学位論文要旨



No 214712
著者(漢字) 榎本,啓士
著者(英字)
著者(カナ) エノモト,ヒロシ
標題(和) 微小重力場を利用した白金触媒反応の機構解明
標題(洋)
報告番号 214712
報告番号 乙14712
学位授与日 2000.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14712号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 土橋,律
内容要旨 要旨を表示する

 触媒燃焼法は低温での燃焼および希薄混合気での燃焼が容易なため,NOxなどの環境汚染物質の排出量低減と燃焼効率向上の両面から,有力な燃焼方法として近年注目を浴びており,その反応機構を基礎的に解明することが求められている.今日までなされている触媒研究の中でも,特に白金を触媒として用いた水素-酸素混合気の反応機構は,多くの研究者が研究対象として選んでおり,様々な実験的研究,数理解析および大型計算機を用いた数値シミュレーションがなされている.これらの過去の実験は,いずれの場合も低速の流れ場を利用して行われている.一方,触媒近傍には温度勾配,すなわち密度勾配が存在する.この密度勾配と,重力が存在することで自然対流が起こり,触媒表面近傍の重要な場は非常に複雑なものになる.この自然対流の影響を定量化することは一般に困難であり,実験結果の解析には多くの仮定が含まれる場合が多い.そこで,本研究ではこの自然対流の影響を無視しうる微小重力環境を利用して,この表面点火温度の当量比依存性を改めて検討する.

 室温の可燃性混合気中に置いた触媒を加熱,触媒がある温度に到達したとき表面反応が非常に活発になる.図1に本研究で得られる典型的な表面温度履歴を示す.表面反応が活発になると,その反応熱により表面温度履歴は変曲点を示す.本研究では,この変曲点が表れる現象を表面点火(catalytic ignition),このときの表面温度を表面点火温度と定義する.この表面点火温度よりも十分高い温度になった時点で触媒の加熱を停止すると,表面反応は持続し,室温よりも表面温度の高い状態が保たれる.この加熱を停止する温度を加熱停止温度(cut-off temperature)と定義する.加熱開始から停止までの領域を加熱領域(heating duration),加熱停止後の領域を自発的反応領域(spontaneous reaction duration)と定義する.自発的反応領域では,表面温度が時間と共に変化しない,つまり定常的な状態となる.この定常状態での表面温度を,定常温度(steady-state temperature)と定義する.

 燃焼容器は超々ジュラルミン製,内部は直径109mm,長さ180mmの円筒形になっている.図2にその概要を示す.容器内面は反射光の影響を小さくするために黒色にしている.白金触媒を加熱するため,直径90mmのパイレックス製窓を2つ設け,それを通してサーモ理工社製楕円曲面反射鏡付ハロゲンランプにより触媒を加熱した.白金触媒の形状は,直径1.5mmの球形とした.この触媒球は,純度99.98%の白金細線をバーナで加熱,融解し,表面張力を利用して球形に加工した.保持線には白金線と,白金-ロジウム合金線を用いた.これにより,保持線は熱電対として利用することができ,表面温度を計測することができる.微小重力環境は自由落下法および放物飛行を用いる方法の二通りで得られた.自由落下法は,北海道空知郡上砂川町にある地下無重力実験センター(JAMIC)が擁する実験設備を利用して実施された.落下距離490m,時間にして約10秒間の微小重力環境が得られる.この落下実験施設で得られる微小重力環境での重力加速度は1.0e-4G程度である.放物飛行を用いる方法は,愛知県小牧市にあるダイヤモンドエアサービス(DAS)が所有する三菱重工業製MU-300を用いて実施された.この航空機を用いて放物飛行を行い,微小重力環境を実現する.この放物飛行で得られた微小重力環境での重力加速度は1.0e-2G程度,微小重力時間は約20秒間であった.

 以下に結果の概略を示す.通常重力場では,図3に示すように,窒素による希釈率が大きいほど定常温度が低くなる.

 これは,希釈率が大きいほど反応に寄与する化学種の触媒表面への輸送量が小さくなる,つまり,表面反応による発熱量が小さくなるためである.また,図4に示すように,ある当量比で定常温度は極大値を示す.この当量比は希釈率に依存しない.これは,気相における水素および酸素の拡散係数が異なるためである.つまり,表面に輸送される量の比がちょうど量論比になる場合,定常温度は極大値を示す.

