学位論文要旨



No 214722
著者(漢字) 田城,孝雄
著者(英字)
著者(カナ) タシロ,タカオ
標題(和) ヒスタミンH2受容体のリガンド認識機構の研究 : 非競合的拮抗薬の理論的創薬
標題(洋)
報告番号 214722
報告番号 乙14722
学位授与日 2000.05.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14722号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 助教授 森田,寛
内容要旨 要旨を表示する

 分子生物学の進歩により,多くの膜7回貫通型受容体の遺伝子がクローニングされ,核酸配列が決定された。これにより受容体蛋白のアミノ酸一次配列が決定された。またバクテリアロドプシンの結晶のX線解析の結果に基づき,バクテリアロドプシンの三次元構造をテンプレートとし,コンピューターを用いて,幾つかのG蛋白結合型受容体の三次元構造の推定・推測が行われている。

 ヒスタミンH2受容体に於いては,イヌ・ヒスタミンH2受容体に点変異を導入した受容体を倍養細胞に発現させた系を用いて,ヒスタミンとヒスタミンH2受容体の結合部位を検討し,ヒスタミンH2受容体の第3膜貫通領域の98番のアスパラギン酸残基(Asp98)と,第5膜貫通領域の186番のアスパラギン酸残基(Asp186),190番のスレオニン残基(Thr190)の3つのアミノ酸残基が,ヒスタミンと結合するポケットを形成することが報告されている。しかし,アンタゴニストが受容体分子と結合するモデルの検討はなされていなかった。

 新しく合成されたヒスクミンH2受容体拮抗薬T-593は,amino methyl furanとβ-hydroxyphenethylamine moietyをflexible chemical chainで結んだ化学構造をしており,複素環部分はranitidineの構造式に類似している。T-593はguinea pigの摘出右心房にてヒスタミン刺激による陽性変時作用において,時間依存性に非競合的(unsurmountable)なH2受容体拮抗作用を示すことが報告されている。

 競合型拮抗薬(classical competitive antagonist)と非競合的拮抗薬(unsurmountable antagonist)の薬理学的特徴の違いは,これらのantagonistと受容体蛋白分子との相互作用・結合の様式の違いによるものかを,化学構造式の類似しているヒスタミンH2受容体拮抗薬のranitidine(classical competitive antagonist)と,T-593(unsuemountable antagonist)の両者を,I。リガンドである拮抗薬の構造式と,II。リガンドが結合する受容体の構造(蛋白のアミノ酸残基)の双方から検討した。

I。リガンドである拮抗薬の構造式の研究

 (1) 方法

イヌ・ヒスタミンH2受容体遺伝子を発現させた培養細胞系Hepa cellを用いて,ヒスタミン刺激によるcAMP産生を指標に, ranitidine, T-593およびT-593の構造同族体(アナログ体)の薬理作用を比較検討した。

 (2) 結果

1) ranitidineは,ヒスタミン刺激によるcAMP産生の用量反応曲線を右に平行にシフトしたが,最大反応は抑制せず,競合的拮抗作用を示した。

2) T-593の拮抗作用は時間依存性に強化され,ヒスタミン刺激によるcAMP産生の最大反応を抑制した。さらに,T-593の拮抗作用は洗浄により,消失しなかった。これらのデータからT-593は非競合的拮抗作用を持つことが示された。

3) T-593の分子からphenol基を取り去り,ranitidineに類似した構造式のT-649は,ranitidineと同様にヒスタミン刺激の最大反応を抑制しなかった。

 (3) 考察

側鎖末端のphenol基は非競合的拮抗作用に必要であると考えられる。

T-593はranitidineと同じ複素環(furan環)を持つが,競合的拮抗作用を持つranitidineと異なり,ヒスタミンの用量反応曲線の最大反応を抑制する非競合的拮抗作用を示した。さらに,T-593のアナログ体を用いて検討した結果,T-593の非競合的拮抗作用は,分子に含まれるphenol環が関与していると考えられた。

II。リガンドが結合する受容体の構造の検討

 (1) 方法

1) ヒスタミン結合ポケットの3つのアミノ酸残基を点変異させた変異受容体を発現させたHepa cellを用いて,ヒスタミン刺激によるcAMP産生に対するT-593の抑制作用の非洗浄性を検討した。

2) ウサギとイヌの単離胃粘膜細胞における14C-aminopyrine up takeを用いて,ヒスタミン刺激に対する酸分泌を指標にして,T-593の拮抗作用の非洗浄性に対する種差と,クローニングにより得られた,核酸配列から推測されるウサギとイヌのヒスタミンH2受容体のアミノ酸配列の違いを比較検討した。

