学位論文要旨



No 214689
著者(漢字) 枝元,良広
著者(英字)
著者(カナ) エダモト,ヨシヒロ
標題(和) 肝細胞癌とB型及びC型肝炎ウイルスとの関係 : ホルマリン固定パラフィン包埋病理肝組識からの肝炎ウイルスの直接検出法による解析
標題(洋)
報告番号 214689
報告番号 乙14689
学位授与日 2000.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14689号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 増田,道明
 東京大学 助教授 田中,信之
内容要旨 要旨を表示する

(目的) C型肝炎(HCV)感染症の研究は遺伝子工学的手法を用いたウイルスの分子生物学的解析を中心に展開している。またHCV関連抗体測定系の確立により、HCVの血清診断も容易なものとなった。その結果C型肝炎の特徴が次第に明らかにされつつある。HCV感染症の最大の特徴は、高率に持続感染が成立し、その結果20-30年後には肝硬変および肝癌発生に深く関わる事である。肝細胞癌は全世界的にその発生率が増加しており日本においてもこの20年間で増加を続けている。これまで疫学的研究により肝細胞癌の成因の一つとしてHCV感染が重要な因子であることは明らかである。しかしC型肝炎の慢性化や肝発癌機構などはいまだ不明で、今後に残された大きな課題となっている。これまでC型肝炎の臨床および分子ウイルス学的特徴は、分子生物学的手法により多くのものが解明され続けているものの、組織病理学的研究報告は少ない。これはHCVの細胞内ウイルス量が極めて少ない事が一因と考えられる。そこで今回この問題にアプローチするために、保存性が良く大量の検体を得る事ができ、病理学的な検討が可能である通常のホルマリン固定パラフィン包埋(formalin-fixed paraffn-embedded:以下FFPE)病理材料を用いたHCV-RNAの直接検出法ついて検討した。またこの方法を用いてB型肝炎ウイルス(HBV)、G型肝炎ウイルス(HGV)を含めてレトロスペクティブに肝炎ウイルスと肝癌の関わりを検討し、さらにこの方法を用いていろいろな地域における肝炎ウイルス感染と肝癌の地理病理学的特徴を明らかにし、血清保存の困難な開発途上国においては肝炎ウイルスと肝癌との関係との関係を肝内からの肝炎ウイルスの直接検出を行うことにより検討した。

(方法) 1984年から1994年にかけ外科的に切除した日本人FFPE肝癌組識102例を対象とした。また海外施設と共同で65例の米国人症例、55例の韓国人症例、20例のスペイン人症例、8例の在米日系人症例、28例のベトナム人症例、21例のミャンマー人症例の計197症例の海外検体についても肝炎ウイルス遺伝子の検出を行った。検体は可能な限り壊死部と非癌部を除いた部分を使用した。パラフィンブロック(2〜4cm2)より薄切片(約10μm)を作製しマイクロチューブ内で脱パラフィン化を行った後に、プロテナーゼK(500μg/ml)を含む溶液(Lysis buffer)にて消化し、フェノール、クロロホルム法にて核酸を抽出した。核酸の増幅はnested(RT-)PCR法にて行い、HBV-DNA、HCV-RNA、HGV-RNAの各遺伝子を増幅した。β-actin RNAも同時に増幅し、細胞内RNAの陽性コントロールとした。Lysis bufferの消化時間、ホルマリン固定時間による影響、同一例の凍結肝組織との連続希釈法による比較を行い検出感度を検討した。又PCR産物の特異性はサザンブッロティング法にて確認した。一部の症例ではサブクローニングにて遺伝子解析を行いその有用性を検討した。

