No | 214737 | |
著者(漢字) | 賀,菊方 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヘ,ジュファン | |
標題(和) | 聴覚皮質と視床における音情報の処理 | |
標題(洋) | Acoustic Information Processing in the Auditory Cortex and Thalamus | |
報告番号 | 214737 | |
報告番号 | 乙14737 | |
学位授与日 | 2000.06.15 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第14737号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電子情報工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 音の処理は、その周波数構成要素の解析から始まる。聴覚皮質と視床での特徴周波数配列構造は、常に、生理学的及び解剖学的実験の場所定義に使われている。我々はニホンザルとネコの一次聴覚野及びその周辺の聴覚野の特徴周波数をマッピイグした。 聴覚情報は時間的統合に強く関与しているはずである。時間が止まると、人は音を検知することができないが、視覚的イメージはまだ残っている。近年、時間的情報処理は多くの注目を集めており、いろんな取り組みがなされている。われわれは生理学的、解剖学的、及び論理学的手法を取り合わせたユニークな研究手法を使って、このトピックに本論文で重要な位置づけをしてある。 われわれの生理学的な研究から、多数の聴覚皮質ニューロンの応答性がノイズバーストの長さに依存していることが分かった。聴覚刺激に対して応答潜時が30msを超えた150個のニューロンと、オフ応答した28個のニューロンをネコの聴覚皮質の背側ゾーン(DZ)で記録した。応答潜時が長いこれら150個のニューロンのうち、132個はある種の刺激持続時間選択性を示した。78個のものは長い持続時間の刺激に対し応答が増え、長期選択性があると分類した。これら長期選択性ニューロンのうち、30個はある最低しきい値よりも長いノイズバースト刺激にのみ応答し、期間しきい値ニューロンと分類した。また132個の期間選択性ニューロンのうち、41個は短いノイズバーストに選択的に応答し、短期選択性ニューロンと分類した。また13個のニューロンはある特定の持続時間を持ったのノイズバーストに対し最大の反応を示したが、これらは期間適応ニューロンと見なすことができる。オフ応答ニューロンは次のものを含んでいた:長期選択性型、期間適応型、期間無選択性型。聴覚に関して、この期間適合性は全ての脊椎動物にとって重要なもので、聴覚伝達路において音をマルチレベルで処理する為に必用であろう。これら期間選択性ニューロンは、時間的刺激統合のためにその反応時間の終わりに発火する、ということが提案されている。長期選択性ニューロンのサブグループの期間しきい値ニューロンは刺激がそのしきい値を超えて短期間の間に続いた場合、それぞれの応答が増加した。つまり時間統合は短い間だけ期間しきい値ニューロンで行われる、ということが可能であり、これは聴覚刺激のある期間にたいして選択性を持っていることを示唆している。 我々の解剖実験の結果から分かったことは、DZは視床の広い範囲からの投射を受けており、そのほとんどは後部視床核。DZはまた、他の聴覚皮質よりも広く投射を受け取っている。このネコのDZでの生理学的結果とマカックザルの聴覚側野(L)での結果と併せて、この研究成果は次のことを示している。つまりDZは一次聴覚皮質野(AI)から切り離された聴覚野であり、音情報の時間域および周波数域の統合のどちらにも関与している可能性が高い。 実験データ(He他、1997)に基づき、一層パーセプトロンで各々の刺激の短期エポックとその結果生じるニューロン応答との間に存在する時間的関係を決定づけ、音刺激は順次短期エポックの連続したシリーズとして代表されるとした。パーセプトロンを訓練するのに実のニューロンの応答を出力とし、また音刺激(デジタル形式)を入力とした。訓練後の出力、入力間の結合重量は、ニューロンの応答と刺激の間に時間関係があることを示している。刺激の各時間エポックによる寄与は、ポジテブかネガテブであり、ポジテブな寄与は興奮性入力に相当し、ネガテブな場合は抑制的入力に相当する。 長期選択性ニューロンは、刺激の全有効期間にわたって主に興奮性入力を受けることが分かっている。しかしながら期間適合ニューロンが刺激性入力を受けるのは、刺激の始まりからそのベスト期間までに限られており、その後は抑制的入力となる。短期選択性ニューロンの時間的統合パターンは期間適合ニューロンのそれと類似しているが、前者は興奮性入力を刺激の開始時だけに受けた。各期間しきい値ニューロンは、刺激の限られた期間のみにおいて聴覚情報を統合したが、このことはこれらニューロンが、刺激の時間域にたいし時間の窓を持っていることを示唆している。非期間しきい値の長期選択性ニューロンの時間窓は刺激の開始時から広がっていて、期間しきい値ニューロンと非期間しきい値ニューロンの集まりは(これらはそれぞれ刺激時間域に特有の時間窓を持っている)集合的に刺激の時間軸を代表している可能性もある。 