学位論文要旨



No 214703
著者(漢字) 坂口,実
著者(英字)
著者(カナ) サカグチ,ミノル
標題(和) メデトミジン、ブトルファノール、ケタミン、およびアティパメゾールを用いたブタの鎮静・不動化・麻酔法の確立
標題(洋) Establishment of sedation, chemical restraint, and anesthesia in pigs using medetomidine combined with butorphanol, ketamine, and atipamezole
報告番号 214703
報告番号 乙14703
学位授与日 2000.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14703号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 小川,博之
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 助教授 尾崎,博
 東京大学 助教授 西村,亮平
内容要旨 要旨を表示する

 ブタは解剖学的あるいは生理学的にヒトとの類似点が多いため、実験動物としての有用性が高く評価され、またミニブタやSPF豚など実験用ブタの開発も進んでいる。しかしブタは性質が臆病で興奮しやすいこと、物理的な保定が容易でないこと等から・簡便・確実でかつ安全な鎮静、不動化、および麻酔法の必要性が他の実験動物と比較して非常に高い。しかし、吸入麻酔法は麻酔効果および調節性の面では優れているが、設備や手技の面から簡便な方法とはいえず、また静脈内投与による注射麻酔も、ブタは表在静脈に乏しいため、手技上の間題がある。したがって、筋肉内投与による方法が最も高い汎用性を有すると考えられる。獣医学領域では従来から様々な薬剤が鎮静、不動化あるいは麻酔に使用されている。これらのなかでα2受容体作用薬は、イヌやネコにおいて最も鎮静作用の強い薬剤として使用されてきた。α2受容体作用薬の大きな利点の一つに拮抗薬の存在があり、その投与により多くの副作用を容易に消失させることが可能である。しかしブタでは代表的なα2作用薬であるキシラジンの作用が弱いため、得られる不動化/麻酔効果が十分でなく、覚醒の状態も満足なものではなかった。これに対し、近年開発された特異性のより高いα2受容体作用薬であるメデトミジンは、ブタにおいてもキシラジンと比較して優れた鎮静作用を有することを筆者らは見出した。

 そこで本研究では、近年麻酔補助薬として注目されている拮抗性鎮痛薬のブトルファノール、動物で広く用いられ高い安全性を有するケタミン、ならびにメデトミジンに対する特異性の高い拮抗薬であるアティパメゾールを用い、より安全で実用性の高い、ブタの鎮静、不動化ならびに麻酔法を検討した。加えて、これらを従来から用いられているキシラジンを用いた組み合わせとそれぞれ比較し評価した。さらに、これらの方法がブタの循環・呼吸器系に与える影響について詳細に検討した。

 第2章では共通する材料と方法について記述した。すなわち、雑種のSPFブタ(去勢雄、平均8.1週齢、平均体重15.0kg)を36頭実験に供試し、用いた薬剤ならびにその投与量は、アトロピン;25μg/kg、メデトミジン;80μg/kg、キシラジン;2mg/kg、ブトルファノール;200μg/kg、ケタミン10mg/kg、およびアティパメゾール;240μg/kgであった。鎮静法にはメデトミジン(M)あるいはキシラジン(X)とブトルファノール(B)との組み合わせ(MB,XB)、不動化には同様にケタミン(K)との組み合わせ(M-K,X-K)、麻酔法には同様に、ブトルファノールおよびケタミンとの組み合わせ(MB-K,XB-K)を検討した。鎮静作用は薬剤投与後、'動物の姿勢の変化をスコアー化して評価し、不動化、麻酔作用と同様に、その作用時間を記録した。さらに筋弛緩作用とともに、屈曲反射および喉頭反射の消失時間も記録した。アティパメゾールの効果は、鎮静あるいは麻酔に対する拮抗作用として評価した。循環・呼吸器系に与える影響については、あらかじめ全身麻酔下でカテーテル等を留置したブタを用いて測定した。

 第3章ではメデトミジンーブトルファノールによる鎮静効果を検討した。ブトルファノールの投与は、メデトミジンおよびキシラジンの鎮静作用を増強したが、MBの投与による鎮静は、XBと比較して、導入、快復も速やかで、平均84分とXBの3倍の作用時間を示した。また、1時間以上持続する筋弛緩作用と、ある程度の鎮痛作用も得られた。さらにMBによる鎮静は、メデトミジンの3倍量のアティパメゾールを、筋肉内投与することにより効果的かつ急速に拮抗された。これらの結果から、MBの投与はブタにおいて、注射や採血などの軽い痛みを伴う処置に応用できる、良好な鎮静状態をもたらすことが示された。