(結果) Lysis buffer消化4時間の時点よりHCV-RNAは検出された。HCV-RNAは4ヶ月以上ホルマリン固定された切片からは検出し得なかった。新鮮凍結切片に比較しFFPE検体の方が、102コピーの感度低下を示し、約10-16%の検出率低下を認めた。全ての症例のFFPE病理検体からβactin RNAは増幅可能であった。日本人症例はHCV-RNAが102例中64例(62.7%)、HBV-DNAは21例(20.6%)で検出された。肝内HCV-RNA、HBV-DNA重複陽性例は6例(5.9%)であった。血中抗HCV抗体陽性例は77.1%で肝内HCV-RNAが陽性を示し高い相関が見られ、HCV-RNA陽性例中約半数でマイナス鎖HCV-RNAも陽性であった。HCV-RNAゲノタイプは64例中50例(78.1%)でII型(=1b)を示した。HBV-DNA陽性例中には血中HBV関連抗原抗体陰性例が4例、またHBs抗体陽性例が1例で存在した。肝内HCV-RNA陽性肝癌の組織分化度はHCV陽性例とHBV陽性例では違いを認めなかった。肝内HCV-RNA陽性例の75.8%と肝内HBV-DNA陽性例の80.9%は完成された肝硬変を伴っていた。これら102例中3例(2.9%)は血清及び肝内からも肝炎ウイルスは検出されなかった。海外検体のHCV-RNAの陽性率は、米国人症例65例中27例(41.5%)、韓国人症例55例中3例(5.5%)、スペイン人症例20例中14例(70%)、在米日系人症例8例中0例、ベトナム人症例28例中1例(3.6%)、ミャンマー人症例21例中1例(4.8%)であった。HBV-DNA陽性率は、米国人症例65例中7例(10.8%)、韓国人症例55例中45例(81.8%)、スペイン人症例20例中6例(30%)、在米日系人症例8例中4例(50%)、ベトナム人症例28例中13例(46.4%)、ミャンマー人症例21例中8例(38.1%)であり、肝癌と関連する肝炎ウイルスの地域特異性が認められた。ベトナム人症例およびミャンマー人症例において各一例ずつHGV-RNAが陽性であった。HBV、HCVともに検出された症例は米国人1例(1.5%)、韓国人2例(3.6%)、スペイン人6例(30%)、ミャンマー人1例(4.8%)であった。(表1)日本人症例も含めると肝内HCV-RNA、HBV-DNAの重複陽性例は299例中16例(5.4%)で、その内HBs抗原陰性が明らかなものは9例(3%)であった。この9例中HBc抗体陽性例は5例(56%)認められ肝内HBV-DNAの指標としてHBc抗体の重要性が示された。HCV-RNAのゲノタイプは米国人症例、韓国人症例、スペイン人症例はそれぞれII型(=1b)が27例中21例(77.8%)、3例中3例(100%)、14例中14例(100%)と最も多く、ベトナム人及びミャンマー人症例は分類不能型であり、地域に関係なくゲノタイプII型(=1b)が多く認められた。HCV陽性肝癌では全症例肝硬変を合併していた。肝内肝炎ウイルス及び血清学的に肝炎ウイルスの関与が否定された症例は、米国人65例中4例(6%)と、スペイン人1例(5%)のみであった。この米国人4例は全て肝硬変を伴っているものの、日本人症例と異なり門脈域の炎症細胞浸潤は認めないか認めても極わずかであった。韓国人FFPE肝癌症例において血清HBs抗原抗体の重複陽性症例が4例認められ、この内2例のHBV各領域における遺伝子解析が可能であった。HBs抗原共通抗原決定基a上のN末端から126番目のアミノ酸がスレオニン又はイソロイシンからセリンに置換していた。precore領域では1896番目の塩基がG→Aに変異し、28番目のアミノ酸がトリプトファンからストップコドンに置換していた。HBx領域では1753番目の塩基がT→Cに変異し、イソロイシンまたはバリンがスレオニンに置換していた。また19bpの塩基の欠失を認めた。

(考察) 今回の研究により1日という短い時間内に11年前の通常の行程を経たホルマリン固定パラフィン包埋肝癌組識からでもごく微量なHCV-RNAを含む肝炎ウイルス遺伝子の検出が可能であり、肝癌と肝炎ウイルスとの密接な関係を検索する事ができた。C型肝炎ウイルスは、特にゲノタイプII(=1b)型は、日本人、米国人、スペイン人において肝発癌の重要な要因であることが示された。しかしながら韓国人、在米日系人、ベトナム人、ミャンマー人では、B型肝炎ウイルスが肝発癌の主要な要因であり、肝発癌と関係する肝炎ウイルスの地域特異性が示された。この韓国人症例のHBs抗原抗体重複陽性例では、HBs、HBprecore、HBx領域での特徴的な変異を検索し得た。またB型、及びC型肝炎ウイルス重複陽性例のうち、約半数は血清HBs抗原陰性症例であり肝組織内からのウイルス遺伝子検出の重要性が示された。これに対してG型肝炎ウイルス遺伝子は2例の肝癌組織内からしか検出されず、肝発癌の要因としてB型、及びC型肝炎ウイルスと同様な関係は示されなかった。日本人症例の3%、米国人症例の6%、スペイン人症例の5%は、血清及び肝組織内からも肝炎ウイルス遺伝子の検出されない成因不明肝癌と診断された。この成因不明肝癌において日本人症例では、米国人症例と対照的に非癌部肝組識に強い慢性炎症細胞の浸潤を認め、ウイルス等の肝炎を引き起こす別の要因が考えられた。地域に関係なく肝癌症例のほとんど(75%-100%)は、肝硬変を伴っており肝癌と肝硬変の密接な関係が示された。

