学位論文要旨



No 214710
著者(漢字) 島田,正仁
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,マサヒト
標題(和) 燃料噴射ポンプにおけるキャビテーションの研究
標題(洋)
報告番号 214710
報告番号 乙14710
学位授与日 2000.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14710号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

1. 本研究の背景と目的

 近年,ディーゼルエンジンの排出ガスに関する規制が厳しくなってきている.この規制に対して,現在多くの対策が検討されており,その1つに燃料噴射の高圧化がある.これは燃料を高圧で噴射させることにより,燃料の微粒化を行うことがねらいである.しかしながら燃料噴射の高圧化に伴い,燃料噴射ポンプにおいてキャビテーションの発生が多くなってきており,壊食(キャビテーション・エロージョン)等の問題を引き起こしている.この問題を研究するためには噴射ポンプ内におけるキャビテーションの発生から崩壊までの現象を把握することが重要である.特にキャビテーション崩壊現象に関して,エロージョンを引き起こすような衝撃力がどのようにして発生するのかを理解する必要がある.

 燃料噴射ポンプを含め,流体機器内に発生するキャビテーションはほとんどの場合,単一ではなく気泡雲(キャビテーションクラウド)の状態で存在する.従って,崩壊現象を考えた場合に単一気泡ではなく,キャビテーションクラウドの崩壊として扱う必要がある.クラウド崩壊に関してこれまでいくつかの研究が行われてきており,そのほとんどが数値シミュレーションによる解析であるが,これまで行われてきた研究では気泡内部の現象をポリトロープ変化として扱っており,気泡界面における蒸発や凝縮等の詳細な気泡内部現象が考慮された研究は行われていない.また,液体を非圧縮としているため,クラウド内部現象に関しても十分に解析されているとは言えない.

 以上のような背景から,本研究では燃料噴射ポンプ内におけるキャビテーションクラウド崩壊現象を対象とし,噴射ポンプ内におけるクラウドの形成から崩壊までの現象を可視化実験および数値シミュレーションによる解析により理解することを目的とする.また,気液界面における蒸発・凝縮等の気泡内部現象,さらに液体の圧縮性を考慮に入れた数値解析を行い,崩壊時におけるクラウド内部の現象および気泡の挙動について調査することを目的とする.

 本論文の構成は次の通りである.第1章では研究の背景と目的,従来の研究,及び燃料噴射ポンプ内のキャビテーションについて記す.第2章では,ディーゼル燃料(JIS2号軽油)中に含まれる気泡核の測定するために行った実験について記す.この気泡核分布をもとに行うた,燃料噴射ポンプ内のキャビテーション流れの数値解析を3章において述べる.ここでは,噴射ポンプ内のキャビテーション流れを解析するための支配方程式,解析手法などを記し,噴射ポンプ内のキャビテーションの挙動や分布などを明らかにする.第4章では3章で記した数値解析結果を検証するために行った可視化実験について記す.本研究では,噴射ポンプ内のキャビテーション流れを詳細に観察するため,実機の5倍の拡大模型を用いて可視化実験を行った.第5章において,噴射ポンプ内におけるキャビテーションクラウド崩壊現象を理解するために行った数値解析について述べる.ここではクラウドを1次元球対象と仮定し,クラウド崩壊現象を解くための支配方程式,その支配方程式を誘導するために用いた仮定,および数値解析法等について述べ,崩壊時のクラウド内部の現象や気泡の挙動について明らかにする.さらに,付録としてクラウドキャビテーションの崩壊とキャビテーションエロージョン発生をリンクさせた数値解析について記す.

2. 軽油中に含まれる気泡核の計測

 未使用及び噴射ポンプ運転中におけるディーゼル燃料(JIS2号軽油)に含まれる気泡核を計測し,気泡核の観察および気泡核分布の調査を行い,次の結論を得ている.

(1)ディーゼル燃料中の気泡核が存在することが確認できた.

(2)未使用および噴射ポンプ運転中の軽油内の気泡核分布を示し,ポンプ運転中の場合では未使用の軽油に比べて全体的に気泡核分布が大きくなっていることが確認できた.未使用の軽油では半径25μm以上の気泡核は確認されなかったが、ポンプ運転中の場合では半径100μmを超えるの気泡核も存在している.

(3)気泡核分布よりボイド率を算出したところ,未使用の場合では1.3×10-6,ポンプ運転中の場合では0.0003になった.ボイド率の増大は,噴射ポンプ内においてキャビテーションの発生・崩壊が繰り返し生じているため,気泡内に溶解している不凝縮ガスが気泡成長時に液体中に溶け出すこと,並びに崩壊時に気泡が微細な気泡群となって残留することによる.

3. 燃料噴射ポンプ内のキャビテーション流れの数値解析

 第2章で得られた気泡核分布を境界条件として用いて燃料噴射ポンプ内のキャビテーション流れの3次元数値解析を行い,以下の結論を得ている.

(1)インテークポートから流出した流れはキャビテーションジェットを形成し,そのジェットの上方に渦が発生し,この渦は時間の経過とともにハウジング壁面方向に移動する.キャビテーションジェットがハウジング壁面に衝突した後,燃料は上方及びバレル下部に向かって流れるが,このときバレル側面に渦が発生する.

(2)キャビテーション気泡は燃料とともに移動し,ハウジング壁面に衝突後,燃料ギャラリ内に拡散し,このとき,気泡は上述の渦に集積して気泡クラウドが形成される.

(3)バレル側面に形成された気泡クラウドはゆっくりと下方へ移動する,また,バレル下部のハウジング壁面上にも気泡クラウドが形成されるが,これはハウジングの隅部によどみが生じ,このよどみ領域に気泡が蓄積されることにより生じたものと考えられる.

(4)燃料ギャラリ内へのキャビテーション気泡の拡散及び気泡クラウドの形成など,計算結果は噴射ポンプ実機の可視化実験結果と定性的によい一致を示している.

4. 拡大モデルを用いたキャビテーションの可視化実験

 第3章で示した数値解析結果を検証するために,実機の5倍の拡大モデルを製作し,キャビテーション流れの可視化実験を行った.実機内の流れのキャビテーション数と等しくなるようにプランジャ室圧力,燃料ギャラリ内圧力を設定した.拡大モデル内のキャビテーションをCCDカメラにより撮影し,さらにキャビテーション気泡をトレーサとしてPIV解析を行った.以下に得られた結論を記す.

(1)拡大モデル内の可視化写真と1章で示した実機内の可視化写真を比較したところ,キャビテーションの拡散,気泡クラウド形成の様子など,両者は定性的に良く一致した.さらに,拡大モデル内の可視化写真と3章で示した数値解析結果を比較したところ,キャビテーションジェット上方の渦の発生や気泡の集積の様子など良い一致が見られた,

(2)バレル側面に形成される気泡クラウドについてPIVを用いて解析したところ,バレル側面に発生する渦に気泡が集積することにより気泡クラウドが形成されることが確認できた.このことから,拡大モデルによる可視化実験により3章に示した数値解析結果を検証することができた.

5. クラウドキャビテーション崩壊の数値解析

 噴射ポンプ内に形成されるクラウドキャビテーションの崩壊現象を解明するための数値解析を行った.まず,クラウド崩壊現象を解明するために,気泡内の熱的現象及び液体の圧縮性を考慮して支配方程式の定式化を行った.気泡内部現象の解析モデルは松本(83)が提唱したものを,またクラウド内部の気泡流中の圧力波伝播解析には亀田1(81)が提唱した解析モデルに液体の圧縮性を考慮したものを用いた.先に,クラウド周囲圧力をステップ状に変化させたときのクラウド内部の詳細な圧力波の挙動について示すとともに,気泡核分布がクラウド崩壊挙動に及ぼす影響について考察し,次に,数値解析により得られた燃料噴射終了時の噴射ポンプ内部の圧力変動を与えて,噴射ポンプ内の気泡クラウド崩壊の数値解析を行い,以下に示す結論を得ている,

(1)クラウド崩壊時には中心部に向けて衝撃波が伝播,収束し,中心部では高い圧力が発生する.これにより中心部の気泡は激しく崩壊し,1GPaに近い崩壊圧を発生する.これは,単一気泡崩壊の場合の500倍以上に達する.