3) コンピューターを用いて,バクテリオロドプシンの結晶構造をもとに,構築されたヒスタミンH2受容体の三次元モデルを作製した。さらに,ヒスタミン, ranitidine, T-593を結合させた複合体のエネルギー最小化計算により,最適化した結合体三次元モデルを構築した。

 (2) 結果

1) T-593のunsurmountable antagonismは,ヒスタミン結合ポケットを形成する3つのアミノ酸残基とは関与しないことが,明らかになった。

2) T-593の拮抗作用の非洗浄性に対する,ウサギとイヌの単離胃粘膜細胞の種差と,クローニングにより得られた,核酸配列から推測されるアミノ酸配列の違いより,イヌ・ヒスタミンH2受容体の77番のアミノ酸残基のフェニルアラニンがunsumountable antagonismに関与することが,示された。

3) この結果は,バクテリオロドプシンの結晶構造をもとに,コンピューターを用いて構築されたヒスタミンH2受容体の三次元モデルにT-593を結合させた複合体のエネルギー最小化計算による,最適化した結合体三次元モデルにおいて,T-593と,77番のアミノ酸残基のフェニルアラニンが相互作用する位置に配位される結果と合致した。

 (3) 考察

1) ヒスタミン−ヒスタミンH2受容体複合体の三次元構造モデルでは,点変異受容体を発現させた細胞を用いた研究で示されたAsp98,Asp186,Thr190の3つのアミノ酸残基と相互作用する位置にヒスタミンが配位された。

2) 第一世代H2ブロッカーで,ラニチジン−ヒスタミンH2受容体複合体の三次元構造モデルでは,ラニチジンは,ヒスタミンと同じ3つのアミノ酸残基と相互作用する位置に配位された。

3) 第二世代H2ブロッカーで,非競合的拮抗薬めT-593-ヒスタミンH2受容体複合体の三次元構造モデルでは,T-593はヒスタミン結合ポケットを形成する3つのアミノ酸残基の他に,イヌとウサギの種差により指摘された第2膜貫通領域の77番のフェニルアラニン残基(Phe77)と相互作用出来る位置に,配位された。これによりフェノール環がπ-π相互作用し,ラニチジンより強固な結合をしている可能性が示された。

III。まとめ

 antagonistが,agonistと同じ結合部位において受容体分子と結合している場合は,高濃度のagonistは,質量作用の法則に従って,antagonistを完全に置き換えること(exclude)が可能である。この場合antagonistは,競合的拮抗薬(competitive antagonist)となる。

 antagonistが,agonistの結合部位以外の結合部位で,強固な結合をしている場合は,高濃度のagonistをもってしても,antagonistを完全にexcludeすることは出来ない。このantagonistは,非競合的拮抗薬(unsumountable antagonist)となる。この結合はagonistでreplace出来ない結合であり,agonistと受容体との結合を形成する水素結合やイオン結合より強い結合または分子間力であると考えられる。

IV。結語

 受容体分子の内側ポケットにある芳香族アミノ酸を探し,その残基とπ-π相互作用可能な位置に配位できる芳香環をもつ拮抗薬をデザインすれば,より強力で持続時間の長い拮抗薬を効率よく分子設計し,創薬することが可能となる。

 G蛋白質結合受容体拮抗薬は,重要な薬剤であり広く臨床応用されている。G蛋白質結合受容体についての知見は多いが,拮抗薬の創薬には生かされておらず,agonistの構造式を元に推察し,またはランダムスクリーニングでリード化合物を発見し,構造活性相関により,より良い化合物を探すという手法が取られている。G蛋白質結合受容体の創薬は,G蛋白質結合受容体のアミノ酸配列や三次元構造に対する考察が進んだ現在でも,経験と試行錯誤によっていると言える。この為,医薬品の開発に膨大な時間と費用を要する。

 他の多くの膜7回貫通型受容体と,その非競合的拮抗薬との結合に関する分子モデルの情報を集積することにより,アミノ酸の一次配列の判明した受容体の最適な拮抗薬を,理論的に創薬できる可能性が拓かれる。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒスタミンH2、受容体において,ヒスタミンとヒスタミンH2受容体の結合部位を検討し,ヒスタミンH2受容体の第3膜貫通領域の98番のアスパラギン酸残基(Asp98)と,第5膜貫通領域の186番のアスパラギン酸残基(Asp186),190番のスレオニン残基(Thr190)の3つのアミノ酸残基が,ヒスタミンと結合するポケットを形成することが報告されている。しかし,拮抗薬が受容体分子と結合するモデルの検討はなされていなかった。本研究は拮抗薬と受容体の結合様式を分子レベルで解明し,拮抗薬の理論的創薬の可能性を探る目的で行い,下記の結果を得ている。

