重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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