学位論文要旨



No 214728
著者(漢字) 呉,飛鵬
著者(英字)
著者(カナ) ウー,フェイペン
標題(和) マルチポルフィリン分子材料の電気化学的構築と機能設計
標題(洋) Electrochemical Construction and Functional Design of Multi-Porphyrin Molecular Materials
報告番号 214728
報告番号 乙14728
学位授与日 2000.05.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第14728号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 小牧,研一郎
 東京大学 助教授 池上,高志
 東京大学 助教授 村田,滋
 東京大学 助教授 阿波賀,邦夫
内容要旨 要旨を表示する

 分子の機能を利用する新しい電子材料を実現するための基礎研究として、光電変換機能や磁気的機能を発現する新しい高分子の合成と構造構築に関する研究は重要である。高分子系におけるこれらの機能発現には、分子間の電子移動や磁気的相互作用を支配するナノメートルスケールでの構造制御が不可欠である。大きなπ電子系をもつポルフィリンとその金属錯体は、多様な分子設計により光誘起電子移動を行う分子や常磁性分子となりうることから、これまでにもその高分子化に関する多数の研究がなされてきた。しかしながら、従来の純化学的方法により合成されるポルフィリン高分子は、アモルファス(不定形)であり、ナノメートルスケールで構造制御されたものではなかった。本研究では、ナノメートルスケールで構造制御されたポルフィリン高分子を合成する新しい手法を検討した。特に、これらの秩序配列高分子を電極上に直接構築することを目的とし、本研究では高分子構築の手法として電気化学反応をとりあげた。電気化学反応では、ポルフィリンのような大きいπ共役系を含む不溶性かつ低加工性の高分子であっても、容易に電極被覆膜が作成できる。また、電極の構造設計により、ミクロなデバイスも作成できる。さらに、何種類もの異なる機能をもつ有機分子をステップワイズに電極上に積層することもできる。本研究では、これらの電気化学的方法で得られた高分子材料が、光電変換や磁性による機能発現に適したナノメートルスケールの構造をとりうるか否かについて、詳細な検討を行った。

 第1章では、本研究の背景とともに、従来の研究と本研究の関連、ならびに、本研究で取り上げた分子の特徴について述べた。

 第2章では、光電変換機能に着目し、光誘起電子移動により電荷を発生する部分の構造を、電子供与体と受容体の1次元的配列構造とすることにより、どのような物性が現れるのか検討した。まず、強い電子受容性をもつリン(V)ポルフィリンの軸方向に、電子供与体かつ酸化重合性置換基であるオリゴチオフェンを結合したトライアド分子(1〜3)を合成し、そのトライアドの光励起電子移動特性を調べた。オリゴチオフェンのチオフェン環数が異なるトライアドでは、リン(V)ポルフィリンの還元電位はほぼ同じである(-0.48V vs. SCE)のに対し、オリゴチオフェンの酸化電位はチオフェン環が多いほど低くなり、また、リン(V)ポルフィリンの励起状態の寿命が短くなることが明らかとなった。同時に、リン(V)ポルフィリンの蛍光の量子収率も低くなるが、これは特にビチオフェンとターチオフェンをもつトライアド(2,3)の場合で著しく、これらの分子ではリン(V)ポルフィリンの光励起状態で電子移動が起こることが明らかとなった。これらのトライアドを電解酸化することで、1次元的配列をとる新規なドナーアクセプター高分子が得られた。この高分子は、FT-IRより、オリゴチオフェンの末端α位がつながったものであることが確かめられた。この高分子薄膜の導電性は、光照射により3倍以上に増加した。これは、リン(V)ポルフィリンの光励起により、オリゴチオフェンからリン(V)ポルフィリンに光誘起電子移動が起こり、電荷が効果的に生成したことを示すものである。以上の結果をもとに、1次元性のポルフィリン高分子を電荷発生層とし、ポリチオフェンをホール輸送層とする積層素子を構築し、その特性を調べた。その結果、この積層高分子では、暗時には整流特性が発現し、光照射下では電荷増大により電流値が数倍から数千倍になるとともに約200mVの光起電力が発生することが明らかになった。さらに、ポリチオフェン層の脱ドープ状態では、光起電力のアクションスペクトルはリンポルフィリンの吸収スペクトルと一致することも明らかにした。以上の結果は、リンポルフィリンポリマーとポリチオフェンの界面において、光励起状態のリンポルフィリンにポリチオフェン層から電子移動が起こることを示すものである。また、この積層構造素子の光起電力はポリチオフェン層のドープ状態に依存し、電気化学的ドープー脱ドープにより光起電力を制御できることを明らかにした。以上の1次元性高分子を利用し、電気化学重合で直径5μmの細孔をもつ高分子フィルム中に、光応答チップを作成した。これは全て有機分子からなるが、光起電力は最大500mVに達することを明にした(図1)。

