学位論文要旨



No 214744
著者(漢字) 馬,峰
著者(英字)
著者(カナ) マ,ホウ
標題(和) リンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化に必要なサイトカインのクローンレベルでの解析
標題(洋) CYTOKINE REQUIREMENT FOR THE DEVELOPMENT OF T-LYMPHOID LINEAGE POTENTIAL IN CLONAL LYMPHOHEMATOPOIETIC PROGENITORS IN VITRO
報告番号 214744
報告番号 乙14744
学位授与日 2000.06.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14744号
研究科
専攻
論文審査委員 主審: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 助教授 谷,憲三郎
 東京大学 助教授 平家,俊男
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 林,秀泰
内容要旨 要旨を表示する

 背景

 T細胞前駆細胞は、胎生期は卵黄嚢、あるいは胎仔肝に、出生後は骨髄中に存在するリンパ造血前駆細胞を起源とし、胸腺に遊走した後、そこでT細胞として分化成熟する。マウスT細胞前駆細胞の胸腺内の分化成熟過程の詳細な解析は、胎仔胸腺器官培養法(FTOC; fetal thymus organ culture)により可能となったが、リンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化については、適当な解析法がないために、充分に検討されていなかった。

 本研究において私は、まずこの問題を解析するために、造血細胞のクローン培養法とFTOCを組合せて、マウスリンパ造血前駆細胞からのT細胞の誘導法を確立した。さらに、この方法を用いて、マウスリンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化に必要なサイトカインについて、クローンレベルで解析した。

2 方法

(1)マウス造血細胞のクローン培養法

 C57BL/6マウスに5-fluorouracil (5FU)(150mg/kg)を尾静脈より注射した後、48時間後にその骨髄細胞を採取し、採取された細胞から比重1.063-1.085の細胞分画を得た。これらの細胞を、aメディウム、メチルセルロース(1.2%)、ウシ胎仔血清(30%)、ウシ血清アルブミン(1%)、2メルカプトエタノール(1x10-4M)、種々に組合せたサイトカインの存在下で、37℃、5%CO2の条件で培養した。

(2)胎仔胸腺器官培養法(FTOC)

 FTOCは、Jenkinsonらの方法によった。FTOC培養液としては、ウシ胎仔血清(20%)、2メルカプトエタノール(5x10-5M)、L−グルタミン(200mM)、非必須アミノ酸含有MEM(x1)、ビタミン含有MEM(x1)、重炭酸ナトリウム(2mg/ml)、ペニシリン(100U/ml)、ストレプトマイシン(100mg/ml)を含むRPMI-1640を用いた。胎生15日のマウス胎仔より胎仔胸腺を取り出し、1.35mM2デオキシグアノシン処理により内因性のT細胞を除去した。胸腺と細胞を、30mlのFTOC培養液とともに、テラサキプレートに付置した後に、37℃、7%CO2の条件下で48時間倒立培養した。その後、胸腺をFTOC培養液を浸透させたスポンジに上層したフィルター上に付置し、同様の培養条件下で、3日毎にFTOC培養液を交換しつつ、3週間培養を継続した。培養終了後、胸腺内の細胞は、カバーグラスにより圧出、採取された。採取された細胞の細胞表面マーカーは、フローサイトメトリーにて検討した。

(3)単細胞培養

 5FU処理されたマウス骨髄細胞から、未分化な造血幹細胞/前駆細胞であるlineage(Lin)c-kit+Sca-1+細胞を、蛍光活性化細胞分離装置(FACS; fluorescence activated cell sorter)を用いて単細胞分離し、96穴平底プレートにて、20%胎仔ウシ血清、1%ウシ血清アルブミン、1x10-4M 2メルカプトエタノール、stem cell factor(SCF)(100ng/ml)、interleukin (IL)-6(100ng/ml)、IL-7(100ng/ml)を含むαメディウム(200ml)中で、37℃、5%CO2の条件下で単細胞培養した。1週間後に形成された個々のコロニーは分割され、10%は構成細胞の形態学的観察、10%は二次コロニーの形成能の検討、80%はFTOCによるT細胞分化能の検討に用いた。

