学位論文要旨



No 214750
著者(漢字) 片瀬,雅彦
著者(英字)
著者(カナ) カタセ,マサヒコ
標題(和) クワにおける腋芽増殖系を利用した種苗大量生産技術の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 214750
報告番号 乙14750
学位授与日 2000.06.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14750号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,正彦
 東京大学 教授 崎山,亮三
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 助教授 嶋田,透
内容要旨 要旨を表示する

 クワはカイコの飼料となる木本作物であるが,草本のように栽培して生産性を向上させるという考え方に基づき,密植促成機械化桑園(密植桑園)が開発され,太陽エネルギー利用効率の向上および収穫作業の省力化が図られた.しかし,桑園造成費や収穫量の安定性などに課題があり,密植桑園に適した簡易造成法の開発および密植栽培適応品種の早期育成が求められている.一方,桑苗生産および桑育種の基本技術となる繁殖法には接木法が主に用いられているが,2年の育苗期間,低い増殖効率,連作障害,技術者の確保など課題が多い.

 そこで,クワの繁殖法を改善するために,組織培養を利用した大量増殖技術の実用化を図った.一般的に,組織培養を利用することにより小型の培養苗を施設内で短期間に大量生産できるが,生産費が高くなる傾向があるため実用化された作物は限られている.本研究では,1)初代培養と継代培養,2)発根と順化,3)育苗と圃場植付の各段階において,省力化・低コスト化を進めながら,最適な培養条件および育成条件を明らかにして大量増殖技術を開発した.この結果に基づいて,機械植付に対応した小型桑苗の大量生産および機械植付による桑園造成をシステム化し,繁殖法としての技術的および経営的評価を行った.

1. 腋芽増殖系を用いた継代培養による大量増殖の技術開発

 桑品種「みつしげり」の桑樹から頂芽を採取し、初代培養してシュートを得た.この培養シュートをホルモンフリーのMS培地に継代して幼植物体を誘導し,本研究の実施期間中(6年間),連続的な継代培養によって幼植物体を培養容器内で維持した.この幼植物体を材料として用いることにより,初代培養をせずに,年間を通して大量増殖を容易に開始できる方法が確立された.

 材料の幼植物体から腋芽を含むシュート断片を切り取り,連続的な継代培養によって多芽体を形成させ,シュートを効率的に大量増殖した.この培養条件として,継代培地に1.0mg/lBA,2.0%果糖,標準量の無機塩濃度,0.8%寒天(pH5.8)のMS培地,30日の培養期間,照度3-6klx,照度6klxの下では温度22-28℃が適していると考えられた.

 植え継ぎする際,腋芽を1個含むシュート断片を培地に対して横に置床する方法によって多芽体の生長量が促進されることを明らかにし,従来のメスで切断する方法(SH法)の代わりに,ハサミで機械的に切断する方法(簡易SH法)を用いて作業を簡易化した.培地作製の作業時間は培養容器当たり0.033時間,植え継ぎの作業時間はSH法で0.113時間,簡易SH法で0.022時間と計算された.簡易SH法で多芽体を連続的に継代培養したところ,増殖率は約6倍であり,省力的,効率的かつ安定的なシュートの増殖技術が開発された.

 また,食品用の糖,水道水,カラギーナンを材料とするMS培地の価格は従来の17%であり,培地を低コスト化することができた.

2. 培養シュートの発根と順化に関する技術開発

 材料の幼植物体から腋芽を1個含むシュート断片を切り取り,発根培養して幼植物体を得た.発根培地には3-4%ショ糖,標準量の1/2の無機塩濃度,ホルモンフリーのMS培地が適していると考えられた.しかし,1.0mg/lBAのMS培地で増殖した多芽体からシュートを切り取り,これを発根培養すると20-30%の個体が倭化した.発根培養後,幼植物体をセルトレイに詰めたバーミキュライトに移植し,3日間実験室内に置いてから温室に出す操作によって,安定した順化を行うことができた.この発根培養と順化に要する期間は33日,作業時間はセルトレイ(シュート25個体)当たり2.33時間と計算された.

 なお,発根培養で生長した根は十分な機能を有しており,幼植物体は順化開始から速やかに光独立栄養で生長することが示唆された.一方,生長は遅れるものの,根が無い培養シュートも順化できることが明らかになった.

