学位論文要旨



No 214695
著者(漢字) 李,燕
著者(英字)
著者(カナ) リ,エン
標題(和) 中国少数民族農村の児童における成長と行動的問題に関する研究
標題(洋) Child Growth and Behavior Problems in Rural Minority Areas of China
報告番号 214695
報告番号 乙14695
学位授与日 2000.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第14695号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 梅内,拓生
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 衛藤,隆
 東京大学 助教授 岩田,力
内容要旨 要旨を表示する

【緒論】

 正常な成長と発達は、子どもの健康の基礎となるものである。成長の評価は、子どもたちの健康と栄養状況を規定する1つの尺度である。何故なら、原因を明かにすることとは別に、健康や栄養についての不安はいつも子どもの成長に影響を与えるからである。健康とは単に疾病や虚弱の不在ではなく、完全なる身体的、精神的、そして社会的なWell beingの状態である。行動的問題は、子どもたちの年代に応じて違いがあること、また夜尿、爪噛み、虚言、不機嫌な気質、どもり、怖がり、そして過敏などといった行動的問題は、21ヶ月から14歳の間で一般的であることが報告されている。

 乳幼児死亡率の顕著な減少と家族計画の結果として、中国では子どもの身体的心理的な発達の問題に大きな関心が払われている。中国は56の異なる民族を抱えた多民族国家である。それぞれの民族は、子どもの養育方法と発達の問題に繋がり得るであろう独自の社会的、経済的、文化的、そして生態学的な特徴を持っている。しかしながら、中国少数民族貧困農村地域おける子どもの発達の間題に焦点を当てた研究は、今のところほとんどなされてはいない。本研究の目的は、子どもの発達の問題についての将来的な介入と研究に科学的な論拠を提供するために、中国少数民族貧困農村地域における子どもの成長と行動の問題についての相関と疫学的な特徴を、大きなサンプルを用いてより良く理解することである。

【方法】

 本研究は、タイに近く、ミャンマー、ラオス、ベトナムと国境を接する中国南西部の雲南省で行われた。雲南省はおよそ400,000km2の地域を占め、その94%が山岳地帯である。この地域には4000万人が居住し、その内87%が農村部に住まい、33%が少数民俗である。29の少数民族自治郡(少数民族の人口が総人口の1/3以上)を含む127の郡や市が存在し、その内72の郡が経済的に不利な状態にある(年収が$60U.S.以下)。雲南省は、51もの異なった民族を持つ唯一の省である。

 人口の大きさに応じて、4000人以上の人口を持つ25の少数民族を、large(100万人以上)、middle(10万人から100万人の間)、small(10万人以下)の3つのカテゴリーに分割した。人口の大きさや地理的な位置取り(山岳部、丘陵部)、サンプルの代表性、研究の時間的、経済的な制限を考慮し、哈尼族、彝族、回族、苗族の4つの少数民族を、largeとmiddleのカテゴリーのなかから無作為に抽出した。さらに、哈尼族、彝族、回族、苗族が主に居住する4つの少数民族貧困農村郡をそれぞれ選定した。

 始めに、対象となるそれぞれの郡において、地理的な条件によって2-3の町区が選ばれ、これらの町区のなかから10の行政村が選ばれた。さらにそれらの行政村から、それぞれの月齢(0-,6-,12-,18-,24-,30-,36-,48-,60-,72-83months)について5の母子の組が選出された。最終的に、哈尼族、彝族、回族、苗族そして漢族に属する2019の母子の組がこの疫学的調査のために集められた。

 調査の前に、それぞれの群において6人のヘルスケアスタッフが、3日を費やして身体測定やインタビューの技術、項目のコーディングについての訓練を行った。対象となった母親は、家庭において、質問票を用いたインタビューを受けた。子どもたちの一般的な身体検査と身体測定(身長、体重、頭囲、胸囲)は、村の診療所において行われた。

 子どもの成長の状況については、1983年の世界保健機関(WHO)のナショナルセンター保健統計表(NCHS)を参考に、中度あるいは重度の発育阻害(height for age)、低体重(weight for age)、そして消耗症(weight for height)などの項目が評価された。またZスコアが、子どもの成長の水準を評価するために用いられた。