 第4章では、MBの循環・呼吸器系に与える影響について検討した。アトロピン投与下において、メデトミジン単独(Med)、MB投与ともに、循環系に対しては、末梢血管抵抗の上昇による平均動脈圧の一時的な上昇などの軽度の刺激作用を有することが示された。これらの作用は主にメデトミジンの末梢血管収縮作用によるものと考えられた。メデトミジンによる血圧上昇は、1回心抽出量の減少を招いたが、同時に心拍数も上昇したため心拍出量は良好に維持された。一方、呼吸器系に対しては、両者ともわずかな影響のみを認めた。この結果、MBによる鎮静法の安全性は高いと考えられたが、その使用に際しては、末梢循環抵抗の上昇に起因する循環系への軽度の刺激作用について考慮する必要が認められた。

 第5章では、メデトミジンーケタミンによる不動化について検討した。その結果、M-Kの投与はX-Kと比較して、より強力な不動化作用を有し、ブタを十分な筋弛緩を伴った不動化状態に保つことが可能であった。しかし、手術麻酔期の一つの指標である屈曲反射の消失は得られず、疼痛伴うをマイナーな手術に対する麻酔としては不十分と考えられた。M-Kの投与はMed、MBと同様に、循環系に対してわずかに刺激的な作用を有するものの、呼吸器系にはほとんど影響を与えず、安全な方法であることが示された。

 第6章では、メデトミジンーブトルファノールーケタミンによる麻酔法について検討した。MB、M-Kと同様にMB-Kの組み合わせも、XB-Kと比較して優れた作用を示し、筋弛緩のみならず喉頭反射、屈曲反射の消失が1時間以上にわたり得られた。MB-K麻酔も他の組み合わせと同様に循環系に対して若干の刺激作用を示したが、呼吸器系に対しては体位に関係すると思われる一時的な抑制作用以外の明らかな作用は認めらなかった。しかし、これらは正常値範囲内の変動であり、ブタに与える影響は少ないと考えられた。さらにアティパメゾールの投与は、MB-K麻酔に対して速やかな覚醒をもたらした。これらの結果から、MB-K麻酔は導入、覚醒ともに速やかかつ円滑であり、1時間程度の手術に対して十分適用可能であると考えられた。また、アティパメゾールの投与により速やかな覚醒が可能であるが、その使用に際しては、呼吸抑制作用を示す場合があることを考慮する必要性を認めた。

 以上の成績から、ブタにおいてメデトミジンはブトルファノールおよびケタミンと組み合せることにより、優れた鎮静・不動化および麻酔作用を有することが示された。アトロピンの同時投与は、メデトミジンによる徐脈作用を抑制したが、主としてMedの作用により、MB、M-K、MB-Kはブタの循環系に対して、やや刺激的な作用を有することが示された。一方、呼吸器系に対してはMed、MB、M-Kはほとんど影響を与えないものの、MB-K麻酔はブタを保定する体位によっては抑制作用を示す可能性があると考えられた。メデトミジンの3倍量のアティパメゾールは、MBによる鎮静およびMB-K麻酔に対し効果的に拮抗した。ただし、ケタミン投与後早い時間にアティパメゾールを投与する場合は、残存するケタミンの作用による運動失調等に留意する必要が認められた。

 臨床的には、MBは実験用に馴化されたブタに対する、強い痛みを伴わない臨床検査や材料採取等に有効であると考えられ、より高度の不動化や、軽い麻酔が必要な場合は低用量のケタミン(2-5mg/kg)を適宜追加することで、幅広く応用可能と思われた。さらに、ケタミン用量をさらに増加させることにより、一般の手術に応用可能な麻酔状態が得られることが確認された。一方、M-K、循環呼吸系に与える影響が少なく、確実に不動化できることから、野生動物、あるいはヒトに対する馴化が不十分なブタに対して有用であると考えられた。

 MB-K麻酔のブトルファノールあるいはケタミンを他の薬剤に置き換えることや、異なる作用の薬剤を新たに加えることにより、目的に応じてより効果的な麻酔方法を開発することも可能であり、MB-Kの組み合わせは、メデトミジンを中心とした、ブタにおける新たな注射麻酔法を開発するための原型としても有用であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 ブタは解剖学的あるいは生理学的にヒトとの類似点が多いため、実験動物としての有用性が高く評価され、またミニブタやSPF豚など実験用ブタの開発も進んでいる。しかしブタは性質が臆病で興奮しやすいこと、物理的な保定が容易でないこと等の理由により、従来から、簡便、確実でかつ安全な鎮静、不動化、および麻酔法の開発が望まれていた。獣医学領域では従来から様々な薬剤がこれらを目的として使用されている。これらのなかでα2受容体作用薬は、イヌやネコにおいて最も鎮静作用の強い薬剤である。しかし、ブタではその代表的な薬剤であるキシラジンの作用が弱いため、十分な鎮静は得られないとされていた。これに対し、近年開発された特異性のより高いα2受容体作用薬であるメデトミジンは、ブタにおいてもキシラジンと比較して優れた鎮静作用を有することを筆者らは見出した。