 第3章では、ポルフィリンの4つのメソ位にそれぞれオリゴチオフェンをもつ分子を合成し、これを電解酸化重合することで、ポルフィリンが2次元的に配列した高分子を合成した結果について述べた。これらのポルフィリンは、中心配位金属によりレドックスポテンシャルが制御できる。メソ位の置換基がビチオフェンの場合、亜鉛錯体は光励起してもビチオフェンとの間で電子移動を起こさないが、パラジウム錯体ではビチオフェンから光電子移動が起こった。このことは、亜鉛錯体とパラジウム錯体がそれぞれ電子ドナー、電子アクセプターとなることを示している。このような異なるレドックスポテンシャルをもつポルフィリン高分子を積層したものでは、光導電性はわずかであったが、高分子の接合界面に由来する整流特性が顕著に現れた。

 第4章では、磁気的機能に着目し、メソ位直結型ポルフィリンπラジカルポリマーの電気化学的構築とそのスピン間相互作用を検討した。まず、ビスフェニルポルフィリンの電解酸化によるメソ位直結型ポルフィリンポリマーの合成を試みた。電解酸化生成物の固体反射吸収スペクトルは、エキシトンカポリングによりソーレ帯が大きく2つに分裂し、モノマーと同じ波長でソーレ帯が現れる以外に、レッドシフトしたもう一つのソーレ帯が現れた。これは、隣接したポルフィリン環が直交配向することを示すものである。その分裂エネルギーは、結合したポルフィリン環の数に依存するが、この生成物では約4000cm-1であり、少なくとも10量体以上の高分子になっていることが明らかになった。この高分子について、ポルフィシリン環のカップリング位置がメソ位であること、分子量1万をこえる重合体も含むことなどが明らかになった。以上より、ビスフェニルポルフィリンの電解酸化により目的の重合体が生成することが明らかとなった。

 次に、メソ位直結型ポルフィリン高分子の隣接するポルフィリン環を、ともにπラジカルにした場合のスピン間の相互作用を調べため、メソ位直結型ポルフィリンダイマーとそのビラジカルをモデルとして合成し、その物性を検討した。従来のメソ位直結型ポルフィリンオリゴマーの合成法では、最高収率でも27%であったのに対し、本研究では、モノマーからダイマーの収率をほぼ100%に高めることに成功した。このダイマーとその亜鉛、銅、金錯体では、ソーレ帯の吸収はエキシトンカップリングにより二つに分裂したことから、二つのポルフィリン環は、メソ位直結型ポルフィリン高分子の隣接するポルフィリン環のように、直交配向構造をもつことがわかる。一般に、テトラフェニルポルフィリン錯体のHOMOはa2uであり、メソ位の電子密度が非常に高いことが知られている。仮にこれらがπ-ラジカルになった場合にも、ポルフィリン環が直交配向構造を保てば、そのπ-ラジカルスピン間の交換相互作用により三重項が観察されると考えられる。ポルフィリンダイマーのサイクリックボタモグラムでは、πラジカル生成に帰属される酸化還元波は、それぞれのポルフィリン環の第一酸化あるいは第一還元に帰属される2つのピークに分裂して観察され、その分裂の大きさは中心金属に依存し0.13〜0.21eVの範囲であった。また、そのサイクリックボタモグラムは可逆であり、モノラジカルあるいはビラジカルが、酸化または還元電位のコントロールにより生成可能であることがわかった。本研究では、ダイマーの亜鉛錯体を化学的酸化して、ビラジカルを合成し、そのスピン間相互作用を検討した。ビラジカルのESRスペクトルから、たしかにビラジカルは三重項状態となることが明らかとなった(図2)。これは、ダイマー内のπラジカル同士が直交配交して直結しているため、強磁性体的にスピン整列がおこるものと結論できる。この結果は、メソ位直結型ポルフィリン高分子のポリラジカルが、磁気的機能発現に適していることを示している。

 第5章では、本研究についての総括を述べた。本研究では、特殊な構造をもつ重合前駆体の合成と電気化学的重合反応を組み合わせた新しい手法により得られた高分子材料が、光電変換と磁性による機能発現に的したナノメータースケールの構造をとりうることを明らかにした。この結果は、有機材料の構築と機能化に一つの新しい方法論を与えるものと考えられる。

図1. 直径5ミクロの有機フォトダイオドの電流電圧曲線。

図2. 亜鉛錯体のビラジカル100KでのESRスペクトル。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ナノメートルスケールで構造制御されたポルフィリン多量体分子系の電気化学的構築法と、得られた多量体分子系の電子物性を、機能素子構築の観点から纏めたものである。

