学位論文要旨



No 214723
著者(漢字) 豊田,富勝
著者(英字)
著者(カナ) トヨタ,トミカツ
標題(和) 内因性抗酸化酵素の活性化と脳虚血耐性の誘導 : Part I:短時間虚血の前負荷による内因性抗酸化酵素の活性化と脳虚血耐性の誘導 Part II:エンドトキシンアナログ、diphosphoryl lipid A前投与による脳虚血耐性の誘導
標題(洋)
報告番号 214723
報告番号 乙14723
学位授与日 2000.05.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14723号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 花岡,一雄
内容要旨 要旨を表示する

 生体は致死的(lethal)な環境下におかれればもちろん死に至る。しかしその環境が致死にいたるほどではない(sublethal)状況であれば細胞は生き延び、そして次なるlethalな環境下において耐性を獲得する。この耐性獲得現象はほとんどすべての細胞、臓器で認められるものである。脳の場合には虚血状態における耐性獲得が広く注目されてきた。神経細胞障害をきたさない程度の短時間脳虚血の操作がその後に起こる神経細胞死をきたすような脳虚血に対し耐性を獲得することが明らかにされた。脳の虚血耐性獲得にはストレス蛋白のみならずその他多様な機構が関与していることがこれまでの研究でわかってきている。内因性抗酸化酵素の誘導も脳虚血耐性獲得に関与している可能性が考えられている。今回のこの研究では内因性抗酸化酵素活性化と脳虚血耐性の誘導との関連性について実験した。Part Iでは短時間虚血の前負荷による脳め内因性抗酸化酵素活性の増強と虚血耐性獲得による脳保護効果を検討し、Part IIでは内因性抗酸化酵素増強効果のあるエンドトキシンアナログの前投与により虚血耐性が誘導されるかどうかを検討した。

 Part I

 これまでの脳虚血耐性の誘導の研究は主に前(全)脳虚血モデルを用いて行われており、局所脳虚血モデルでも同様な脳虚血耐性現象がみられるのかあまり明らかではなかった。臨床において問題となる閉塞性脳血管障害の多くは局所脳虚血の病態であり局所脳虚血に対する耐性獲得、そのメカニズムの解明が必要である。この研究では短時間局所脳虚血の負荷強度の変化と脳虚血耐性誘導との関連を実験した。また内因性抗酸化酵素であるSOD活性との関連について実験した。

 ラットを用い次のような脳虚血の前負荷を施した。1)シャム手術群、2)20分間の両側内頚動脈閉塞のみ(BCAO群)、3)20分間の中大脳動脈閉塞のみ(MCAO群)、4)20分間の両側内頚動脈閉塞及び中大脳動脈閉塞(3VO群)。前負荷の24時間後に60分間の両側内頚動脈及び中大脳動脈閉塞による局所脳虚血を施した。さらに48時間後に断頭して脳を取り出し、脳梗塞体積を測定した。これとは別に、上記4つのタイプの前負荷を施した24時間後に断頭して脳を取り出し、SOD活性を測定した。前負荷のみではいずれのグループも脳梗塞は認められていない。

 前負荷がシャム手術の場合と比較し、脳梗塞体積はBCAO群で11%の減少、MCAO群で41%の減少(p<0.05)、さらに3VO群では46%の減少(p<0.05)を認めた。脳の内因性SOD活性はシャム手術群と比較し、BCAO群で2-5倍、MCAO群で13倍(p<0.05)、さらに3VO群では25倍の増強(p<0.01)を認めた。

 この実験結果は脳梗塞にならない短時間局所脳虚血の前負荷を施すことによりその24時間後に行う最終脳虚血(局所脳虚血)に対して虚血耐性を誘導することを示した。この前負荷は内因性抗酸化酵素であるSOD活性を増強し、その増強の程度と虚血耐性獲得による脳保護作用が比例することを明らかにした。脳における内因性抗酸化酵素の増強が脳虚血耐性誘導に大きく関与している可能性が考えられる。

 Part II

 エンドトキシンの少量投与もしくはエンドトキシンアナログの前投与によりエンドトキシンショックに対する耐性だけでなく、高酸素血症、くも膜下出血後の脳血管れん縮、心筋虚血にたいして保護効果があるという報告がある。いずれも内因性抗酸化酵素の誘導や、白血球浸潤の抑制により効果を示したとする実験結果が多い。活性酸素や白血球の浸潤は、脳虚血再灌流による神経細胞障害の因子として考えられている。局所脳虚血における耐性の誘導がエンドトキシンアナログの一種であるmonophosphoryl lipid A(MPL)及びdiphosphoryl lipid A(DPL)により可能かどうか、またこの薬剤投与の前処置がフリーラジカル障害や白血球浸潤の抑制によることを示す目的でこの実験を行った。エンドトキシンアナログ前投与の効果はラット−過性局所脳虚血モデルを用いて脳梗塞の体積でもって判定し、またエンドトキシンアナログの白血球浸潤抑制作用や抗酸化酵素の誘導作用の有無についてはミエロパーオキシダーゼ(MPO)活性と内因性SOD活性を測定することによりその指標とした。

