学位論文要旨



No 214719
著者(漢字) 臼田,佳弘
著者(英字)
著者(カナ) ウスダ,ヨシヒロ
標題(和) Exiguobacterium属におけるグアノシンキナーゼの同定とその酵素学的及び分子生物学的研究
標題(洋)
報告番号 214719
報告番号 乙14719
学位授与日 2000.05.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14719号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 助教授 飯野,雄一
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 生物にとってヌクレオチドはDNAあるいはRNAの構築単位となる生体物質であり、細胞の増殖や機能には十分かつバランスのとれたヌクレオチドの合成が必要である。特にプリンヌクレオシド5'-モノリン酸は核酸のみでなくヒスチジンあるいは補因子の生合成中間体であり、代謝において重要な役割を果たしている。多くの生物はプリンヌクレオチドの生合成経路としてde novoと呼ばれる小分子からの生合成経路とともにサルベージ経路と呼ばれる既存のプリンを利用する経路を有している。プリンヌクレオシドからプリンヌクレオチドへのサルベージ経路としては2つの経路が知られている。1つはプリンヌクレオシドホスホリラーゼ(PNPase)の作用によりプリンヌクレオシドから生じたヌクレオベースをプリンホスホリボシルトランスフェラーゼにより対応するヌクレオチドに変換する経路である。もう1つの経路はヌクレオシドキナーゼの作用により直接リン酸化する経路である。グアノシンキナーゼ(GKase)はグアノシンから5'-GMPへの直接のリン酸化反応を触媒する酵素である。グアノシンキナーゼ活性は原核細胞及び真核細胞のいずれにも報告はされているが、その微弱な活性を無細胞抽出液中においてヌクレオベース経由の経路と区別して検出することは困難とされてきた。唯一、グラム陰性バクテリアEscherichia coliにおいてはGKase活性をコードする遺伝子としてgskが単離されるとともに、その遺伝子産物の酵素学的性質についても検討が加えられている。その他の生物では原虫あるいは植物のミトコンドリアなどから部分精製の報告があるのみであり、ほとんどの生物においてはその存在自体が不明であった。

 Brevibacterium acetylicumはグラム陽性のBrevibacterium属に分類されてきたが、16S rRNAの系統学的研究からExiguobacterium属へ移されることとなった。Exiguobacteriumが通性好アルカリ菌として知られており、この新たな分類によりExiguobacterium属に比較的近縁であるとされている。

【方法と結果】

1章 Brevibacterium acetylicum ATCC953株グアノシンキナーゼの同定、精製、及び酵素学的諸性質の解明

 グアノシンキナーゼ活性の探索のためには直接のリン酸化活性をグアニン経由のサルベージ活性と区別して測定する必要があった。基質として14Cラベルのイノシンを用い、GKase特異的な検出のため非ラベルのヒポキサンチンを反応系に過剰に添加する系を用いることにより、リン酸化経路を区別した測定を可能とした。Brevibacterium属細菌42株について検討を行った結果、GKase活性はB. acetylicum ATCC953株にのみ認められた。大量培養菌体から無細胞抽出液を調製し、各種カラムクロマトグラフィーによりGKase活性の精製を行い、均一な標品を得た。SDS-PAGEによるサブユニット分子量36,300とゲル濾過クロマトグラフィーによるネイティブ分子量約71,300及びクロスリンク実験によってGKaseはダイマー酵素と推定された。精製酵素はMg2+及びATPに対する依存性を示し、B. acetylicum GKaseによるグアノシンのリン酸化反応がMg2+-ATP複合体を基質の1つとして利用するキナーゼ反応であることが示された。GKaseのリン酸化活性はグアノシン、イノシン、及び2'-デオキシグアノシンに対して認められたが、Km、値及びVmax値からグアノシンが他に比較してはるかに効率的な基質であることが示され(表)、生理的な基質はグアノシンであることが推定された。各種ヌクレオチドをリン酸供与体として反応を行ったところ、ATP、dATP、GTP、及びdGTPが良いリン酸供与体となった。ヌクレオチドの添加効果について検討したところ、低濃度の添加ではピリミジンヌクレオチド、特にCMPあるいはCrPの添加によってGKascは活性化された。逆に、高濃度添加ではAMP、ADP、あるいはGMPといったプリンヌクレオチドによる阻害効果が認められた。これらの結果は本酵素が細胞内でヌクレオチドレベルによって調節を受けることを示唆した。

2章 Brevibacterium acetylicum ATCC953株グアノシンキナーゼ遺伝子のクローニングと解析

 B. acetylicum ATCC953株由来GKaseのN末端アミノ酸配列を基にPCR法を用い、B. acetylicumゲノムよりN末端領域に対応する断片を増幅した。この断片をプローブとし、gsk遺伝子を含む断片を単離した。本遺伝子断片を保持するE. coliにおいて数百倍の活性」上昇とイノシン依存の生育促進が認められた。B. acetylicum遺伝子ORFは推定分子量32,536の303アミノ酸からなるタンパク質をコードしていた。タンパク質データベースの相同性検索を行った結果、B. acetylicum Gskはリボキナーゼ、真核生物由来ケトヘキソキナーゼ等を含む糖リン酸化酵素と有意の相同性を示した。B. acetyliucm Gskは同じヌクレオシドを基質とするE. coli Gskとは低い部分的な相同性を示すのみであるのに対し、E. coliリボキナーゼとはほぼ全長にわたって22%の一致が認められ、B. acetylicum Gskはリボキナーゼファミリーに属する典型的なヌクレオシドキナーゼであることが明らかとなった。ノザンハイブリダイゼーション及びプライマー伸長法による転写産物の解析からgskの遺伝子構成が下流の第二のORF(orf2)とオペロンを構成すること、E. coil σ70のコンセンサス配列と非常によく一致するプロモーター配列を有することが明らかとなった。

 グアノシンを基質として共有するGKaseとPNPaseの役割について検討するため、B. acetylicumの無細胞抽出液中の両酵素の比活性を測定した(図)。培養経時(図A)において、GKase活性は増殖初期に上昇したが、増殖後期から定常期には低下した(図B)。逆に、PNPase活性は増殖初期に低下し、増殖後期から定常期に高レベルに回復する対照的なパターンを示した(図C)。プライマー伸長法によってgskの転写レベルでの遺伝子発現を検討したところ増殖初期に活発なgsk遺伝子の転写が認められ、GKase活性のプロファイルと一致した(図D)。

3章 Exiguobacterium属類縁菌株におけるグアノシンキナーゼ活性の検索とExiguobacterium aurantiacum ATCC35652株由来のグアノシンキナーゼ遺伝子の解析

 B.acetylicumがExiguobacteroium属に再分類されたことから類縁菌株におけるGKase活性の分布を検討した。類縁12種のGKasc活性を測定したが、B. acetylicumと同レベルの活性を示した株は同属の通性好アルカリ菌Ex. aurantiacum ATCC35652株のみであった。Ex. aurantiacum gsk遺伝子をB. acetylicum遺伝子との相同性を用いてクローニングした。両gsk遺伝子のアミノ酸配列はよく保存されており、リボキナーゼファミリーに保存的なアミノ酸はよく保存されていた。基質に対するKm値あるいはpHの影響といった酵素学的な特徴もよく一致していた。転写解析の結果から、Ex. aurantiacum gsk遺伝子は増殖初期に転写され機能していると推定される点では一致したが、下流にはB. acetylicum orf2に相当する遺伝子は見いだされず、オペロンを構成しないことが明らかとなった。GskのC末端に相当する領域から3'-非翻訳領域にかけて大きな変化が認められた。

[考察]

 E. coli以外では存在すら知られていなかったグアノシンキナーゼ活性が新たなアッセイ法を用いることによりグラム陽性菌のExiguobacterium属に同定され、その活性分布が限定されていること、Exiguobacterium属のgsk遺伝子構成に大きな差異があることが明らかとなった。B. acetylicumはグアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ活性も有しており、本菌株にはグアノシンから直接のGMP生成及びグアニン経由のGMP生成という2つのサルベージ経路が存在する。転写解析の結果からgsk遺伝子が菌体の増殖初期に特異的に発現していることが明らかとなり、GKaseがDNA及びRNA合成が盛んな増殖期にグアノシンを積極的に利用する役割を担っていることが示唆された。これに対し、PNPase活性は増殖後期から定常期にかけて細胞内の余剰のグアノシンを分解し、グアニンとして再利用あるいは分解する役割を担っていることが推定される。B. acetylicum GKaseがプリンヌクレオチドにより阻害され、ピリミジンヌクレオチドにより活性化されることから、GKaseは細胞が増殖初期にあるときグアノシンを効率的にリサイクルすることによってヌクレオシドモノリン酸のレベルを調節していることが推定された。ヌクレオシドはキナーゼによる直接のリン酸化によっては1モルのATPを用いてADPを生じることによりヌクレオシドモノリン酸を生成することができるが、ヌクレオシドをヌクレオベースを経由して変換する場合には実質2モルのATPを必要とする。他方、細胞が増殖期から定常期に入ると過剰のヌクレオチドはヌクレオシドを経てヌクレオベースとリボースに分解され、エネルギー源として利用することが有利となると考えられる。酵素活性の調節様式からも本酵素活性は単なる余剰のプリン体の再利用のみでなく、細胞のDNA複製あるいはRNA合成に積極的な役割を果たしていることが推定された。

表. B. acetylicum GKaseの速度定数

図. GKaseの増殖初期における発現

審査要旨 要旨を表示する

 学位申請者臼田佳弘は、Exiguobacterium属におけるグアノシンキナーゼの同定、酵素学的性格づけと遺伝子の分子生物学的解析を行い、3章からなる学位申請論文一篇にその内容をまとめている。

