学位論文要旨



No 214711
著者(漢字) 福田,勝己
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,カツミ
標題(和) 超微小硬さ値に及ぼす表面粗さおよび圧子先端形状の影響
標題(洋)
報告番号 214711
報告番号 乙14711
学位授与日 2000.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14711号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 渡辺,勝彦
 東京大学 助教授 中村,俊哉
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 通産省工業技術院機械技術研究所 主任研究官 加藤,孝久
内容要旨 要旨を表示する

 材料やその表面の機械的性質を明らかにする方法として,いくつかの材料試験法があるが,その中でも比較的簡便で非破壊な方法の一つとして硬さ試験がよく知られている.硬さ試験は,今世紀初頭にブリネル,ビッカース,ロックウェル,ショアなどの硬さ試験法が確立されて以来,材料の強度評価方法として多く用いられ,現在に至っている.約半世紀前の1951年にD.TABORはその著書「The Hardness of Metals」の中で,「硬さとは,変形に対する抵抗(変形抵抗)と考えられるが,厳密にはなかなか測定しにくいもので,定義の仕方や測定方法によって異なった値を示す」と述べているように,硬さの本質を一言で表現することは非常に困難であると考える.硬さは,材料の力学的性質の一つの工業量であり,それをいかに評価するかが重要な課題である.硬さとして表される量は,D.TABORが述べているように変形に対する抵抗の他に,試料の弾性係数や結晶異方性,不均一性,表面粗さ,測定時の押込み過程における試料の試験面と圧子との接触面の摩擦などが複雑に関係し合った結果として導かれる値であるために,その物理的な意味を簡潔に表すことは非常に難しいことであるが,硬さ量は異なる材料の強度特性を比較するのに非常に有効な手段でもある.

 近年,マイクロマシンに代表される機械要素の微小化や半導体デバイス,磁気ディスクなどの従来にはない微小な部分の機械的特性を明らかにすることが重要な課題となっている.また,硬質薄膜の成膜技術が急速に発達し,それに伴って硬質薄膜の剛性や付着力,表面や表面近傍の強度などの機械的性質を明らかにする場合にも硬さ試験が用いられるようになってきた.特に接触やしゅう動する相対する二面の表面に薄いコーティング膜などの表面改質層を形成させて,表面や表面層の機械的強度を高める方策が採られているが,その膜表面の強度や機械的特性の評価も重要な課題になっている.このような微小部分や表面を評価するため場合には,従来から行われている微小硬さ試験の日本工業規格(JIS B 7734-1991)によると,ビッカース硬さかヌープ硬さによって測定し,押込み荷重は1gf(≒9.807mN)から1000gf(≒9.807N)までと規定されている.しかし,従来からの硬さ試験の押込み荷重の範囲内における測定では,押込み荷重が大きすぎて表面や表面層の硬さが的確に評価されているかどうかを明確に判断することは困難であり,微小な部分や膜の評価が的確に行われているとは言い難い.そこで,微小な部分や膜の評価を的確に行うためには,押込み荷重をより小さくする(超微小硬さ:超微小押込み荷重による硬さ)必要がある.ここ数年来,従来からの硬さ試験の押込み荷重と比較して,より微小な押込み荷重によって圧子を試料の試験面に押込み,圧子によって形成されたくぼみの形状や荷重の負荷・除荷時の押込み荷重と圧子の押込み深さとの関係を連続的に測定することによって硬さの評価を行う超微小硬さ(ナノインデンテーション:nanoindentation)試験が試みられているが,押込み荷重をより小さくすると,その結果として試験面の表面粗さの影響を大きく受ける場合がある.本論文では,超微小荷重領域における硬さ試験において,試験面の表面粗さが超微小硬さの値にどのような影響を及ぼすのかについて,実験と解析との両面から解明した.

 従来から行われている多くの硬さ試験は,圧子を比較的高押込み荷重で試料の試験面に押込み,試験面に形成されるくぼみの対角線長さを測定することによって硬さ値を算出し,硬さの評価を行っているが,高押込み荷重の場合に,試料表面の凹凸部分(表面粗さに相当する)が硬さ値にどのような影響を及ぼすのかについては何人かの研究者によって実験的研究が行われている.J.N.Greenwoodは,古くから試験面の粗さがブリネル硬さの測定値に影響を及ぼすことを主張している. H.M.Germanは,0.9%の炭素鋼(HS≒80)を各種の表面仕上げした表面のブリネル硬さを測定して報告している.佐藤健児は,炭素鋼試料の試験面の粗さと測定値のばらつきや平均値との関係について報告している.吉澤武男は,佐藤の報告にヒントを得て,ショア硬さの測定において,その研究の一部として試料の試験面の粗さを変化させた場合の硬さ特性を実験的に明らかにし,測定値のばらつきについても言及している.安藤善司,安藤善司と加藤容三は,金属材料(炭素鋼)を対象として,ショア硬さ,ビッカース硬さ,ロックウェル硬さを測定する場合に,表面の粗さがどのように各硬さの測定値に影響を及ぼすのかについて研究している.町田周郎は,ショア硬さ,ビッカース硬さにおいて,試料表面および裏面の粗さが硬さ値に及ぼす影響について評価し,測定される硬さ値が表面の粗さの影響を受けない.試料表面の限界粗さ(最大高さ)の範囲を明らかにしている.以上の表面粗さを考慮した従来の研究においては,比較的押込み荷重が大きいために,硬さの値に多少影響を及ぼすとして結論しているが,従来からの微小硬さの荷重領域においては,表面粗さを考慮した報告は無く,しかも,本研究が対象としている超微小荷重領域における研究は皆無である.

 また,解析的には,J.N.Greenwood and J.B.P.WilliamsonやJ.N.Greenwood and J.H.Trippは,弾性接触問題に関してモデルを提唱し,積極的に解析を行っている.

 以上に示した研究においては,比較的高押込み荷重の場合であり,圧子を押込むことによって表面の粗さが十分に押し潰されて塑性変形するために,評価の段階では表面粗さを定量的に考慮していない.これに対して超微小硬さ試験の場合には,押込み荷重が通常行われている各種硬さ試験と比較してより微小であるために,圧子の押込みによって形成されるくぼみを同定することが難しい.この最大の理由は,試料の試験面には必ず粗さ(表面粗さ)が存在しているからであり,そのためにくぼみを鮮明に確認することができないからである.このために前述したように超微小硬さ試験の場合には,押込み荷重と圧子の押込み深さとの関係を連続的な時系列データとして測定して評価を行っている.しかし,押込み荷重がより微小な荷重になると,くぼみがより小さくなることから表面粗さの影響が必然的により大きくなると考えられるが,現行の超微小硬さ試験では,評価の段階で表面粗さを考慮していないのが現状である.

 本論文では,超微小硬さ試験において,表面粗さを考慮に入れた評価方法の確立が重要な課題となっている現状を踏まえて,まず,すべての面に必ず存在する表面粗さが超微小硬さ値にどのような影響を及ぼすのかについて実験的見地から明確にした.続いて,圧子先端形状(曲率半径)が超微小硬さ特性にどのような影響を及ぼすのかについて同様に実験的見地から明確にし,また,超微小硬さ試験が工業的に今後どのような役割を果たせるのかについても実用面での事例を挙げ,その重要性についても言及した.

 本論文は,「超微小硬さ値に及ぼす表面粗さおよび圧子先端形状の影響」と題して,以下に示す全6章から構成されている.

 第1章では,「序論」と題して,超微小硬さに関する従来からの研究と超微小硬さ試験に関する問題点について示し,超微小硬さ試験において表面粗さを考慮することの重要性について述べている.また,本研究の目的と本論文の構成について述べている.

 第2章では,「実験」と題して,2.1節では緒言を述べている.2.2節では超微小硬さ試験装置および試験方法について,試験装置については詳細な仕様を,試験方法については従来の方法に加えて問題点について明らかにしている.2.3節では試料について詳細に述べている.基材(Fe)については,表面粗さについて詳細な測定を行い,基礎データとして示し,併せてSEM写真を示している.また,化学成分分析結果についても示している.

