学位論文要旨



No 214739
著者(漢字) 中村,勝洋
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,カツヒロ
標題(和) 整数剰余環上の誤り訂正符号とそのデジタル通信系への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214739
報告番号 乙14739
学位授与日 2000.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14739号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,博資
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 教授 武市,正人
 東京大学 助教授 速水,謙
 東京大学 助教授 松井,知己
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、筆者が1970年代後半から80年代後半にかけて研究開発した整数剰余環上の誤り訂正符号に関する理論とその応用に関する技術について、これを再度全体的に見直し、若干の修正と説明の追加および今後の展望を加えてまとめ直したものである。

 情報を符号化して通信する際に、通信路(記録媒体も含む)で生じた符号誤りを受信側で訂正できるように、もしくは検出できるように、通常、冗長性を付加した符号化が行なわれる。誤り訂正符号技術は、そのための符号化法や復号法に関する技術である。また、そのような符号化法や復号法あるいは符号の性能評価に関する理論を単に符号理論と呼ぶことも多い。誤り訂正符号技術は、大量のマルチメディア情報を高速に通信し、蓄積し、処理するこれからの高度情報化社会において、信頼性の高い情報通信を行うために必要かつ不可欠な技術である。

 さて、従来よく研究されてきた誤り訂正符号の大部分は、理論的にみると一般には有限体GF(q),の上の符号であり、符号語間の距離はHamming距離に基づくものが殆どである。そしてその理論的体系もある程度確立されてきている。しかしながら、符号の構成法としでは必ずしも有限体上に限る必要はなく、通信路における符号誤りの発生の仕方にマッチした距離構造を持つ符号が、有限環など他の集合の上に構成できるのであれば、従来とは異なる新たな性能のよい符号の構成法を確立できる可能性がある。

 一方、現実の基幹通信システムは近年益々大容量化を迫られ、高密度のデジタル通信技術を色々と駆使して大容量化を達成する必要性があった。80年代初頭、周波数有効利用の観点から高密度化の進むデジタルマイクロ波無線(DMR)通信システムにおいても、その特性改善のために、変復調技術を含め何がしかの抜本的対策が望まれていた。そこでは必然的に多値信号が採用されており、信号点間の距離に配慮した信号設計が課題となりつつあった。

 本論文ではこれらの状況を踏まえて、新たな符号として整数剰余環Zq=Z/(qZ)(integer residue ring modulo q)上の符号を提案し、まずその符号の構成法に関する手法・理論を導いている。その際、整数剰余環Zq上の線形フィードバックシフトレジスタの性質に関する解析結果をベースとしている。符号語間の距離としては、Lee距離を採用している。これは、符号の適用対象として高密度の信号空間を考慮してのことである。ついで、この符号を現実の回路としてインプリメントするための手法を述べ、符号器・復号器の構成法を導いている。更に、この符号を大容量の通信基幹回線に適用する際の手法について述べており、高密度の信号点間の距離に配慮した効率的な符号系の構成法を提示している。具体的には差動符号化多値QAM (Quadrature Amplitude Modulation;直交振幅変調)方式を採用している大容量のデジタルマイクロ波無線通信システムへの適用である。そして、その符号系の良好な特性評価結果も示している。以上の結果、有限体に限らず、有限環の上でも実用的でかつメリットのある符号系を構成できることが提示されたことになる。本論文によって、現実のシステムに導入する符号系の選択肢が更に広がったともいえる。

 本論文の第1章では、まず符号理論研究の歴史的流れや実用化の状況に簡単に触れた後、本研究が生まれる背景と動機並びに研究の目的について上で述べた事柄を更に詳しく述べている。

 第2章では、上記整数剰余環Zq上のLee距離に基づく誤り訂正符号の具体的な構成法を導いている。まず符号構成上の観点から、整数剰余環Zq上の線形フィードバックシフトレジスタの性質について考察し、これを拡大環の表現法につなげて、符号構成上の有用な結果をいくつか導いている。つまり拡大環における剰余類に関するいくつかの性質を導いている。ついで、これらの有用な結果をもとに巡回符号の概念を拡張した形で環Zq上のLee距離に基づく誤り訂正符号を導き、1重$Lee$誤り訂正符号、準2重$Lee$誤り訂正符号、および2重Lee誤り訂正符号について、それぞれの構成法並びに復号法を与えている。更にはその一般化への試みとその展望についても記している。次頁の表1に得られたいくつかの符号パラメータ例を掲げる。

