学位論文要旨



No 214738
著者(漢字) 内藤,崇男
著者(英字)
著者(カナ) ナイトウ,タカオ
標題(和) 波長多重光増幅中継を用いた大容量長距離伝送システムの研究
標題(洋)
報告番号 214738
報告番号 乙14738
学位授与日 2000.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14738号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池和朗
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

 波長多重光増幅中継伝送方式は、波長多重信号光を一括光増幅するエルビウムドープファイバ増幅中継器(Erbium doped fiber amplifier、EDFA)を用いるため、光通信システム大容量化および長距離化を実現する有力な光伝送方式である。光増幅中継器は従来の再生中継器と比較して構成が簡単であり、部品数が少なく経済的、高信頼、低消費電力という特長を持つ。また、光送信端局および光受信端局において波長多重数を増加させることにより容易に伝送容量のアップグレードが可能である。

 現在、この波長多重光増幅中継伝送方式は、数千キロメートルを越える大洋横断の光海底ケーブル伝送システムへ適用されている。しかし、光増幅中継器は線形中継器であり、その中継器数が数百に達するために、光増幅器が持つ利得偏差の累積(自己フィルタリング効果)による信号光波長帯域幅の制限、光増幅器から発生する自然放出光の累積による光SN比の低下、光ファイバが持つ非線形効果である自己位相変調、相互位相変調および四光波混合による伝送波形歪み、光ファイバが持つ波長分散およびそのスロープの補償などの新しい課題が指摘されている。

 そこで本論文は上述したような背景に基づき、大容量長距離波長多重光増幅中継伝送方式、特に光海底ケーブル伝送システムへの適用における諸問題の解決に関してこれまでに行った研究成果について述べ、波長多重光増幅中継伝送方式の更なる性能改善ための指針を示すことを目的としている(図1、2参照)。

 第2章では、Al-Ge-SiO2EDFA向け利得等化法を用いて信号光波長帯域幅を拡大できることを実証した。まず、EDFAの利得波長特性を精度良く補償するために2つの異なる波長周期を持つ光フィルタを階層的に用いる利得等化法を提案し、利得等化器の波長周期および最大損失波長などの最適設計法を明らかにした。特に第1利得等化器の最大損失を与える波長よりも第2利得等化器の最小損失を与える波長を短く設計することにより、EDFAが持つ非対称な利得波長特性を補償できることを実証した。次に、周回伝送路を用いた伝送実験において、第1利得等化器の挿入台数をパラメータとして信号光波長帯域幅と光SN比の間におけるトレードオフ関係を評価し、最適な挿入比率を示した。更に、10,000km伝送後の信号光波長帯域幅を12nmまで拡大できることを確認するとともに、この利得等化法が信号光波長帯域幅の拡大に有効であることを明確にした。利得等化の補償間隔が異なる階層的な利得等化法の提案は、その後に数十中継毎にまとめて補償するブロック利得等化へと発展する点で意義が大きい。

 第3章では、利得媒体であるエルビウムドープファイバ(EDF)自体の性能改善を図り、光増幅中継器の信号光波長帯域幅拡大および高出力化を実証した。まず、大容量長距離波長多重伝送システム向けに1480nm励起Al高濃度添加EDFAを設計し、その開発を行った。特に、EDF長をパラメータとして利得平坦度と出力光パワーの間におけるトレードオフ関係を明確にするともに、1550nmにおいて+0.04dB/nmの小さい利得偏差、4.7dBの雑音指数および+11.5dBmの高い出力光パワーを持つEDFAを実現した。次に、48nmのフリースペクトラルレンジ(FSR)を持つMach-Zehnder型光フィルタを利得等化器として適用して、1550nm帯における利得の谷と山を含むEDFA利得波長特性を精度良く補償できることを示した。更に上記のEDFAと長い波長周期を持つ利得等化器を用いて、10,000km伝送時の信号光波長帯域幅を18nmまで拡大できることを確認し、Al高濃度添加EDFAが1.55μm帯における信号光波長帯域幅拡大に有効であることを明らかにした。最後に、更なる信号光波長帯域幅の拡大を目指して、1.55μm帯および1.58μm帯を同時に用いるEDFAにおいてRaman増幅の併用を実現した。

 第4章では、光増幅中継器の利得波長特性を安定化する目的で、可変型利得等化器を用いたインライン自動利得傾斜補償を提案し、その効果を初めて実証した。まず、プリエンファシスによる利得補償の限界を計算機解析により示した。次に、新しい可変型利得等化器を提案し、実際にその開発を行った。1535nmから1565nmの波長範囲において-7dBから+7dBまで損失傾斜を可変できることを確認するともに、開発した可変型利得等化器が光増幅中継器の累積利得傾斜を自動的に補償できることを明らかにした。本提案技術は波長多重伝送システム全体の安定化に着目した新技術であり、将来に大容量伝送を実現するには必須と考えられる。

