学位論文要旨



No 214747
著者(漢字) 池田,均
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ヒトシ
標題(和) 活性化星細胞におけるc-metの発現と肝細胞増殖因子によるTransforming Growth Factor β1発現とDNA合成促進作用。
標題(洋) Activated Rat Stellate Cells Express c-met and Respond to Hepatocyte Growth Factor to Enhance Transforming Growth Factor β1 Expression and DNA synthesis.
報告番号 214747
報告番号 乙14747
学位授与日 2000.06.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14747号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 講師 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 肝細胞増殖因子(Hepatocyte Growth Factor:HGF)は、肝細胞のみならず多くの細胞の増殖を促進する作用に加え、ある種の癌細胞に対しては増殖を抑制し、さらに器官形成・細胞運動にも関与することから、multipotential factorとして注目されている。HGFの受容体であるc-metは、従来、間葉系由来である非実質細胞には発現しないとされ、従ってHGFは実質細胞にのみ作用すると考えられてきた。肝臓においても、実質細胞である肝細胞以外の非実質細胞である星細胞・類洞内皮細胞・Kupffer細胞に対するHGFの作用の報告は無い。

 一方、ラットの肝臓におけるHGFの作用を検討する過程で、HGFが肝組織中のTGFβ(Transforming Growth Factorβ)の発現を低下させることが観察された。TGFβは、肝臓において、主に非実質細胞で産生されることが知られている。従って、この事実は、HGFが肝非実質細胞にも直接作用する可能性を示唆するものである。

 さらに、HGFを線維肝ラットに投与すると肝線維化が抑制されることが報告された。肝線維化の成立過程において、線維の産生細胞は、主に非実質細胞の星細胞であることが近年明らかとされている。従って、HGFによる肝線維化抑制効果は、これが星細胞に直接作用した結果であるとも推察される。

 本研究では、星細胞におけるc-met発現と、これに対するHGFの作用につき検討した。

 方法

 雄性SDラットの肝臓からプロナーゼ・コラゲナーゼ消化とメトリザミド密度勾配遠心法により星細胞を単離精製し、プラスティックディッシュ上で培養した。培養3日目・10日目の細胞を各々非活性化細胞・活性化細胞として実験に供した。肝細胞は同ラットの肝臓からコラゲナーゼ消化と低速遠心法により単離し、培養した3日目のものを使用した。c-met mRNA発現量はノーザンブロット法により、蛋白発現量はウエスタンブロット法により検討した。また、線維肝は、ラットに四塩化炭素0.5ml/kg体重を週2回、8週間腹腔内に投与することにより作成した。HGFの結合実験は125Iで標識したHGFを用いて行った。DNA合成量は3H-thymidineの取込みにより、コラーゲンとTGFβ1のmRNA発現量はノーザンブロットにより、平滑筋αアクチン蛋白発現量はウエスタンブロットにより、TGFβ1蛋白発現量はミンク肺上皮細胞(Mv1Lucell)を用いたbioassayにより、それぞれ検討した。

 結果

(1)星細胞におけるc-metの発現

 c-met mRNAの発現は、培養3日目の非活性化星細胞には見られなかったが、培養10日目の活性化星細胞においては認められた。活性化星細胞におけるc-met mRNA発現量は培養肝細胞の約10分の1であった。c-met蛋白発現も、同様に活性化星細胞においてのみ認められた。活性化星細胞に対してHGFは特異的に結合し、Scatchard解析によるKd値は1.5nMであった。

 単離直後の星細胞における、c-met mRNAの発現は、正常ラットからの星細胞では見られなかったが、線維肝ラットからの星細胞では認められた。

(2)星細胞に対するHGFの作用

(1)増殖に対する作用

 10ng/mlのHGFを培養10日目の培養液に添加すると,活性化星細胞のDNA合成は対照の約1.5倍となった。このDNA合成の上昇は100ng/mlの濃度でも同等であった。一方、培養3日目の非活性化星細胞ではHGFを添加してもDNA合成は変化しなかった。

(2)コラーゲン合成に対する作用

 100ng/mlまでのHGFは、培養10日目の活性化星細胞のタイプ1プロコラーゲンmRNA発現量に影響を及ぼさなかった。

(3)平滑筋αアクチン発現に対する作用

 100ng/mlまでのHGFは、培養10日目の活性化星細胞の平滑筋αアクチン蛋白発現量を変化させなかった。

(4)TGFβ1発現に対する作用

 10ng/mlのHGFは培養10日目の活性化星細胞のTGFβ1 mRNA発現量を対照の約2倍に増加させた。その増加量は100ng/mlの濃度でも同等であった。10ng/mlのHGF添加後のTGFβ1 mRNA発現量は12時間をピークとして次第に増加したが、72時間では対照量にまで低下した。

 TGFβ1蛋白量は10ng/mlのHGFにより対照の約1.5倍に増加した。

(5)c-met発現に対する作用

 10ng/mlのHGFは培養10日目の活性化星細胞のc-met mRNA発現量を対照の約2倍に増加させた。100ng/mlの濃度でも、その増加量は同等であった。10ng/mlのHGF添加後のc-met mRNA発現量は12時間をピークに次第に増加したが、72時間では対照量にまで低下した。

