学位論文要旨



No 214699
著者(漢字) 川端,兆宏
著者(英字)
著者(カナ) カワバタ,チョウコウ
標題(和) 魚類白子に含まれる新規システインプロテアーゼ “ミルトパイン”の酵素学的研究
標題(洋)
報告番号 214699
報告番号 乙14699
学位授与日 2000.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14699号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 反町,洋之
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、魚類白子中の特殊なタンパク質(サルミン、クルペイン)を効率よく分解する新規システインプロテアーゼ“ミルトパイン”の発見とその酵素学的研究の結果をまとめたもので、序章に続く以下3章から成る。

 第1章は、シロサケ(Oncorhynchus keta)白子のミルトパインについて論述している。水抽出画分から精製した同酵素はSDS電気泳動で22.3Kdの分子質量を示し、等電点は3.9、Z-Arg-Arg-MCA分解の至適pHは6.0、至適温度は40℃であった。チオール還元試薬で強く活性化され、同合成基質分解のKm値は16.3μM、Kcat値は20.3s-1であった。また、タンパク質基質として構成アミノ酸の70%以上がLys,Argであるサルミンなどをも効率よく分解するものの、カゼインは分解しないという特異性を示した。しかし、既知のカテプシンBとは諸面で明らかに異なっていた。しかも、N末端アミノ酸配列(LPSFLYAEMVGYNIL…)に類例がないことから、サケミルトパインは新規の、しかもシステイン型のプロテアーゼであると結論した。

 第2章は、シロサケと同様に日本国内にて多く流通・消費されるマダラ(Gadus macrocephalus)の白子からも同様の酵素を見いだし、タラミルトパインと命名して諸種の解析を行った結果を論述したものである。精製標品はSDS電気泳動で72Kdを示し、等電点は5.2、至適pH6.0であった。やはりチオール還元試薬で活性化され、しかもE-64などで阻害されることから、システインプロテアーゼに帰属し得た。Z-Arg-Arg-MCA分解のKm値は11.5μM、Kcat値は19.0s-1であることから、速度論的にもサケミルトパインに類似していた。しかし、分子質量(上記)が異なる他、N末端アミノ酸配列(<EVPVEVVRXYVTSAPEK…)も全く異なり、しかもN末端がピロリドンカルボキシル化しているなどの特徴を有し、サケミルトパインとは別の新規システインプロテアーゼであると結論した。

 第3章では、上記した2つの酵素に対する阻害剤の作用機構の解析から両者の構造上の共通性を推論している。すなわち、サケミルトパインおよびタラミルトパインは、システインプロテアーゼに共通の阻害剤であるE-64,N-エチルマレイミド、ヨード酢酸、p-クロロマーキュリベンゾエートによって阻害されたが、興味深いことに、金属キレート試薬であるo-フェナンスロリンによっても完全に阻害された。しかし、他のキレート試薬EDAおよびEGTAによっては全く阻害されなかった。ということはo-フェナンスロリンによる完全阻害は金属との配位によるものではないことを示唆する。そこでDixonプロットによる速度論的解析を行った。その結果、両酵素に対する本キレート剤の阻害は非拮抗的であり、Ki値はサケミルトパインで1.0μM、タラミルトパインで0.2μMであった。このような効率的な阻害はo-フェナンスロリンの特異的立体構造(Hyper CheTMプログラムでの計算によれば疎水性平面構造)に起因すると考え、類似構造をもつフェナンスレンキノン、フェナンスレン、アクリジン、フェナジンによる阻害の可否をしらべたところ、フェナンスレンキノンに強い阻害活性がみられ、Ki値は前者の酵素で0.01μM、後者で0.5pMであった。このことから、両酵素は予期せぬ物質によって阻害されることが見いだされた。

 以上の結果、2つのプロテアーゼの構造・活性相関上の新規性を示唆すると同時に、その応用に向け、より有効な分子設計に新たな途を拓く基礎になると期待されるのである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、魚類白子中の特殊なタンパク質(サルミン、クルペイン)を効率よく水解する新規システインプロテアーゼ“ミルトパイン”の発見とその酵素学的研究の結果をまとめたもので、序章に続く以下3章から成る。