 第5章では、伝送路の波長分散スロープによる累積波長分散が与える伝送特性劣化について理論および実験の両面から検討を行った。まず、光受信機において各波長毎に分散補償を行う後置分散補償では伝送波形歪み補償に限界があること示した。次に、光送信機および光受信機において各波長毎に前置および後置分散補償を行うことを提案した。この提案が分散スロープによるSPM-GVD波形劣化を低減できることを計算機解析により確認するとともに、5.3Gbit/s、1波4,760km直線伝送路実験において前置および後置分散補償によりQ値が改善することを実証した。また、光送信機において光強度変調器において発生するチャーピングを併せて用いると、伝送波形が更に改善することを計算機解析および実験の両面から明らかにした。この分散補償技術は実現が容易であり、現在広く一般に用いられている。一方、伝送路自体の分散スロープを低減することを目的とした正分散ファイバおよび負分散ファイバの組み合わせにおいて、その低損失化および非線形実効断面積拡大を実現した。

 第6章では、高速偏波スクランブラを用いた四光波混合発生抑圧法を提案し、5.3Gbit/s、4波長多重4,713km伝送実験において本提案の効果を確認した。特にQ値長時間連続測定を行ない、Q値の時間揺らぎを定量的に評価することにより四光波混合発生が十分に抑圧されることを明らかにした。また、計算機解析により得られた結果は実験結果と良い一致を確認するとともに、システム設計ツールを確立した。

 第7章では、相互位相変調による伝送波形歪みについて理論および実験の両面から検討を行った。まず、5.3Gbit/s、2波長多重2,740km伝送実験において相互位相変調による伝送波形劣化の時間方向に着目してその時間方向の揺らぎなどを測定するともに、計算機解析を行い良い一致を得た。次に、隣接チャネルとの相対的な遅延時間差が与える伝送波形歪みに関して計算機解析および実験の両面から検討を行い、良い一致を得た。相互位相変調による伝送波形歪みが波長多重光増幅中継伝送方式における支配的な制限要因の一つであることを明らかにした。更に、相互位相変調による伝送波形歪みを低減する分散マネジメント法について提案した。

 第8章では、Al高濃度添加EDFAおよび長い波長周期の光フィルタを用いて伝送容量170Gbit/s(5.3Gbit/s、32波長多重)9,879km波長多重伝送実験を行った。Al高濃度添加EDFAと長い波長周期を持つ利得等化器の組み合わせは、大容量長距離波長多重伝送システムに有効であることを明確にした。本提案の前置および後置分散補償を用いることによりSPM-GVDによる伝送波形歪みを改善することを実証した。本提案の偏波スクランブラを用いることにより四光波混合発生を抑圧できることを確認した。相互位相変調による伝送波形歪みが支配的な要因であることを明らかにした。10.7Gbit/s、32波長多重4,987km伝送実験において、伝送路の修理および経時劣化による中継区間あたりの伝送損失が増大する時に、本提案の自動利得傾斜補償器を用いることにより光SN比劣化およびQ値劣化を最小限に抑圧できることを初めて示した。最後に、1.551μm帯および1.581μm帯を併用した光増幅器、広帯域、コア径拡大および低損失な伝送路、相互位相変調による伝送波形歪みを低減する分散マネジメントを用いて、1 Tbit/s(10Gbit/s、104波長多重)10,127km伝送実験を確認した。大きなマイルストーンである1 Tbit/s、10,000km伝送を世界に先駆けて実験したことは大いに意義がある。

 21世紀に向けて更なる大容量化および長距離化を実現するために必要な主な伝送技術には、新しい光波長帯域を持つ光増幅器、高密度多重化による伝送容量の拡大、広帯域に伝送することが可能な光ファイバなどがある。その他には、光送信機および光受信機の高性能化、小型化および低消費電力化、高性能な誤り訂正符号技術が重要な鍵となる。また、インターネットを直接伝送することが可能なIP over WDM対応技術も重要である。

 以上に述べたように、波長多重光増幅中継伝送方式が将来の情報通信分野において極めて重要な役割を果たすと予測され、これまで以上の大容量化および長距離化を実現する研究開発がますます重要になってきている。

図1 大容量化の課題と対策例(下線部は本論文に関するテーマ)

図2 長距離化の課題と対策例(下線部は本論文に関するテーマ)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「波長多重光増幅中継を用いた大容量長距離伝送システムの研究」と題し,9章からなる。

 波長多重光増幅中継伝送方式は,波長多重信号光を一括光増幅するエルビウムドープファイバ増幅中継器(Erbium doped fiber amplifier: EDFA)を用いるため,光通信システムの大容量化および長距離化を実現する有力な光伝送方式である。しかし,光増幅器が持つ利得偏差の累積による信号光波長帯域幅の制限,光増幅器から発生する自然放出光の累積による光SN比の低下,光ファイバが持つ非線形効果および波長分散による伝送波形歪みなどが,伝送特性を制限する。本論文は,大容量長距離波長多重光増幅中継伝送方式を光海底ケーブル伝送システムへ適用することを目的として,これらの問題を解決するために行った研究の成果について述べ,波長多重光増幅中継伝送方式の性能を改善するための指針を示している。