 分子を利用する次世代電子材料を実現するための基礎として、電子移動機能や磁気的機能を発現するナノ構造分子系の構築は、重要な研究課題となっている。大きなπ共役系をもつポルフィリンは、周期表にある全ての金属元素と錯体を形成することができ、電子移動機能や磁気的機能を担う分子となりうることから、これまでにも多数の研究がなされてきた。しかしながら、ポルフィリンのように大きなπ共役系を持つ分子の多量体は、優れた機能が期待されるものの不溶不融の低加工性物質となるため、従来そのナノ構造構築ならびに材料化が困難であった。本論文では、これらのポルフィリンを含む多量体分子系に秩序配列構造を付与する方法として、重合前駆体となるポルフィリン誘導体の合成とその電気化学反応による多量体の構築を検討している。本方法では、ポルフィリン多量体分子系が直接金属電極上に構築でき、また、電極の構造設計によりミクロデバイスも作成できると期待される。さらに、異なる物性をもつ分子を段階的に電極上に積層することも期待できる。本論文は、これらの手法が、実際にポルフィリン多量体分子系の材料化に有効であり、電子移動や磁性による機能発現に適したナノメートルスケールの構造構築を可能とするものであることを実証したもので、全5章からなる。

 第1章は、序論であり、本研究の背景と目的ならびに本研究で取り上げたポルフィリンめ特徴を述べている。

 第2章では、光電変換機能に着目し、電子供与体と電子受容体が1次元的配列構造をとる多量体分子系を電気化学的に構築し、光誘起電子移動に基づく機能発現を検討している。具体的には、電子受容性ポルフィリンの軸方向に、電子供与性かつ酸化重合性置換基であるオリゴチオフェンを結合した分子を合成し、これを電解酸化することで1次元的配列をとる新規な高分子を合成し、その光導電性を明らかにしている。これは、ポルフィリンの光励起により、オリゴチオフェンからポルフィリンに光誘起電子移動が起こり電荷が効果的に生成することによるもので、1次元配列構造が有効に機能することを示すものである。次に、この1次元ポルフィリン高分子を電荷発生層としポリチオフェンをホール輸送層とする積層素子を構築し、暗時には整流特性が現れ、光照射下では電荷増大により電流値が数倍から数千倍になるとともに光起電力も発生することを明らかにしている。さらに、この積層素子構築法を応用し、直径5unの細孔をもつ高分子フィルム中に、全て有機分子からなるマイクロ光応答チップを作成することにも成功している。

 第3章では、ポルフィリンの4つのメソ位にそれぞれオリゴチオフェンをもつ分子の電解酸化重合で、ポルフィリンが2次元的に配列した高分子を合成し、その電子物性を検討している。これらのポルフィリン高分子は、配位金属により分子軌道のエネルギーレベルの制御が可能で、異種のポルフィリン高分子間には、エネルギーレベルにギャップをもつ接合面をつくることができる。具体的には、電子供与性の亜鉛ポルフィリン錯体と電子受容性のパラジウムポルフィリン錯体を電気化学反応により高分子化して積層することで、高分子の接合界面に生じるエネルギーレベルのギャップに由来する整流素子が構築できることを明らかにしている。

 第4章では、磁気的機能に着目し、メソ位直結型ポルフィリンπラジカル高分子の電気化学的構築とそのスピン間相互作用を述べている。まず、ビスフェニルポルフィリンの電解酸化により得られるポルフィリン高分子が、ポルフィンリン環のメソ位でカップリングした分子量1万をこえる重合体であることを明らかにしている。次に、このメソ位直結型ポルフィリン高分子の隣接するポルフィリン環をπラジカルにした場合のスピン間相互作用を調べるため、メソ位直結型ポルフィリンダイマー亜鉛錯体とそのビラジカルを合成し、その物性を検討している。一般に、テトラフェニルポルフィリン錯体の最高被占軌道の電子密度は、メソ位炭素上において最も高いことが知られている。これらがπ一ラジカルになった場合、ポルフィリン環が直交配向構造を保てば、そのπーラジカルスピン間の交換相互作用により三重項が観察されると期待される。本研究では実際にビラジカルのESRスペクトルとその温度変化から、熱励起三重項状態の存在をポルフィリン多量体として初めて観測している。この結果は、メソ位直結型ポルフィリン高分子のポリラジカルが、磁気的機能発現に適していることを示すものである。

 第5章では、本研究についての総括を述べている。本研究では、重合前駆体となる特殊なポルフィリンの合成とその電気化学反応とを組み合わせた新しい手法により、電子移動や磁性による機能発現が可能なナノ配列構造をもつ多量体分子系の材料化が可能なことを明らかにした。この結果は、ポルフィリン分子材料の構築と機能化に一つの新しい方法論を開拓したものと認められる。

 よって本研究は、博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると審査委員会は認め、合格と判定した。

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