学位論文要旨



No 214731
著者(漢字) 小林,聡
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,サトシ
標題(和) (−)-ビンドリンの効率的全合成
標題(洋)
報告番号 214731
報告番号 乙14731
学位授与日 2000.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14731号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨 要旨を表示する

 Vinblastine(1)は1958年にキョウチクトウ科のcatharanthus roseus から単離されたアルカロイドで,強い制癌作用を有することから悪性リンパ腫,絨毛性腫瘍の治療薬として開発が行われイーライリリー社から市場に出されている.この化合物はその有用な生理活性の他に,非常に複雑な構造を有していること,また自然界からの取得量が微量であることから全合成研究の格好な標的化合物となり過去に幾つかのグループにより全合成が報告されている.生合成的には,vinblastine(1)はイボガ型アルカロイドである(+)-catharanthine(2)とアスピドスペルマ型アルカロイドである(-)-vindoline(3)が結合して合成されると考えられている.

 新しい医薬品の創製を目的としたビンカアルカロイド型化合物の探索,合成が盛んに行われているが(+)-catharanthine(2),(-)-vindoline(3),2つのインドール化合物の効率的な全合成法は未だ確立されていない.誘導体の合成にも応用可能な効率的な(-)-vindoline(3)合成法の確立は今後のビンカアルカロイド型医薬品の開発に有用な情報を多く提供するものと考えその全合成に着手した.

 アスピドスペルマ型アルカロイドはsecologaninとtryptamineとの縮合によって得られるstrictosidineから数工程を経て導かれるdehydrosecodine(4)の4+2型環化反応により生合成されると考えられており,tabersonine(5)は酸化段階を経ることにより(-)-vindoline(3)へと誘導される.

 近年,福山等はo-位にオレフィンを有するイソニトリル化合物がスズラジカル存在下,容易に環化反応を起こしインドールを与える新規なインドールの合成法の開発に成功している.イソニトリルAはスズラジカルを作用させることで環化反応が進行しインドールBを与える.Bは2位にスタニル基を有するために酸処理により3-モノ置換インドールを,ハロゲン化合物とのStilleカップリング反応により2,3-ジ置換インドールを,更にヨウ素あるいはNISとの反応により2-ヨウ化-3-置換インドールCをそれぞれAから同一容器内で得ることが出来る.更にこのインドール合成法はインドール環上に位置選択的に様々な官能基を導入できる利点を有することから,前記の(-)-vindoline(3)の生合成前駆体であるdehydrosecodine(4)およびその誘導体の合成に適していると考えられた.

 著者は以上の知見から本インドール合成法を利用した(-)-vindoline(3)の全合成を行った.また3の全合成に先立ち,モデル化合物として3の11位が水素に置換された(-)-vindorosine(26)の全合成を行った.

1)(-)-Vindorosineの合成

 L-Glutamic acidあるいはD-mannitolを原料とし数工程を経て6とした. DIBALにより還元し7へ変換した後, CSA-キノリン存在下,加熱脱水反応を行い8へ導いた.TBS基を脱保護し9を得た後,水酸基をメシル化,続いてNaN3による置換,最後にLindlar触媒を用いた接触還元によりアジド基の選択的還元を行った.得られた1級アミン10を2,4-ジニトロベンゼンスルホニル基により保護し11を得た.

 市販の12から数工程で得られる13のホルムアミド基を脱水して14を得た.前述したラジカル的インドール合成法により14から15へ導いた後,インドール窒素をBoc基で保護し16とした.Stilleカップリング反応によりインドールの2位へアクリル酸エステル基を導入した後,アセチル基を脱保護し18を得た.

 11と18を光延反応により縮合し19とした後,TFA処理,続いてMeOH/MeCN(5/1)溶液中ピロリジンを用いてスルホンアミドを脱保護,更に加熱することにより21を19から53%の収率で単一化合物として得ることができた.Kuehne等の方法に従い21を脱水して2重結合を導入し(-)-tabersonine(5)を得た.

 (-)-Tabersonineから(-)-vindorosineへの変換はDanieliおよびKuehne等の2つのグループにより報告されている.1984年にDanieli等により報告された合成法は(-)-tabersonineから(-)-vindorosine を5工程という短工程で合成する.優れたものであったが1987年,Kuehne等の追試により本合成法では目的とする(-)-vindorosineは得られないと報告された.同報文中でKuehne等はDanieli等の合成法を改良することにより(-)-vindorosineの合成に成功したと報告している.しかしKuehne等の改良法を追試したところ,その操作法には非常に不確実な要素が多く,収率も0〜20%と低収率なものとなった.そこで(-)-vindorosineの高収率,かつ再現性の良い改良合成法の検討を行った.