 第1章は,「序言」であり,波長多重光増幅中継伝送システムの概要と課題を論じた後,本論文の目的と構成を示している。

 第2章は,「利得等化技術による広帯域化」と題し,Al-Ge-SiO2EDFAの利得等化を行うことにより,信号光波長帯域幅を拡大できることを実証している。まず,EDFAの利得波長特性を精度良く補償するために,2つの異なる波長周期を持つ光フィルタを階層的に用いる利得等化法を提案し,利得等化器の波長周期および最大損失波長などの最適設計法を明らかにした。実際に,10,000km伝送後の信号光波長帯域幅を12nmまで拡大できることを示し,この利得等化法が信号光波長帯域幅の拡大に有効であることを明確にした。

 第3章は,「Al高濃度添加光ファイバ増幅中継技術による広帯域化」と題し,利得媒体であるエルビウムドープファイバ(EDF)自体の性能改善を図ることにより,光増幅中継器の信号光波長帯域幅拡大および高出力化を達成している。まず,1480nm励起Al高濃度添加EDFAの設計・開発を行い,1550nmにおいて+0.04dB/nmの利得偏差,4.7dBの雑音指数および+11.5dBmの出力光パワーを持つEDFAを実現した。更に上記のEDFAと長い波長周期を持つ利得等化器を用いて,10,000km伝送時の信号光波長帯域幅を18nmまで拡大できることを確認した。次に,信号光波長帯域幅の一層の拡大を目指して,1.55μm帯および1.58μm帯の並列増幅,ラマン増幅の併用を実現した。

 第4章は,「可変型利得等化技術による利得波長特性安定化」と題し,可変型利得等化器を用いたインライン自動利得傾斜補償法を提案し,その効果を初めて実証している。開発した可変型利得等化器は,1535nmから1565nmの波長範囲において,-7dBから+7dBまで損失傾斜を変化させることが可能であり,これを用いて光増幅中継器の累積利得傾斜を自動的に補償できることを明らかにした。

 第5章は,「伝送路の分散スロープ補償」と題し,伝送路の波長分散スロープによる累積波長分散が与える伝送特性劣化について,理論および実験の両面から検討を行っている。光送信機および光受信機において各波長毎に前置および後置分散補償を行うことを提案し,その有効性を,5.3Gbit/s,1波4,760km伝送実験によって示した。また,光送信機におけるプリチャープを併せ七用いると,伝送波形が更に改善することを計算機解析および実験の両面から明らかにした。

 第6章は,「偏波スクランブラによる四光波混合発生抑圧」と題し,高速偏波スクランブラを用いた四光波混合発生抑圧法を提案し,5.3Gbit/s,4波長多重4,713km伝送実験によって本提案の効果を確認している。特にQ値長時間連続測定を行ない,Q値の時間揺らぎを定量的に評価することにより四光波混合発生が十分に抑圧されることを明らかにした。

 第7章は,「相互位相変調による伝送限界とその対策」と題し,相互位相変調による伝送波形歪みについて,理論および実験の両面から検討を行っている。5.3Gbit/s,2波長多重2,740km伝送実験における伝送波形劣化について,計算機解析および実験の両面から検討を行い,相互位相変調が波長多重光増幅中継伝送方式の支配的な制限要因の一つであることを明らかにした。更に,相互位相変調による伝送波形歪みを低減する分散マネジメント法を提案した。

 第8章は,「波長多重光増幅中継を用いた大容量長距離伝送実験」と題し,本論文で開発された技術を導入して行われた伝送実験の結果を示している。1.55μm帯および1.58μm帯を併用した光増幅器,広帯域,コア径拡大および低損失な伝送路,相互位相変調による伝送波形歪みを低減する分散マネジメントを用いて,1 Tbit/s(10Gbit/s,104波長多重)10,127km光伝送を達成した。

 第9章は結言であり,本論文の結論をまとめるとともに,今後の展望について述べている。

 以上のように本論文では,波長多重光増幅中継を用いた大容量長距離伝送システムの伝送特性を制限する主要な要因である光増幅器帯域幅の制限,光増幅器雑音の累積による光SN比の低下,光ファイバの非線形効果および波長分散による伝送波形歪みを解決する手法を提案し,伝送実験によりその有効性を確認した。さらにこれらの技術を導入することにより,1Tbit/s-10,000kmの光伝送に世界で初めて成功した。本論文は,大容量長距離光ファイバ通信技術に大きく寄与すると考えられ,電子工学への貢献が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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