 そこで本研究では、近年麻酔補助薬として注目されている拮抗性鎮痛薬のブトルファノール、動物で広く用いられ高い安全性を有するケタミン、ならびにメデトミジンに対する特異性の高い拮抗薬であるアティパメゾールを用い、筋肉内投与によって、より安全で実用性の高い、ブタの鎮静、不動化ならびに麻酔法の開発を試みた。加えて、これらを従来から用いられているキシラジンを用いた組み合わせとそれぞれ比較し評価した。さらに、これらの方法がブタの循環・呼吸器系に与える影響について詳細に検討した。

 第1章の序論、第2章における共通の材料および方法に続き、第3章ではメデトミジン-ブトルファノール(MB)による鎮静効果を検討した。その結果、ブトルファノールの投与は、メデトミジンおよびキシラジンの鎮静作用を増強したが、MBの投与による鎮静は、導入、回復も速やかで、キシラジン-ブトルファノールの3倍の作用時間を示した。また、1時間以上の筋弛緩作用と、ある程度の鎮痛作用も得られた。さらにMBによる鎮静は、メデトミジンの3倍量のアディパメゾールの筋肉内投与により、効果的かつ急速に拮抗されたことから、この組み合わせは有用な鎮静法と思われた。

 第4章では、MBの循環・呼吸器系に与える影響について検討した。アトロピン投与下において、循環系に対しては、末梢血管抵抗の上昇による平均動脈圧の一時的な上昇などの軽度の刺激作用を有することが示された。一方、呼吸器系に対しては、両者ともわずかな影響のみしか認められなかった。この結果、MBによる鎮静法の安全性は高いと考えられたが、その使用に際しては、末梢循環抵抗の上昇に起因する循環系への軽度の刺激作用について考慮する必要が認められた。

 第5章では、メデトミジン-ケタミン(M-K)による不動化について検討した。その結果、M-Kは強力な不動化作用を有し、ブタを十分な筋弛緩を伴った不動化状態に保つことが可能であった。しかし、疼痛を伴うマイナーな手術に対する麻酔としては不十分と考えられた。また、M-Kは循環系に対してわずかに刺激的な作用を有するものの、呼吸器系にはほとんど影響を与えず、安全な方法であることが示された。

 第6章では、メデトミジンーブトルファノールーケタミン(MB-K)による麻酔法について検討した。この結果、この組み合わせにより、筋弛緩のみならず喉頭反射、屈曲反射の消失が1時間以上にわたり得られることが明らかとなった。本法も循環系に対して若干の刺激作用を示したが、呼吸器系に対しては体位に関係すると思われる一時的な抑制作用以外の明らかな作用は認めらなかった。さらにアティパメゾールの投与は、MB-K麻酔に対して速やかな覚醒をもたらした。これらの結果から、MB-K麻酔は導入、覚醒ともに速やかかつ円滑であり、1時間程度の手術に対して十分適用可能であると考えられた。

 以上の成績から、ブタにおいてメデトミジンはブトルファノールおよびケタミンと組み合せることにより、優れた鎮静・不動化および麻酔作用を有することが示された。これらの組み合わせは、循環系に対し、主としてメデトミジンの作用と考えられる軽度の刺激作用を有するが、呼吸器系に対してはほとんど有意な影響を与えなかった。メデトミジンの3倍量のアティパメゾールは、これらの鎮静/麻酔を効果的に拮抗した。

 これらの各組み合わせは、ブタに対する小手術、操作といった様々な実験時の処置、あるいは十分に馴化されていないブタの不動化など、必要に応じ効果的に使用できるものと考えられた。さらに、これらの組み合わせをもとに吸入麻酔、あるいは他の注射麻酔へと移行する上でも、きわめて実用性に富む安全で、有用な方法と考えられた。

 以上要するに、本論文は従来ブタにおける有用性が確立されていなかった、α2作用薬メデトミジンを中心とし、各種薬剤を組み合わせて様々な状況に対応できる鎮静法、化学的保定法、麻酔法を開発したものであり、その臨床応用上貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク