学位論文要旨



No 214708
著者(漢字) 太田,晃
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,アキラ
標題(和) ポリカルボン酸系高性能AE減水剤の吸着特性に着目した作用機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 214708
報告番号 乙14708
学位授与日 2000.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14708号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京工業大学 助教授 坂井,悦郎
内容要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物の適用範囲や規模の拡大に伴い、新材料、新設計法や新施工法が次々に開発され、コンクリートの高強度化、高流動化、高耐久性化等に於いてコンクリート技術は急速な発展を遂げてきた。その様な状況下に於いてコンクリートの耐久性を向上するためには、コンクリートの流動性に関する設計が必要不可欠となってきており、これらのコンクリート技術を支えてきているコンクリート用化学混和剤の果たす役割は大きく、その中でも高性能AE減水剤の役割は更に大きいと考えられる。

 最近では数々の要求性能に対応するポリカルボン酸系高性能AE減水剤が開発されており、これらの開発がコンクリートの流動性を解明し、セメント粒子を含む無機微粉体の分散メカニズムの解明に大きく寄与していると言える。

 今までの混和剤の開発は、亜硫酸パルプ廃液(リグニンスルホン酸塩等)の利用等に代表されるように、既にある化学物質がコンクリートの流動性にどの様な影響を与えるか、現象を探索する事から始まっている。そのため、コンクリートの流動性を発現する作用機構の解明は望まれていたものの、混和剤原料自身の特性や、キャラクターに不明な点が多いため、混和剤の分子構造が、コンクリートの特性にどのように影響を与えるか整理することが難しかった。特にセメントペースト、モルタル、コンクリートの流動性向上効果は、分散作用効果と共に未だ不明な点が多い。

 本研究は、ポリカルボン酸系高性能AE減水剤を開発する過程に於いて得られた知見を基に、コンクリートの流動作用機構を解明するため、高性能AE減水剤に配合されている分散球分、分散保持性成分の各種無機微粉体に対する吸着作用を中心に分散作用を解明することを目的とする。

 本研究では、

(1)最適化高性能AE減水剤の分子設計を目的として、化学構造と分散・分散保持性の関係を把握する。

(2)分散剤の各種結合材粒子への吸着特性を把握するために、分散剤の吸着性状と結合材粒子分散性の関係を把握する。

(3)分散剤分子の吸着形態を把握するため、ポリカルボン酸系分散剤のサイズを計算し、実測した吸着量との関係把握する。

(4)結合材ペーストの流動化機構を解明するため、ポリカルボン酸系分散剤が吸着し飽和吸着するまでの領域と飽和吸着後の領域でペーストの流動性がどの因子に支配されているか把握する。

 以下に各章の概要を述べる。

 第2章では、本論文に関係する既往の研究成果について述べ、現状で考えられている混和剤の作用機構を整理し、本研究の方向性について述べた。

 特に、高性能AE減水剤が開発される過程の中で、スランプ(流動)保持性を高める手法として、分散剤を他の粉体を用いて粒状化し、徐々に溶解することにより流動性を保持させる徐放効果に始まり、粒状化物を更に微粉末化し溶解速度を制御する方法、分散剤自身を分子間架橋しコンクリート中のアルカリ環境下に於ける分散剤ポリマーの放出制御や選択吸着性の利用と開発されてきたことを整理する。これより、分散剤の吸着特性が分散・流動性に重要な特性であることが示唆された。

 第3章では、ポリカルボン酸系高性能AE減水剤に配合されているポリカルボン酸系分散剤の化学構造とセメント粒子に対する分散・分散保持性について、吸着特性、ゼータ電位特性から立体的作用効果に吸着量が大きく影響していることを述べた。

 特に普通ポルトランドセメントの分散性、分散保持性をそれぞれ高めるための分散剤の化学構造を整理した。アクリル系ポリマーの分子量と分散性の関係を検討した結果、分子量5,000〜10,000の範囲内に最大の分散性を示した。平均分子量5,000のアクリル酸系、マレイン酸系ポリマーにエチレングリコールグラフト鎖を導入した構造のポリマーを検討した結果、EO数12の時に最大の分散性を示した。更に主鎖と側鎖のバランスを変化させた結果、より分散性の大きなポリマーを必要とする場合、ポリマー主鎖(幹)の分子量が小さく、グラフト鎖が大きい(長い)、グラフト鎖間隔が広いと吸着量が多くなり、極めて分散性が大きくなることが解った。分散保持性の大きなポリマーを望む場合、グラフト鎖が長く、グラフト鎖間隔の狭いポリマーは分散保持性が良好となることが解った。また、練混ぜ直後に分散性を示さず、時間と共に液相中に徐々に分散成分を添加することが出来る剤の開発が可能であることが示唆され、アルカリ環境下で徐々に加水分解反応を起こすアルカリ加水分解性ポリマーを検討し、エステル基を持つ架橋ポリマーが有効であることが解った。

