学位論文要旨



No 214745
著者(漢字) 林田,眞和
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシダ,マサカズ
標題(和) 一定換気下の全身麻酔中の心拍出量が呼気終末、血液および組織の炭酸ガス分圧に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 214745
報告番号 乙14745
学位授与日 2000.06.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14745号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高本,真一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学医科学研究所 助教授 山田,芳嗣
 東京大学 講師 中島,淳
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 心肺蘇生中、あるいは換気一定下の全身麻酔中に、呼気終末炭酸ガス分圧(PETCO2)が心拍出量(Q)変化をよく反映することは知られている。しかし、全身麻酔下のヒトにおいて広い範囲のQの変化に応じてPETCO2がどのように変化するのか、なぜそのようなPETCO2変化が生じるのか、よくわかっていない。これらの点を明らかにするために、全身麻酔下のヒトにおいて、Qが呼気終末、血液および組織の炭酸ガス分圧(PCO2)に及ぼす影響を検討した。

対象と方法

 本研究は、Qの人為的操作は行わず手術中の自然な循環動態変動を利用して、肺動脈カテーテルを主体とした測定を行ったプロトコール1(P1)と、P1で得た知見を確認するために、Qを人為的に変化させ、代謝モニターを主体とした測定を行ったプロトコール2(P2)の2つのプロトコールよりなる。

 P1では、種々の全身麻酔下で心臓または非心臓手術を受けた30症例を、P2では、プロポフォール−硬膜外麻酔下で下腹部開腹術を受けた12症例を対象とした。いずれも全身麻酔導入後、換気は、一回換気量10m1/kg、呼吸回数10回/分に固定した。

 P1では、動脈カニューレ、肺動脈カテーテルと、胃粘膜内PCO2(PrCO2)測定用胃管を挿入した。手術中、熱稀釈法による心拍出量(Q),呼吸モニターによる呼気終末炭酸ガス分圧(PETCO2),分時換気量(VE),肺胞換気量(VA)と死腔率(VD/VT),動脈血と混合静脈血の血液ガス、酸素飽和度(SO2)とヘモグロビン(Hb),およびPrCO2を10〜20分毎に繰り返し測定した。また、全身酸素摂取量(VO2)を逆Fick法により算出した。

 P2では動脈カニューレとPrCO2測定用胃管を挿入した。術中、120分の測定期間の間、Qを3段階に変化させた。まず、膠質液(HES)または輸血による容量負荷により30分間Qを持続的に高値に保った(S1)。次に、術野出血中の容量負荷制限ないしニトログリセリン投与により60分間Qを持続的に低値に保ち(S2)、最後に再び容量負荷により30分間Qを持続的高値に保うた(S3)。この間5分間隔で連続波ドプラ法によるQ,代謝モニタによるPETCO2, VE, VA, VD/VT,全身酸素摂取量(VO2)と炭酸ガス排泄量(VCO2),動脈血ガス分圧と乳酸,SaO2とHbを測定した。また10分間隔でPrCO2を測定した。

 統計解析は、Repeated measures ANOVAとpaired t test、および多人数プロットにおける線状回帰分析を使用して行った。必要な場合、重回帰分析も使用した。p<0.05を有意とした。

 P1における多人数プロットにおいて、PETCO2はQと正に相関した(図)。Qと動脈血PCO2(PaCO2)は正に相関し、PaCO2とPETCO2も強く正に相関した。一方、QとVD/VTとの間には殆ど相関が見られず、VD/VTとPETCO2の間の相関もごく弱かった。Qと動脈血−呼気終末PCO2較差の間には相関がなく、動脈血−呼気終末PCO2較差とPETCO2との間にも相関がなかった。

 次にQとPaCO2が正に相関する機序を検討したが、まず、QとVO2の間には正の相関が見られ、VO2とPaCO2の間にも直線的な正の相関が見られた。また、Qと換気・血流比VA/Qの間には逆相関が見られ、VA/QとPaCO2の間にも直線的な負の相関が見られた。

 P2において、Qを持続的高値に維持したS1の30分間、諸測定値はほぼ一定で経過した。S2(60分間)では、Qを減少させ引き続き持続的低値に維持したが、この間PETCO2は減少し持続的低値に保たれた。VD/VTはS2の間、一時的に軽度増加したのみであり、動脈血−呼気終末PCO2較差には変化が見られなかった。一方、PaCO2は減少し低値に保たれ、PETCO2の変化はPaCO2の変化に全く平行しており、動脈血−呼気終末PCO2較差に変化はなかった。この間、VO2とVCO2は減少し低値に保たれた一方、VA/Qは増加し高値に保たれた。Qを再び持続的高値に維持したS3の30分間、以上の測定値はS1と同様の値まで回復しそれが維持された。S1からS3にかけて動脈血−呼気終末PCO2較差、食道温、乳酸、およびPrCO2は変化しなかった。また、VO2とVCO2は全く平行して変化し、呼吸商(R)は変化しなかった。