表1 各国FFPE肝癌組織におけるHCV-RNA及びHBV-DNA、HGV-RNAの検出率

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は肝細胞癌の発生において重要な関係を持つと考えられているB型(HBV)及びC型肝炎(HCV)感染症の、分子生物学的手法を用いた組織病理学的解析を目的として、良好な保存性、大量検体の獲得、病理学的な検討等が可能であるホルマリン固定パラフィン包埋(formalin-fixed paraffin-embedded:以下FFPE)病理材料を用いたHBV-DNA、HCV-RNA及びG型肝炎ウイルス(HGV-RNA)の各肝炎ウイルス遺伝子の肝組織からの直接検出法を確立し、かつ多種、多様な地域における肝炎ウイルス感染と肝癌の地理病理学的特徴を解析することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. FFPE肝組織からの核酸抽出においてLysis bufferの消化時間、ホルマリン固定時間による影響、同一例の凍結肝組織との連続希釈法による検出感度を検討した結果、Lysis buffer消化4時間の時点よHCV-RNAは検出された。HCV-RNAは4ヶ月以上ホルマリン固定された切片からは検出し得なかった。新鮮凍結切片に比較しFFPE検体の方が、102コピーの感度低下を示し、約10-16%の検出率低下を認めた。全ての症例のFFPE病理検体から細胞内RNAのコントロールとしてβ actin RNAは増幅可能であった。

2. 日本人症例はHCV-RNAが102例中64例(62.7%)、HBV-DNAは21例(20.6%)で検出された。肝内HCV-RNA、HBV-DNA重複陽性例は6例(5.9%)であった。血中抗HCV抗体陽性例は肝内HCV-RNA陽性例と高い相関が見られ、HCV-RNA陽性例中約半数でマイナス鎖HCV-RNAも陽性であった。HCV-RNAゲノタイプは64例中50例(78.1%)でII型(=1b)を示した。HBV-DNA陽性例中には血中HBV関連抗原抗体陰性例が4例、またHBs抗体陽性例が1例で存在した。肝内HCV-RNA陽性肝癌の組織分化度はHCV陽性例とHBV陽性例では違いを認めなかった。肝内HCV-RNA陽性例の75.8%と肝内HBV-DNA陽性例の80.9%は完成された肝硬変を伴っていた。これら102例中3例(2.9%)は血清及び肝内からも肝炎ウイルスは検出されなかった。

3. 海外検体のHCV-RNAの陽性率は、米国人症例65例中27例(41.5%)、韓国人症例55例中3例(5.5%)、スペイン人症例20例中14例(70%)、在米日系人症例8例中0例、ベトナム人症例28例中1例(3.6%)、ミャンマー人症例21例中1例(4.8%)であった。HBV-DNA陽性率は、米国人症例65例中7例(10.8%)、韓国人症例55例中45例(81.8%)、スペイン人症例20例中6例(30%)、在米日系人症例8例中4例(50%)、ベトナム人症例28例中13例(46.4%)、ミャンマー人症例21例中8例(38.1%)であり、肝癌と関連する肝炎ウイルスの地域特異性が認められた。ベトナム人症例およびミャンマー人症例において各一例ずつHGV-RNAが陽性であった。HBV、HCVともに検出された症例は米国人1例(1.5%)、韓国人2例(3.6%)、スペイン人6例(30%)、ミャンマー人1例(4.8%)であった。HCV-RNAのゲノタイプは米国人症例、韓国人症例、スペイン人症例はそれぞれII型(=lb)が27例中21例(77.8%)、3例中3例(100%)、14例中14例(100%)と最も多く、ベトナム人及びミャンマー人症例は分類不能型であり、地域に関係なくゲノタイプII型(=1b)が多く認められた。HCV陽性肝癌では全症例肝硬変を合併していた。

4. 日本人症例も含めると肝内HCV-RNA、HBV-DNAの重複陽性例は299例中16例(5.4%)で、その内HBs抗原陰性が明らかなものは9例(3%)であった。この9例中HBc抗体陽性例は5例(56%)認められ肝内HBV-DNAの指標としてHBc抗体の重要性が示された。肝内肝炎ウイルス及び血清学的に肝炎ウイルスの関与が否定された症例は、米国人65例中4例(6%)と、スペイン人1例(5%)のみであった。この米国人4例は全て肝硬変を伴っているものの、日本人症例と異なり門脈域の炎症細胞浸潤は認めないか認めても極わずかであった。

5. 韓国人FFPE肝癌症例において血清HBs抗原抗体の重複陽性症例が4例認められた。この内2例のHBV・DNA塩基配列の解析の結果、HBs抗原共通抗原決定基a上のN末端から126番目のアミノ酸がスレオニン又はイソロイシンからセリンに置換していた。precore領域では1896番目の塩基がG→Aに変異し、28番目のアミノ酸がトリプトファンからストップコドンに置換していた。HBx領域では1753番目の塩基がT→Cに変異し、イソロイシンまたはバリンがスレオニンに置換していた。また19bpの塩基の欠失を認めた。

 以上本論文は、11年前のホルマリン固定パラフィン包埋肝癌組識からでもごく微量なHCV-RNAを含む肝炎ウイルス遺伝子の検出が可能である事を明らかにした。日本人、米国人、スペイン人、韓国人、在米日系人、ベトナム人、ミャンマー人では、肝発癌の要因として肝炎ウイルスの地域特異性が示された。本研究は地域に関わらず肝癌と肝炎ウイルスとの関係を分子病理学的に解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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