3 結果

(1)マウスリンパ造血前駆細胞からのT細胞誘導法の確立

 未分化なマウス造血幹細胞/前駆細胞は、SCFとIL-6の組合せにより増殖することが知られている。そこで、5FU処理したマウス骨髄細胞をSCF(100ng/ml)、IL-6(100ng/ml)存在下で1週間クローン培養し、形成されたコロニーを採取した。採取された細胞の30-60%の細胞は未分化な芽球様細胞で、20-40%の細胞が二次コロニー形成能を有していたが、CD4、CD8、CD3は発現していなかった。これらの細胞(1x104個)をFTOCにて培養したところ、培養21日には胸腺中に1-3x105個のリンパ球が存在した。これらの細胞は、47%がCD4/CD8を、48%がCD3を、12%がTCRαβを、15%がTCRγδを発現するT細胞であった。このように、クローン培養法とFTOCを組合せることにより、マウスリンパ造血前駆細胞からT細胞の誘導が可能となった。

(2)マウスリンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化に必要なサイトカインの検討

 SCF、IL-6、IL-3の協同作用により、マウスの未分化な造血細胞の増殖が誘導されることが報告されている。そこで、5FU処理されたマウス骨髄細胞を、これらのサイトカインを種々に組合せてクローン培養した後、形成されたコロニー構成細胞をFTOCにて培養することにより、そのT細胞への分化能を検討した。その結果、いずれの組合せで形成されたコロニーもT細胞への分化能を有していた。さらに、同じくマウスの未分化な造血細胞に作用すると報告されているFlt3/Flk2リガンド(FL)、IL-11について検討したところ、各々SCF、IL-6に類似した作用を有していた。T細胞分化に重要な役割を担っていると報告されているIL-7は、胸腺中のリンパ球を増加させる傾向が認められたものの、リンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化には大きな影響を及ぼさなかった。

(3)単細胞分離されたリンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化の解析

 リンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化をさらに詳細に検討するために、5FU処理されたマウス骨髄細胞から単細胞分離されたLin-c-kit+Sca-1+細胞を、SCF、IL-6、IL-7存在下で単細胞培養したところ、384個のLin-c-kit+Sca-1+細胞のうち361個(94%)がコロニーを形成した。これらのうちの71個のコロニーを無作為に抽出し、二次コロニー形成能とT細胞への分化能を検討した。二次コロニーとして、顆粒球・マクロファージコロニーのみを形成したコロニーは28個で、これらにはT細胞への分化能は認められなかった。一方、顆粒球・マクロファージコロニー以外に赤芽球バースト、巨核球コロニー、混合コロニーを形成した43個のコロニーのうち10個でT細胞への分化能が認められた。

4 考察

 未分化な造血幹細胞/前駆細胞の分化増殖は、種々のサイトカインの協同作用により制御されている。特にSCF、IL-6、IL-3は、マウスの未分化な造血幹細胞/前駆細胞に作用するサイトカインとしてよく知られているが、今回の研究により、これらのサイトカインは、いずれの組合せでもリンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化を支持できることが示された。さらに、FL、IL-11も他のサイトカインとの組合せによりリンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化を支持した。このように、リンパ造血前駆細胞の増殖を支持可能なサイトカインの組合せは、今回検討した全ての組合せでT細胞前駆細胞への分化を支持できたことより、リンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化は特異的な刺激により誘導されるものではなく、むしろ増殖に伴い内的因子により決定されている可能性が示唆された。

 またこれまで、リンパ造血前駆細胞の分化過程において、T細胞前駆細胞への分化がいずれの段階で起こるかは不明であった。今回の単細胞レベルでの解析において、T細胞への分化能は多能性を有する造血前駆細胞の14%に認められたが、骨髄球系細胞への分化能のみを有する造血前駆細胞では認められなかったことより、リンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化決定はその分化の早期に起こると推測された。