 第3章で得られた知見から、分散性には吸着特性が重要であることが示唆された。そこで第4章では、各種無機微粉体、例えば高炉スラグ微粉末、フライアッシュや石灰石微粉末等に対する吸着性・分散性について述べた。各種微粉末ペーストの単身及び分散剤添加時の流動性はフライアッシュ(FA),高炉スラグ微粉末(BF),石灰石微粉末(LS)共に普通ポルトランドセメント(OPC)より大きい。また,分散剤添加による分散効果は,比表面積が小さいBFやLS粒子ほど大きい結果である。BFやLSの比表面積の増大に伴い粒子の分散,或いは同一流動性を得るために必要な分散剤の必要添加量は増大する。微粉末の種類によりポリカルボン酸系分散剤の吸着量は異なる。同一種微粉末の比表面積の増大に伴い,微粉末の単位質量当たりの吸着量は増大するが単位面積当たりの吸着量は一定であった。この結果より飽和吸着までの領域では,比表面積が異なる同一種微粉末に対する、所要の流動性を得るための分散剤の必要量は、吸着量が単位面積当たり一定から単位質量当たりに換算すれば、推定が可能と考えられた。また,セメント併用系でも推定が可能であった。

 飽和吸着以降の領域では,単位面積当たりの吸着量,単位質量当たりの吸着量では説明できない流動性の増大が生じ,微粉末ペーストの分離現象が起きる。その要因として,微粉末ペースト中の自由水の増大は認められないことから,粒子の分散が生じているとは考えにくく,微粉末ペーストの見掛け粘度の低下が起きていることから,ペースト水の表面張力の低下が大きく作用していると考えられた。

 第5章では、粒度を調整した普通、早強、中庸熱、低熱セメント等の各種セメントを用いて、吸着特性を把握し、吸着量の大小に影響を与える因子を考察し、分散剤ポリマーの伸縮が吸着量に影響を与えていることを示唆した。

 粒度を調整した、各種セメントの溶出イオン濃度は、K+イオンが大きかったが、粒度の違いによる濃度変化は、硫酸イオン(SO42-)が大きかった。溶出SO42-イオンの変化として20〜200mM(ミリモル)程度まで変化していた。ポリカルボン酸系分散剤の主成分の中で分散性を示すポリマー(A-3)と練混ぜ初期に分散性を発揮しないポリマー(A-5)では、セメント粒子または石膏からから溶出する硫酸イオン等の影響を受け、ポリマーの大きさが変化する。そして吸着量が異なり、吸着した後の立体保護膜の厚さが変化し分散性の大きさが異なると考えられた。

 第6章では、分散剤ポリマーの大きさと単位面積当たりの吸着量から、結合材粒子表面の吸着形態を推定し、分散剤の吸着性状に与える影響を考察した。

 代表的なポリカルボン酸系分散剤の大きさは、化学構造と分子量からおおよそ主鎖長さで20nm,側鎖長さで7nmである。熱力学的な有効体積を考慮すると、直径20nm、高さ7nmの円盤状の体積中に1つの割合で吸着していると考えられた。

 また実際の吸着量の測定結果から水和前の単位面積当たりに換算した吸着個数は、100nm2当たりOPCで2.7個、LSで1個、BFで1.5個程度であり、非常に密に吸着していた。このように密に吸着するためには、PAポリマーは硫酸イオン等により収縮しており、それらが隙間無く結合材表面に吸着していると考えられた。

 第7章では、以上の知見を総括した。

 ポリカルボン酸系高性能AE減水剤の吸着特性に着目して作用機構を総括すると、電気的に反発するBNS系やMS系に比べてポリカルボン酸系高性能AE減水剤は、立体的効果により無機微粒子を分散させ、分子構造中に保有するグラフト鎖が水中へ如何に立体的に速く伸張するかが練混ぜ直後の分散性を大きくすることとなる。

 また、分散保持に関しては伸張する時間をコントロールすることにより吸着性が変化し保持性が向上する。また、アルカリ環境下で加水分解しながら分散成分を放出することが出来る架橋構造も効果的である。この様な関係から、吸着量と分散性は大きく関係し、飽和吸着までの領域では、ある程度吸着量を予測でき、混和剤添加量を推定することが可能となった。また、飽和吸着以降では、ペースト水の表面張力低減も考慮する必要があった。

 更に分散性を高めるためには、分子サイズと吸着形態の関係から単位面積当たりの吸着量を増大させる方法が必要で、立体的に厚く吸着膜を形成しやすい分子構造が必要である。そのためには、高イオン環境下に於いても、グラフト鎖ポリマーが立体的に伸張しやすくするため、主鎖ポリマーに柔軟性を与え、回転しやすくし、グラフト鎖が伸張する機会を増やすことが重要である。

 このように、分散剤と各種結合材や無機微粉体との相互作用の中で、特に吸着特性に着目して分散作用・分散保持作用の機構を研究したが、今後、未吸着ポリマーによる分散作用も含めて更に研究することが必要である。