 子どもの行動問題についてのそれぞれの項目は、母親の“NO”の回答を“0”、“YES”の回答を“1”として得点化し、行動問題の総得点が算定された。全てのサンプルについての総得点の90パーセンタイルは、サンプルを“problem children”と“normal children”にグループ化するためのカットオフとして用いられた。

 ANOVA検定、t検定、X2検定、Z検定、ロジスティック回帰分析がデータの分析に用いられた。

【結果及び考察】

 対象は、1019の母親と男子の組(543%)、922の母親と女子の組で構成された。5つの民族の子どもたちを通じて、年齢や性差についての有意な差はみられなかった。

 57.1%の母親が、平均して35日間乳児を布で包んで養育していた。

 出産後3ヶ月の時点での母乳のみの養育の率は、回族の母親が最も高く(90.2%)、次いで哈尼族、苗族、漢族、彝族の順であった。4ヶ月以下の子どもたちの23%が離乳食を与えられ、8ヶ月以上の子どもたちの10%が離乳食を与えられていなかった。多くの子どもたちは、離乳期に成人と同様の食ベ物を与えられていた。離乳食は、6-11ヶ月の子どもたちの中で、6.9gの蛋白質(SD=10.3g)と214kcal(SD=181kcal)のカロリー、12-17ヶ月の子どもたちの中で、9.7g(SD=8.9g)の蛋白質と323kcal(SD=277kcal)のカロリーしか含んでおらず、中国とヨーロッパの幾つかの国々におけるRDA(Recommended Dietary Allowance)よりも著しく低い値であった。

 彝族の母親が甘やかしがちである一方で、苗族の母親は、他の民族より頻繁に自分の子どもたちに体罰を与ていた。両親の間での子どもの養育方法についての合意の割合は、時々なされているのが32.7%、全くなされていないのが8.1%であった。両親と祖父母の間では、時々なされているのが39.5%、全くなされていないのが16.6%であった。

 身長、体重、頭囲、胸囲を含んだ全ての成長の指標は、年齢が進むにつれて著しく増加し、ほとんどの年代において女子よりも男子の方が優っていた。

 少数民族農村地域の子どもたちのあらゆる年代と性差において、身長、体重、頭囲、胸囲は、中国の9つの都市部近郊及び日本の子どもたちよりも有意に低かった。年齢に対する身長のZスコアの平均は、男子で-2.07(SD=1.26)、女子で-1.90(SD=1.27)であり、年齢に対する体重では、男子と女子でそれぞれ、-0.05(SD=1.23)及び-0.21(SD=1.02)であった。

 中度あるいは重度の栄養不良の割合は、発育阻害についてそれぞれ31.8%と19.2%、低体重で15.8%と3.1%、消耗症で0.9%と0.5%であった。消耗症については性差や年代で有意な差はなかったが、一方で低体重と発育阻害については年代の間に有意差が見られた(P<0.001))。年齢と共に低体重と発育阻害は増加した。発育阻害は30-35ヶ月でピークを迎え、低体重は12-17ヶ月で最も顕著であった。男子は女子に比べて低体重(X2=15.58、P<0.001)と発育阻害(X2=7.36,P<0.01)に苦しみがちであった。低体重の子どもたちの多く(87.1%)は、発育阻害を伴っていた。消耗症と低体重の率は5つの民族の間で有意差は見られなかった。

 ロジスティック回帰分析は、男子であること、6ヶ月以上の月齢であること、哈尼族、彝族、苗族の民族に属すること、家族の低い年収、親の身長が低いこと、湖や川からの不衛生な飲水、トイレがないこと、早産であったこと、9ヶ月以上母乳のみで養育すること、頻発する下痢は、18ヶ月以下の子どもたちについて、中度あるいは重度の栄養不良と有意な相関があることを明らかにした。18-83ヶ月の子どもたちでは、18-23ヶ月と比べて30-35ヶ月であること、漢族と比べて哈尼族、彝族、苗族であること、家族の低い年収、親の学歴、親の身長が低いこと、家庭に3人以上の子どもがいること、湖や川からの不衛生な飲水、トイレが無いことは、子どもの発達阻害にポジティブな影響があった。

