学位論文要旨



No 214746
著者(漢字) 香坂,隆夫
著者(英字)
著者(カナ) コウサカ,タカオ
標題(和) Secretory component、Secretory IgAの発達に関する研究 : 2方向ロケット法を用いた液性免疫不全症のスクリーニングと粘膜防御機序の役割について
標題(洋)
報告番号 214746
報告番号 乙14746
学位授与日 2000.06.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14746号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 加藤,賢朗
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

 本論文ではSecretory IgA(SIgA)の局所免疫における意義を、唾液中SIgAの測定法とその応用、母乳栄養による児に与える効果、疾患時における唾液中SIgAと血中免疫グロブリンの動態の3章に分けて述べる。内容は、1.唾液のSecretory component(SC)、SIgAの同時分離定量の方法論的な工夫点と、これを用いた体液性免疫不全症の早期発見のための唾液スクリーニングの成績、2.3カ月健康診断(以下健診),時における栄養法と疾患罹患による唾液中、血中の免疫グロプリン値の相違、3.respiratory syncytial virus(RSV)による細気管支炎、rotavirusによる乳児下痢症時における唾液SIgA/SCと血中IgMの液性免疫動態の相互関連、の3項目の結果および考察である。測定方法の開発とそれを応用したこれらの疫学的検討、臨床観察により、母乳栄養の意義とSIgAの粘膜防御機序について、その役割と意義を明らかにすることを目的とした。

第1章. SC、SIgAの分離定量法の開発とそれを利用した唾液によるマススクリーニング

第2章. 栄養法による唾液中および血中免疫グロブリンに対する効果

第3章. 細気管支炎、乳児下痢症罹患時における唾液SIgA/SCと血中IgMの相互関係

第1章. SC、SIgAの分離定量法の開発とそれを利用した唾液によるマススクリーニング

 2方向ロケット法とは、従来のロッケト法の改良であり、抗体を含んだagar-agaroseの混合ゲルに検体を添加後、電気泳動し、陰極側と陽極側の2方向に沈降線を形成させるものである。この方法の特徴は、唾液などの粘着性のある液体中の蛋白の測定も可能であり、かつ抗原性が共通であっても、電気的移動度が異れば、分離定量できる点にある。測定法の原理としては、SCとSIgAの測定の場合、SCがゲルヘのheparin添加によってより陽極側に移動する現象を利用し、電気泳動によりSCとSIgAを陰極側と陽極側の2方向に解離させ、検体に含まれている量によって高さの異なる沈降線を形成することを利用したものである。適当な電気浸透度を有するagarとagaroseの混合ゲルを用いることにより、SCを陽極側にSIgAを陰極側に泳動させる条件を決定し、両者の共通抗体である抗SC抗体を添加する。このゲルを電気泳動し、ロケット状の沈着線を両方向に作り出し、その長さによって定量する。この方法は簡便であり、多くの検体を同時に測定することに適している。まずSC、SIgAの唾液中濃度の経時変化を生後からの成人まで間で検討した。経時変化は著明でfree SCは出生直後より存在し、年齢と共に減少する。SIgAは3ヵ月の時点で大人の2/3に達レ以降漸増していた。さらに12015人の乳幼児(3ヵ月健診乳児数 6592人)に関してマススクリーニングを行い、2例のIgA単独欠損者と2例の乳児一過性低γ-globulinemiaを見いだした。この結果はIgA単独欠損者の割合は白人における報告より少ないが、本邦における成人の血液による調査よりは多いという中間の値であった。

第2章. 栄養法による唾液中および血中免疫グロブリンの発達に対する影響

 3ヵ月、1歳6ヵ月、3歳時における健診受診乳児について唾液中SC、SIgA、IgG、albumin、血中IgG,IgM,IgAの値を測定し、その発達について栄養法、疾患罹患歴などによる相違を検討した。

