学位論文要旨



No 214742
著者(漢字) 相原,美紀
著者(英字)
著者(カナ) アイハラ,ミキ
標題(和) Helicobacter pyloriが産生誘導するインターロイキン8のヒト胃癌細胞株における遺伝子転写調節
標題(洋) Mechanisms lnvolved in Helicobacter pylori-induced Interleukin-8 Production by a Gastric Cancer Cell Line,MKN45
報告番号 214742
報告番号 乙14742
学位授与日 2000.06.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14742号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 岡山,博人
 東大医科学研究所 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 増田,道明
 東京大学 助教授 横山,和仁
内容要旨 要旨を表示する

 Helicobacter pylori(H.pylori)がWarrenとMarshallによって慢性胃炎の患者の胃粘膜組織より1982年に分離培養されて以来、この細菌感染と種々の消化性疾患の関連が明らかにされてきた。H.pyloriの病原性に関しては多くの因子が報告されているが、H.pylori感染の大きな特徴として宿主の免疫反応が病態を修飾していることがあげられる。H.pylori感染胃粘膜は著しい炎症細胞(多形核白血球、好酸球、マクロファージなど)、リンパ球、形質細胞の浸潤があり、それら細胞による種々のサイトカイン産生が病態と深く関わっていることが指摘されている。実際にIL-8は、H.pylori感染胃粘膜上皮細胞や十二指腸球部粘膜上皮細胞の粘膜表相で多く産生されることが報告されている。さらに、H.pylori感染胃粘膜組織におけるIL-8産生量と病態との相関性も報告されている。

 そこで、H.pylori感染によって胃粘膜局所で引き起こされる炎症反応に重要な役割を果たしているIL-8(Interleukin-8)の産生誘導について検討を行った。

 種々の胃癌細胞株を用いて、H.pylori生菌とco-cultureした時に産生誘導されるIL-8の産生量を調べたところ、ほとんどの細胞株がH.pyloriによってその産生が惹起され、またその産生は細胞とH.pylori生菌を接着させた場合のみ誘導される事がわかった。さらに、その産生誘導はmRNAの発現増強をともなうことより、遺伝子転写レベルで起こる事がわかった。

 次にH.pyloriによるIL-8産生誘導の細胞内シグナル伝達に関して遺伝子転写制御を含めて検討を行った。MKN45細胞を各種protein kinase阻害剤で前処理後、H.pylori生菌で24時間刺激したときの培養上清中に含まれるIL-8産生量を調べた。Protein kinase A阻害剤であるH89およびprotein kinase C阻害剤であるstaurosporineで前処理した場合はH.pyloriによるIL-8産生誘導に影響を与えなかった。しかし、protein tyrosine kinase(PTK)阻害剤であるherbimycinは0〜1μMの濃度で用量依存的にその産生量を抑制した。この作用は同細胞をIL-1βで刺激したときに誘導されるIL-8産生に対する抑制作用に比して、より感受性が高く特異的であると示唆された。もちろんこれら阻害剤を用いた試験では、阻害剤の特異性ならびにintactな細胞を用いることによる細胞への透過性の問題が考えられる。しかし、一般的な阻害剤の濃度でherbimycinが特異的にH.pyloriによるIL-8の産生を抑制したことは、この産生誘導にPTKが重要な関与をしていると考えられる。

 幅広い種類の細胞がLPS,IL-1などの炎症性の刺激を受け、IL-8 mRNAを発現する。その発現はシクロヘキシミドで抑制されないことから、新たな蛋白合成を必要としない。IL-8遺伝子5'領域はいくつかの既知の転写因子の結合可能なシス・エレメントが存在している。種々の細胞におけるIL-8遺伝子転写活性化機構については既に報告されており、転写活性化に重要な領域はNFKB(-80〜-70bp),NF-IL-6(-94〜-81bp),AP-1(-126〜-120bp)結合部位であることが明らかとなっている。H.pyloriも例外ではなく、細胞を刺激後1時間以内にIL-8mRNAの発現が誘導される。このH.pyloriによるIL-8遺伝子転写調節機構を解析するために、上記転写調節領域を含んだルシフェラーゼ発現プラスミドを用いて本実験を進めた。上記プラスミドをMKN45細胞に導入し、H.pyloriおよびIL-1βで刺激した時の転写に重要なプロモーター領域を、ルシフェラーゼ活性の誘導を指標として検討した。その結果、intactな5'領域を含むプラスミドを導入した細胞では、H.pylori刺激によって顕著なルシフェラーゼ活性の誘導が示されたが、NF-KB結合部位に点突然変異を含むプラスミドを導入した細胞では、その活性がほとんど消失した。またAP-1結合部位に点突然変異を含むプラスミドではその活性の70〜80%が阻害された。この系においてはNF-IL-6結合部位は影響を与えなかった。これらのことよりMKN45細胞におけるH.pyloriによるIL-8転写領域の活性化にはNF-KB、AP-1の結合部位が重要であり、両者が協調して転写を惹起するのではないかと示唆された。

