学位論文要旨



No 214718
著者(漢字)
著者(英字) Nemalikanti,Purnachandra,Rao
著者(カナ) ネマリカンティ,プルナチャンドラ,ラオ
標題(和) インドプレートの境界地域および安定大陸地域におけるアクティブテクトニクス
標題(洋) ACTIVE TECTONICS OF THE PLATE MARGINS AND THE STABLE CONTINENTAL REGION OF THE INDIAN PLATE
報告番号 214718
報告番号 乙14718
学位授与日 2000.05.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14718号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 助教授 里,嘉千茂
 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 助教授 佐藤,比呂志
 東京大学 教授 菊池,正幸
 東京大学 助教授 佃,為成
内容要旨 要旨を表示する

 インドプレートは地球上で特異である。このプレートの境界地域では、ヒマラヤ・チベットにおける大陸同士の衝突、ビルマ弧における斜方向への沈み込み、北東インド洋変形帯における新生プレート境界といった変化に富んだテクトニクス環境を呈している。プレート内部に位置するインド半島は、大陸地殼(クラトン)が古い地質時代のリフトバレーでモザイク状に繋ぎ合わされた盾状地であり、安定大陸地域と呼ばれている。地震活動が低いはずのこの地域で、最近の数10年間に、世界で最も規模の大きい、ダム誘発地震(1967年コイナ地震、M6.3)、安定大陸での最大の被害地震(1993年ラトゥール地震、M6.1)、盾状地として深い震源をもつ地震(1938年サトプラ地震、M6.3、1997年ジャバルプール地震、M5.8)など顕著な地震が発生し、インド半島が“安定”とは云えなくなっている。このような特殊な環境にあるインドプレートの地震テクトニクスを研究するため、プレート境界域については、これまで豊富に蓄積されたセントロイド・モーメントテンソルのデータを用い、盾状地については、最近インドで展開された地震観測網による高精度のディジタル地震波形データを用いて地震の解析を行った。

 ヒマラヤ・チベット高原、ビルマ・アンダマン弧、インド洋海域などのプレート境界域に対しては、著者が以前考案した平均スリップアングル法(MSA)によって、多量の発震機構データを正断層、逆断層、ストライクスリップの型に分類した。また、それぞれの型に対する地震活動度を地震断層面積の積算による方法で評価した。ビルマ弧では、沈み込むスラブの上部と下部で、それぞれストライクスリップ型とスラスト型に分かれている。さらに、約20年間の地震モーメントの積算から求めた歪の圧縮率の南北方向と東西方向の比が4:1であること、プレート相互のオイラー極の周りの回転運動の速度ベクトルの向きがN17°E方向であることから、テクトニクスの様態が最近の地質時代の間に変化したらしい。これらの事実と、スラブ全域にてP軸がNNE-SSW方向であることを考えあわせると、この地域では、現在、沈み込むスラブは存在するが、インドプレートは弧に沿ってビルマプレート(マイクロブレート)を引きずりながら運動していると云える。このような沈み込み帯は他にはない。しかし、プレート境界付近で発生している地震はプレート内地震であって、インドスラブはビルマプレートに固着しているように見える。インドプレートの運動の大部分は、ビルマプレートの東端のサガイン断層などの断層帯での右横ずれ運動で解消されていると見られる。これに対し、典型的な沈み込みは南アンダマン弧に見られる、一方、北アンダマン弧では、ストライクスリップや正断層の地震グループが存在し、アンダマン海が開きつつあることを示している。

 地震モーメント・データから得られた歪蓄積率のNS方向、EW方向、上下に対する比を求めると、ヒマラヤ、チベット、ビルマ弧において、それぞれ-5:2:3、-2:7:-5、-4:-1:5であった。ここで符号が負ならば短縮を意味する。わずか20年間の地震データによるが、ヒマラヤ、チベットでは、いずれも南北短縮かつ東西伸張であるが、ヒマラヤでは地殻の厚さが増す傾向なのに対し、チベットでは減少の傾向を示している。その原因についてはさらなる研究を要する。ビルマ弧での南北短縮の卓越は、これもスラブの東方向への沈み込みの停止を支持している,インド-ユーラシアおよびインド-ビルマのプレート境界の対曲部に存在するシロング高原は、北はインド-ユーラシアプレート境界、東はインド-ビルマのプレート境界からの圧縮力によって最近の地質時代に隆起した。インド洋北東部の地震活動地域では、北部においてストライクスリップ断層型の地震が多いが、このことは南方のプレートの剛体的回転運動およびインドプレート内のねじれによる断層運動で説明できる。