(2)崩壊前後,クラウド中心では液体圧力は負圧を含む速い周期的変動を繰り返す.クラウド崩壊時には中心近傍において,個々の気泡から高い衝撃圧が発生し,さらに負圧を含めて高周波の圧力変動が生じる.これらは激しいキャビテーション・エロージョンを発生させる原因になると考えられる.

(3)気泡の大きさに分布を持たせた場合,均一な大きさの気泡からなる気泡クラウドと同様,気泡クラウド崩壊時には圧力波がクラウド中心に収束し,高い圧力が発生して,中心近傍の気泡からは崩壊に伴い,極めて高い衝撃圧が観察される.

(4)気泡核の大きさに分布を持つ場合,様々な大きさの気泡が相互に干渉することにより,均一な大きさの気泡からなる気泡クラウドに比べて,その内部の圧力変動は小さくなる.

(5)クラウド内の気泡核の大きさの種類が多いほど,大きさの異なる気泡の崩壊挙動の干渉により,個々の気泡から高い衝撃圧が発生する範囲が広くなる.

(6)衝撃波の収束により,クラウド中心部で気泡から衝撃圧が発生した時でも,衝撃波背後における気泡のリバウンドにより,ボイド率が0.01以上となる部分が存在することが観察された.また,高い衝撃圧が発生してから,クラウド内の気泡が完全に小さくなり初期状態に戻るまでに相当の時間遅れがある.

(7)燃料噴射ポンプ内部のように,クラウド周囲圧力が比較的ゆっくりと変化する場合でもクラウド中心において,極めて高い崩壊圧が発生する.

審査要旨 要旨を表示する

 近年,ディーゼルエンジンの排出ガスに関する規制が厳しくなってきている.この規制に対して,現在多くの対策が検討されており,その1つに燃料噴射の高圧化がある.これは燃料を高圧で噴射させることにより,燃料の微粒化を行うことがねらいである.しかしながら燃料噴射の高圧化に伴い,燃料噴射ポンプにおいてキャビテーションの発生が多くなってきており,壊食(キャビテーション・エロージョン)等の問題を引き起こしている.この問題を研究するためには噴射ポンプ内におけるキャビテーションの発生から崩壊までの現象を把握することが重要である.特にキャビテーション崩壊現象に関して,エロージョンを引き起こすような衝撃力がどのようにして発生するのかを理解する必要がある.

 燃料噴射ポンプを含め,流体機器内に発生するキャビテーションはほとんどの場合,単一ではなく気泡雲(キャビテーションクラウド)の状態で存在する.従って,崩壊現象を考えた場合に単一気泡ではなく,キャビテーションクラウドの崩壊として扱う必要がある.クラウド崩壊に関してこれまでいくつかの研究が行われてきており,そのほとんどが数値シミュレーションドよる解析であるが,これまで行われてきた研究では気泡内部の現象をポリトロープ変化として扱っており,気泡界面における蒸発や凝縮等の詳細な気泡内部現象が考慮された研究は行われていない.また,液体を非圧縮としているため,クラウド内部現象に関しても十分に解析されているとは言えない.

 以上のような背景から,本研究では燃料噴射ポンプ内におけるキャビテーションクラウド崩壊現象を対象とし,噴射ポンプ内におけるクラウドの形成から崩壊までの現象を可視化実験および数値シミュレーションによる解析により理解することを目的とする.また,気液界面における蒸発・凝縮等の気泡内部現象,さらに液体の圧縮性を考慮に入れた数値解析を行い,崩壊時におけるクラウド内部め現象および気泡の挙動について調査することを目的とする.

