学位論文要旨



No 214715
著者(漢字) 栗田,真人
著者(英字)
著者(カナ) クリタ,マサト
標題(和) ロードホイール用高疲労強度熱延鋼板の開発と適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214715
報告番号 乙14715
学位授与日 2000.05.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14715号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 岡崎,正和
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、高疲労強度鋼製ロードホイール用熱延鋼板の開発とロードホイールへの適用を目的として、ロードホイールの各疲労危険部(ハット部、立ち上がり部、風孔部、リム・ディスク溶接部)に対応した小型試験片の疲労試験からロードホイールの疲労強度評価にわたる広範囲の研究を行った。

 第1章では、本研究に関連する従来の研究について総括し、本研究の目的を達成するために取り上げるべき課題を抽出した。

 第2章から第4章では、ハット部、立ち上がり部に対応する平滑材の疲労強度を検討した。

 第2章では、0.15C-1.2Mn系の化学組成を有するフェライト−パーライト組織鋼(以後F+P鋼)をベースに、種々の強化元素を添加した、あるいは熱延条件を変えることにより強化機構を変えた鋼板を実験室にて準備し、疲労試験を行った。その結果、(1)耐久比(疲労限度/引張強度)は固溶あるいは析出強化元素添加によりフェライト地を強化する方法で向上できること、(2)固溶(Si、N、P)あるいは析出強化(Nb、Ti、V)による引張強度の上昇量に対する疲労限度の上昇量の比は、強化元素の種類によらずほぼ1.0と高く、他方パーライト強化(高C)、転位強化の場合は低いこと(図1)を明らかにした。さらに疲労限度と低サイクル疲労特性(繰返し変形抵抗)との関係についても調査し、転位の繰返し運動に対するフェライトの抵抗を大きくすることが疲労限度向上につながることも明らかにした。

 第3章では、0.05C-0.5Si-1.4Mn-Cr-Mo系の化学組成を有するフェライト−マルテンサイト組織鋼(以後DP鋼)をベースに、(a)C、Si、Tiなど種々の強化元素を添加、(b)Ar3点以下の低温仕上げ圧延により加工転位を導入、(c)焼もどしにより可動転位をピン止め、などをおこなった各種強化鋼板を実験室にて準備し、疲労試験を行った。その結果、(1)耐久比は固溶あるいは析出強化元素添加によりフェライト地を強化する方法で向上できること、(2)固溶あるいは析出強化による、引張強度の上昇量に対する疲労限度の上昇量の比は、強化元素の種類によらずほぼ1.0と高いこと(図1)、(3)一方硬質第2相の増加や加工転位を導入、可動転位をピン止めによる強化の場合は小さいこと、を明らかにした。これらの結果が定量的にも上述のF+P鋼の場合とほぼ一致していること、また疲労限度と低サイクル疲労特性(繰返し変形抵抗)との関係についてもF+P鋼の場合と同一の式で記述できることから、低炭素熱延鋼板の疲労特性(疲労限度、繰返し変形抵抗等)に及ぼす硬質第2相の種類や体積率の影響は小さく、フェライト地の固溶あるいは析出強化量でほぼ決まるとの重要な結論を得た。

 第2章および第3章の結果より、フェライトを基地組織とする熱延鋼板の疲労限度は、硬質第2相の種類や体積率によらず、フェライト地の強化機構すなわち転位の繰返し運動に対するフェライトの抵抗に強く依存することが明らかになった。さらに材質設計の点から、転位の繰返し運動に対するフェライトの抵抗増加に寄与する固溶強化あるいは析出強化などの強化機構を選択することが、高い耐久比を得るために効果的であると結論づけられる。