 (-)-Tabersonine(5)をDanieli等の方法により酸化し22へ導いた後,2等量のmCPBAにより酸化し23とした.この際一部N-オキシドの副生が観察された.イミンの加水分解による副反応が収率の低下をまねいていると考えMeOH/リン酸緩衝液中で氷冷下酸化反応を行った.また,イミンの分解を防ぐため反応は24まで後処理,単離することなく同一容器内で行った.反応液にホルマリン,NaBH3CNを添加した後,pHを3に調整し,イミンの還元,続いてメチル化を行った.活性亜鉛により副生したN-オキシドの還元を行ったところ22から62%の収率で25を得ることができた.最後に17位水酸基を選択的にアセチル化し,(-)-vindorosine(26)の全合成を完了した.

2)(-)-Vindoline1の合成

 続いてvinblastineの重要な合成中間体である(-)-vindolineの全合成に着手した.逆合成は(-)-vindorosineの合成を踏襲したものであるが(+)-catharanthineとのカップリングや誘導体の合成を考慮し,11位の水酸基を保護し全合成の後半,即ちアスピドスペルマ骨格の形成後にメトキシ基へ変換することとした.出発原料は4-ニトロフェノール27を選択した.数工程を経て28をとした後,低温下NaBH4にて選択的にアルデヒドを還元し,続いて水酸基をアセチル基で保護し29とした.ニトロ基を還元した後ホルミル化し30とし,得られたホルムアミド基の脱水反応を行うことにより31を得た.ラジカル環化反応によりインドールを合成した後に2位をヨウ素化,続いてインドール窒素をBoc基で保護し32とした.Stilleカップリング反応により33へ導いた後,アセチル基を脱保護し34を得た.

 スルホンアミド11との縮合により35へ導いた後,TFA処理,続くスルホンアミドの脱保護,環化反応により35から65%の収率で37を得ることが出来た.脱水反応を行い38とした後,メシル基を脱保護,続いて水酸基をメチル化し(-)-11-methoxytabersonine(40)を得た.

 Danieli等の方法により40を酸化し41とした後,(-)-vindorosineの合成と同様な操作で43への変換を行ったところ43と分離困難な副生物が生成した.そこで反応条件を検討したところ,以下のような改良法を確立することが出来た.(10%MeOH/CH2Cl2)/飽和重曹水(3/2)溶液中,氷冷下2等量のmCPBAで酸化し42とした.同温で反応液にホルマリン,NaBH3CNを添加した後,反応液のpHを10%HCl/MeOHにより3に調整し,イミンの還元,続いて還元的メチル化を行った.反応の後処理操作においてNaHSO3で還元することにより一部副生したN-オキシドを還元し43を64%の収率で得た.43の17位水酸基を選択的にアセチル化することにより(-)-vindoline(3)を得た.合成した(-)-vindoline(3)の各種機器データは天然物の機器データと一致し,(-)-vindolineの全合成を完了した.

【結論】

 以上,著者は現在臨床応用されている抗癌剤vinblastineの重要合成中間体であり,そのものが天然物でもあるアスピドスペルマ型アルカロイド(-)-vindolineの効率的全合成ルートの開発に成功した.この合成ルートの開発は,単に(-)-vindolineを与えるだけではなく,その誘導体合成にも広く応用が可能であり,今後ビンカアルカロイド誘導体を合成していく上で多くの手法,情報等を提供するものと考えている.また,本合成に利用したスタニルラジカルを用いたインドールの合成法やアミンの保護基および2級アミン合成法としての2,4-ジニトロベンゼンスルホニル基の実用性の証明は今後更に様々な天然物,生理活性物質の合成への応用が可能であることを示唆していると考えている.

審査要旨 要旨を表示する

 Vinblastine(1)は1958年にcatharanthus roseus から単離されたアルカロイドで、強い制癌作用を有することから悪性リンパ腫、絨毛性腫瘍の治療薬として臨床に使用されている。(+)-catharanthine(2)と(-)-vindoline(3)から構成される複雑な構造を持ち、自然界から微量しか得られないため、全合成研究の格好な標的化合物となっている。しかし2、3の効率的な全合成法は確立されておらず、天然物を利用した形式合成が数例報告されているのみである。小林聡は誘導体合成にも応用可能な効率的な(-)-vindoline合成法の確立は今後のビンカアルカロイド型医薬品の開発に必要不可欠なものと考えその全合成法の開発を計画し実行した。

 小林は右記のようにセコジン誘導体Bを経由したbiomimeticな合成計画を立てた(図1)。インドール中間体Eは新規なラジカル的インドール合成法により合成するものとし、アミンDの保護基P2はアルコールEとの縮合、および脱保護反応を考慮し2,4-ジニトロベンゼンスルホンアミドを用いることとした。

 D-Mannitolから既知の方法で得られるアルデヒド4を小林は11工程でスルホンアミド8へ誘導した(図2)。この合成法は工程数のわりに単離精製個所が少なく、原料の大量合成に対応可能な優れた合成法となっている。