 第3章ではこれらの符号をインプリメントするための手法を導き、符号器・復号器の構成法について、例題を用いながら述べている。そこでの構成法は、第2章で述べた環Zq上の線形フィードバックシフトレジスタの性質と符号の構成法に基づいており、符号器・復号器が線形フィードバックシフトレジスタを用いた自然な形の手法に従って構成できることを示している。そしてBCH符号など有限体上の符号をインプリメントする場合との違いに重点を置いて述べている。また高速化の観点からその並列処理法についても論じている。更に、実際に開発し実用に供した2重Lee誤り訂正符号のLSIにフいても紹介している。表2この2重Lee誤り訂正符号LSIの諸元を示す。回路規模は小さく、符号化率、符号化利得とも高いことが分かる。

 第4章では、得られた環Zq上の誤り訂正符号を現実の高密度デジタル通信システムに導入する際の技術について述べている。具体的には大容量のデジタルマイクロ波無線(DMR)通信システムへの応用について述べている。DMRの世界へ誤り訂正符号を導入するにあたっては、変調系との親和性を保つことによって、符号の持つ能力を最大限発揮させる必要がある。高密度DMRでの信号の変調方式としては、高密度の点から通常、差動符号化多値QAM方式が用いられるが、この方式に誤り訂正符号を導入するは、差動符号化と誤り訂正の位置づけ、符号ビットの割り当て、システム構成、更には、電力有効利用の観点から、信号点配置を原点の周りに円形上に取ったときの誤り訂正符号の巧妙な構成法といった様々な手法を導く必要があった。本論文では、これらについて明らかにすると共に、この符号系によって改善された通信システムの特性評価についても解析し、良好な結果を得ていることを示している。図1に差動符号化多値QAM用誤り訂正符号化システムのブロック図を示す。図で誤り訂正と書いたブロックにおいて、位相の不確定に対しトランスペアレントなLee距離に基づく誤り訂正符号器と復号器を用いる。

 最後に第5章では、まとめとして、本研究により、整数剰余環Zq上のLee距離に基づく誤り訂正符号の構成法が導かれたこと、その符号を用いて高密度の信号空間における効率的な符号系の構成法が提示されたこと、およびそのことが有限体に限らず、有限環の上でも実用的でかつメリットのある符号系を構成できることを意味していること、などを結論づけている。そして現実のシステムに導入する符号系の選択肢が本論文によって更に広がったとしている。また、最近の動向を踏まえた今後の展望についても考察している。

表1 符号パラメータ例

表2: Z23上の2重Lee誤り訂正符号LSI諸元

図1: 差動符号化多値QAM用誤り訂正符号化システム

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「整数剰余環上の誤り訂正符号とそのデジタル通信系への応用に関する研究」と題し,5章より構成されている.大量のマルチメディア情報が高速に通信・蓄積・処理されている高度情報化社会において,信頼性の高い大容量通信が要求されており,それを実現するための誤り訂正符号技術は,現在必要不可欠な技術となっている.従来,誤り訂正符号は,有限体上で構成され,符号語間の距離はHamming距離に基づくものがほとんどであった.しかし,通信基幹回線の大容量化につれて多値直交変調方式が用いられることが多くなるに伴い,その変調方式に適したLee距離で測った誤りを訂正できる符号が必要となっており,さらにLee距離での誤り訂正に適した整数剰余環上の誤り訂正符号の実現が要求されている.本論文は,二重Lee誤り訂正可能な符号を整数剰余環上で構成する手法および理論を新たに構築すると共に,それらの符号を,差動符号化多値直交変調方式を用いた大容量マイクロ波無線通信システムへ適用するためのインプリメント手法を与え,その有効性を示したものである.

 第1章は,序論であり,本研究の背景と目的を述べると共に,従来の符号理論の研究における本研究の位置付けを与えている.また,本論文の構成を示している.