 この実験では、ラットにDPLを静注、その24時間後に3時間の局所脳虚血を施し24時間の再灌流後に脳梗塞体積、MPO活性、SOD活性を測定した(虚血実験)。これとは別にDPL投与のみで虚血を加えない脳でのSOD活性の変化をみた(無虚血実験)。いずれも対照群、MPL100μg/kg投与群、MPL200μg/kg投与群、DPL100μg/kg投与群、そしてDPL200μg/kg投与群において調べた。

 この実験により以下の点について結果が得られた。1)MPLの虚血24時間前投与ではその後の一過性局所脳虚血に対する保護作用が全く認められなかった。またPMNLsの浸潤の指標となるMPO活性や内因性抗酸化酵素の一つであるSOD活性に対する影響も認められなかった。2)DPLの虚血24時間前投与によりその後の3時間の局所脳虚血に対する保護作用がみられ、DPL200μg/kg投与群では脳梗塞体積で31%の減少を認めた。2)一過性局所脳虚血24時間後には梗塞中心部、周辺部で多核白血球(PMNLs)の浸潤の指標となるMPO活性が上昇するがDPL200μg/kg投与群では梗塞周辺部で特にMPO活性の低下が認められた。3)DPLの投与により正常脳の内因性SOD活性の上昇が認められた。対照群と比べ100μg/kgで2.2倍、200μg/kgで4.3倍のSOD活性の増強が認められた。4)一過性局所脳虚血24時間後には梗塞周辺部で内因性SOD活性が上昇するが、対照群と比べDPL投与群では100μg/kg投与群で1.2倍、200μg/kgで2.2倍のさらなるSOD活性の増強が認められた。

 これらの結果により、DPLの虚血24時間前投与により、一過性局所脳虚血に対する脳保護作用が認められた。DPLとMPLではほぼ同じ薬理作用、免疫賦活作用があるといわれているがサイトカインの誘導やiNosの発現程度、内因性抗酸化酵素活性増強作用の程度に違いがみられそのことが脳虚血に対する保護効果の差に影響を及ぼしたと考えられる。一過性局所脳虚血においては白血球の浸潤、フリーラジカルの産生が神経細胞障害の要因の一つとして考えられているが、DPLが白血球浸潤を抑制し、脳の内因性SOD活性を増強することで虚血耐性を誘導し脳保護作用を示したと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は脳虚血耐性現象において重要な役割を果たしていると考えられる内因性抗酸化酵素のsuperoxide dismutase(SOD)の発現を解析し、さらにこの内因性抗酸化酵素を誘導する働きのあるエンドトキシンアナログをラットに投与して脳虚血耐性が獲得できることを試みた。そして下記の結果を得た。

1. 神経細胞死をきたさない程度の短時間虚血を負荷することによりSOD活性の増強を認め、その増強の効果は負荷する虚血の程度に比例した。またSOD活性増強の程度は虚血耐性獲得による脳保護作用と比例した。

2. エンドトキシンアナログの一種であるmonophosphoryl lipid A(MPL)及びdiphosophoryl lipid A(DPL)を脳虚血24時間前にラットに静脈内投与を行い虚血耐性獲得による脳保護作用を示すかどうか実験したところMPLでは有意な効果が認められなかったが、DPLは用量依存性に脳保護作用を認めた。

3. エンドトキシンアナログ投与後のラット脳における内因性SOD活性を調べたところ、MPLでは有意な活性増強効果を認めることができなかったが、DPLでは有意な活性増強効果を用量依存性に認めた。また脳虚血負荷後、脳梗塞周辺部のいわゆるpenumbra領域での内因性SOD活性は増強されるが、DPL投与群ではSOD活性がさらにエンハンスされていることを認めた。以上の結果から内因性SODの活性増強と虚血耐性獲得による脳保護作用に強い関連性が認められると考えられた。

4. 脳虚血後には梗塞中心部及びpenumbra領域で多核白血球の浸潤が認められるが、DPL投与群ではpenumbra領域での多核白血球の浸潤の抑制が認められた。エンドトキシンアナログにより多核白血球の浸潤が抑制され、白血球が誘導するフリーラジカルの産生を抑制することにより脳保護作用をしめしたと考えられた。

エンドトキシンアナログの虚血負荷前投与により、一過性局所脳虚血に対する脳保護作用を認めた。エンドトキシンアナログを用いて虚血耐性の誘導に成功した初めての研究である。またこの研究ではこれまであまり明らかにされていなかった脳虚血耐性獲得現象のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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