 第4章では、疲労強度に及ぼす強化機構の組み合わせ、すなわち各種強化元素の複合添加の影響を把握し、その疲労限度の定式化を図り、耐久比を向上するための適正な強化機構の組合せを検討することを目的に、複数の強化機構を組み合わせたF+P鋼の疲労試験を行った。試験の結果、疲労限度は、個々の強化機構(強化元素)による引張強度の上昇量に対応した疲労限度の上昇量を線形的に加算することにより求められることを明らかにした。また、パーライト体積率を低減しフェライトを固溶、析出強化したF+P鋼にて約0.7と極めて高い耐久比が得られた。この結果は、上述した線形加算則の考え方によって定量的に説明することができる。これより高疲労強度および高耐久比熱延鋼板の成分設計の考え方を確立できたと結論づけられる。

 以上の検討は破断の疲労限度に関するものであるが、疲労破壊の機構を基礎的に解明するためには、その第1段階であるすべり帯の発生について検討する必要があった。また繰返し塑性ひずみが疲労限度を支配するパラメータと考えられ、き裂およびすべり帯の発生と密接に関連すると予想された。そこで第5章では、第2章から第4章で用いたF+P鋼およびDP鋼を用いて疲労試験を行い、すべり帯発生の疲労限度に及ぼす強化機構の影響を塑性ひずみに着目して検討した。その結果、(1)破断の疲労限度と同様、フェライトの強化によりすべり帯形成の疲労限度は向上し、両者の差は平均で6%と小さいこと、(2)すべり帯形成の疲労限度(σws)負荷での塑性ひずみ振幅(εpaws)は、その疲労限度の高い材料ほど小さくなること(図2)、を明らかにした。さらに(2)について、詳細なすべり帯分布の調査を行った結果、すべり帯発生の疲労限度の増加とともにすべり帯の局在化が著しくなることを明らかにした。この結果より、すべり帯が発生する限界となる局部的な塑性ひずみ振幅は鋼種にはあまり依存せず、むしろフェライト相の材料定数であると推定された。

 第2章から第5章までに得られた平滑材の疲労強度に関する結果をまとめると、固溶および析出強化は、フェライトにおける繰返し塑性変形を抑制し、すべり帯が発生する限界の応力を向上させることで、破断の疲労限度を効果的に向上する、と結論づけられる。

 つぎに風孔部の疲労強度に対応して、第6章では、熱延鋼板の打抜切欠き材疲労限度に及ぼす強化機構の影響を検討した。打抜切欠き材の疲労限度は平滑材の疲労限度とは異なりフェライトの強化量にはあまり依存せず、硬質第2相の種類に強く依存し、フェライト―ベイナイト組織、ついでDP組織が優れることが明らかになった。

 さらにリム・ディスク溶接部の疲労強度に対応して、第7章では熱延鋼板溶接継手の疲労限度に及ぼす強化機構の影響を検討した。この結果、Si添加量の多い材質は疲労限度が高くなる傾向にあること、溶接継手の疲労限度は母材の引張強度や平滑材の疲労限度にはあまり依存せず、主として止端部形状によって決まること(図3)が明らかになった。また疲労限度を各供試材の止端部の最大応力(応力集中係数を乗じた疲労限度)に換算して平滑材の疲労限度との関係を整理した結果、溶接継手の疲労限度は平滑材疲労限度の増加とともにわずかではあるが増加する傾向があった。これより、Siの添加は止端部半径の増加だけでなく、Si固溶強化として溶接継手の疲労限度向上に寄与していることがわかった。

 第6章と第7章の結果からわかるように、切欠き材や溶接継手の疲労限度向上のための材質設計の考え方は平滑材疲労限度のそれと大きく異なっており、両立は難しい。上述の結果から、ロードホイールの全ての疲労危険部に対応できる材料は、Siを多量に添加したフェライト−ベイナイト組織鋼あるいはDP鋼だけであることが示される。しかしながらSiの多量添加は鋼板表面上の問題があり、ホイールの種類によっては適用できない場合がある。したがってロードホイールへの適用に際しては、そのホイールに要求される特性を十分考慮した上で材質を設計・選択することが必要であると結論づけられる。