 第2章は,「整数剰余環Zq上のLee距離に基づく誤り訂正符号」と題し,新しい符号の提案を行っている.まず,2.1節では,整数剰余環Zq上のLee距離に基づく線形符号の定義を与えると共に,その符号を構成するために重要な役割をはたす整数剰余環Zq上の線形フィードバックレジスタを取り上げ,それらに対し七成立する性質(状態ベクトルの分類,特性多項式,周期,最大周期多項式など)を理論的に導出している.2.3節では,整数剰余環のガロア拡大環を考え,その表現方法を与えると共に,ガロア拡大環上で成立する性質を明らかにしている.2.4節では,2.1節〜2.3節で示した性質を科,用して,一重Lee誤り訂正符号の構成法と復号法を与えている.2.5節では,有限体上での符号構成手法を有限環上に適用することにまり,一重Lee誤りのすべてと,二重Lee誤りのほとんどすべてを訂正可能な符号(準二重Lee誤り訂正符号)の構成法を示している.さらに,2.6節では準二重Lee誤り訂正符号を基本にして,いくらかの変更を加えることにより,すべての一重Lee誤りとすべての二重Lee誤りを訂正可能な符号の構成法を与えている.準二重Lee誤り符号および二重Lee誤り訂正符号は,ほぼ同様のアルゴリズムで復号できるため,それらの復号アルゴリズムをまとめて2.7節で説明している.最後に,2.8節では,2以上のLee誤りを訂正する一般的なt重Lee誤り訂正符号の構成に関する試みと展望が書かれている.

 第3章は,「整数剰余環Zq上の誤り訂正符号のインプリメンテーション」と題し,第2章で与えた誤り訂正符号をハード的に構成するためのインプリメント法を示している.特に,3.2節では,符号化・復号化処理を並列化して高速処理できることを示しており,それらの原理に基づいて作製された二重Lee誤り訂正符号LSIの性能を,3.3節に示している.

 第4章は,「整数剰余環Zqの上の誤り訂正符号のデジタル通信系への応用」と題し,高密度デジタル通信系への誤り訂正符号の導入における問題点と,それを解決する手法が述べられている.具体的には,位相情報の差に情報をのせる差動符号化多値直交振幅変調系へ誤り訂正符号を導入する場合,誤り訂正能力を高めるために,位相が不確定な差動符号化・復号化の内側に誤り訂正符号を入れなくてはならないことから,位相の不確定さが誤り訂正に影響をおよぼさないtransparentな符号が必要となる.4,2節では,差動符号化多値直交振幅変調系に対して,Lee距離に基づく多値transparent誤り訂正符号を用いることを提案しており,そのためのシステム構成を与えている.また,transparentな誤り訂正符号構成が可能となる,多値直交振幅変調系における信号点の表現方法を与えるとともに,第2章で提案した剰余環上の符号を用いることにより,transparentな二重Lee訂正符号を具体的に与えている.さらに,それらの符号の復号誤り確率を理論的に導出すると共に,その性能を実測により確認し,符号の有効性を明らかにしている.多値直交振幅変調系では,信号点配置の四隅で振幅が最大となり,歪みが生じやすい欠点がある.これら四隅の信号点を移動し,全体として円形に近く信号点を配置したstepped多値直交振幅変調系を用いるとエネルギー効率がよくなる.4.3節では,そのようなstepped多値直交振幅変調系にLee誤り訂正符号を適用する場合の問題点を明らかにすると共に,それらを解決する手法を与えている.

 第5章は結論であり,本論文中の内容がまとめられているとともに今後の展望が示されている。

 以上要するに,本論文は,大容量高速情報通信システムで用いられる差動符号化多値直交変調方式に適した二重Lee誤り訂正符号を,整数剰余環上で構成する新しい手法を提案するとともに,その符号を実際にハードウェアとしてインプリメントして差動符号化多値直交変調方式に適用することにより,その有用性を示したものである.従来の有限体上の符号では実現が困難であった誤り特性を達成しており,符号理論分野における理論面および応用面での研究に大きく貢献するとともに,数理工学の進歩に対して寄与することが大であると認められる.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/43369