 盾状地に対しては最も活動的な地域の地震の広帯域地震波形を解析してモーメント・テンソル・インヴァージョンを行った。最も多くの観測点においてデータが得られたのは、インド中部ナルマダ・ソン構造線(NSL)の1997年5月21日のジャバルプール地震(Mw5.7)である。この地震のP波とS波の走時に格子点走査法を適用して、盾状地における地震波速度構造を求めた。P波の走時残差は0.26sで、これまでの表面波による構造モデルでの1.08sや4.58sに比べモデルの精度が格段に改善された。この構造をもとに波形インヴァージョンを行い、逆断層型のメカニズムをもつ震源断層を明らかにした。これは、古い時代のリフトバレーによって生成されたNSLに沿った正断層が再活動したことを意味する。この地震の震源の深さは35kmで、地震波形全体のインヴァージョン解析によってもこの深さが最も安定した解を与える。このように下部地殻深部の震源をもつ原因としては、水平方向に延びた蛇紋岩化したマッフィクな貫入岩帯による歪みの蓄積が考えられる。インド東部のゴダバリ地溝では、モーメント・テンソル・インヴァージョンによる断層解と地形のリニアメントとの対比により、地殻ブロックの回転運動が示唆される。インド西部のコイナ地域では、広帯域波形のインヴァージョン解析から、地震波速度構造、震源の深さの精密化に成功した。Vp/Vsについては1.69、最上部層の風化した玄武岩層の厚さは1.3kmと求められた。また、これまでは、深さ10kmまでのやや深部の活動が知られていたが、M4.0の顕著地震が、深さ2.5kmという極めて浅い領域にも発生していることが初めて確認された。得られた地震断層モデルは南北ないしNNW-SSEの走向であった。これはMaharashtra工学研究所の地震観測網による初動押し引きの発震機構とも調和的である。地震インド中央の安定地塊に位置するラトゥール地域では、1993年9月29日の被害地震について初動の押し引きや余震に対する波形解析から求めた発震機構から、起震応力は周辺の応力場に適合していることがわかった。地震活動が非常に低調であることおよび、活断層も顕著なものがないこと、本震のストレスドロップが高いことを総合すると、この地域の地震は、既存の断層の活動ではなく、新しい断層を生成していると考えられる。

 インドプレートの境界域のアクティブテクトニクスは、いくつかの例外はあるが、インド・ユーラシアプレートの衝突によるNNE-SSW方向の圧縮応力によって支配されている,そのため、インド盾状地においても高い応力場が形成されていて、他の安定大陸地域よりも地震活動が高い状態になっている。今回の研究によるものを含む多くの発震機構解、水圧破壊やボアホール破壊による応力データを用いて、インドプレートの応力トラジェクトリーを初めて描いた。圧力軸方向は、インド洋変形ゾーンのNNW-SSEから、ヒマラヤ・チベットに至るインド亜大陸でのNNE-SSWへと変化している。プレート境界付近の応力トラジェクトリーの不連続が示すように、沈み込み境界での応力よりも、北方における大陸間の衝突による応力によってインドプレート全体の応力場が形成されている。インド半島内の圧力軸の方向は、南部ではNNW-SSE、東部ではENE-WSW、その他の地域ではNNE-SSWのように地域性がある。東部では応力トラジェクトリーの湾曲が目立つ。一方、張力軸のトラジェクトリーは、インドプレート全体で概略EW方向である。ただし、北インド洋のチャゴス堆ではNS方向であり、インドプレートとオーストラリアプレートの間の拡大を反映していると考えられる,インド洋変形ゾーンでのテクトニクスは両プレートの収束よりも、拡大やストライクスリップの変形が卓越している。インド盾状地東西の沿岸地域におけるEW方向の張力場は、古い時代の隆起ブロック間の運動によるものであろう。

