学位論文要旨



No 214691
著者(漢字) 横関,仁
著者(英字)
著者(カナ) ヨコセキ,ヒトシ
標題(和) 脳性麻痺児の能力の予後予測
標題(洋)
報告番号 214691
報告番号 乙14691
学位授与日 2000.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14691号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 助教授 高取,吉雄
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 脳性麻痺患者を治療する際に、将来、移動、独歩や摂食、更衣、排泄能力などの日常生活動作の自立、経済的自立能力を獲得できるかどうかを予測し、それに目標を定めて療育を行うことは、療育効果を上げるために重要となる。本研究の目的は幼少時期における各種項目を評価し、それらの複数因子から多変量解析を用いて、成人期での移動、独歩、日常生活動作の自立の可否、経済的自立の可否の予測がどの程度まで可能となるかを調べることである。そして、この予後予測が臨床の場でも実用的で使いやすい予測方法であるために、調査項目が一般臨床の場で調査しやすい項目であること、調査項目が4-5項目程度であることをめざした。また調査項目を最初から限定せず、考えられる限りの項目を調査して、その中から最も予測確率をあげる項目を説明変数として選択することとした。

対象と方法

 著者の勤務していた都立北療育医療センターで開院から、平成8年4月まで脳性麻痺で療育を行った患者3078例(男1800例、女1278例)のうち、引っ越し、死亡などで脱落した症例を除き、15年以上フォローアップし、現在18歳以上の脳性麻痺患者259例を対象とした。症例の内訳は男169例、女90例で、最終調査時年齢は18歳1ヶ月〜37歳1ヶ月、平均24歳8ヶ月であった。麻痺型別分類(重複有り)では痙直型83.7%、アテトーゼ型40.5%、失調型3.5%、麻痺領域別分類では四肢麻痺59.8%、両麻痺26.9%、片麻痺6.8%、対麻痺4.5%、三肢麻痺1.9%であった。これらの症例の幼少時期における出生児体重、仮死の有無などの周生期危険因子、痙攣発作の有無、摂食状況などの療育期間の健康状態、Moro反応・非対称性緊張性頸反射(ATNR)の消失時期などの原始反射の推移、首すわり・肘立て完成時期などの各種運動機能の出現時期、麻痺領域・型別分類、3歳時と成人時のIQレベル(Wechsler intelligence scale)、てんかんの有無、股関節脱臼・側弯症等の変形の有無や側弯症の発生時期、整形外科手術の有無等を調査し、目的変数として移動の可否、独歩の可否、ADLとして摂食、更衣、排泄の自立の可否また経済的自立の可否など50項目を調査した。調査した50項目の中から移動、独歩、摂食、更衣、排泄の自立の可否、経済的自立の可否を目的変数とし、その他の項目のなかで、お互いに相関の低い5項目を説明変数として数量化II類を用いて解析し予測式を算出した。

結果

移動能力の獲得の予測は、肘立て、寝返り、首すわりの完成時期の評価と側弯発生時期、幼児期の健康状態を評価することによって、94.2%の確率で予測可能であった。独歩の獲得の予測は、四つ這い、首すわり完成時期の評価と麻痺領域、幼児期のIQの評価を行うことによって、84.2%の確率で予測可能であった。摂食の自立の予測は、発語時期、肘立て完成時期、首すわり完成時期、四つ這い完成時期、寝返り完成時期の評価を行うことによって、90%の確率で予測可能であった。更衣の自立に関する予測は、麻痺領域、IQ(幼児期)、首すわり完成時期、四つ這い完成時期、肘立て完成時期の評価を行うことによって、89.6%の確率で予測可能であった。排泄の自立に関する予測は、麻痺領域、IQ(幼児期)、四つ這い完成時期、首すわり完成時期、肘立て完成時期の評価を行うことによって、90%の確率で予測可能であった。経済的自立能力の獲得の予測は、歩行開始時期、幼児期のIQ、麻痺領域、肘立て完成時期、首すわり完成時期を評価する事によって、81.8%の確率で予測可能であった。

考察

 本研究は脳性麻痺児の幼少時期における各種項目を評価し、それらの複数因子から多変量解析を用いて、成人期での移動、独歩、日常生活動作の自立の可否、経済的自立の可否の予測がどの程度まで可能となるかを明らかにした。またこれまで単一因子でしか行われなかった脳性麻痺児の成人期の能力の予後予測を複数因子で行ったことと、追跡調査した症例が15年以上、最終診察年齢が18歳以上と長期にわたっていることから、予後予測の可能性を高くしていると考えられる。