 子どもの行動的問題についての全体的な広がりはそれぞれ、不機嫌な気質が71.4%、罵りが48.2%、夜尿が36.0%、反抗が29.9%、入睡眠の困難が29.5%、つまみ食いが17.0%、祖父母の前と良心の前での違った行動が11.9%、指しゃぶりが8.3%、どもりが7.9%、自分の性器で遊ぶが1.5%、爪噛みが1.1%、瞬きが1.1%、食事の拒否が1.0%、眉を顰めるが0.6%、頭を繰り返し揺するが0.2%であった。これらの行動的問題のほとんどは性差による有意な差異は無く、年齢を追う毎に顕著に減少するが、5つの民族を通じて顕著な差異があり、回族の子どもたちがより多くの行動的問題を示した。

 ロジスティック回帰分析によって示された子どもの行動的問題との有意な相関は、男子であること、4才以下であること、漢族と比較して回族、彝族であること、周産期の危険因子、双子であること、身体的な疾病、家庭に2人以上の子どもがいること、乳児を布で包むこと、子どもを甘やかすこと、子どもの間違いに体罰を与えること、両親の間と同様に両親と祖父母の間での子どもの養育方法についての不合意であった。

【結論】

 本研究は、中国の少数民族貧困農村地域において大きな母集団で子どもの発育と行動的問題およびその相関を評価した最初のものである。本研究から、以下のような結論が導きうる。

1. 身長、体重、頭囲、胸囲として評価されたあらゆる性差と年代の成長水準は、中国都市部近郊の9つの都市と日本のそれよりも低かった。

2. 中度および重度の栄養不良のひろがりは、それぞれ低体重について15.8%と3.1%、発育障害について31.8%と19.2%、消耗症が0.9%と0.5%であった。中国少数民族貧困農村地域においては、発育阻害がもっとも一般的な成長問題であった。男子はより栄養不良に苦しみがちであった。

3. 子どもの成長問題は、単一の因子を原因とするのではなく、家族の低い年収や、親の身長、母親の不充分な子どもの養育行動(補足的に食物を与えることなしに延長的な母乳保育をすることや、不適切な離乳食を与えること)、家族の住環境(不衛生な飲水、トイレが無いこと)といった多様な社会的、環境的、生物学的な因子による。

4. 不機嫌な気質、罵り、夜尿、反抗、入睡眠の困難、つまみ食いは、中国少数民族農村地域の2-6歳の子ども達の主な行動的問題(15%以上)であった。

5. 甘やかし、体罰、乳児を布で包むこと、両親の間と同様に両親と祖父母の間でも子どもの養育についての意見の不一致といった家庭の不合理な子どもの養育行動は、子どもの行動的問題についてポジティブな影響をあたえる。

6. 子どもの成長と行動的問題の双方は、哈尼族、彝族、回族、苗族そして漢族の5つの民族を通じて有意な差異があった。

7. 子ともの成長の傾向と行動的問題の変化を観察し、子どもの成長及び行動的問題と家族の子どもの養育方法との関連を明らかにするために、本研究での発見を確認を踏まえた前向きのコホート研究が必要とされる。

8. 身体的な成長や行動、心理学的な健康を含んだ、中国少数民族貧困農村地域の子どもたちのウェルビーイングを促進するために、貧困の緩和や生活状況の改善と同様に、母親や子どものヘルスケアの強化、家族の栄養や子どもの養育につての教育を含んだ広範囲なプログラムが、中国少数民族貧困農村地域に必要とされる。