 将来、中規模ないし大規模の地震に対して、インド国内の観測網によるディジタル広帯域波形データを多く取り入れて、より多くの地震発生機構パラメータを推定し、有限要素法による応力や変形のシミュレーションを行うとともに、Global Positioning System(GPS)の大規模な展開によって、今回の研究で推定された事柄が確認されるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

Rao氏は、アジア10カ国の研究者を対象とした日本学術振興会「論文博士号取得希望者に対する支援事業」により、地震研究所の佃助教授を研究指導者として、5カ年にわたりインドと日本とで研究を続け最終年度にあたる今年度、学位を申請してきた者である。本報告は、この学位申請に対して平成12年2月8日と4月3日の2回にわたって行った論文審査の結果の概要である。

論文のタイトルは「インドプレートの境界地域および安定大陸地域におけるアクティブテクトニクス」(原文は英語)である。内容はインドプレートの内部および境界に起きた過去20年間の地震のメカニズムを調べ、各地域におけるメカニズムの特徴を明らかにし、その結果に基づいてテクトニクス的な考察を行ったものである。特に、ビルマ弧の地震活動がインド側の南北圧縮のstrike-slip型、その深部延長のdowndip-extension型、およびビルマ側の東西圧縮のthrust型にきれいに分離されることは本研究によって始めて明らかになった重要な成果である。またインド安定大陸の中心部で起きたマグニチュード5.7のジャバルプール地震に対して、最近ようやく展開され始めたインド国内の広帯域地震観測網の波形記録を用い、P波・S波走時を読みとり地殻構造を求め、その構造を用いて波形インバージョンを行い、震源の深さとモーメントテンソルならびに震源関数を求めた。観測走時と理論走時および観測波形と理論波形の一致は共に非常に良い。これはインドにおいてようやく整備され始めた広帯域地震観測網のデータが、インドの地殻マントル構造と地震の震源過程を明らかにする上で如何に有効かを示す典型的な研究例であると位置づけられる。

以上のように、本論文は重要な発見を含み、また今後のインドにおける地震学の方向を示す研究も含まれているが、第1回目の審査の時点では問題点も指摘された。第1点は、研究対象が広く分散しすぎ詰めに甘い点が見られたことである。第2点は、個別研究結果をつなぎ合わせてインドのテクトニクス全体を理解しようとする試みがなされてなかったことである。これらの点を考慮して審査委員会では、申請者に下記の改善点を指摘し、2ヵ月後に再度審査を行うこととした。

(1) ビルマ弧の地震活動がテクトニクス的に何を意味しているかについてもっとモデルを明確化する

(2) コイナ地域の地震の広帯域地震記録の解析において得られた解の誤差を吟味し無理のない結論を得る

(3) 今回の地震メカニズム解析の結果に基づき、それらの結果をつなぎあわせるサマリーを行う(例えばstress trajectryを書く試みなど)

4月3日に行われた審査において、申請者によってその後の研究進展を中心に再度発表が行われた。その結果、(1)に関してはインド側の南北圧縮のstrike-slip型の地震がインドプレートの内部変形を表すことが明らかにされた。また(2)に関しては、一連のコイナ地震についてメカニズム解の詳しい吟味を行い、従来よりもはるかに小さな地震まで信頼できるメカニズムを決定した。(3)に関しては、これまでに発表されたメカニズム解と申請者自身によって求められたメカニズム解とを集大成し、インドプレート内の大局的なstress trajectryを求めることに成功した。特に主圧縮軸がインド洋地域で南南東一北北西方向であったのがインド大陸で南北方向へと向きを変え更にチベット地域で南南西一北北東へと方向を変えることを明らかにした点は特筆に値する。これらの結果は審査委員会の指摘した改善点について十分に応えた内容になっているものと判断される。

以上、本研究はインドプレートおよびそのプレート境界に発生する地震の特徴を明らかにし、その結果に基づいてインドプレート内の応力状態を推定したものであり、博士(理学)の学位を授与するに十分な内容を持つものと判断する。

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