 第8章では、得られた知見をもとに、平滑部であるハット部の疲労強度改善を目的に、現行540MPa級鋼(0.15C-1.4Mn)に対しCを低減しTiおよびNbを添加した540MPa級鋼(0.07C-1.4Mn-0.02Ti-0.02Nb)を用いてロードホイールを試作し、回転曲げモーメント耐久試験を実施した。試験の結果、疲労き裂起点はいずれのホイールでも平滑部であるハット部であること、試作鋼ホイールの方が現行鋼ホイールより高寿命となること、が明らかになり、上述の試験結果をもとにした材質設計の考え方がロードホイールに適用できることが確認できた。

 一方鋼板の高強度化にともない、ホイール製造時(プレス成形、リムかん合)に発生する、疲労強度に有害な引張の残留応力が大きくなることが予想される。この場合、小型試験片の結果から推定される疲労限度あるいは疲労寿命が得られない可能性がある。実際に高強度鋼ロードホイールを開発する際には、残留応力の影響を定量的に把握し疲労寿命が極大となる強度レベルを見極めることが必要である。そこで第9章では、板厚が同一で強度レベルが370MPa級から780MPa級の種々の鋼板を用いてロードホイールを試作し、疲労試験を実施すると同時に発生応力、残留応力を測定した。その結果、(1)ロードホイールの疲労寿命は強度が低い範囲では強度の上昇とともに増加するものの、ある強度(本研究のロードホイールでは540MPa級以上かつ690MPa級以下)で飽和すること、(2)この原因は強度上昇とともにき裂起点部に発生する有害な引張残留応力が急激に増加するためであること(図4)、が明らかになった。これよりロードホイール用鋼板には、単にフェライト強化元素の添加により引張強度が高ければよいというわけではなく、製造時に発生する残留応力の点から適当な引張強度であることが要求されると結論づけられる。

 以上の結果および成果をもとに、高疲労強度ロードホイール用熱延鋼板の開発指針をまとめ、これを表1に示す。風孔部の疲労強度向上の機構は現時点では解明されていないが、実験結果から、材料の加工硬化特性に強く依存すると推定される。

図1 ベース鋼からの引張強度上昇量と疲労限度上昇量の関係

図2 塑性ひずみ振幅と応力振幅の関係とおよび疲労損傷の種類

図3 止端部半径ρと疲労限度との関係

図4 鋼板強度と発生する残留応力の関係

表1 高疲労強度ロードホイール用熱延鋼板の開発指針

審査要旨 要旨を表示する

 ロードホイールは、自動車において高い疲労強度と信頼性が要求される重要部品の1つである。本論文は、ロードホイール用熱延鋼板の疲労強度を向上させるための指針を明らかにし、従来の鋼より疲労寿命がおよそ1.3倍の540MPa級鋼を開発した成果を述べたものである。

 第1章は序論で、本研究の背景、従来の研究と問題点、本研究の目的を述べている。

 第2章では、0.15%C-1.2%Mn系フェライト−パーライト鋼(以後F+P鋼)をベースに、添加元素や熱間圧延条件を変えることによって強化機構を変えた鋼板を用い、疲労試験を行っている。その結果、(1)耐久比(疲労限度(σw)/引張強度(σB))は固溶あるいは析出強化元素添加によりフェライト地を強化する方法で向上できること、(2)固溶あるいは析出強化によるσBの上昇量に対するσwの上昇量の比は、強化元素の種類によらずほぼ1.0と高いこと、(3)パーライト強化(パーライト体積率の増加による強化)、転位強化の程度は小さいことを明らかにした。さらにσwと低サイクル疲労特性との関係についても検討し、転位の繰返し運動に対するフェライトの抵抗を大きくすることがσwの向上につながることも明らかにしている。