 そこで,培養容器内で光独立栄養を促すことにより,発根培養と順化の効率化を図った.培養容器に通気性のあるメンブランフィルタ(ミリシール)を1-4枚付けて,ショ糖無添加(無糖培地)または3.0%ショ糖(有糖培地)の1/2MS培地で,頂芽と2枚の葉を含むシュート先端部を発根培養した.無糖培地において培養シュートは光独立栄養で生長し,ミリシール枚数が多いほどシュートと根の生長量は多かった.発根培養後,移植して直ちに温室で育苗することができたが,これはミリシールによる光独立栄養の促進,培養容器内の相対湿度の低下および水分減少による培地の水ポテンシャルの低下が影響していると考えられた.この発根・順化に要する期間は20日,作業時間はセルトレイ当たり2.33時間と計算され,省力化の度合いは小さかった.

 さらに,培養シュートを培養容器外で発根・順化する方法(直接発根法)を用いて,効率化および安定化を図った.多芽体から葉の付いたシュートを切り取り,バーミキュライトに直接挿して,実験室での保湿処理または温室でのミスト処理を15日問行うことにより安定的に発根・順化し,移植することなく,温室で育苗することができた.施用する液肥濃度は0.5ml/lが適していると考えられた.発根・順化の期間は15日,作業時間はセルトレイ当たり0.40時間と計算され,従来の発根培養と順化よりも45%および17%にそれぞれ短縮された.これにより,安定的かつ効率的な発根・順化技術が開発された.

 3. 育苗および圃場植付に関する技術開発

 直接発根法で発根・順化した幼植物体を,機械植付に適した大きさのセル成形苗として育苗するためには,セルトレイ(5×5×5cm,25連)において1.0ml/lの液肥を週1回施用し,45日以上育苗する方法が適していると考えられた.

 育苗と圃場植付の時期を組み合わせて,前年9月に発根・順化して越冬させた前年培養苗を4月に,3月に発根・順化した当年培養苗1を5月に,4月に発根・順化した当年培養苗2を6月に,それぞれ圃場に植え付けた.いずれの培養苗も野菜移植機で植え付けることができ,発根・順化,育苗および圃場植付における生存率はほぼ100%であった.晩秋蚕期までの生長量は前年培養苗,当年培養苗1,当年培養苗2の順で多く,前年培養苗は接木苗と同等の生長量を示した.前年培養苗は越冬により木化しており,維持管理および圃場植付における安定性が最も高いと考えられた.変異の発生は外見的に認められなかった.育苗に要する作業時間は,前年培養苗でセルトレイ当たり0.050時間,当年培養苗で0.025時間と計算された.これにより,機械植付に適した小型の培養苗を,発根・順化から育苗まで移植せずに生産する育苗技術が開発された.

 培養苗と野菜移植機を用いた密植桑園の造成方法をシステム化し,従来の接木苗の手作業植付と比較したところ,前者の作業時間は10a当たり15.7時間,後者は39.6時間と計算され,機械化によって作業時間は40%に短縮された.

4. 腋芽増殖系を利用した桑苗生産技術の確立

 これまでに開発した大量増殖技術を30品種のクワに適用したところ,初代培養・継代培養を経て21品種の培養シュートが得られた.さらに,発根・順化したところ,カラヤマグワ系では生存率が90%以下の品種もあり,ログワ系品種はいずれも90%以下であったが,ヤマグワ系品種はほぼ90%以上であった.

 40m2の培養室による「みつしげり」の桑苗生産を想定し,年間を通して連続生産する方式と,秋期に発根・順化して翌年の春まで育苗する方式をシステム化した.前者の生産本数は年間111万本,後者は11万本と計算されたが,商業的桑苗生産には後者が適していると考えられた.後者の生産費は4,012千円,1本当たり36.2円と計算され,接木苗の産地渡し価格とほぼ同じレベルになった.この内,労働費の割合は63.8%,変動的消耗品費は17.0%,減価償却費は7.6%,光熱費は7.3%であった.低コスト化された要因は,簡易SH法と直接発根法による労働費の低減であった.また,施設を他作物の種苗生産と共同利用することを前提に,減価償却費などを分割して計上したが,これには年間の施設利用率を100%にする運営体制の確立が課題となる.培養苗の機械植付と接木苗(小苗)の手作業植付による密植桑園の10a当たり造成費は,前者が204千円,後者が193千円と計算され,機械化によって前者の労働費は後者よりも23千円安くなったが,反対に桑苗代は34千円高くなった.しかし,近年の桑苗価格の変動幅を考慮すると,前者の造成費が低くなる場合も考えられる.

 ここで開発した桑苗生産技術により,機械移植に対応した小型の桑苗を,施設内で短期間に低コストで大量生産することが可能になった.また,遺伝資源の凍結保存,細胞操作,遺伝子操作など新たな育種技術に直接対応した増殖技術であることから,他の桑繁殖法と比較して,技術的かつ経営的に価値があると評価される.さらに,他の植物,特に木本植物に応用できると考えられることから,種苗大量生産技術としての利用が期待される.