適応性アルゴリズムを使って作成した重みを使用し、時間遅延回路と偶然性スパイクジェネレーションを持った平行ネットワークは、長期選択性反応を生じるニューラルモデルと考えられた。このニューラルモデルの刺激結果は実験結果と良く一致していた。ニューロンの全クラスに渡って、実験及びシミュレーション結果のヒストグラムの平均互相関係数は0.868±0.071(n=15)であった。ニューロンの期間適合クラスもまた平行列での単一遅延ラインの出力と考えることができる。この場合Rは0.885±0.066(n=5)だが、これらニューロンが全平行モデルの最終出力であるとした場合、Rは0.907±0.049となった。 コンピュータを使ったシミュレーションの結果は時間統合処理モデルの可能性を支持しており、この処理において音情報は順次短期エポックに分割される。各エポックに関したシグナルは様様な時間遅延で平行に伝達され、聴覚皮質の中で統合される。 聴覚システムにおいて選択性聴力はもう一つの重要な研究トピックである。人間を含め動物は、強いバックグランドノイズの中から聞きたい音を区別する能力を持っている。これはカクテルパーテイ効果として知られている。聴覚伝達路の中にアクテイブフィルターが存在しなければならず、これによりノイズを排除し聞きたい音を捕まえるのだ。聞きたい音かどうかの判断は皮質レベルでしなければならず、このフィルターは聴覚伝達路の末梢レベルにないはずである。しかしながら大脳皮質における投射関係、つまり低次から高次、高次から低次、低次のなか、高次のなかでの投射関係は非常に複雑である。このような複雑なネットワークにおいて皮質そのものが有効なフィルターになり得るとは考えにくい。末梢から皮質へ知覚情報を送る場合、視床がその最終リレーステーションとなっている。聴覚視床リレーニューロンは下丘(これはもともと蝸牛から来ている)より入力を受け、皮質へ投射し、そしてその見返りにもっと強い神経投射のフィードバックを皮質ニューロンから受ける。結論として、アクテイブフィルターはこの視床の位置にあり、フィルターをコントロールしているのは皮質だと考えることができる。本論文の重要な部分は、視床リレーニューロン音情報伝達にあたえる皮質視床モヂュレーションの影響を調べることにある。つまりアクテブフィルターの構造と機能の研究である(第VI章;He、1997a参照)。この研究では、MGBの活動に対する皮質視床モヂュレーションの影響を調べるために、AIを部分的に活性化し、音の刺激に対しMGBニューロンの応答がどのような影響を受けるか調べた。 11匹の動物の13の半球体から103個のMGBニューロンの、AIの小さな領域を活性化したときとコントロールの条件での音刺激に対する応答を記録した。このうち91(88%)のニューロンが促進的または抑制的効果を示した。その中、72個のニューロンは促進的効果を示し25個は抑制的であった。平均の促進効果は大きく62.4%の平均値を示した。純音刺激を使用した場合の抑制効果は小さく平均16.2%(103個のニューロンのうち6個)から得られた。ノイズバースト刺激を使った場合にはその抑制効果は大きくなり、そして頻繁になった(中央値27.3%、27個のニューロンのうち22個)。記録したMGBニューロンと同じ特徴周波数(BF)を持ったAI場の活性化は、純音に対するMGBのニューラル応答に促進的効果を与えた。これに対しノイズバーストを刺激として使った場合、BFに近接したAIの活性化はMGB応答に抑制的効果を生じた。実験の結果分かったことであるが、MGBの活動を調整できるAIの効果的な刺激場は、パッチの様なマップを形成していてその直径は大きく1.13±0.09mm(0.6.1.9mm,n=15)であった。音圧の効果を調べてみると、テストした18個のニューロンのうち9個のものが低い音圧の刺激にたいしより大きな効果を示し、高い音圧の刺激に対しての効果はわずかでほとんどゼロであった。こんなニューロンを低音圧刺激効果(LIE)ニューロンと呼んだ。5個のニューロンが高音圧刺激効果を示し、4個は音圧無特定であった。LIEニューロンのほとんどはモノトニックな音圧関数ニューロンであった。皮質モジュラトリ効果は周波数特定型であり、27個のニューロンのうち15個のものは、BF刺激を使用したときの方が他のどんな周波数刺激よりも、より大きな促進的効果を示した。MGBの記録場所とAIの最も効果的な刺激場所の間に皮質視床投射関係が存在するということは、記録場所にリジュンをつくり、刺激場所にWGA-HRPトレーサーを注入することにより確認した。 これら結果は次のことを示している。1.MGBに直接投射した領域にあるAIを活性化することにより得られた大きな促進効果は、主にMGBリレーニューロンへ直接投射した結果である。2.同じ視床ニューロンに対しAIでの効果的刺激場所の広い領域にわたることは大きく分枝している皮質視床投射によると考えることができる。3.皮質視床投射は聴覚情報を選択的にゲート制御するが抑制的効果もあり、音刺激によっても違うが、主に促進的効果である(He、1997a、第6章)。 この論文に記された研究成果は、解剖学、生理学、知覚学、及び心理音響学より得られる聴覚システムの最新知識に基づいていおり、ここある直接材料は生理学的、解剖学的実験より得たものである(He et al., 1995; He, 1997a; Kosaki et al, 1997; Ojima and He, 1997; He and Hashikawa, 1998)。各実験の前には仮説を立て、実験結果に隠されたメカニズムを探るため、理論的分析法を取り入れた(He, 1998)。聴覚システムでの情報処理のメカニズムを説明するためモデルを使い、そのモデルに対しコンピュータでシミュレーションし、その結果により実験的理論的研究成果が示唆したメカニズムの存在を確証した (He, 1999)。 | |