 考察

 星細胞は肝線維化過程において、活発に増殖し、コラーゲンなど線維成分を過剰に産生する。また,平滑筋αアクチンなど収縮蛋白の発現、収縮能亢進、PDGF(Platelet-Derived Growth Factor)の受容体発現も伴い,次第に筋線維芽細胞様に形質変換していく。この状態は活性化と呼ばれている。一方、星細胞をプラスティックディッシュ上で培養すると、肝線維化過程における活性化と同様の変化が起こることが知られている。本研究において、まず培養による星細胞の活性化に伴い、c-metが発現することがmRNA・蛋白レベルで確認され、同細胞におけるHGFの特異的結合が認められた。さらに、c-met mRNAは四塩化炭素投与により形成されたラット線維肝より単離した活性化星細胞においても発現していた。

 星細胞の活性化に伴う受容体発現の変化としては、PDGF受容体発現の亢進、TGFβ受容体発現の低下が知られている。前者については、PDGFが星細胞の増殖を促進することから、肝線維化過程における星細胞の増殖を合目的的に説明する現象として意義づけられているが、後者の意義については、線維化を促進するTGFβの受容体が発現低下するだけに不明である。今回明らかとなった星細胞活性化過程におけるc-met発現に関連して興味が持たれるのは、c-metが、myogenic precursor cellに発現し、細胞運動に関連するとの報告である。星細胞も、活性化により筋線維芽細胞様に形質変換し、細胞運動を活発に行う。従って、ある細胞が筋細胞の形質を獲得することや細胞運動が、c-metの発現と関連する可能性が推察され、HGFと肝線維化との関連は、これらの点が検討された上で明らかとなろう。

 我々はHGFによる肝線維化抑制に着目し、肝線維化に主要な役割を果たす星細胞に対するHGFの直接作用について明らかにする目的で本研究を行った。その結果、培養活性化星細胞においてHGFがDNA合成を促進し、TGFβ1産生を元進させることが明らかとなった。従来、HGFは培養星細胞のDNA合成には影響しないとされてきたが、これらの結果は培養3日目の非活性化細胞で得られたものである。受容体が発現していない細胞でHGFの作用が認められなかったことは、当然の結果と考えられる。星細胞の増殖が肝線維化の主徴であり、TGFβ1が線維化を促進するサイトカインであることを考慮すると、活性化星細胞におけるHGFのDNA合成促進とTGFβ1産生亢進作用は、HGFが肝線維化を促進することを示唆する。一方、ラット線維肝モデルや肝線維化を来すヒト慢性肝疾患において肝組織中のHGF発現量や血中HGF量が増加していることが報告されている。このラット線維肝モデルにおいて、HGFを投与することにより肝線維化が抑制される事実は奇妙である。HGFが高濃度となると線維化を抑制する可能性が想定される。しかし、in vitroでHGFを100ng/mlの高濃度としても、活性化星細胞に対する作用は10ng/mlの濃度で得られた作用と同様であったことから、HGFによる肝線維化抑制作用が星細胞に対する直接作用によるとは考えにくい。他方、HGFの肝線維化抑制は血中GOT・GPT値の低下を伴うことが示されており、肝細胞障害が軽減された結果、二次的に肝線維化が抑制されたとも考えられる。最近、HGFが脂肪肝、急性肝不全に対しても治療効果を有するとの報告が相次いだ。これらの事実を考え合わせると、肝細胞壊死や炎症をHGFが抑制することによる肝線維化抑制と考えると説明し易い。いずれにしてもHGFの肝線維化抑制作用の機序は不明であり、今後の検討が必要である。

 我々は、星細胞の活性化過程でc-met,が発現することを初めて見出し、従来、HGFが作用しないとされてきた同細胞におけるHGFの増殖促進とTGFβ1産生亢進作用を明らかとした。この現象が肝線維化に如何に関連するかについて、さらに検討する価値があると考えられよう。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は肝細胞増殖因子(Hepatocyte Growth Factor:HGF)の肝線維化抑制作用に注目し、肝線維化において重要な役割を果たす肝星細胞におけるHGF受容体c-met発現と、これに対するHGFの作用を検討したものであり、以下の結果を得ている。

1. ラット肝星細胞のin vitroにおける活性化に伴い、c-met発現がmRNA・蛋白レベルで確認された。この活性化星細胞におけるHGFの特異的結合が認められた。さらに四塩化炭素投与により作成したラット線維肝から単離した活性化星細胞においてもc-met mRNA発現が確認された。

2. 活性化星細胞に対し、HGFはDNA合成を促進し、TGFβ発現を亢進させた。

3. 一方、HGFは活性化星細胞のコラーゲン合成、収縮蛋白である平滑筋αアクチン発現には影響しなかった。

 以上、本論文は星細胞におけるc-met発現を初めて明らかにした。また、本研究結果より、HGFの肝線維化抑制作用は、活性化星細胞に対する直接作用とは考えにくく、肝細胞障害抑制による二次的なものと推定される。本研究はc-met発現を通して星細胞の活性化を解明し、肝線維化抑制法の確立に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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