1。イヌ・ヒスタミンH2受容体遺伝子を発現させた培養細胞系Hepa cellを用いて,ヒスタミン刺激によるcAMP産生を指標に,ヒスタミンH2受容体拮抗薬であるranitidine, T-593およびT-593の構造同族体(アナログ体)の薬理作用を比較検討した。ranitidineは,ヒスタミン刺激によるcAMP産生の用量反応曲線を右に平行にシフトしたが,最大反応は抑制せず,競合的拮抗作用を示した。一方T-593の拮抗作用は時間依存性に強化され,ヒスタミン刺激によるcAMP産生の最大反応を抑制した。さらに,T-593の拮抗作用は洗浄により,消失せず,T-593は非競合的拮抗作用を持つことが示された。またT-593の分子からphenol基を取り去り,ranitidineに類似した構造式のT-649は,ranitidineと同様にヒスタミン刺激の最大反応を抑制しなかった。ranitidineとT-593は同じ複素環(furan環)を持つが,前者は競合的拮抗作用を示し,後者は非競合的拮抗作用を示した。T-593のアナログ体を用いて検討した結果,T-593の非競合的拮抗作用は,分子に含まれるphenol環が関与していると考えられた。

2。ウサギとイヌの単離胃粘膜細胞における14C-aminopyrine up takeを用いて,ヒスタミン刺激に対する酸分泌を指標にして,T-593の拮抗作用の非洗浄性に対する種差と,クローニングにより得られた,核酸配列から推測されるウサギとイヌのヒスタミンH2受容体のアミノ酸配列の違いを比較検討した。T-593の拮抗作用の非洗浄性に対するウサギとイヌの単離胃粘膜細胞の種差と,クローニングにより得られた核酸配列から推測されるアミノ酸配列の違いより,イヌ・ヒスタミンH2受容体の77番のアミノ酸残基のフェニルアラニンがunsurmountable antagonismに関与する可能性が示唆された。

3。コンピューターを用いて,バクテリオロドプシンの結晶構造をもとに,構築されたヒスタミンH2受容体の三次元モデルを作製し,さらにヒスタミン,ranitidine, T-593を結合させた複合体のエネルギー最小化計算により,最適化した結合体三次元モデルを構築した。アゴニストであるヒスタミンとヒスタミンH2受容体複合体の三次元構造モデルでは,点変異受容体を発現させた細胞を用いた研究で示されたAsp98, Asp186, Thr190の3つのアミノ酸残基と相互作用する位置にヒスタミンが配位され,第一世代H2、ブロッカーであるラニチジンとヒスタミンH2受容体複合体の三次元構造モデルでは,ラニチジンは,ヒスタミンと同じ3つのアミノ酸残基と相互作用する位置に配位された。また,第二世代H2ブロッカーで,非競合的拮抗薬のT-593とヒスタミンH2受容体複合体の三次元構造モデルでは,T-593はヒスタミン結合ポケットを形成する3つのアミノ酸残基の他に,イヌとウサギの種差により指摘された第2膜貫通領域の77番のフェニルアラニン残基(Phe77)と相互作用出来る位置に,配位された。これによりフェノール環がπ−π相互作用し,ラニチジンより強固な結合をしている可能性が示された。

受容体分子の内側ポケットにある芳香族アミノ酸を探し,その残基とπ-π相互作用可能な位置に配位できる芳香環をもつ拮抗薬をデザインすれば,より強力で持続時間の長い拮抗薬を効率よく分子設計し,創薬することが可能となることを提示した。G蛋白質結合受容体の創薬は,G蛋白質結合受容体のアミノ酸配列や三次元構造に対する考察が進んだ現在でも,経験と試行錯誤によっていると言える。この為,医薬品の開発に膨大な時間と費用を要している。他の多くの膜7回貫通型受容体と,その非競合的拮抗薬との結合に関する分子モデルの情報を集積することにより,アミノ酸の一次配列の判明した受容体の最適な拮抗薬を,理論的に創薬できる可能性が拓かれると考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42819