 第1章は、シロサケ(Oncorhynchus keta)白子のミルトパインについて論述している。水抽出画分から精製した本酵素はSDS電気泳動で22.3kDaを示し、等電点は3.9、Z-Arg-Arg-MCA分解の至適pHは6.0、至適温度40℃であったが、10℃においても40℃における活性の約50%を有した。チオール還元試薬で強く活性化され、E-64により完全に阻害されることからシステインプロテアーゼに帰属した。また、タンパク質基質として構成アミノ酸の70%以上がArg,Lysであるサルミンなどのプロタミン類をも効率よく水解するものの、ミルクカゼイン、インスリンB鎖は水解しないという基質特異性を示した。さらに、MCA合成蛍光基質による基質特異性の解析を行った結果、酵素サブサイトS2・S1に対応する基質P2・P1位にArg-Arg、Lys-Argの塩基性アミノ酸対をもつ基質をよく水解する特異性を有し、Z-Arg-Arg-MCA水解のKm値は16.3μM、kcat値は20.3s-1であった。本酵素は、他の諸面においても既知のカテプシンBとは明らかに異なっており、しかもN末端アミノ酸配列に類例がないことから、新規システインプロテアーゼであると結論し、サケミルトパインと命名した。

 第2章は、シロサケと同様に日本国内にて多く流通・消費されるマダラ(Gadus macrocephalus)の白子からも同様の性質を有するプロテアーゼを見いだし、諸種の解析を行った結果を論述したものである。精製標品はSDS電気泳動で72kDaを示し、等電点は5.2、至適pH6.0、至適温度は60℃であったが、10℃においても約50%の活性を有した。サケミルトパインと同様、チオール還元試薬で活性化され、しかもE-64などで阻害されることから、システインプロテアーゼに帰属し得た。また、プロタミン類を効率よく水解する特性を示し、P2・P1位にArg-Arg、Lys-Argの塩基性アミノ酸対をもつ合成基質をよく水解する基質特異性を有しZ-Arg-Arg-MCA水解のKm値は11.5μM、kcat1値は19.0 s-1であることから、速度論的にもサケミルトパインに類似していた。しかし、上記のように分子量、等電点が異なる他、N末端アミノ酸配列も全く異なり、しかもN末端がピロリドンカルボキシル化しているなどの特徴を有し、サケミルトパインとは別の新規システインプロテアーゼであると結論して、タラミルトパインと命名した。

 第3章では、上記した2つの酵素に対する阻害剤の作用機構の解析から両者の構造上の共通性を推論している。すなわち、サケミルトパインおよびタラミルトパインは、システインプロテアーゼに共通の阻害剤であるE-64,N-エチルマレイミド、ヨード酢酸、p-クロロマーキュリベンゾエートによって阻害されたが、興味深いことに、金属キレート試薬であるo-フェナンスロリンによっても完全に阻害された。しかし、他のキレート試薬EDTAおよびEGTAによっては全く阻害されなかった。ということは、o-フェナンスロリンによる完全阻害は金属との配位によるものではないことを示唆する。そこでDixonプロットによる速度論的解析を行った。その結果、両酵素に対する本キレート剤の阻害は非拮抗的であり、Ki値はサケミルトパインで1.0μM、タラミルトパインで0.2μMであった。このような効率的な阻害はo-フェナンスロリンの疎水性平面構造に起因すると考え、類似構造をもつフェナンスレンキノン、フェナンスレン、アクリジン、フェナジンによる阻害の可否をしらべたところ、特にフェナンスレンキノンに強い阻害活性がみられ、Ki値は前者の酵素で0.01μM、後者で0.5μMであった。今後、この種の阻害剤が酵素分子のどの領域に結合するかを解析することにより、本酵素の分子構造上の大きな特質の一端を解明しうると予期される。

 以上を要するに本論文は、魚類白子由来の2つの新しいプロテアーゼの発見とその構造・活性相関の解析の結果を論述したものであり、より有効な酵素の分子設計に新たな指針を与えると期待でき、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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