学位論文要旨



No 214732
著者(漢字) 齋藤,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,シゲキ
標題(和) マトリクスメタロプロテアーゼを中心とした関節症治療の標的探索に関する研究
標題(洋)
報告番号 214732
報告番号 乙14732
学位授与日 2000.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14732号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高崎,誠一
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 変形性関節症(OA)や慢性関節リウマチ(RA)などの関節症は、関節軟骨破壊を特徴とする疾患である。特にOAでは痛み止めとしての抗炎症薬の投与など対症療法が中心であり、軟骨破壊を抑制する進行抑制薬が待望されている。関節軟骨matrixは主として2型collagenとproteoglycanから構成されており、関節の弾性、柔軟性に重要な役割を演じている。OAやRAにおいて、これらmatrix分子の分解が認められ、その結果、関節機能の消失につながると考えられている。これらmatrix分子の分解活性を有するマトリクスメタロプロテアーゼ(MMP)は関節症に伴う発現の上昇が認められ、関節症治療薬の標的候補として注目されている。MMPはサイトカインなどの誘導因子により発現が誘導され、まず活性のないpro体として分泌され、plasminなどのproteaseによりpropeptide部分を切断されて活性型に変換される。MMP-familyは10種類のproteaseからなり、主としてcollagenを基質とするcollagenase類、gelatinを基質とするgelatinase類、基質特異性の広いstromelysin類などに分類される。これまで、MMPを阻害するステップとして、酵素活性の阻害、発現の阻害、誘導因子の阻害などが想定され、これらを標的としたMMP阻害による関節症治療薬が目指されてきた。しかし、このMMP阻害による関節症治療というコンセプトには、以下の未解決な問題点がある。第一に、各MMPの阻害がどのmatrix分解につながるかどうかが軟骨培養系のレベルで明らかでない。第二に、MMP誘導因子阻害を狙う場合、病態での誘導因子が何か必ずしも明らかでない。上記の問題点を明らかにし、関節症治療の標的としてのMMP阻害の可能性を明らかにするために以下の検討を行った。

(1)MMP活性阻害がcollagen分解を抑制するかどうかを軟骨培養系で検討する。

(2)MMP産生阻害がmatrix分解を抑制するかどうかを軟骨培養系で検討する。

(3)MMP誘導因子としてFibronectin-EDAドメインの作用を検討する。

【本論】

1. 関節軟骨collagen分解へのMMPの関与

 現在軟骨matrix破壊防止薬としてMMPの酵素活性を阻害する薬剤の創製が競われている。創薬研究でスクリーニングを行うに当たって、実際にどのMMPがどのmatrix分子の分解に関与するかは極めて重要な問題である。しかしながら、この問題に対して、実際の関節軟骨を用いた実験が不足しており、MMPの基質特異性からの推測にとどまる状況であった。実際、proteoglycanはMMP-3などにより切断されうるが、実際の軟骨ではproteoglycan分解はMMP阻害蛋白TIMPで阻害されず、MMP非依存的に進行することが軟骨培養系での解析により初めて明らかになり、MMP以外の新規proteaseの関与(aggrecanase-1、1999年cloning)が示唆された。そこで、私はもう一つの主要な軟骨matrixであるcollagenの分解にMMPが関与するかどうかをウサギ関節軟骨培養系を用いて検討した。関節軟骨培養系のcollagenの分解は、proteoglycan分解と異なり、IL-1刺激のみでは認められない。活性化因子の不足のためMMPが活性化されていないことがcollagen分解の起こらない原因と考え、活性化因子であるplasminogen(plgn)を添加した。IL-1またはplgnそれぞれの単独ではcollagen分解を誘導しないが、両方の添加によりcollagenの分解(7日間で70%)が認められた。一方、MMPに関しては、IL-1によりMMP-1、-3の誘導が認められたが、pro体がメインであり、plgn添加によりMMP-1、-3の活性化が起こった。よって、活性型MMPに依存してcollagen分解が生じることが示唆された。このcollagen分解は、MMP阻害蛋白のTIMP-1によりほぼ完全に抑制されたことから、MMPがcollagen分解に関与することが示された。MMPに対する抗体の添加では、特に抗MMP-1抗体が用量依存的にcollagenの分解を抑制したことから、MMP-1阻害がcollagen分解抑制に有効である可能性が示唆された。

2. DexamethasoneのMatrix分解抑制効果

 次に、酵素活性の阻害より上流の、MMP産生の阻害が実際に関節軟骨matrix分解を抑制するかをdexamethasone(Dex)を用いて検討した。Dexなどglucocorticoidsは,抗炎症作用だけでなく、MMPの発現を転写レベルで抑制することからmatrix分解抑制作用が期待され、動物OAモデルでも有効性を示している。しかし、これまで軟骨培養系ではproteoglycan分解への効果のみが検討された結果、分解抑制効果がないと報告されていた。そこで、私はウサギ軟骨培養系を用いてその軟骨分解抑制効果の有無を解析した。ウサギ軟骨培養系においてDexはMMP-1、およびMMP-3の産生を抑制したが、IL-1刺激によるproteoglycan分解に対しては報告通りにDexは阻害効果を示さなかった。一方、IL-1とPlasminogen添加によるcollagen分解に関してはDexはMMP阻害に近い濃度で阻害効果を示した。このようにcollagen分解を指標とすることで、Dexが軟骨matrix分解抑制作用を有することを初めて示すことができ、MMP産生の阻害が関節症治療の標的となる可能性が示唆された。

3. Fibronectin-EDAドメインのMMP誘導活性

 MMP阻害の標的として、産生阻害よりさらに上流の、MMP誘導因子の阻害が考えられる。そこで私は新規MMP誘導因子の探索として、細胞外matrixのfibronectin(FN)分子にalternative-splicingにより挿入されるEDAドメインに着目した。関節症においてこのEDAの発現が上昇することが報告されており、病態との関与の可能性が考えられている。EDAの研究は、病態での発現上昇など主として発現を調べた研究が多く、機能研究はほとんど進んでいないのが現状である。そこで私はEDAの軟骨および滑膜細胞への作用を検討した。

1) 組み替えEDAドメインによるMMP発現誘導

 大腸菌の発現系で調製したEDAドメインを含む培地でウサギ軟骨および滑膜細胞を培養し、培養上清中のMMP-1をELISAにて測定したところ、EDAドメインの用量に依存的なMMP-1の増加が認められた。また、Western-blottingにより、MMP-1およびMMP-3の誘導、gelatin-zymographyによりMMP-9活性の上昇が滑膜細胞の培養上清中で認められた。さらにnorthern-blottingでもMMP-1、-3、-9のmRNAのEDAによる上昇が認められた。以上のことからEDAドメインの添加によりMMPが転写レベルで発現亢進する事が示された。EDAに隣接するドメインにはこのような作用は認められなかったことからEDAに特異的な作用と考えられた。

2) EDAドメインによるIL-1誘導とそのMMP-1発現への関与

 MMP発現以外のEDAの作用を解析する目的で、手始めに細胞形態の変化を解析した。F-actin染色を行い、EDA処理による細胞骨格系の変化を観察したところ、紡錘形から変化し、roundingが認められた。このような形態変化の際には他の遺伝子発現の変動も起こっている可能性があることから他の遺伝子発現の変化をNorthern-blottingで検討したところ、EDAドメインによるIL-1の発現上昇が認められた。この1L-1 mRNAの発現はEDA添加後1時間から始まり、8時間でピークに達しており、MMP mRNAの発現よりも早い時間帯で起こっていた。IL-1にはMMP誘導活性があることから、EDAによりまずIL-1が誘導され、このIL-1により2次的にMMPが誘導されている可能性が考えられた。この考えを確認するため、IL-1の活性を阻害するIL-1 receptor antagonist(IL-1RA)を添加したところ、EDAによるMMP-1産生が抑制された。以上のことから、EDAによる炎症性サイトカインのIL-1の発現を誘導し、その結果MMP発現を誘導することが示唆された。

3) EDAドメインのMMP誘導活性への隣接するドメインの影響

 このようなMMP誘導活性が全長FNの中のEDAにあるのか、それとも他の細胞外matrixの1aminin-5やendostatinのように断片化して初めて出てくる活性なのかが問題となる。この問題を明らかにするために、EDAドメインとその隣接ドメインを含む組み替え蛋白とともに、EDAを含む全長FN(cFN)について、その活性を検討した。隣接するドメインを片側に一つ結合させたEDAの活性は減少し、さらに両側に結合させたEDAでは活性が消失した。この結果と一致するように、EDAを含む全長cFNはMMP-1を誘導しなかった。よって、EDAのMMP誘導活性は通常マスクされており、その近傍の断片化によって生じてくる可能性が示唆された。生理的にそのようなEDA断片が存在するかを検討するために、胎盤から精製を試みたところ、160kDaのEDA-FN断片を得た。この断片はepitope-mappingからFNのN端からEDAまでを含む蛋白と示唆された。このEDA断片はMMP-1誘導活性を有していた。関節症患者の滑液中にも多数のEDA-FN断片の存在が報告されていることから考えると、関節症に伴ってEDAとproteaseの発現が上昇した結果、EDA-FNの断片化が生じ、生じたEDA-FN断片がIL-1やMMPを誘導することでさらにmatrix破壊を助長するという病態増悪化の可能性が考えられる。

【結論】

 本研究で私は実際にウサギ軟骨培養系を用いることにより、collagen分解は活性化MMPに依存した反応であり、特に抗MMP-1阻害抗体を用いてMMP-1阻害がcollagen分解抑制に有効である可能性を示唆した。また、collagenの分解を指標にすることで、DexがMMPの発現抑制により、matrix分解を抑制することを軟骨培養系で初めて示し、MMP発現阻害剤の関節症治療薬としての可能性を示唆した。MMP誘導因子の探索では、FNのEDAドメインがMMP誘導活性を有すること、およびこれははじめに発現誘導されたIL-1による2次的な誘導であることを初めて示した。このEDAの活性は全長cFNの中では隣接するドメインによって通常はマスクされており、EDAの近傍が切断されることにより生じる可能性が示唆された。よってEDAは炎症性サイトカインであるIL-1とMMPを誘導することにより、関節症の増悪化に関与すると考えられ、関節症治療薬の新規な標的となる可能性が考えられる。これらの結果は関節症治療薬の創製を目指す上で重要な知見と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 変形性関節症(OA)や慢性関節リウマチ(RA)などの関節症は、関節軟骨破壊を特徴とする疾患である。特にOAでは痛み止めとしての抗炎症薬の投与など対症療法が中心であり、軟骨破壊を抑制する進行抑制薬が待望されている。関節軟骨マトリクスは主としてII型コラーゲンとプロテオグリカンから構成され、関節の弾性、柔軟性に重要な役割を演じており、OAやRAにおいてはマトリクス分子の分解が認められることから、マトリクス分子の分解活性を有するマトリクスメタロプロテアーゼ(MMP)が、関節症治療薬の標的候補として注目されている。これまで、MMPを阻害するステップとして、酵素活性の阻害、発現の阻害、誘導因子の阻害などが想定され、これらを標的としたMMP阻害による関節症治療薬が目指されてきた。しかし、このような考えに基づいた創薬には、以下の未解決な問題点がある。第一に、各MMPの阻害がどのマトリクス分子の分解抑制につながるかどうかが軟骨培養系のレベルで明らかでない。第二に、MMP誘導因子阻害を狙う場合、病態での誘導因子が何か必ずしも明らかでない。そこで本研究では、上記の問題点を明らかにし、MMP阻害による関節症治療の可能性を明らかにすることを目的として、以下の検討を行った。

1. 関節軟骨コラーゲン分解へのMMPの関与

 創薬研究でスクリーニングを行うに当たって、実際にどのMMPがどのマトリクス分子の分解に関与するかを知ることは極めて重要な問題である。そこで、まず最初に、主要な軟骨マトリクス成分であるコラーゲンの分解にMMPが関与するか否かをウサギ関節軟骨培養系を用いて検討した。その結果、関節軟骨培養系のコラーゲンはプロテオグリカンと異なり、IL-1刺激のみでは分解されず、MMP活性化因子であるplasminogen(plgn)とIL-1の両方の添加により効率的に分解されることを認めた。これは、関節軟骨を用いた系でのコラーゲン分解の初めての報告である。一方、MMPに関して調べたところ、IL-1単独の添加によりMMP-1、-3、-9の誘導が認められたが、いずれも前駆体がメインであり、plgn添加により活性化が起こること分かった。このコラーゲン分解は、MMP阻害蛋白(tissue inhibitor of metalloproteinase-1)によりほぼ完全に抑制され、更にMMP-1,-3,-9各々に対する抗体の添加実験から、特に抗MMP4抗体が用量依存的に分解を抑制することを示した。以上の結果から、主としてMMP-1が前駆体として産生され、活性化を受けた後にコラーゲン分解に関与することを示唆した。

2. Dexamethasone(Dex)のマトリクス分解抑制効果

 DexはMMPの発現を転写レベルで抑制することからマトリクス分解抑制作用が期待される。しかし、これまで軟骨培養系ではプロテオグリカン分解への効果のみが検討され、分解抑制効果がないと報告されていた。そこで、ウサギ軟骨を用いたコラーゲン分解系を用いてDexの軟骨分解抑制効果の有無を解析した結果、MMP-1、およびMMP-3の産生を抑制すると同時にIL-1とplgn添加によるコラーゲン分解を阻害することを認めた。一方、IL-1刺激によるプロテオグリカン分解に対しては報告通りにDexは阻害効果を示さなかった。このようにコラーゲン分解を指標とすることで、Dexが軟骨マトリクス分解抑制作用を有することを初めて示し、MMP産生の阻害が関節症治療の標的となる可能性を示した。

3. Fibronectin-extra-domain-A(FN-EDA)のMMP誘導活性

 病態特有のMMP誘導因子が同定されれば、それを標的にした副作用の少ないマトリクス分解抑制剤の開発が期待されるという考えに基づき、新規MMP誘導因子の探索として、関節症において発現が上昇することが報告されている細胞外マトリクスのFN分子にalternative-splicingにより挿入されるEDAに着目し、病態への関与を検討した。

 先ず、大腸菌で作成した組換え型EDAを含む培地でウサギ軟骨および滑膜細胞を培養し、用量依存的なMMP-1、-3、-9の産生誘導を、タンパク質あるいは活性レベルで認めた。また、MMP-1、-3、-9のmRNAの上昇も観察し、EDAが転写レベルでMMPの発現を亢進する事を示した。更に、EDA添加に伴うMMP mRNAの発現上昇に先立ってIL-1 mRNAの発現誘導が起こること、IL-!receptor antagonistの添加は、EDAによるMMP-1の産生を抑制することを観察した。以上から、EDAは炎症性サイトカインIL-1の発現を誘導し、二次的にMMP発現を誘導することを示唆した。

 次に、MMP誘導活性が全長FNの中のEDAにあるのか、断片化して初めて出てくるものなのかを解明するため、種々組換え体を作成し検討した。その結果隣接するドメインを片側に一つ結合させたEDAの活性は減少し、さらに両側に結合させたEDAでは活性が消失すること、EDAを含む全長FNはMMP-1を誘導しないこと等を見い出し、EDAのMMP誘導活性は通常マスクされており、その近傍の断片化によって生じてくる可能性を示した。生理的なEDA断片の存在を調べるため、胎盤から精製を試み、160kDaのFN-EDA断片(N端からEDAまでを含む)を検出すると共に、この断片がMMP4誘導活性を有することを認めた。以上から、関節症に伴ってEDAとプロテアーゼの発現が上昇した結果、FN毛DAの断片化が生じ、この断片がIL-1やMMPを誘導することで更にマトリクス破壊を助長するという病態増悪化の可能性を示唆した。

 以上、本研究ではウサギ軟骨および滑膜培養系を用いることにより、活性化MMP-1がコラーゲンの分解に関与すること、DexがMMPの発現を阻害することによりコラーゲン分解を抑制すること、更にFN-EDAがMMP誘導能を有すること、等を明らかにした。これらの新知見は、関節症治療薬の開発に重要な指針を提供するものであり、博士(薬学)の学位を受けるに充分値するものと判断した。

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