審査要旨 要旨を表示する

 木本作物であるクワを草本のように栽培して、太陽エネルギー利用効率の向上と収穫作業の省力化を図る意図で、密植促成機械化桑園(密植桑園)が開発された。これに伴い、密植栽培適応品種の早期育成が必要となったが、桑苗生産および桑育種の基本技術となる繁殖法は接木法が主であるため、2年の育苗期間,低い増殖効率、連作障害、技術者の確保など多くの課題の解決が求められていた。そこで申請者は、組織培養を利用した桑苗の大量増殖技術の開発を試みた。組織培養は生産費が高くなるため、利用が限定されていたが、申請者は、1)初代培養と継代培養、2)発根と順化、3)育苗と圃場植付の各段階において、省力化・低コスト化を進めながら、最適な培養・育成条件を探究して大量増殖技術を確立し、その結果に基づいて、機械植付に対応した小型桑苗の大量生産による桑園造成をシステム化し、繁殖法としての技術的および経営的評価を行った。

1.腋芽増殖系を用いた継代培養による大量増殖の技術開発

 桑品種「みつしげり」の桑樹から頂芽を採取し、初代培養して得た培養シュートをホルモンフリーMS培地に継代して幼植物体を誘導し、6年間連続的な継代培養によって培養容器内で維持した幼植物体を材料として用いることにより、初代培養をせずに年間を通して大量増殖を容易に開始できる方法を確立した。植え継ぎの際に、腋芽を1個含むシュート断片を培地に横に置床することにより多芽体の生長が促進されることを明らかにし、従来のメスの代わりにハサミを用いて機械的に切断することにより作業を簡易化し、食品用の糖やカラギーナンと水道水を材料に用いてMS培地の低廉化を図った。これにより、従来の方法に比べ増殖率は約6倍、植え継ぎの作業時間は1/5、培地の価格は従来の17%となり、低コストで省力的、効率的かつ安定的なシュートの増殖技術が開発できた。

2.培養シュートの発根と順化に関する技術開発

 腋芽を1個含むシュート断片を発根培養して幼植物体をえ、それをセルトレイに詰めたバーミキュライトに移植し、3日間実験室内に置いてから温室に出す操作によって、安定した順化を行うことができた。発根培養で生長した根は十分な機能を有しており、幼植物体は順化開始から速やかに光独立栄養で生長すること、および、根が無い培養シュートも順化できることが明らかになった。そこで、培養容器に通気性のあるメンブランフィルタをつけて容器内で光独立栄養を促すことにより、発根培養と順化の効率化を図った。さらに、培養シュートを培養容器外で発根・順化する方法(直接発根法)により、効率化および安定化を試みた。すなわち、多芽体から葉の付いたシュートを切り取り、バーミキュライトに直接挿して、実験室での保湿処理または温室でのミスト処理を15日間行うことにより安定的に発根・順化し、移植することなく温室で育苗することができた。これにより、発根・順化の期間が短縮され効率的な発根・順化技術が開発された。

3.育苗および圃場植付に関する技術開発

 直接発根法で発根・順化した幼植物体を、セル成形苗として45日以上育苗した結果、野菜移植機で植え付けることができ、発根・順化、育苗および圃場植付における生存率はほぼ100%であった。前年9月に発根・順化して越冬させた前年培養苗は越冬により木化が進み、維持管理および圃場植付における安定性が最も高く、接木苗と同等の生長量を示した。機械植付に適した小型の培養苗を、発根・順化から育苗まで移植せずに生産する育苗技術の開発により、密植桑園の造成方法をシステム化した。これを、従来の接木苗の手作業植付と比較したところ、機械化によって作業時間は40%に短縮された。

4.腋芽増殖系を利用した桑苗生産技術の確立

 これまでに開発した大量増殖技術を30品種のクワに適用したところ、初代培養・継代培養を経て21品種の培養シュートが得られた。これらを発根・順化したところ、いずれも、90%前後の生存率を示した。40の培養室による「みつしげり」の桑苗生産を設計し、年間を通して連続生産する方式と、秋期に発根・順化して翌年の春まで育苗する方式をシステム化した。前者の生産本数は年間に111万本、後者は11万本と計算されたが、商業的桑苗生産には後者が適していると考えられた。後者の生産費は4,012千円、苗1本当たり36.2円と計算され、接木苗の産地渡し価格とほぼ同じレベルになった。

 以上要するに、本研究は、密植促成機械化桑園の造成に対応した小型の桑苗を、組織培養を用いて短期間に低コストで大量生産する技術を開発したものであり、新たな育種技術にも直接でき、他の木本植物にも応用しうる増殖技術であることから、学術上、応用上の価値は極めて大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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