学位論文要旨



No 214694
著者(漢字) 城間,将江
著者(英字)
著者(カナ) シロマ,マサエ
標題(和) 人工内耳手術後の聴取評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 214694
報告番号 乙14694
学位授与日 2000.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14694号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桐谷,滋
 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 講師 赤居,正美
 東京大学 講師 菊地,茂
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と目的

 人工内耳(Cochlear Implant)とは、内耳における音の変換機構を代行する人工的な感覚補償装置である。様々な疾患が原因で内耳の有毛細胞が変性・消失した両側の高度感音性難聴者に対して人工内耳の埋め込み手術を行い、聴覚神経を直接電気刺激することによって聴覚機構を回復させる治療法として世界的に用いられ、多くの聴覚障害者が恩恵を受けている。

 テクノロジーの進歩によって人工内耳の音声コード化法はめざましく変遷しているが、実際の臨床場面では語音の聴取能力は個人差が大きい。音声コード化法を換えて電話で日常会話が可能な人がいる一方で、読話なしでは聴覚情報が活用できない人も少なからずいて、メーカが述べているような成果が全ての装用者で達成されているかどうかは明らかではない。日本では人工内耳手術は保険適応になっているが、スピーチプロセッサを買い換える場合の行政的な補償はない。新しい音声コード化法の使用には、スピーチプロセッサの買い換えが必要で経済的な負担を強いられるため、患者への適切な情報提供が臨床的に重要なことである。また、最近では一部の人工内耳装用者は音楽がよく分かると報告しており、生活の質が向上しているようである。しかし、それらの報告が客観的な評価と一致するかどうか定かではではない。従って、人工内耳手術後の語音聴取が音声コード化法にようてどのように変化するのか、また音楽の知覚がどの程度可能なのかについて評価することは、学問的にも臨床的にも重要なことと考える。

 そこで、本研究では以下の2つを目的に実験を行った。第1に、Nucleus22人工内耳システムの音声コード化法の違いによる語音聴取能力を評価する。第2に、人工内耳による音楽の知覚能力を評価する。具体的には以下の3つの実験を行った。

 研究I 人工内耳による語音聴取評価テストの作成と試用実験

 研究II Nucleus22人工内耳システムの音声コード化法、MPEAKコード化法とSPEAKコード化法の比較

 研究III 人工内耳装用者による音楽の知覚

2. 研究I 人工内耳による語音聴取評価テストの作成と試用実験

2.1 評価テストの作成

 本研究の目的である音声コード化法の比較実験を行うには、聴取検査を繰り返し行わなければならず検査語表を多数必要とするが、既存のテストでは検査語表が少なく対応が難しい。そこで、検査語表の多い単語検査と文の検査、そして子音検査を新たに作成した。まず、今回作成したテストを用いて健聴者を対象に聴取実験を行い、検査語表の等価性を確認した次に、人工内耳装用者を対象に試用して既存のテストと比較検討し、かつ今回の検査語表の特徴を検討した。なお、本テストの作成においては更に以下の2点について留意した。被検者の疲労度が検査結果に影響を与えないように施行時間を短縮する。また、検査を系統的に構成し、個人の聴取特性に関して、より詳細な知見を得る。

2.2 健聴者による検査語表の等価性の検討

2.2.1 実験方法

 健聴者15名を対象に雑音を負荷して単語、文、そして子音の聴取実験を行った。

2.2.2 結果

 単語検査および文検査の各16語表につき、正答率の平均値の差異について有意水準を5%として語表の等価性を検討した。その結果、単語検査の16語表間および文検査の16語表間で有意差が認められなかったため、これらの検査語表は等価性があり、繰り返し評価に対応できると判断した。子音については検査―再検査を行い、それらの平均正答率に有意差が認められなかったことから、再現性がある検査だと判断した。

2.3 人工内耳装用者による試用実験

2.3.1 実験方法

 人工内耳装用者27名を対象に、今回作成した検査を試行した。また、これらの検査語表から、聴取特性のパターンについてどのような情報が得られる可能性があるかを検討した。

2.3.2 結果

 <平均的難易度> 今回の検査結果は既存の福田テストとの相関が高く、同じ程度の難易度をもつことが確認された。また、子音、単語、文のどの検査でも被検者の回答は適度に分布していて、検査の難易度は適当であると考えた。

 <子音情報伝達率> 平均的には有声・無声、摩擦音、半母音、破裂音、構音点、鼻音の順に情報伝達率が高かった。しかし個人的にみると平均的な聴取特性と異なり、例えば摩擦音の伝達率が特に悪い症例がみられた。