 まず3ヵ月の時点における栄養法によって人工、混合、母乳栄養に分け、さらに既往疾患別(湿疹、下痢、喘鳴、発熱、感冒)に分けて測定項目を比較した。疾患既往あり群では、疾患既往なし群に比し血中のIgMは有意に高かった。母乳栄養児は他の栄養児に比し、唾液中SIgA、血中IgMともに低値傾向を認め、既往歴なし群のみの比較でも血中IgMの値が有意に低く、母乳中のSIgAの効果と考えられた。また疾患に羅患既往のある児においても、母乳栄養児はIgMの上昇率が有意に低いという結果を得た。下痢と喘鳴既往群においては、3ヵ月時のSIgAは低値であり、1歳6ヵ月時においても、これらの疾患既往を有するものは有意な低値を示しており、SIgA低値が喘鳴、下痢発症の一つの要因とになっていると考えられた。

第3章. 細気管支炎、乳児下痢症罹患時における唾液SIgA/SCと血中IgMの相互関係

 RSVによる細気管支炎、rotavirusによる乳児下痢症時における唾液中SCやSIgAの変動と血中IgMとの関連を検討した。その結果、病初期に唾液中SIgAの濃度上昇が認められること、唾液中SIgAと血中IgMは、負の相関を示し、感染に対し相補的な関連を示していた。両者の反応を疾患別に比較するとRSVによる細気管支炎では、反応による血中IgMの上昇値がrotavirus感染症の乳児下痢症よりも高く、急性乳児下痢症では、病初期のSIgAの反応が気管支炎よりも顕著に見られた。唾液中SIgAと血中IgMの反応性は疾患、起因ウイルスの種類、感染部位の相違によって異なると考えられた。さらに唾液中SIgAと血中IgMの反応性の関連を調べるため、急性乳児下痢症において、3ヵ月健診時に既に測定されていた3ヵ月時点におけるSIgA/SC比の分布を調べ、その中央値の4を基準として分け、4以上をhigh responder、4未満をlow responderと分類して検討した。2群の疾患発症時の血中IgMの反応の相違を比べたところ、high responder群のIgM上昇度が、low responder群に比し有意に低いとの結果を得た。

まとめ

 「唾液による免疫不全症のマススクリーニング」(第1章)では2方向ロケット法がIgA単独欠損症や無γグロブリン血症などの液性免疫不全症の検出に有効であることを示した。「栄養法による唾液および血中免疫グロブリンの相違の検討」(第2章)では、感染既往群に血中IgMの上昇が認められ、母乳栄養児ではIgM値自身が有意に低くかつその上昇率が他の栄養法に比し低いことを見いだした。「疾患による唾液中と血中の免疫グロブリンの変化」(第3章)では唾液中SIgAが疾患罹患によって反応し、疾患による差が認められた。とくに消化器疾患で病初期に上昇するが、3ヵ月健診時のSIgA/SCの値によりhigh responder、low responderと分類することにより、血中IgMの反応に相違を認めた。以上、栄養法とその後の疾患罹患に関する疫学的検討、唾液と血液中の液性免疫機序の相互関連からSIgAをはじめとする局所免疫の意義を明らかにし得たと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は乳児期の生体防御機序おいて重要な役割を演じていると考えられている、Secretory IgA(SIgA)の局所免疫における意義を明らかにするため、SIgA、SCの測定法の開発からはじまり、疫学的研究ならびに臨床的研究の結果までを示した総合的な研究成果である。

内容は、1. 唾液のSecretory component(SC)、SIgAの同時分離定量の方法論的な工夫点と、これを用いた体液性免疫不全症の早期発見のための唾液スクリーニングの成績、2. 乳児健康診断時にこの検査を応用し、栄養法と疾患罹患による唾液中、血中の免疫グロブリン値の相違を比較した検討結果、3. respiratory syncytial virus(RSV)による細気管支炎、rotavirusによる乳児下痢症時における唾液中SIgA/SCと血中IgMの液性免疫動態の相互関連、の3項目の分けて検討し、下記の結果を得ている。