第3章では、「表面粗さを考慮した超微小硬さ評価」と題して,3.1節では緒言を述べている.3.2節では従来の研究から得られた種々の結果と考察について述べている.3.3節では表面粗さを考慮した場合の実験結果を示し,考察を加えている.図1に超微小硬さHNと表面粗さ(算術平均粗さ)Raとの関係を示す.これより,押込み荷重が100mgの場合には表面粗さの違いによって超微小硬さの値が大きく変動することが分かる.しかし,それ以外の押込み荷重の場合には,表面粗さによらず超微小硬さはほとんど変化せずにほぼ一定の値を示すことが分かる. 3.4節では圧子先端の曲率半径を考慮した場合の実験結果を示し,考察を加えている.3.5節では以上の結果および考察を踏まえて,小結として述べている.

 第4章では,「接触面の表面粗さを考慮した解析による検討とその妥当性」と題して,4.1節では緒言を述べている.4.2節では解析に関する従来の研究について述べ,従来の解析に関する問題点と硬さ値の決定法について述べている.4.3節では表面粗さを考慮した場合の弾性解析について,解析モデル,解析方法と解析結果を示し,検討および考察を述べている.4.4節では以上の点を踏まえて,超微小硬さ試験法への提案について述べている.4.5節では以上の結果および考察を踏まえて,小結として述べている.

 第5章では,「超微小硬さの実用面への応用」と題して,5.1節では近年技術的な開発が急速に進んでいるセラミックコーティングの硬質薄膜の中でも工業的に切削工具などに多く用いられているTiNコーティング膜を実験対象として,膜厚さの違いや圧子先端の形状の違いが超微小硬さ特性に及ぼす影響について詳細に検討を加えている.5.2節ではナットの強度を検討する場合において,従来から実施されている供試材端面だけのロックウェル硬さ試験では強度を評価するには不十分であり,ナットの強度評価にはねじ山による評価が必要不可欠であるという認識のもとにナットのねじ山の断面とねじ山表面とに注目し,ねじ山の断面の超微小硬さ分布とねじ山表面の超微小硬さとを測定して,締め付け強度と硬さとの関係を明らかにし,現行の日本工業規格による強度評価だけでは不十分であり,ナットの強度評価には超微小硬さが有効であることを示している.

 第6章では,「結論」と題して,以上の成果を総括して述べている.

 以上

図1 超微小硬さHNと表面粗さ(算術平均粗さ)Raとの関係

審査要旨 要旨を表示する

 材料やその表面の機械的性質を明らかにする方法として,いくつかの材料試験法があるが,その中でも比較的簡便で非破壊な方法の一つとして硬さ試験がよく知られている.硬さ試験は,今世紀初頭にブリネル,ビッカース,ロックウェル,ショアなどの硬さ試験法が確立されて以来,材料の強度評価方法として多く用いられ,現在に至っている.硬さは,材料の力学的性質の一つの工業量であり,それをいかに評価するかが重要な課題である.硬さとして表される量は,その物理的な意味を簡潔に表すことは非常に難しいことであるが,硬さ量は異なる材料の強度特性を比較するのに非常に有効な手段でもある.従来から行われている多くの硬さ試験は,圧子を比較的高押込み荷重で試料の試験面に押込み,試験面に形成されるくぼみの対角線長さを測定することによって硬さ値を算出する方法であるが、硬さ値の結果には試料表面の凹凸部分に影響を受けることが知られている.高押込み荷重の場合には,試料表面の凹凸部分が硬さ値に及ぼす影響が系統的に行われているものの、微小硬さの荷重領域においては,表面粗さを考慮した報告は無く,しかも,本研究が対象としている超微小荷重領域における研究は皆無である.押込み荷重がより微小な荷重になると,くぼみがより小さくなることから表面粗さの影響が必然的により大きくなると考えられるが,現行の超微小硬さ試験では,評価の段階で表面粗さを考慮していないのが現状である.