 このように、本研究において、マウス造血細胞のクローン培養法とFTOCを組合せることにより、私が確立したマウスリンパ造血前駆細胞からT細胞へのin vitro分化誘導法は、マウスT細胞の初期分化の解析に非常に有用であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 T細胞の機能的分化については多くの報告により詳細に明らかとなりつつあるが、T細胞の初期分化についてはいまだ充分に解明されていない。本研究は、この問題を解析するために、造血細胞のクローン培養法と胎児胸腺器官培養法(FTOC,fetal thymus organ culture)を組合せて、マウスリンパ造血前駆細胞からのT細胞の誘導法を確立した。さらに、この方法を用いて、T細胞前駆細胞への分化に必要なサイトカインについて、クローンレベルで解析して、下記の結果を得ている。

1、5-fluorouracil(5-FU)処理したマウス骨髄細胞をstem cellfactor(SCF),interleukin(IL)一6存在下で1週間クローン培養し、形成されたコロニーを採取した。採取した細胞の30%〜60%の細胞は未分化な芽球様細胞で、20%〜40%の細胞が二次コロニー形成能を有していたが、CD4, CD8, CD3は発現していなかった。これらの細胞をFTOCにて3週間培養したところ、胸腺中に1〜3x105個のリンパ球が存在した。フローサイトメトリーによる解析では、47%がCD4/CD8を、40%がCD3を、12%がTCRαβを、15%がTCRγδを発現するT細胞であった。このように、クローン培養法とFTOCを組合せることにより、マウス造血前駆細胞からT細胞への誘導が可能となった。

2、樹立された誘導法を用いて、リンパ造血前駆細胞からT細胞への分化に必要なサイトカインを検討した。SCF,IL-6,IL-3は、いずれの組合せでもT細胞を誘導した。しかし、SCF+IL-6により誘導されたコロニーはFTOCにおいて最も高いT細胞の回収率を示した。IL-3の添加により、そのT細胞回収率はやや減少したが、SCF+IL-3あるいはIL-3+IL-6より形成されたコロニーよりは高い回収率を有していた。無血清培養により形成されたコロニーにおいてもほぼ同様の結果が得られた。さらに、Flk2/Flt31igand(FL),IL-11は、各々SCF,IL-6に類似した作用を示した。IL-7は芽球コロニーからのT細胞の出現に大きな影響を及ぼさなかった。以上の結果により、これらのサイトカインはいずれの組合せでもリンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化を支持できることが示された。リンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化は特異的な刺激により誘導されるものではなく、むしろ増殖に伴い内的因子により決定されている可能性が示唆された。しかし、一旦T細胞前駆細胞に分化した後は、T細胞の産生量にはサイトカインの組合せにより多少の差違が認められた。

3、IL-3はT細胞への分化には抑制的に作用するサイトカインとして報告されてきたが、本研究においてはIL-3のT細胞への分化に対する抑制作用は認められなかった。

4、リンパ造血前駆細胞の分化過程において、T細胞前駆細胞への分化がいずれの段階で起こるかは不明であった。単細胞分離されたLin-c-Kit+Sca-1+細胞からSCF,IL-6,IL-7存在下で形成された芽球コロニーの検討では、多分化能を有するコロニー形成細胞の23.3%でT細胞への分化能が認められたが、骨髄球系細胞への分化能のみを有するコロニー形成細胞では認められなかった。この結果より、リンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化決定はその分化の早期に起こると推測された。

 以上、本論文はマウス造血細胞のコロニー培養法とFTOCを組合せることにより確立されたマウスリンパ造血前駆細胞からT細胞へのin vitro分化誘導法を用いて、マウスリンパ造血前駆細胞からT細胞前駆細胞への分化におけるサイトカインの関与を明らかにした。本研究はこれまでほとんど明らかにされていなかったT細胞の初期分化の制御機構の解明に重要な貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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