 P2の多人数プロットにおいてもP1と同様、QとPaCO2の間に正の相関が見られた。QとVCO2の間には正の相関が見られ、VCO2とPaCO2の間にもそれぞれ直線的な正の相関が見られた。一方、QとVA/Qの間には逆相関が見られ、VA/QとPaCO2の間にも負の相関が見られた。

考察

 換気一定の全身麻酔中、PETCO2はQの低下に伴って低下した。また、Qを持続的に低値に保った場合、PETCO2も持続的に低値に保たれた。Qの低下時にはVD/VTの増加がごく軽度であり、動脈血−呼気終末PCO2較差の増大もなかった。かつ、VD/VTのPETCO2に及ぼす影響はごく弱く、動脈血−呼気終末PCO2較差はPETCO2に影響しなかった。これより、全身麻酔中のQ低下時のPETCO2低下に対するVD/VT増加、すなわち肺胞−呼気終末PCO2較差増大の寄与はごく少ないと考えられた。一方Qの低下時にPaCO2(肺胞PCO2(PACO2)とほぼ同じ)は低下し、これがPETCO2低下によく反映された。以上よりQ低下時のPETCO2低下の主要機序は、肺胞死腔の増加ではなく、PACO2の減少であると考えられた。

 Qの低下時には、V02とVCO2が平行して低下し、それに直線的に比例してPaCO2が低下した。またQの低下時にはVA/Qが増加し、それに反比例してPaCO2が低下した。以上よりQ低下時のPACO2低下の原因は、V02減少に伴うVCO2減少、およびVA/Qの増加(相対的過換気)であると考えられた。

まとめ

換気一定の全身麻酔中、呼気終末PCO2は心拍出量減少に伴い減少した。この呼気終末PCO2低下の主要機序は、肺胞死腔の増加ではなく、肺胞PCO2の低下である。肺胞PCO2減少の原因は、酸素消費量減少に伴う炭酸ガス産生量の減少、および換気・血流比の増加(相対的過換気)である。

図. プロトコール1における心拍出量(Q)と呼気終末PCO2(PETCO2)の関係

審査要旨 要旨を表示する

全身麻酔中は、麻酔薬の循環抑制作用、交感神経緊張低下、出血や体液移動による循環血液量減少など種々の要因によって、心拍出量が異常に低下し、十分な臓器血流が損なわれる可能性が常に存在する。麻酔中の循環モニターとしては、血圧と心拍数がルーチンに測定されるものの、心拍出量の測定は、侵襲的であるか測定機器が高価であるかなどの理由によりルーチンには行われていない。

 一方、呼気終末炭酸ガス分圧(PETCO2)が、急激な循環虚脱時などに心拍出量と比例して低下することはこれまでも知られていたが、その低下がいかなる機序によるのか、麻酔中の広い範囲の心拍出量変化に対しPETCO2がどのように変化するか、また、PETCO2が心拍出量を持続的に反映し得るのか否か、などの問題はこれまで明確にされていなかった。

 本研究はこれらの問題を明らかにするために企図され、その結果、以下の新知見が明らかにされた。

1. 心拍出量が低下した場合、心拍出量の低い範囲ではPETCO2低下が急激であり、心拍出量の高い範囲では低下が緩徐である。

2. 全身麻酔中の心拍出量低下に伴うPETCO2低下は、従来言われていたように肺胞死腔の増加と肺胞PCO2低下の組み合わせで生じると言うより、むしろもっぱら肺胞PCO2低下を主要機序として生じる。

3. この肺胞PCO2低下は、従来推定されていたように肺へのCO2運搬の減少によるというよりも、むしろ心拍出量低下に伴う肺の換気・血流比の増加、および、心拍出量低下に伴う全身酸素消費量の減少という2つの機序によって、よりよく説明できる。

4. 動物のショックモデルと異なり、全身麻酔中の心拍出量低下に伴う全身酸素消費量減少は、必ずしも酸素需給バランスの悪化を意味しない。

5. 急激な循環変動がなくとも、PETCO2は長時間にわたって心拍出量に比例して変化し続ける。したがってPETCO2は従来言われていた以上に有用な循環モニターとなり得る。

審査委員は本論文に対し以下の点で高い評価を与えた。

1. 従来の説で満足せず新たな研究を発想したという点で、着想の独創性が認められる。

2. 心拍出量を始めとする多数のパラメータを同時測定するという、臨床研究としてかなり高度の測定手法が用いられている。

3. 測定項目の選定が適確であり、その結果、必要かつ十分な情報が網羅されている。

4. 実験を追加することにより知見が確固たるものと成っており、論文としての完成度が高い。

5. 動物実験による従来の結果と異なる新知見が複数個得られており、その意味でも独創性が高い。かつ動物実験と本臨床研究の間で結果の相違が生じた原因についても明確にされている。

6. 統計手法も含め、論理の進め方が的確である。

7. 得られた結果の、臨床的有用性が極めて高い。

 以上のように本論文は、独創性、結果の明確さ、完成度の点で極めて優れている。また、呼気終末炭酸ガスの心拍出量モニターとしての有用性を従来にも増して明確にした点で、臨床的価値が大きい。したがって、審査員は本論文が学位論文に値するものと認めた。

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