 多くの生物はプリンヌクレオチドの生合成経路としてde novo生合成経路とともにサルベージ経路と呼ばれる既存のプリンを利用する経路を有している。プリンヌクレオシドからプリンヌクレオチドへのサルベージ経路としては2つの経路が知られている。1つはプリンヌクレオシドホスホリラーゼ(PNPase)の作用によりプリンヌクレオシドから生じたベースを対応するヌクレオチドに変換する経路であり、もう1つの経路はヌクレオシドキナーゼのにより直接リン酸化する経路である。グアノシンキナーゼ(GKase)はグアノシンから5'-GMPへのリン酸化反応を触媒する酵素であるが、その微弱な活性をヌクレオベース経由の経路と区別して無細胞抽出液中に検出することは従来困難とされていた。唯一、大腸菌Escherichia coliにおいてはGKaseをコードする遺伝子gskが単離され解析されたが、その他の生物では部分精製の報告が数例あるのみであり、酵素の存在自体が不明であった。

 本論文は第1章において、Brevibacterium acetyicum ATCC953株からのグアノシンキナーゼの同定、精製、およびその酵素学的諸性質の解明を記述している。学位申請者はまず、非ラベルのベースを過剰添加するラベル基質の反応系を用いることにより、GKaseのリン酸化活性をベース経由の反応と区別することを可能にした。GKase活性はBrevibacterium属細菌ではB. acetyliculmにのみ認められ、精製によってサブユニット分子量が36kDaのダイマー酵素であることが明らかとなった。この酵素ではグアノシン、イノシン、2'-デオキシグアノシンがリン酸受容基質となったが、速度論的解析からグアノシンが生理的な基質と推定された。リン酸供与体としては、ATP、dATP、GTP、dGTPが良好な基質となった。ヌクレオチドの影響として、低濃度の添加ではCMP、CTPによる顕著な活性化が、いっぽう高濃度添加ではAMP、ADP、GMPによる阻害効果が明らかになった。

 第2章では上述のグアノシンキナーゼ遺伝子のクローニングと解析が述べられている。N末端アミノ酸配列を基に単離したgsk遺伝子は303アミノ酸からなるタンパク質をコードし、産物はリボキナーゼファミリーに属する糖リン酸化酵素と相同性を示したが、大腸菌Gskとは低い部分的な相同性しかなかった。転写解析からgskが下流の遺伝子とオペロンを構成することが明らかとなった。ともにグアノシンを基質とするGKascとPNPase両酵素の比活性を測定したところ、GKase活性は増殖初期に上昇したが、PNPasc活性は増殖後期から上昇する対照的なパターンを示した。転写レベルでも増殖初期に活発なgsk遺伝子の転写が認められた。以上の解析結果およびGKase活性に対するヌクレオチドの阻害と活性化から、GKaseがDNA、RNA合成が盛んな増殖期にグアノシンを効率的かつ積極的に利用し、ヌクレオシドモノリン酸のレベルを調節する役割を担っていることが示唆された。サルベージ経路としては、キナーゼによる直接のリン酸化の方がベース経由の経路よりもエネルギー的に有利であるため、増殖期に利用されていると考えられた。他方、細胞が増殖期から定常期に入ると過剰のヌクレオシドはPNPaseによってベースとリボースに分解され、エネルギー源として利用される方が有利であると推定された。

 第3章では、Exiguobacterium属類縁菌株におけるグアノシンキナーゼ活性の検索とExiguobacterium aurantiacum ATCC35652株由来のグアノシンキナーゼ遺伝子の解析が述べられている。B. acetylicumが分子系統学的研究から近時Exiguobacterium属に再分類されたことから、類縁菌株におけるGKase活性の分布を検討した。類縁12種のうちB. acetylicumと同レベルの活性を示す株は同属の通性好アルカリ菌Ex. aurantiacumのみであった。同株のgsk遺伝子を単離し、両gsk遺伝子の構造と産物の酵素学的な特性がよく類似していることを示した。Ex. aurantiacum gskも増殖初期に転写されていたが、オペロンは構成していなかった。

 以上、学位申請者臼田佳弘は、E. coli以外には知られていなかったGKase活性を新たな測定法によりExiguobacterium属より同定、性格づけし、限局された活性分布ならびに生物種間の遺伝子構成の差異を明らかにした。この成果は、グアノシンーリン酸の発酵工業的生産に学術的基盤を与えるものであるのみならず、酵素学、分子遺伝学的にグアノシン代謝系についての重要な知見をもたらしており、博士(理学)の称号を受けるにふさわしい業績であると審査員全員が判定した。なお本論文は川崎寿、島岡恵、宇多川隆との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、臼田佳弘に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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