1. 唾液中SC、SIgAの分離定量法として2方向ロケット法を開発し、実際に乳児健康診断時の検査として応用し、いくつかの成果をあげている。2方向ロケット法とは従来のロケット法の改良であり、特徴としては、抗体を含んだaga-agaroseの混合ゲルに、電気泳動を行い、陰極側と陽極側の2方向に異なる沈降線を形成させることにより、抗原性は共通であるが電気的移動度が異る物質を分離定量できる点にある。その原理は、SCとSIgAの測定の場合、電気泳動によりSCがゲル中へ添加されたヘパリンによって陽極側により移動する現象を利用し、SCとSIgAを陰極側と陽極側の2方向に解離させ、検体の濃度によって高さの異なる沈降線を形成することを利用したものである。この測定方法を応用しSC、SIgAの唾液中濃度の経年変化を生後からの成人まで間で検討し、年齢による著明な変化を見い出している。すなわちfree SCは出生直後より存在し牟齢と共に減少するが、SIgAは3カ月の時点で大人の2/3に達し以降漸増するとの結果を得ている。さらに12015人の乳幼児(3ヵ月健診乳児数;6592人)に関してマススクリーニングを行い、2例のIgA単独欠損者と2例の乳児一過性低γ-globulinemiaを見いだした。このIgA単独欠損者の発見の割合は白人における報告より少ないが、本邦における成人の血液による調査よりは多いという結果を示した。この方法論は、現時点では他の機器を用いた測定法と比較すると、手工業的という感は免れ得ないが、ヘパリンの蛋白に対する作用を利用し、抗原が共通で電気移動度が異なる物質を一度に分離定量出来るという点にまで応用した着眼点は高く評価しうる。

2. 乳児期の栄養法による唾液中および血中免疫グロブリンの発達に対する相違を明らかにするため、3ヵ月、1歳6ヵ月、3歳時における健康診断受診乳児について唾液中SC、SIgA、IgG、albumin、血中IgG,IgM,IgAの値を測定し、その発達、栄養法、疾患罹患歴によって類別し、詳細な検討を行っている。健康診断受診時点の栄養法によって人工、混合、母乳栄養に分け、さらに既往疾患別(湿疹、下痢、喘鳴、発熱、感冒)に分けて測定項目を比較した。疾患既往あり群では、疾患既往なし群に比し血中IgMは有意に高いという結果を得、また疾患別の検討では下痢と喘鳴既往群で、SIgAは低値であり、このことが喘鳴、下痢発症の要因とになっていると推論している。栄養法の検討では、母乳栄養児は他の栄養児に比し、唾液中SIgA、血中IgMともに低値傾向を認め、既往歴なし群のみの比較でも血中IgMの値が有意に低く、疾患羅患時のにおいても、母乳栄養児はIgMの上昇率が有意に低いという結果を得た。これらの成績は母乳中のSIgAの粘膜における防御効果を、全身性の液性免疫反応との関連から明らかにしたものと評価しうる。

3. 疾患罹患時における唾液中SIgAと血中IgMの相互関係をさらに直接的に調べる目的で、RSVによる細気管支炎、rotavirusによる乳児下痢症時における唾液中SIgAの変動と血中IgMとの関連を検討している。その結果、病初期に唾液中SIgAの濃度上昇が認められ、唾液中SIgAと血中IgMは感染に対し、相補的な関連を示すことを明らかにした。疾患別の比較ではRSVによる細気管支炎では、血中IgMの上昇値がrotavirus感染症の乳児下痢症よりも高く、乳児下痢症では、病初期の唾液中IgAの反応が細気管支炎よりも顕著で、両疾患の液性免疫反応に相違があるとの結果を示した。さらに急性乳児下痢症に罹患した児について、3ヵ月健康診断時に測定されていたSIgA/SC比の分布を調べ、high responderとlow responderとに分類し、2群の疾患発症時の血中IgMの反応の相違を比べ、high responder群のIgM上昇度が、low responder群に比し有意に低いとの興味ある結果を得ている。唾液中SIgAと血中IgMの反応の値は、起因ウイルスの種類、感染部位の相違、個体の反応性によって異なること示したものであり、個体における感染防御機序を局所と全身の反応を有機的に比較検討し、その相互関連を立証した点が評価に値する。

 以上、本論文は、液性免疫の測定に関して新たな方法を提起し、免疫不全のスクリーニング、母乳栄養の効果、局所免疫と全身液性免疫の関係について明らかにしたものであり、長年にわたる疫学調査を併せて考えると、労作といえる。乳児保健に直接役立つ結果も得られており、臨床的にも有意義と判断されることより、学位の授与に値するものと考えられる。

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