 通常重力場では,図5に示すように,窒素による希釈率が大きいほど表面点火温度が高くなる.また,図6に示すように,表面点火温度はある当量比で極小値を示す.これは,表面点火が化学種の吸着・離脱の速度に依存するためである.

 微小重力場での表面温度履歴は,当量比の小さい場合を除き,数値シミュレーションによる結果と一致する.図7に,加熱停止後の表面温度履歴を示す.実験によって得られたものと数値シミュレーションによって得られたものを比較している.当量比が小さい場合,数値シミュレーションは表面温度を高く見積もる.この原因として,従来の表面反応に関する数値シミュレーションモデルが,水素の吸着確率および酸素の被覆率を小さく見積もっているためと考えられる.

 微小重力場でも,通常重力場での結果と同様に,表面点火温度はある当量比で極小値を示す.図8に微小重力場での実験結果及び数値シミュレーションの結果を示す.しかしながら,数値シミュレーションの結果ではそのような極小値が示されていない.このことはシミュレーションモデルについて,今後さらなる検討が必要であることを示唆している.

図1 典型的温度履歴

図2 実験装置概略

図3 定常温度と希釈率の関係(通常重力場)

図4 定常温度と当量比の関係(通常重力場)

図5 表面点火温度と希釈率の関係(通常重力場)

図6 表面点火温度と当量比の関係(通常重力場)

図7 表面温度履歴比較(微小重力場)

図8 表面点火温度と当量比の関係(微小重力場)

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)榎本啓士提出の論文は,「微小重力場を利用した白金触媒反応の機構解明」と題し,5章から成っている.

 触媒燃焼法は希薄混合気の燃焼が容易なために燃焼効率の向上がはかられることと,低温での燃焼が可能であるので窒素酸化物などの環境汚染物質の排出量が低減されることから,有力な燃焼方法として近年注目を浴びている.そのため,その反応機構を基礎的に解明することが大いに期待されている.今日までなされている触媒研究の中でも,特に白金を触媒として用いた水素-酸素混合気の反応機構は,基礎的な観点からだけでなく白金の強い触媒性能を利用する応用的な観点からも,多くの研究者が研究対象として選んでおり,様々な実験的研究,数理解析および大型計算機を用いた数値シミュレーションがなされている.これらの過去の実験は,いずれの場合も低速の流れ場を利用して行われている.一方,触媒近傍には温度勾配,すなわち密度勾配が存在する.この密度勾配と,重力が存在することで自然対流が起こり,触媒表面近傍の重要な場は非常に複雑なものになっている.この自然対流の影響を定量化することは一般に困難であり,実験結果の解析には多くの仮定が含まれる場合が多い.そこで,本研究ではこの自然対流の影響を無視しうる微小重力環境を利用して,表面反応による発熱量および表面点火温度の燃料割合依存性を検討し,触媒の反応機構を明らかにしようと試みている.

 第1章は,序論であり本研究の背景を述べ,関連する研究の成果とその問題点を検討し,研究の意義と目的を明確にしている.

 第2章は,実験装置と測定法について述べている.まず,触媒燃焼装置の説明,および実験に用いた触媒について説明をしている.さらに,微小重力環境を実現した方法およびその残留加速度が実験結果に及ぼす影響について説明している.

 第3章では,数値解析に用いた計算スキームについて述べている.まず,支配方程式,輸送係数の評価についての説明があり,気相における化学反応モデル,表面における触媒反応モデルおよび境界・初期条件について説明している.

 第4章は,通常重力場および微小重力場において得られた実験結果をもとに,気相で輸送されている反応化学種と反応量の関係,および触媒表面への化学種の吸着・離脱速度と表面点火温度との関係について考察している.その結果として,気相での化学種輸送速度は表面反応速度よりも遅く,よって輸送過程が表面反応による化学種の反応量を支配していること,また表面点火温度は化学種の吸着速度および離脱速度に大きく影響されていることを明らかにしている.さらに,従来の研究では燃料割合が大きくなると,表面点火温度が単調に増加する実験結果が得られている.しかし,本研究においては,ある燃料割合で表面点火温度が極小値を取ることが実験的に示されている、この事実は過去の研究から得られている反応モデルでは説明できない現象であり,特に化学種の吸着・離脱モデルについて更なる研究が必要であることを示唆している.

 第5章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文は,触媒表面反応の反応速度が気相における化学種輸送速度に大きく依存していること,表面点火温度は化学種の吸着速度および離脱速度に依存していることを明らかにし,触媒表面反応の支配的機構の特定を行ったという点で燃焼学および表面科学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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