審査要旨 | 本論文は「Acoustic Information Processing in the Auditory Cortex and Thalamus」と題し、脳の聴覚皮質と視床での聴覚刺激の処理過程を、特にその時間的特性について調べ、モデル化を行ったものであって、全7章からなり、英語で記述されている。 第1章は「Introduction」であって、本論文で行われた研究の背景と目的を述べている。まず、音の処理で重要な周波数特徴の分析に着目し、次に、聴覚的な情報処理が時間的な積分特性と関係している点に着目し、最後に、聴覚系での選択的な聴取特性に着目して、脳内における聴覚的な情報処理の機構を生理学的に調べたのが本論文であるとしている。 第2章は「Spectral Information Processing in the Auditory Cortex」と題して、一次聴覚野での聴覚信号の処理の流れを調べることが、生理学的、解剖学的な実験で聴覚皮質の役割を調べるための基本であると指摘した上で、純音、ノイズバーストに対するサルとネコのニューロンの反応を調べている。 第3章は「Anatomical Connections of Cat Auditory Cortex」と題して、まず、聴覚皮質の背側領域(Dosal Zone)を、一次聴覚野と頭側聴覚野を基準として、ニューロン反応の反応潜時と同調特性から生理学的に決定している。次に、両方向性のトレーサー(WGA・HRP,Wheat Germ Agglutinin-Horseradish Peroxidase)を目的とする領域に注入することによって、神経の接続を調べ、視床における後方の細胞から先方の皮質・視床の終点を視覚化して示している。他の皮質野からの側方投射を、皮質中の尾側細胞の存在として視覚化している。 第4章は「Acoustic Information Processing in the Time Domain: Experimental Observations」と題して、背側領域において、多数のニューロンの反応が、長い潜時を有し、音刺激の長さに依存することを示している。具体的に、背側領域では、音の周波数領域と時間領域に渡る、従来考えられていたよりも複雑な処理が行われているとの仮説のもとに、ノイズバースト刺激を中心にこれらのニューロンについて調べている。 第5章は「Acoustic Information Processing in the Time Domain: Model」と題して、実験結果に基づき、1層パーセプトロンにより、刺激の各短区間部分とそれによって生ずるニューロンの反応の時間的関係を記述することを行っている。長い潜時を有するニューロンが、潜時において信号の情報を積分する機構を、1層パーセプトロンにより良好に表現できたとしている。さらに、刺激の各時点とニューロンの反応の時間的な対応関係から、時間領域における並列処理モデルを構築している。最後に、構築したモデルを用いて計算した結果と実験結果を比較し、モデルの妥当性を示している。 第6章は「Filtering of Acoustic Information in the Thalamus by the Cortical Feedback Network」と題して、皮質から視床にいたるフィードバック系の効果を、ネコを用いて生理学的に調べている。具体的には、一次聴覚野を電気的に刺激することによる、視床ニューロンにおける皮質.視床modulationを調べており、視床ニューロンの音刺激に対する反応の立ち上がりへのmodulation効果を分析している。フィードバックにより、音の強さに対するニューロンの反応の選択性が生じるとし、これによって、いわゆるカクテルパーティー効果を説明しうる可能性を指摘している。 第7章は「Conclusions」であって、本研究で得られた成果を要約し、脳内の音刺激の処理機構解明に対する寄与を述べた上で、将来の課題について言及している。 以上を要するに、本論文は、脳の聴覚皮質と視床での音刺激の処理過程を、特にその時間選択特性、積分特性を中心に調べた上で、得られた結果を表現する情報処理機構のモデルを構築したものであって、生体工学、電子工学、情報工学に貢献するところが少なくない。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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