 本研究において運動能力の予測を行う際に選択された説明変数を生理学的に考察するには、姿勢と運動を構成する3大要素から考えると理解しやすい。つまり(1)姿勢の調節能、(2)持ち上げ機構、(3)相動運動能である。これらの3大要素はそれぞれ発達しつつ、互いにかみ合って我々が日常接する姿勢・運動となるのである。例えば移動能力の代表として四つ這い移動を3大要素に分けて説明すると、持ち上げ機構として肘立て、姿勢調節能として首すわりが含まれ、四つ這い移動には肘立てと首すわりの完成が必要なことがわかる。正常パターンの寝返りが完成されるためには、姿勢調節能の頭部垂直保持機構(首すわり)が仰臥位、側臥位で完成される必要があり、特に側臥位での頭部挙上(首すわり)が非常に重要である。側臥位から腹臥位になる際には持ち上げ機構としての肘立て位と腕立て位が必要で、これのどれが欠けていても正常パターンの寝返りは完成されない。この意味で寝返りの完成は移動能力の完成に重要となってくる。次に独歩能力とその説明変数である首すわりと四つ這いの生理学的関係について説明する。独歩が可能になるには姿勢の調節能として静的反応が十分に発達することが必要である。姿勢調節能である頭部垂直保持機構は、頚部筋群から下腿筋群まで到達しなければならない。持ち上げ機構としての四つ這い移動の完成はつかまり立ちのスタートになる。つかまり立ちができても精神発達が2次元空間である平面上の動きから脱皮して、立体である3次元空間に挑戦するレベルに達していなければ、伝い歩きに移行しない。それ故、独歩の説明変数にIQ(幼児期)が含まれてくるのである。また独歩には相動運動としての下肢の交叉性、交互性運動が必要になる。四つ這い位でも交叉性、交互性運動の欠如が出現している症例があるが、このような症例を伝い歩きさせると、下肢は内転し、交叉するために交互に前に出すことができない。この理由から独歩には十分な四つ這いの発達が重要となってくる。

 脳性麻痺患者の療育を行う際には、移動や独歩、日常生活動作が自立することを目指すわけであるが、高いレベルでは経済的に自立できることも目標となる。しかし脳性麻痺患者を重症度別に分類して仕事の能力を調べた論文はあるが、経済的に自立が可能かどうかの予後予測に関しての論文は探すことができなかった。本研究では福祉の一環である作業所への就労は経済的自立不可群として評価したが、社会が脳性麻痺患者の能力を認め、もっと受け入れられるようになれば、経済的自立可能群はもっと増える可能性があり、そういう意味で今回の予測確率は時代とともに向上する可能性がある。本研究のその説明変数を細かくみていくと、現時点での経済的自立の条件は独歩、知能(IQ)、麻痺領域である。この中で独歩、麻痺に関しては機械的に十分代償可能なものであり、社会がより弱者を受け入れるようなシステムになれば、このような項目は説明変数には挙がらなくなると考えられる。

 ADL、経済的自立に関して述べた論文は少なく、実際、歩行能力の予測のように予測確率を示した論文はない。しかしながら、脳性麻痺児の療育においての最終ゴールは、ADLの自立、経済的自立である。その意味で今回の研究は多くの示唆が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は脳性麻痺患者を治療する際に、重要となる患者の将来能力の予測を行うために、患者の幼少時期における出生児体重、仮死の有無などの周生期危険因子、痙攣発作の有無、摂食状況などの療育期間の健康状態、Moro反応・非対称性緊張性頸反射(ATNR)の消失時期などの原始反射の推移、首すわり・肘立て完成時期などの各種運動機能の出現時期、麻痺領域・型別分類、3歳時と成人時のIQレベル(Wechsler intelligence scale)、てんかんの有無、股関節脱臼・側弯症等の変形の有無や側弯症の発生時期、整形外科手術の有無等50項目を調査し、数量化II類を使用して移動、独歩や摂食、更衣、排泄能力などの日常生活動作の自立、経済的自立能力を予測したものであり、以下の結果を得ている。

1. 移動能力の獲得の予測は、肘立て、寝返り、首すわりの完成時期の評価と側弯発生時期、幼児期の健康状態を評価することによって、94.2%の確率で予測可能であった。

2. 独歩の獲得の予測は、四つ這い、首すわり完成時期の評価と麻痺領域、幼児期のIQの評価を行うことによって、84.2%の確率で予測可能であった。

3. 摂食の自立の予測は、発語時期、肘立て完成時期、首すわり完成時期、四つ這い完成時期、寝返り完成時期の評価を行うことによって、90%の確率で予測可能であった。

4. 更衣の自立に関する予測は、麻痺領域、IQ(幼児期)、首すわり完成時期、四つ這い完成時期、肘立て完成時期の評価を行うことによって、89.6%の確率で予測可能であった。

5. 排泄の自立に関する予測は、麻痺領域、IQ(幼児期)、四つ這い完成時期、首すわり完成時期、肘立て完成時期の評価を行うことによって、90%の確率で予測可能であった。

6. 経済的自立能力の獲得の予測は、歩行開始時期、幼児期のIQ、麻痺領域、肘立て完成時期、首すわり完成時期を評価する事によって、81.8%の確率で予測が可能であった。

 以上、本論文は脳性麻痺児の幼少時期における各種項目を評価し、それらの複数因子から多変量解析を用いて、成人期での移動、独歩、日常生活動作の自立の可否、経済的自立の可否の予測がどの程度まで可能となるかを明らかにした。本研究はこれまで単一因子でしか行われなかった脳性麻痺児の成人期の能力の予後予測を複数因子で行ったことと、追跡調査した症例が15年以上、最終診察年齢が18歳以上と長期にわたっていることから、予後予測の可能性を高くしていると考えられる。脳性麻痺児の治療において成人期の予後予測を行うことは療育効果をあげる意味において重要であり、本研究はその予後予測に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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