審査要旨 要旨を表示する

 正常な成長と発達は、子どもの健康の基礎となるものである。成長の評価は、子どもたちの健康と栄養状況を規定する1つの尺度である。健康とは単に疾病や虚弱の不在ではなく、完全なる身体的、精神的、そして社会的なWell beingの状態である。乳幼児死亡率の顕著な減少と家族計画の結果として、中国では子どもの身体的心理的な発達の問題に大きな関心が払われている。中国は56の異なる民族を抱えた多民族国家である。それぞれの民族は、子どもの養育方法と発達の問題に繋がり得るであろう独自の社会的、経済的、文化的、そして生態学的な特徴を持っている。しかしながら、中国少数民族貧困農村地域における子どもの発達の間題に焦点を当てた研究は、今のところほとんどなされてはいない。本研究は中国少数民族貧困農村地域における子どもの発達の問題についての将来的な介入と研究に科学的な論拠を提供するために、中国少数民族貧困農村地域における子どもの成長と行動の問題についての相関と疫学的な特徴を、大きなサンプルを用いてより良く理解することである。本研究は中国南西部の雲南省で哈尼族、彝族、回族、苗族が主に居住する4つの少数民族貧困農村郡で行われた。対象となるそれぞれの郡において、それぞれの月齢(0-,6-,12-,18-,24-,30-,36-,48-,60-,72-83月)について階層化抽出法を用いて実施した。最終的に、哈尼族、彝族、回族、苗族そして漢族に属する2019の母子の組がこの疫学的調査のために集められた。対象となった母親は、家庭において、質問票を用いたインタビューを受けた。子どもたちの一般的な身体検査と身体測定(身長、体重、頭囲、胸囲)は、村の診療所において行われた.

 子どもの成長の状況については、1983年の世界保健機関(WHO)のナショナルセンター保健統計表(NCHS)を参考に、中度あるいは重度の発育阻害(height for age)、低体重(weight for age)、そして消耗症(weight for height)などの項目が評価された。またZスコアが、子どもの成長の水準を評価するために用いられた。子どもの行動的問題についてのそれぞれの項目は、母親の“NO”の回答を“0”、“YES”の回答を“1”として得点化し、行動的問題の総得点が算定された.全てのサンプルについての総得点の90パーセンタイルは、サンプルを“problem children”と“normal children”にグループ化するためのカットオフとして用いられた。

 身長、体重、頭囲、胸囲を含んだ全ての成長の指標は、年齢が進むにつれて著しく増加し、ほとんどの年代において女子よりも男子の方が優っていた.身長、体重、頭囲、胸囲として評価されたあらゆる性差と年代の成長水準は、中国都市部近郊の9つの都市と日本のそれよりも低かった。中度および重度の栄養不良のひろがりは、それぞれ低体重について15.8%と3.1%、発育障害について31.8%と19.2%、消耗症が0.9%と0.5%であった。中国少数民族貧困農村地域においては、発育阻害がもっとも一般的な成長間題であった。男子はより栄養不良に苦しみがちであった。子どもの成長間題は、単一の因子を原因とするのではなく、家族の低い年収や、親の身長、母親の不充分な子どもの養育行動(補足的に食物を与えることなしに延長的な母乳保育をすることや、不適切な離乳食を与えること)、家族の住環境(不衛生な飲水、トイレが無いこと)といった多様な社会的、環境的、・生物学的な因子による。

 中国少数民族農村地域の2-6歳の子ども達の主な行動的間題(15%以上)は、不機嫌な気質が71.4%、罵りが48.2%、夜尿が36.0%、反抗が29.9%、入睡眠の困難が29.5%、つまみ食いが17.0%であった。ロジスティック回帰分析によって示された子どもの行動的問題との有意な相関は、男子であること、4才以下であること、周産期の危険因子、双子であること、身体的な疾病、家庭に2人以上の子どもがいること、甘やかし、体罰、乳児を布で包むこと、両親の間と同様に両親と祖父母の間でも子どもの養育についての意見の不一致といった家庭の不合理な子どもの養育行動は、子どもの行動的間題についてポジティブな影響をあたえる。

 子どもの成長と行動的問題の双方は、哈尼族、彝族、回族、苗族そして漢族の5つの民族を通じて有意な差異があった。

 本研究では、中国の少数民族貧困農村地域子どもの成長と行動的問題の状況、子どもの成長及び行動的間題と家族の子どもの養育方法と関連を明らかにした。これらの結果は、子どもの発達の問題についての将来的な介入と研究に科学的な論拠を提供された。中国少数民族貧困農村地域の子どもたちのウェルビーイングを促進するために、貧困の緩和や生活状況の改善と同様に、母親や子どものヘルスケアの強化、家族の栄養や子どもの養育についての教育を含んだ広範囲なプログラムが、中国少数民族貧困農村地域に必要とされる。これから中国の少数民族貧困農村地域の子どもの発達と関連に明らに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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