 更に、小林は4-ニトロフェノール9から数工程で合成したイソニトリル10をラジカル環化反応によりインドールを形成した後、ヨウ素置換、インドール窒素のBoc基による保護で11とした。この11をStilleカップリング反応により2位にアクリル酸エステル基を導入した後、アセチル基を脱保護して12を得た(図3)。

 光延反応により8と12を縮合し13へ導いた。13から15への変換において高立体選択的に形式的4+2型環化反応を進行させる必要があるが、小林は様々な反応条件を検討し、TFA処理の後、MeOH/MeCN(5/1)溶媒中ピロリジンによりスルホンアミドの脱保護の後、加熱環化反応を行うことにより13から65%の収率で15がほぼ単一化合物として得られることを見出した。脱水反応を行い16とした後、メシル基を脱保護、続いて水酸基をメチル化し(-)-11-methoxytabersonine(17)を得ることに成功した(図4)。

 17から(-)-vindolineへの変換はDanieliおよびKuehne等の2つのグループにより報告されているがいずれの手法も信頼性に著しく乏しく、安定した収率で(-)-vindolineを取得できるものではなかった。Vinblastineおよびその誘導体の実用的合成法のためには(-)-vindolineの高収率、かつ再現性の良い改良合成法の確立は不可欠であり、小林は諸条件を鋭意検討の結果、以下のような信頼性の高い方法を開発することが出来た。

 即ち、17を酸化し18とした後、(10%MeOH/CH2Cl2)/飽和重曹水(3/2)溶液中、氷冷下2等量のmCPBAで酸化した。同温で反応液にホルマリン、NaBH3CNを添加した後、反応液のpHを10%HCl/MeOHにより3に調整し、イミンの還元、続いて還元的メチル化を行った。反応の後処理操作においてNaHSO3で還元することにより一部副生した N-オキシドを還元し19を64%の収率で得た。19の17位水酸基を選択的にアセチル化することにより(-)-vindoline(3)とし、ここに全合成を完了した。

 小林聡は医薬品として臨床に使用されているvinblastineの重要な中間体であり、そのもの自身が天然物でもある(-)-vindolineの効率的全合成法を開発した。本合成法は様々な(-)-vindolineの誘導体の合成にも応用が可能と考えられ、広汎なvinblastine誘導体合成への道を開いた。従って薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

図1

図2 : (a)Triethyl 2-ethylphosphonoacetate, LiCl, DBU, THF, rt, 5h, 81%. (b)H2, 10%Pd/C, EtOH, rt, 1h. (c) concd HCI, EtOH, rt, 30min. (d) TBSCI, imidazole, DMF, rt, 30min, 99% from 5. (e) DIBAL (0.95M in hexane), Et2O, -78℃, 10min. (f)CSA, quinoline, benzene, reflux, 2.5h. (g)n-Bu4NF, THF, 0℃, 30min, 79% from 6 (h) MsCl, pyridine, rt, 15 min. (i) NaN3, DMF, 100℃, 3h. (j) H2, Lindlar cat, EtOH, rt, 3h. (k) 2,4-dinitrobenzenesulfonyl chloride, pyridine, CH2Cl2, rt, 1h, 81% from 7.

図3 : (a)n-Bu3SnH, AIBN, MeCN, 80℃, 30 min, then I2, rt, 20min. (b)(Boc)2O, Et3N, DMAP, MeCN, rt, 1h, 79% from 10. (c) Methyl 2-tri-n-butylstannylacrylate, BnPd(PPh3)2Cl, Ph3As, Cul, HMPA/DMF, 85℃,3,5 h. (d) Na2CO3, H2O/MeOH, rt, 2h, 67% from 11.

図4 : (a)Diethyl azodicarboxylate (40% in toluene), PPh3, benzene, rt, 30min, 89%. (b) TFA, CH2Cl2, rt, 15min. (c)Pyrrolidine, MeOH/MeCN (5/1), rt, 5min, then reflux, 4h, 65% from 13. (d) PPh3, CCl4, MeCN, 70℃30 min, thenNH40H workup, 88%. (e)KOH, MeOH, 80℃, 45 min. (f) Mel, t-BuOK(1 M t-BuOH solution), THF, 0℃,90 min, 92% from 16.

図5 : (a)(PhSeO)2O, benzene, 80℃, 30 min, then H2O wrkup, 88%. (b) MCPBA, 10% MeOH/CH2Cl2 sat,NaHCO3(aq),0℃,5 min.(c)37% HCHO,NaBH3CN,10% HCl/MeOH,(adjust pH to 3.0), 0℃,5 min,then NaBH3CN,room temperature,30 min,Na2CO3 (adjust pH to10), thenNaHSO3, 64% from 18. (d) AcONa, Ac2O, rt, 4h, 91%

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