 本論文では全6章並びに付録から構成されている.

 第1章「序論」では研究の背景と目的,従来の研究,燃料噴射ポンプ内のキャビテーションと本論文の概要が記されている.

 第2章「軽油中に含まれる気泡核の計測」では,ディーゼル燃料(JIS2号軽油)中に含まれる気泡核の測定するの実験装置及び計測結果について記されており,軽油における気泡核の存在が確認されたこと,軽油の気泡核分布は水の場合とほぼ同様の傾向があることなどが示されている.

 第3章「燃料噴射ポンプ内キャビテーション流れの数値解析」では,噴射ポンプ内のキャビテーション流れを解析するための支配方程式,解析手法などを記し,第2章で示した気泡核分布を用いた噴射ポンプ内のキャビテーション流れの数値解析について述べられている.数値解析結果より,キャビテーションジェット上方及びバレル側面に渦が発生し,その渦にキャビテーションが集積することにより気泡クラウドが形成されることが示されている.

 第4章「拡大モデルを用いたキャビテーションの可視化実験」では第3章で記した数値解析結果を検証するために行った可視化実験について記す.本研究では,噴射ポンプ内のキャビテーション流れを詳細に観察するため,実機の5倍の拡大模型を用いてその内部のキャビテーション流れをCCDカメラにより瞬間撮影し,さらにPIV解析を行って速度ベクトルを算出した.また,数値解析結果と可視化実験結果を比較し,気泡クラウドの形成など両者は良く一致することが示されている.

 第5章「クラウドキャビテーション崩壊の数値解析」では,クラウドを1次元球対象と仮定し,気泡内部現象及び液体の圧縮性を考慮してクラウド崩壊現象を解くための支配方程式,その支配方程式を誘導するために用いた仮定,および数値解析法等が述べられている.クラウド崩壊時には中心部に向けて衝撃波が伝播,収束し,中心部では高い圧力が発生するため,中心部の気泡は激しく崩壊し,1GPaに近い崩壊圧を発生すること,崩壊前後,クラウド中心では液体圧力は負圧を含む高周波の圧力変動が生じること等が示されている.また,クラウド内部における気泡核分布を考慮した数値解析を行い,気泡の大きさに分布を持つ場合,様々な大きさの気泡運動が相互に干渉することにより,均一な大きさの気泡からなる気泡クラウドに比べて,その内部の圧力変動は小さくなること,クラウド内の気泡の大きさの種類が多いほど,大きさの異なる気泡の崩壊挙動の干渉により,個々の気泡から高い衝撃圧が発生する範囲が広くなること,クラウド崩壊時において中心部で気泡から高い衝撃圧が発生してから,クラウド内の気泡が完全に小さくなり初期状態に戻るまでに相当の時間遅れがあること等が示されている.さらに燃料噴射ポンプ内部のように,クラウド周囲圧力が比較的ゆっくりと変化する場合でもクラウド中心において,極めて高い崩壊圧が発生することが示されている.

 第6章「結論」において,本論文の成果がまとめられている.

 最後に,付録「キャビテーションエロージョン発生の解析」ではクラウドキャビテーションの崩壊とキャビテーションエロージョン発生の関係を数値的に解析にするための解析モデルと計算結果が記されている.

 以上を要するに本論文の著者は,ディーゼルエンジン用燃料噴射ポンプにおけるキャビテーション流れの挙動及びキャビテーションの崩壊に関して,数値解析並びに可視化実験により,現象の解明を行っている.キャビテーション流れの数値計算及び拡大モデルを使用した可視化実験により,燃料噴射ポンプ内部における気泡分布形状並びにクラウドキャビテーション形成が明らかにされている.また,クラウドキャビテーション崩壊については,気泡内部現象及び液体の圧縮性を考慮した数値解析を行い,崩壊時における気泡クラウド内部の圧力波の詳細な挙動やキャビテーションエロージョン発生との関係を示している.これらの点において,著者の研究は工学上寄与するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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