 本論文では,超微小硬さ試験において,表面粗さを考慮に入れた評価方法の確立が重要な課題となっている現状を踏まえて,まず,すべての面に必ず存在する表面粗さが超微小硬さ値にどのような影響を及ぼすのかについて実験的見地から明確にした.続いて,圧子先端形状(曲率半径)が超微小硬さ特性にどのような影響を及ぼすのかについて同様に実験的見地から明確にし,また,超微小硬さ試験が工業的に今後どのような役割を果たせるのかについても実用面での事例を挙げ,その重要性についても言及した.

 本論文は,「超微小硬さ値に及ぼす表面粗さおよび圧子先端形状の影響」と題して,以下に示す全6章から構成されている.

 第1章では,「序論」と題して,超微小硬さに関する従来からの研究と超微小硬さ試験に関する問題点について示し,超微小硬さ試験において表面粗さを考慮することの重要性について述べている.また,本研究の目的と本論文の構成について述べている.

 第2章では,「実験」と題して,2.1節では緒言を述べている.2.2節では超微小硬さ試験装置および試験方法について,試験装置については詳細な仕様を,試験方法については従来の方法に加えて問題点について明らかにしている.2.3節では試料について詳細に述べている.基材(Fe)については,表面粗さについて詳細な測定を行い,基礎データとして示し,併せてSEM写真を示している.また,化学成分分析結果についても示している.

 第3章では、「表面粗さを考慮した超微小硬さ評価」と題して,3.1節では緒言を述べている.3.2節では従来の研究から得られた種々の結果と考察について述べている.3.3節では表面粗さを考慮した場合の実験結果を示し,考察を加えている.その結果、押込み荷重が10mgfと小さい場合には表面粗さの違いによって超微小硬さの値が大きく変動することが分かった.しかし,それより大きな押込み荷重の場合には,表面粗さによらず超微小硬さはほとんど変化せずにほぼ一定の値を示すことが分かった.3.4節では圧子先端の曲率半径を考慮した場合の実験結果を示し,考察を加えている.3.5節では以上の結果および考察を踏まえて,小結として述べている.

 第4章では,「接触面の表面粗さを考慮した解析による検討とその妥当性」と題して,4.1節では緒言を述べている.4.2節では解析に関する従来の研究について述べ,従来の解析に関する問題点と硬さ値の決定法について述べている.4.3節では表面粗さを考慮した場合の弾性解析について,解析モデル,解析方法と解析結果を示し,検討および考察を述べている.4.4節では以上の点を踏まえて,超微小硬さ試験法への提案について述べている.4.5節では以上の結果および考察を踏まえて,小結として述べている.

 第5章では,「超微小硬さの実用面への応用」と題して,5.1節では近年技術的な開発が急速に進んでいるセラミックコーティングの硬質薄膜の中でも工業的に切削工具などに多く用いられているTiNコーティング膜を実験対象として,膜厚さの違いや圧子先端の形状の違いが超微小硬さ特性に及ぼす影響について詳細に検討を加えている.5.2節ではナットの強度を検討する場合において,従来から実施されている供試材端面だけのロックウェル硬さ試験では強度を評価するには不十分であり,ナットの強度評価にはねじ山による評価が必要不可欠であるという認識のもとにナットのねじ山の断面とねじ山表面とに注目し,ねじ山の断面の超微小硬さ分布とねじ山表面の超微小硬さとを測定して,締め付け強度と硬さとの関係を明らかにし,現行の日本工業規格による強度評価だけでは不十分であり,ナットの強度評価には超微小硬さが有効であることを示している.

 第6章では,「結論」と題して,以上の成果を総括して述べている.

 近年,マイクロマシンに代表される機械要素の微小化や半導体デバイス,磁気ディスクなどの従来にはない微小な部分の機械的特性を明らかにすることがますます重要な課題となっている現状に鑑み,超微小荷重領域における硬さ試験において,試験面の表面粗さが超微小硬さの値にどのような影響を及ぼすのかについて,実験と解析との両面から解明した本研究の、社会的意義は大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50234