学位論文要旨



No 214721
著者(漢字) 小田原,雅人
著者(英字)
著者(カナ) オダワラ,マサト
標題(和) ミトコンドリア遺伝子異常と糖尿病の発症および臨床像との関連について
標題(洋)
報告番号 214721
報告番号 乙14721
学位授与日 2000.05.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14721号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
内容要旨 要旨を表示する

糖尿病発症には環境因子と共に遺伝因子が重要であることは家系調査や双生児の調査で明らかにされてる。インスリン分泌異常とインスリン抵抗性の亢進が主に糖尿病の発症に関与していると考えられるが、この2つの病態のそれぞれには数々の遺伝子が関係していると考えられる。近年いくつかの遺伝子異常と糖尿病との関連が明らかにされて来たが、いずれも糖尿病人口に占める割合は0.1%以下と考えられ、大部分の糖尿病の発症遺伝子は不明である。ミトコンドリアはATP産生により細胞に必要なエネルギーの大半を供給しており、ミトコンドリア内部には独自のミトコンドリア遺伝子(mtDNA)がある。日本人の糖尿病では初期からのグルコース反応性インスリン分泌の低下が多く認められ、インスリン分泌に関係すると考えられる、ミトコンドリア遺伝子異常が日本人の糖尿病発症に大きく関与している可能性がある。我々はミトコンドリア遺伝子異常が糖尿病発症に関わっているかを明らかにするため、日本人インスリン依存型および非依存型糖尿病患者を対象に、ミトコンドリア脳筋症の1亜型である、MELASの原因遺伝子異常と考えられている、A3243G点変異が糖尿病と連関があるか検討した。その結果、同点変異は日本人インスリン非依存型糖尿病の約1%に存在することが、判明した。この頻度は、これまで、報告された遺伝子の単一異常のなかで、も非常に高い。また、われわれは、ミトコンドリア遺伝子A3243G点変異を有する症例でインスリン抵抗性の亢進が糖尿病発症にどの程度関与しているかを検討し、インスリン抵抗性の亢進には、あまり関与していないとの結果が得られた。ミトコンドリア遺伝子異常を有する患者の膵臓alpha細胞機能の検討も行ったが、α細胞機能は、症例によって、異なると考えられ、ヘテロプラスミーの程度等が関与している可能性が示唆された。その他、ミトコンドリア遺伝子異常を有する症例の臨床像についても、検討した。また、自己免疫疾患の原因としてのmtDNA-A3243G点変異の関与を調べたところ、同点変異は1型糖尿病,自己免疫性甲状腺疾患との連関は認められなかった。

我々の行った検索の結果から判断すると、以前IDDM症例で、A3243G点変異が多く認められたとの報告について、これらのIDDM症例はNIDDMとして発症し徐々にインスリン分泌低下が起こり、インスリン治療が必要となった症例である可能性が高いと思われる。A3243G点変異はMELASの約80%に存在し、その病因に深くかかわっていることが分かっている。しかしながら、同じ点変異が存在するにもかかわらず、MELASの症例と糖尿病症例では臨床像が著しく異なっており、その理由は解明されていない。我々は、MELAS様症状を有しない糖尿病症例においてMELAS症例に認められるような脳病変が認められるか否かを検討した。A3243G点変異を有する糖尿病患者の脳MRIでは異常所見は認められかったが脳血流シンチグラム(SPECT)では、トレーサーの集積低下が認められ、両側前頭葉、側頭葉に脳血流の部分的な低下または脳機能の低下の所見と考えられた。その後、A3243G点変異を有する多数例の検索でも脳血流の部分的な低下は認められており、同異常はA3243G点変異を有する症例で多く認められると考えられる。我々はまた、家族歴の濃厚なNIDDM症例のミトコンドリア遺伝子の検索を行い、A3243G遺伝子異常の他に糖尿病の原因となっている可能性のある遺伝子異常が存在するか否かの検討を行い、G3316A点変異が、糖尿病と連関することを明らかにした。

また、ミトコンドリア遺伝子異常は、ミトコンドリア脳筋症、糖尿病のほかにも、拡張型または肥大型心筋症の原因にもなっていることが、示唆され、また、頭痛の1亜型である群発頭痛や精神分裂病の発症にも関与している可能性がある。これらの事実はミトコンドリア遺伝子異常が、これまで報告されている疾患以外の数多くの異なる疾患の原因となっている可能性を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は糖尿病発症に重要な役割を演じていると考えられる、インスリン分泌異常をきたす可能性のある、ミトコンドリア遺伝子異常、機能異常と糖尿病との関連について検索を行っており、下記の結果を得ている。

1. ミトコンドリア遺伝子異常が糖尿病発症にどのように寄与しているかについての検討では、日本人2型糖尿病患者の約1%にミトコンドリア遺伝子A3243G点変異が存在することが判明した。この頻度は過去に同定された、糖尿病患者における、単一遺伝子の単一遺伝子異常の頻度のなかで、最も高いものであり、糖尿病の発症原因としてのミトコンドリア遺伝子異常の重要性を示唆するものである。また糖尿病の家族歴が濃厚な家系の糖尿病患者のミトコンドリア遺伝子異常を検索することにより、新たなミトコンドリアの遺伝子異常を同定している。この遺伝子変異は非糖尿病者に比し、糖尿病患者において、有意に高頻度に存在しており、糖尿病発症に関与している可能性が示唆された。

2. また、本研究では、ミトコンドリア遺伝子異常を有する糖尿病患者の臨床像についても検索しており、A3243G遺伝子異常を有する糖尿病患者では、膵臓β細胞の機能異常のほか、膵臓α細胞の機能異常を合併することもあり、同点変異をゆうする糖尿病患者の病態の一部を解明している。

3. 以前より、MELAS(mitochondrial encephalomyopathy, lactic acidosis, and strokelike episodes)患者では、脳梗塞様のCT,MRI所見とともに、脳血流SPECTにおいて、脳の血流もしくは、脳の代謝の低下が、認められており、脳梗塞等による、脳血流低下が原因と考えられていたが、A3243G点変異を有し、MELASの症状、CT,MRI上脳梗塞の所見を欠く、糖尿病症例を検索することにより、SPECTにおけるトレーサーのhypoaccumulationが、必ずしも脳梗塞のために起こっているのではなく、脳細胞の機能そのものの障害が1つの原因になっていることが示唆された。

以上、本論文は日本人糖尿病患者においてのミトコンドリア遺伝子異常を検索し、臨床像もふくめ、これまで、未知であった糖尿病の遺伝子異常の1領域に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク