学位論文要旨



No 214736
著者(漢字) 伊藤,健
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ケン
標題(和) 造船事業における業務支援システムの実現に関する研究
標題(洋)
報告番号 214736
報告番号 乙14736
学位授与日 2000.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14736号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 助教授 増由,宏
 東京大学 助教授 青山,和浩
 東京大学 名誉教授 小山,健夫
内容要旨 要旨を表示する

 造船事業は所謂個別受注産業であって、商談毎に建造すべき船の機能設計を行い、同時にその船の生産設計を行う必要がある。事業の競争力を維持発展するためには、この商談毎の機能設計、生産設計を迅速に最適化する必要があり、システムによる支援が必須であるが、この個別受注という特殊な業態は後述のとおり、関連する作業者間の協業支援という、システムにとって高度な機能を要求する。一方昨今のシステム技術の発展は、分散オブジェクト環境を実現し、通信技術の高度化と合わせて、社を越えた協業を可能としつつある。このシステム技術は、上記の業態にある造船の業務支援に有効であると予想され、著者は両者を組み合わせて、造船業務を支援し、かつ近い将来製造業に広く浸透し、産業のあり方を変革すると思われる分散オブジェクト環境の先取りを提案する。

 論文題目に示される「システムの実現」とは、具体的に実務に適用され、成果をあげるシステムの開発、導入を指し、システムの設計、製作に留まらないことに注意が必要である。

 著者は、まず、造船業務全般を著者の言葉で概観し、企業の存続発展の視野、すなわちコスト競争力追求、信頼性追求の視点から見た現状の問題点を列記した。この時、その解決策の有無に拘わらず、問題の大きいものを上げきることを旨とした。造船が個別受注を前提としているために、設計段階で如何に客先の要望を迅速に具体的な設計にまとめるか、その結果生じる頻繁な設計変更に対して設計および生産情報を如何に矛盾無く調整出来るかが最大の課題である。そのための工夫として例えば設計段階では簡便な図面を使い、設計が確定してから現図段階で正確な形状を定義する方法などがある。図の左上の表現は図右の内容を示すが、設計段階では図中の記号を変更するだけで設計変更に対応出来る。具体的な業務支援システムはこうした造船独特の作業を支援する必要がある。

 次に抽出した課題の羅列を整理した。例えば上記の現図処理などの数値処理の迅速化を狙った通常のシステム機能の他に、複数の作業者が協業することが重要であることが分かる。造船業務支援の最大の課題は、協業支援にあるが、その協業にも設計部内での協業、部を越えた協業、事業所を越えた協業、社を越えた協業が考えられ、この順で支援が困難になる。

 概観した造船業務をベースに支援システムの実現を考えると、次の三ステップが必要であろうと判断された。すなわち、(1)既存システムを結合しデータ統合の環境を作る。(2)システムの運用の高度化を図り、業務変革を実行する。(3)残された機能要件を実現するため、先端システム技術を駆使し、既存システムを離れて新システムを構想し、最後に既存システムから新システムへの移行め手順を模索する、の三段階である。

 次に第一および第二ステップに対応する作業として、現在までに造船所で実現しているCIMを紹介した。造船業務支援のうち、多くのデータ処理部分は既にシステム化を実現しており、実務に適用している。重要な点はまず設計システムを稼働させ、設計業務を設計図面作成から設計データベース構築に変更したことである。このことにより、設計自体の効率化が可能となり、設計の下流である工作部門に自動化装置の導入と正確な生産管理を可能となった。

 なお、ここでシステムの実現(=実業務への適用)のためには、上記第二ステップに対応して・システム自体の性能以外に、関係者の意識が重要であることを述べている。トップのCIM実現の意志と、担当者のシステムに対する思い入れ、および推進者のトップ、作業者双方の視点からの迅速な対応が必須であり、この三位一体が実現しないと業務システムの実現は難しい。

 続いて現在実現できているCIMのレベルを評価した。冒頭に述べた造船業務が個別受注故に採用している特有の業務手法に対応して、従来のシステム技術で実現可能な機能は概ね稼働に入り、実効を挙げている。しかし、協業支援についてはほとんど支援が出来ておらず、現状のCIMの効果拡大を阻害しており、この協業支援が今後の最大のターゲットである。

 次にシステム技術の現状を概観した。分散オブジェクト環境が近い将来、世界の標準となり、バーチャル経営を可能とすると予想される。その関連技術として、プロダクトモデル、プロセスモデルなどの概念が確立されつつある。これらの認識は、前述の造船業務支援に必要な協業支援に有効であるとの見通しを得た。

 冒頭に述べた造船業務改善の課題と、システム技術の動向を組み合わせ、どの課題をどのシステム技術で問題解決が出来るかを検討した。前述の通り、最大の課題は協業支援であるが、分散オブジェクトの環境で、プロダクトモデル、プロセスモデルに造船の共通知識を記述できれば、業務支援が可能であるとの見通しの下、基本的なシステム要件とそれを実現するリファレンスアーキテクチャを提案した。これは原則的にCORBAの環境であり、造船の業務とその中で動いている業務知識をモデル化して組み込むことが最大の検討課題である。

 また、この提案するシステムが稼働した場合の期待効果を検討した。これまで進めてきたCIM構築に更に150億円の追加投資を正当化する規模の成果が期待できる。

 冒頭の造船業務に必要な機能を満足するための、特に協業支援が可能なCIMを「高度造船CIM」として提案した。これは、4章で調べた通り、CORBAを基盤とするシステムで、既存CIMの弱点を補い、現状を打破できるものとして期待できるものである。

 既存システムの弱点は、データとアプリケーション間の分離が不十分で、従来にない新しい機能を追加するとき、データベースの再構築が必要であり、柔軟に対応できない点である。この中には、結果として業務に関わる知識がアプリケーションに書き込まれており、企業内において日々変更される設計法、工作法の知識を組み込む際にアプリケーションの内容を変更する必要を生じ、多くの手間を要する上に、ソフトウェアの信頼性を維持することを困難にしている点が含まれる。

 高度造船CIMは前述のリファレンスアーキテクチャをベースとすることで、アプリケーションとデータの分離、アプリケーション間のデータ交換を容易にする。これにより、機能毎のアプリケーションをソフトウェアの部品として扱うことが可能となり、信頼性を向上させると共に、新規機能の開発を非常に効率化することを可能とする。変更の複雑さ、大規模さ故に従来実現できなかった新しい機能の追加を可能とし、業務支援の効果を増大するためのソフトウェアの改善を可能とできる。

 ここで、高度造船CIMに組み込む造船固有の共通知識の整理を行い、製品知識をプロダクトモデルのクラス構成およびメソッドで表現し、手順知識をプロセスモデルのワークフローモデルに表現することを提案した。プロセスモデルに関しては、このワークフローだけではダイナミックに変化する実業務への適用が困難であるため、前頁図に示すとおりUSCのJin教授の提案によるActive Processの概念を取り込み、プロセスエージェントによる動的な協業者間のコミュニケーション支援を適用することで、造船の業務支援が可能であることを示した。

 以上の議論の全てを織り込んだ、高度造船CIMの最終的リファレンスアーキテクチャ(下図)を提案、この高度造船CIMで実現できる機能を改めて検討した。冒頭で上げた造船業務の課題の重要部分の支援が可能であり、現在進行中のACIMプロジェクトの検証により、システム技術的に実現可能であることが示された。

 最後に既存のCIMから今回提案した高度造船CIMへ移行する手順を検討し、ACIMプロジェクトの成果をそのまま使う段階から、市販のPDMとの併用で機能の高度化を図り、最後に既存システムの機能を分解してCORBAに対応することで、順次改善しながらの移行が可能であることを示し、具体的な手順を提案した。三ステップの最終段階である。

 本論文の提案に沿って、既存システムのデータ結合によるCIMの枠組み構築から始めた造船業務支援システムの実現作業は、十数年間に及ぶ従来システムの開発、運用拡大段階を経て、新世代システムへの移行に一歩踏み出すまでに進展した。今後具体的な知識の記述により、従来対応できなかった協業支援などの機能拡大が期待される。

図6-2.5 プロセスモデルの造船への適用

図6-2.6 造船業務支援のためのリファレンスアーキテクチャ

審査要旨 要旨を表示する

 造船業は古典的な産業であり、巨大な生産設備を抱え、ともすれば先進的な国家においては劣後しがちな産業と見られ、欧米での歴史もそれを裏付けるかのようである。しかしながら、情報技術による産業革命とも言われる現在においては、造船業も大きな変革が可能とみられ、従来の推進抵抗、構造、機関技術研究以外の設計生産に関する情報技術に関して、業態の大きな変革を生み出す技術研究をわが国のみならず、むしろ欧米各国で強力に推し進めている状況である。本論文の著者は過去10年以上にわたり、造船業の情報化、とくに造船CIMS、組立産業汎用プロダクトモデルプロジェクトGPME、高度造船CIMプロジェクトにマネージャー・開発者の立場で関与し、学界業界を通し、また国の内外を問わず、新たな情報技術の検討、利用法の検討、実際のインプリメンテーション作業に取り込んできた。本論文は、その間の、情報技術、造船の技術と経営に関してその展開過程を整理し、高度に経営的事項である情報技術のありよう、導入手法について検討し、特に最近の分散オブジェクト技術を中心技術として、現在の成果とその造船事業への適用手法について詳細に論じたものである。

以下に論文の構成と内容を記す。本論文は、9章とあとがきよりなっている。

 第1章「序言」では、造船業の実情、情報技術の展開、関連プロジェクト研究の紹介を行い、造船業が膨大な部品数からなる一品生産品であり、また多くの分野の技術者が関与し、広大な生産設備を持って製造を行う特徴をもっていることを改めて指摘し、さらに情報技術の意義や将来の業態について述べ、本研究の位置づけを行っている。

 第2章「造船に関わる業務の概要と課題」では、受注、設計、購買、生産、修繕にいたるまで、他社と連携を含めての造船業務の分析と問題点の抽出を行っている。設計作業については詳細な検討を行い、造船情報のあり方を述べている。詳細な具体的事例検討を行い、造船業においては、受注から設計、引渡しにいたるまで展開される協調的作業「協業」が特徴であり、それを情報技術により支援することが有効であることを結論付けている。

 第3章「業務支援システム実現へのアプローチ」では、前章での検討をうけて、それを実現するシステムの導入アプローチについて提案している。3ステップとして、第一は現状システムの統合、第二は実利用によるシステム利用の徹底とマネージメントへのアピール、第三は先端システムの開発導入としている。この方針で現在までの造船システム開発のあり方を位置付けている。

 第4章「造船所におけるCIMの現状」では、前章の3ステップのうち、第一、第二ステップに相当する部分について、著者の所属する三菱重工業における現状を紹介している。既存システムであるMATESに著者が中心となって造船各社共同で開発した造船CIMシステムを投入することで、システムの統合を実現していることを示した。第2章で示した協業がシステムの上で進んだことを述べて、第2章での所論を裏付け、さらに今後の残された課題を提示している。

 第5章「CIM高度化のためのシステム技術および基本構成」では、造船情報システムが、第3章の第三段階であることを述べ、その段階での基本技術として分散オブジェクト技術の利用を提案、詳述している。米国の国家産業情報インフラストラクチャ計画NIIIPでの成果等を援用し、それに造船産業独自のシステム群を開発することで基本的なアーキテクチャの構成が可能であることを示した。さらにこれまでの章で述べてきた課題の多くが達成され、またそのメリットについて量的に検討している。

 第6章「高度造船CIMの提案」では、前章での提案を受けて、造船用分散オブジェクトアーキテクチャについて詳細な検討提案を行っている。これは、著者が中心となって検討実装したSO財団による高度造船CIMプロジェクトの基本構想を構成している。事前検討、並行作業、協業の3点が機能不足であるとして、これらをシステムとして実現するための、知識のあり方、プロダクトモデルの機能、エージェントシステムの仕様、さらに不定形業務の確定のためのプロセス捕捉システムのあり方について具体的に検討、実装例を示している。

 第7章「既存システム(MATES)の高度化」では、著者の属する三菱重工業の既存システムの取り込み方について検討している。既存システムの利用は新システム導入の際にきわめて重要な課題であるが、既存のデータベースとアプリケーションをインターフェース定義言語により、新システムに移行することが基本であり、十分に可能であることを述べている。設計知識の実装や工作システムへの展開についても実装例で示してい乱最後に今後の実行計画についても言及している。

 第8章「業務支援システム実現の基本方針の評価」では、前章のシステムが完成し、すなわち第3章で示した3ステップが完了した場合に、現状の問題点・課題のどれほどが解消できるかについてまとめている。事前検討、並行作業、協業の多くがシステムの支援を得ることが可能であることを示している。

 第9章「結言」では、全編を通じて取りまとめ、10項目にまとめて記述している。分析抽出した課題が提案する分散オブジェクトアーキテクチャで解決するとしている。

 「あとがき」では、過去の開発過程を振り返り、10年以上以前に構想されたことが実現できる見通しであることを、主体的に関与してきたものとして述べている。以上要するに、本研究は造船事業の情報化に関して、著者の長年の経験により分析、問題点の指摘を行い、分散オブジェクト指向技術を適用することでそれらを解決しうることを、実装作業などを通して立証し、提案している。工学的に極めて有用な見解が述べられ、殊に造船情報技術の展開に寄与するところ大である。よって、本論文は博士(工学)め学位請求論文として合格と認められる。

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