 <単語の聴取> 音節数の違いによって分類し、各群の正答率を検討したところ、平均的な聴取特性としては2音節単語は3、4、5音節単語に比べて有意に悪かった。しかし、個人別に検討すると平均的な聴取と異なり、多音節に比べて2音節が特に悪い症例がいる一方で、2音節の成績が非常によいのに多音節の成績が悪い症例もみられた。

 <文の聴取> 文節数の違いによって分類し、各群の正答率を検討したところ、平均的な聴取特性としては2文節から7文節までの群間の正答率に差は認められなかった。しかし、個人別に検討すると、文の長さによって影響を受ける症例もみられた。

3. 研究II Nucleus 22 人工内耳システムMPEAKコード化法とSPEAKコード化法の比較

3.1 実験方法

 人工内耳装用者10名を対象に、今回作成したテストを用いてMPEAKコード化法とSPEAKコード化法の比較実験を行い、後者の優位性について検討した。刺激モダリティーは人工内耳のみ、および人工内耳と読話併用で、聴取条件を静寂時と雑音負荷時で行った。

3.2 結果

<総合的な聴取結果> 人工内耳のみでの聴取結果は、静寂時においても雑音負荷時においても、子音、単語、文の全ての検査でMPEAKに比べSPEAKで有意に向上した。雑音負荷時の正答率はMPEAK、SPEAKとも静寂時に比べて有意に劣化した。但しSPEAKの方が劣化は少なかった。

 また、人工内耳と読話併用の聴取条件においても、単語、文の正答率はSPEAKの方が有意に向上した。なお、静寂時に比べて雑音負荷時ではMPEAKとSPEAKでは正答率の差がより顕著であり、読話併用の条件でもSPEAKの方が雑音の影響は小さいことが示された。

 上述のように平均的にはMPEAKに比べてSPEAKが優位であり、個人的に検討すると10名の被検者中7名は語音の正答率が有意に向上したが、残りの3名は、どの検査項目においてもSPEAK使用による向上は認められなかった。

<子音情報伝達率> 静寂時では、MPEAKEとSPEAK間で半母音だけはほとんど差が無かったが、他の子音特性群ではSPEAKにおいて有意に向上した。また、雑音負荷時においても、MPEAKとSPEAK間では有声・無声だけは差が小さかったが、他の子音特性群ではSPEAKにおいて有意な向上が認められ、特に摩擦音はSPEAKによる向上が大きかった。なお、MPEAKおよびSPEAKにおける雑音の影響がどの子音特性に現れるか検討したところ、摩擦音のみで顕著に認められた。

4. 研究III 人工内耳装用者による音楽の知覚

4.1 実験方法

 人工内耳装用者16名を対象に次の5つの検査を施行した。(1)リズム:ピアノ音2、3、4拍子の弁別(2)音程:131Hzから1,047Hzのピアノ音で、音階差が2、4、8、12、24音の高低弁別(3)楽器音:ピアノ、木琴、クラリネット、トランペット、ギター、バイオリン、ハンドベル、歌声ハミングを用い、唱歌「春がきた」の最初の4小節を識別(4)旋律:ピアノ演奏の日本唱歌8曲の識別(5)アカペラ歌唱:(4)と同じ8曲の識別

4.2 結果

 リズムの平均正答率は92.6%と高かった。しかし、音程の正答率は51.8%と悪く(ほぼチャンスレベル)、それに対応して楽器音やピアノ演奏による唱歌の識別も悪かった。ところがアカペラ歌唱の識別は71.4%と成績が高かった。なお、これらの検査結果と子音の聴取成績との相関を検討すると、子音と楽器音では相関は低く、子音とアカペラの相関は高かった。

 このように総合的には音楽の知覚は悪かったが、個人別に検討すると楽器音の識別が3割を越えた症例は全体の7割(16名中11名)、また旋律の識別が3割を越えた症例は全体の2割以上(4名)いることが示された。

5. まとめと考察

1) 人工内耳の音声コード化法の比較実験を行う目的で、繰り返し評価に対応できるように検査語表の多い聴取評価テストを作成した。単語および文の各々16語表を作成して健聴者を対象に聴取実験を行った結果、両語表とも等価性を持つことが確認された。このテストは本研究のコード化法の比較実験のみならず、一般の訓練効果の評価などにも有用であると考えられる。

2) 聴取評価テスト作成の際、検査資料をできるだけ系統的にし、その結果、個人の聴取特性のパターンが検討できる可能性が示された。具体的には、子音検査では子音の施行回数を統制して子音情報伝達率を求めた。単語検査では音節数を統制して、音節数の長さによる聴取特性のパターンを検討した。文の検査では文節数を統制して、文の長さによる聴取特性のパターンを検討した。その結果、平均的聴取特性と異なり、例えば単語検査においては2音節語の聴取が特に悪い症例、文の検査においては文節数の影響を大きく受ける症例がいる可能性などが示唆された。このような情報は、各症例の訓練プログラムを考えるのに役立つ。