 これらの知見が今後のポリカルボン酸系高性能AE減水剤の分子設計モデルに参考となり、更なる高性能・高機能な高性能AE減水剤開発に結びつけば幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物の適用範囲や規模の拡大に伴い、新材料、新設計法や新施工法が次々に開発され、コンクリートの高強度化、高流動化、高耐久性化等に於いてコンクリート技術は急速な発展を遂げてきた。その様な状況下に於いてコンクリートの耐久性を向上するためには、コンクリートの流動性に関する設計が必要不可欠となってきており、これらのコンクリート技術を支えてきているコンクリート用化学混和剤の果たす役割は大きく、その中でも高性能AE減水剤の役割は更に大きいと考えられる。しかし、今までコンクリートの流動性を発現する作用機構の解明は望まれていたものの、混和剤原料自身の特性や、キャラクターに不明な点が多いため、混和剤の分子構造が、コンクリートの特性にどのように影響を与えるか整理することが難しかった。

 本研究は、コンクリートの流動作用機構を解明するため、高性能AE減水剤に配合されている分散成分、分散保持性成分の各種無機微粉体に対する吸着作用を中心に分散作用を解明することを目的としている。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的を述べ、研究の対象範囲を説明している。

 第2章では、本論文に関係する既往の研究成果について述べ、現状で考えられている混和剤の作用機構を整理し、本研究の方向性について述べた。

 第3章では、ポリカルボン酸系高性能AE減水剤に配合されているポリカルボン酸系分散剤の化学構造とセメント粒子に対する分散・分散保持性について、吸着特性、ゼータ電位特性から立体的作用効果に吸着量が大きく影響していることを述べた。

 特に主鎖と側鎖のバランスを変化させた結果、より分散性の大きなポリマーを必要とする場合、主鎖ポリマー(幹)の分子量が小さく(短い)、グラフト鎖が大きい(長い)、グラフト鎖間隔が広いと吸着量が多くなり、極めて分散性が大きくなることが解った。分散保持性の大きなポリマーを望む場合、グラフト鎖が長く、グラフト鎖間隔の狭いポリマーは分散保持性が良好となることが解った。以上の知見から、分散性には吸着特性が重要であることが示唆された。

 第4章では、各種無機微粉体に対する吸着性・分散性について述べた。同一種微粉末の比表面積の増大に伴い,微粉末の単位質量当たりの吸着量は増大するが単位面積当たりの吸着量は一定であった。この結果より飽和吸着までの領域では,比表面積が異なる同一種微粉末に対する、所要の流動性を得るための分散剤の必要量は、単位質量当たりに換算すれば推定が可能で,またセメント併用系でも必要量の推定が可能であった。

 飽和吸着以降の領域では,単位面積当たりの吸着量,単位質量当たりの吸着量では説明できない流動性の増大が生じ,微粉末ペーストの分離現象が起きる。その要因として,微粉末ペースト中の自由水の増大は認められないことから,粒子の分散が生じているとは考えにくく、ペースト水の表面張力の低下が作用していると考えられた。

 第5章では、粒度を調整した普通、早強、中庸熱、低熱セメント等の各種セメントを用いて、吸着特性を把握し、吸着量の大小に影響を与える因子を考察し、分散剤ポリマーの伸縮が吸着量に影響を与えていることを示唆した。

 第6章では、分散剤ポリマーの大きさと単位面積当たりの吸着量から、結合材粒子表面の吸着形態を推定し、分散剤の吸着性状に与える影響を考察した。代表的な分散剤の大きさは、化学構造と分子量からおおよそ主鎖長さで20nm、側鎖長さで7nmであり、熱力学的な有効体積を考慮すると直径20nm、高さ7nmの円盤状の体積中に1つの割合で吸着していると考えられた。しかし実際の吸着量の測定結果から水和前の単位面積当たりに換算した吸着個数は、100nm2当たりOPCで2.7個、LSで1個、BFで1.5個程度であり、非常に密に吸着していた。このように密に吸着するためには、PAポリマーは硫酸イオン等の影響により収縮し、隙間無く結合材表面に吸着していると考えられた。

 第7章は、本論文の総括である。電気的に反発するBNS系やMS系に比べてポリカルボン酸系高性能AE減水剤は、立体的効果により無機微粒子を分散させ、分子構造中に保有するグラフト鎖が水中へ如何に立体的に速く伸張するかが練混ぜ直後の分散性を大きくすることとなる。また、分散保持に関しては伸張する時間をコントロールすることにより吸着性が変化し保持性が向上する。この様な関係から、吸着量と分散性は大きく関係し、飽和吸着までの領域では、ある程度吸着量を予測でき、混和剤添加量を推定することが可能となった。更に分散性を高めるためには、分子サイズと吸着形態の関係から単位面積当たりの吸着量を増大させる方法が必要で、立体的に厚く吸着膜を形成しやすい分子構造が必要である。そのためには、高イオン環境下に於いても、グラフト鎖ポリマーが立体的に伸張しやすくするため、主鎖ポリマーに柔軟性を与え、回転しやすくし、グラフト鎖が伸張する機会を増やすことが重要であることが明らかとなった。このように、分散剤と各種結合材や無機微粉体との相互作用の中で、特に吸着特性に着目して分散作用・分散保持作用の機構を研究した。これらの知見が今後のポリカルボン酸系高性能AE減水剤の分子設計に参考となり、更なる高性能・高機能な高性能AE減水剤開発に結びつき、コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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