 さらにH.pyloriで刺激したMKN45細胞の核内蛋白を抽出し、NF-KBのoligonucleotideをプローブとしてEMSA (Electrophoretic Mobility Shift Assay)を行ったところ、未刺激の細胞から抽出した核蛋白からはバンドは検出されず、H.pyloriで刺激した細胞の核蛋白からは2つの複合体が検出された。これはcoldのNF-KBを過剰に加えるとバンドは消失し、さらに他の転写因子であるSPI等を加えても変化がないことから、この本体はNF-KBであることが示唆された。これらを特異抗体(p65, p50, p52, c-Rel)で処理した結果、これらはp65-p50からなる複合体を形成していることが判明した。通常NF-KBは外部からの刺激が無い状態では抑制性蛋白質IKB-αと結合して不活性の状態で細胞質内に存在するが、刺激により蛋白質リン酸化酵素の活性化、さらにIKB-α蛋白質分解酵素の活性化によるIKBの分解により、活性化型NF-KBが遊離して核内に移行してDNAの特異結合部位に結合し遺伝子発現の誘導を行う。H.pyloriが感染した胃粘膜細胞核内には活性化型のNF-KBが存在することより、H.pyloriによるIL-8遺伝子転写活性にもNF-KBの活性化が必須であると考えられた。

 以上の結果より、H.pyloriによる胃癌細胞株からのIL-8産生誘導に関して、シグナル伝達機序、遺伝子転写制御の面から検討したところ、IL-8産生にはPTKが重要な役割を果たすこと、またIL-8転写領域ではNF-KBの活性化が遺伝子の発現調節に必須であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は種々の消化器(性)疾患との関連が明らかにされているHelicobacter pylori(H.pylori)の感染にともなって胃粘膜局所で引き起こされる炎症反応において、重要な役割を果たしているIL-8(Interleukin-8)の遺伝子転写調節を胃癌細胞株を用いて調べたものであり、下記の結果を得ている。

1. 種々の胃癌細胞株をH.pylori生菌とco-cultureするとIL-8の産生が惹起された。またその産生は細胞とH.pylori生菌を接着させた場合のみ誘導されることを明らかにし、cell-cell contactが重要であることを示唆した。さらに、その産生誘導はmRNAの発現増強をともなうことより、遺伝子転写レベルで起こる事を示した。

2. H.pyloriによるIL-8産生誘導の細胞内シグナル伝達を各種protein kinase阻害剤を用いて調べたところ、protein kinase A阻害剤であるH89およびprotein kinase C阻害剤であるstaurosporineで前処理した場合はH.pyloriによるIL-8産生誘導に影響を与えなかったが、protein tyrosine kinase(PTK)阻害剤であるherbimycinは0〜1μMの濃度で用量依存的にその産生量を抑制することを示した。この事は、H.pyloriによる胃癌細胞からのIL-8の産生誘導にPTKが重要に関与していることを示唆している。

3. H.pyloriによるIL-8遺伝子転写調節機構を解析するために、IL-8の遺伝子転写活性化に重要な転写調節領域であるNF-KB, NF-IL-6, AP-1を含んだルシフェラーゼ発現プラスミドをMKN45細胞に導入しルシフェラーゼアッセイを行ったところ、wild typeではH.pylori刺激によって顕著にルシフェラーゼ活性が誘導されたが、NF-kB結合部位に点突然変異を含むプラスミドを導入した細胞ではその活性がほとんど消失し、AP-1結合部位に点突然変異を含むプラスミドではその活性の70〜80%が阻害された。これらのことよりMKN45細胞におけるH.pyloriによるIL-8転写領域の活性化にはNF-KB、AP-1の結合部位が重要であることを明らかにした。

4. H.pyloriで刺激したMKN45細胞の核内蛋白を抽出し、NF-KBのoligonucleotideをプローブとしてEMSA(Electrophoretic Mobility Shift Assay)を行ったところ、細胞の核蛋白からは2つの複合体が検出され、特異性試験よりこの本体はNF-kBであることが示されたこれらの結果からH.pyloriによるIL-8遺伝子転写活性化にはNF-KBの活性が必須であることが示された。

以上のように、H.pyloriによりヒト胃癌細胞株におけるIL-8遺伝子の転写調節の変化の機構を明らかにした。本研究はこれまで明らかではなかった、H.pyloriによる胃粘膜傷害におけるIL-8の役割の理解に重要な貢献をなすと考えられ、学位(医学)の授与に値するものである。

UTokyo Repositoryリンク