3) MPEAKコード化法とSPEAKコード化法の比較を行った結果、SPEAKの方が子音、単語、文の全ての検査で正答率が有意に向上することが検証された。更にSPEAKの方が雑音負荷時の劣化が小さいことが示され、これにより人工内耳装用者の疲労が軽減されると考えられる。

4) 音楽の知覚は言語音の聴取に比べて困難で、特に音程、楽器音、旋律(ピアノ演奏による唱歌)の正答率は悪かった。しかし、リズムの成績は良好であった。また、ピアノ音と異なりアカペラも高い正答率を示したが、子音とアカペラの相関が高いことから、これには語音の知覚が関与していることが示唆された。個人別にみると楽器音の識別率が3割以上の者が全体の約7割、同様な基準で旋律では全体の約2割以上いて、正答率は必ずしも高くなかったが、この程度でも人工内耳によって音楽を楽しむことに寄与していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、人工内耳システムの音声コード化法の違いによる語音聴取能力、および人工内耳による音楽の知覚能力を検討する目的で聴取評価テストを作成し、健聴者ならびに人工内耳装用者に施行して下記の結果を得ている。

1. 音声コード化法の比較実験を行うにあたり、新しく検査語表の多い聴取評価テストを作成して健聴者を対象に聴取実験を行った結果、検査語表間(単語:16表、文:16表)の等価性が確認できた。

2. 今回の語音聴取評価テストを人工内耳装用者に試用して既存のテストと比較検討した結果、福田テストとの相関が高く、また、子音、単語、文のどの検査でも被検者の回答は適度に分布しており、テストの難易度は適当であると考えられた。

3. テスト作成の際に検査資料をできるだけ系統的に構成し、個人の聴取特性に関して、より詳細な知見を得られる可能性について検討した。子音は刺激子音の数を統制して子音の特性別に情報伝達率を求めた。その結果、平均的には有声・無声、摩擦音、半母音、破裂音、構音点、鼻音の順に高い値を示したが、個人別にみると、例えば摩擦音の伝達率が特に悪い症例がみられた。単語の聴取については、平均的な聴取特性としては2音節が3、4、5音節に比べて有意に悪かった。しかし、個人別に検討すると、多音節に比べて2音節が特に悪い症例がいる一方で、2音節の成績が非常によいのに多音節の成績が悪い症例もみられた。文の聴取については、平均的な聴取特性としては2文節から7文節までの群間の正答率に差は認められなかった。しかし、個人別に検討すると、文の長さによって影響を受ける症例もみられた。このような情報は、各症例の聴取訓練プログラムを考えるのに役立つと考えられた。

4. Nucleus22人工内耳システムの音声コード化法、MPEAKコード化法とSPEAKコード化法を用いて、静寂時と雑音負荷時で聴取実験を行い、両コード化法を比較検討した。その結果、子音、単語、文の全ての検査でMPEAKに比べSPEAKで正答率が有意に向上することが検証された。なお、雑音負荷時の正答率はSPEAKの方が劣化は少なかった。これらの傾向は、人工内耳のみによる聴取でも、読話併用の聴取でも同様であった。

5. 平均的にはMPEAKに比べてSPEAKによる聴取が優位であった。しかしながら、個人別に検討すると、被検者10名中7名は語音の正答率が有意に向上したが、残りの3名は、どの検査項目においてもSPEAK使用による向上は認められず、音声コード化法による聴取の効果は個人差が大きいことが示唆された。

6. 人工内耳装用者による音楽の知覚については、リズムの平均正答率は高かったが、音程の正答率は悪く、それに対応して楽器音やピアノ演奏による唱歌の識別も悪かった。ところがアカペラ歌唱の識別は成績が高かった。総合的には、人工内耳による音楽の知覚は悪かったが、個人別に検討すると楽器音の識別が3割を越えた症例は16名中12名、また旋律の識別が3割を越えた症例は4名いることが示され、この程度でも人工内耳によって音楽を楽しむことに寄与していると考えられた。

 以上、本論文での研究報告は、人工内耳の効果や音声コード化法間の評価に役立つだけではなく、聴取訓練プログラムの立案にも貢献するものと考えられる。また、音声コード化法の比較では、機器の改良によって聴取能力が一律に改善するわけではなく、個人差が大きいことが示された。さらに音楽の知覚については、現行の人工内耳システムの聴取改善の程度には限界があることが示された。これらの研究から得られた知見は基礎的にも臨床的にも重要な情報だ考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42818