 第3章では、0.05%C-0.5%Si-1.4%Mn-Cr-Mo系フェライト−マルテンサイトDual Phase鋼(以後DP鋼)をベースとし、各種機構(C,Si,Tiなどの強化元素の添加、低温仕上げ圧延による転位の導入および焼もどしによる可動転位のピン止め)で強化した鋼板を用い、疲労試験を行っている。その結果、耐久比に関しては、第2章で得られた(1)と(2)と同様な結果を得るとともに、マルテンサイト相の増加や加工転位の導入、可動転位のピン止めによる強化の程度は小さいことを明らかにしている。またσwと低サイクル疲労特性との関係についてもF+p鋼の場合と同一の式で記述できることから、低炭素熱延鋼板の疲労特性に及ぼす硬質第2相の種類や体積率の影響は小さく、疲労特性はフェライト地の固溶あるいは析出強化量でほぼ決まるということを明らかにしている。

 第4章では、フェライトの固溶強化、フェライトの析出強化、パーライト強化を組み合わせたF+P鋼の疲労特性に及ぼす各強化機構の影響について検討している。その結果、σwは各強化機構元素によるσBの上昇量に対応したσwの上昇量を線形的に加算することにより推定できることを示し、高疲労強度および高耐久比熱延鋼板の成分設計の指針を明らかにしている。

 第5章では、第2章から第4章で用いたF+P鋼およびDP鋼を用い、すべり帯の発生に注目した疲労限度(σws)に及ぼす強化機構の影響を検討している。その結果、フェライトの強化によってσWとσWSはともに増加するが、両者の増加量の差は平均でおよそ6%と小さいこと、σwsを負荷したときの塑性ひずみ量はσWSの高い材料ほど小さくなることなどを明らかにしている。

 第6章では、実際のロードホイールを考慮し、熱延鋼板の打抜切欠き材のσwに及ぼす強化機構の影響を検討している。その結果、打抜切欠き材のσwは、平滑材のσwとは異なりフェライトの強化量にはあまり依存せず、むしろ硬質第2相の種類に強く依存し、フェライト-ベイナイト組織、ついでDP組織が優れることを明らかにしている。

 第7章では、熱延鋼板溶接継手のσwに及ぼす強化機構の影響を検討している。その結果、(1)Si添加量の多い材質はσwが高くなる傾向にあること、(2)Siを添加すると止端部半径が大きくなること、(3)溶接継手のσwは母材の引張強度や平滑材のσwにはあまり依存せず、主として止端部形状によって決まることなどを明らかにしている。

 第8章では、本研究で得られた知見をもとに材料設計した540MPa級鋼(0.07%C-1.4%Mn-0.02%Ti-0.02%Nb)を用いて実際にロードホイールを試作し、回転曲げモーメント耐久試験を実施し、現行鋼(0.15%C-1.4%Mn)ホイールと比較している。その結果、疲労き裂の起点はいずれのホイールでも平滑部であるハット部であること、開発鋼ホイールの方が現行鋼ホイールより高寿命となること、を示している。

 第9章では、板厚が同一で強度レベルが370MPa級から780MPa級の種々の鋼板を用いてロードホイールを試作して疲労試験を実施すると同時に、いろいろな場所での試験時の応力、残留応力を測定している。その結果、ロードホイールの疲労寿命は強度が低い範囲では強度の上昇とともに増加するものの、ある強度(540MPa級以上で690MPa級以下)で飽和すること、この原因はき裂起点部に発生する有害な引張残留応力が強度上昇とともに急激に増加するためであること、を明らかにしている。また、ホイールの形状等プレス条件を最適化すれば、鋼の一層の高強度化に見合った疲労強度・疲労寿命の向上は可能であると考察している。

 第10章は、総括である。

 以上を要するに、本論文はロードホイール用熱延鋼板の疲労強度を向上させるための材料学的指針を明らかにし、その指針に従い、従来の鋼より疲労特性に優れた鋼を開発出来たことを述べたもので、材料工学における寄与が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク