学位論文要旨



No 214751
著者(漢字) 佐藤,淳
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,アツシ
標題(和) 可溶性レセプターの発現とレセプター、リガンド分子の相互作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214751
報告番号 乙14751
学位授与日 2000.06.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14751号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、可溶性レセプター分子の発現、ランダムペプチドライブラリー法を用いたレセプター、リガンド分子の相互作用に関するものであり、6章より構成されている。

 生体内でのシグナル伝達は、リガンド分子とそのリガンド分子が認識するレセプター分子が結合することにより開始される。従って、リガンド分子がどのようにしてレセプター分子を認識するかという問題は非常に重要であり、特に、疾患と関係のあるレセプター、リガンド分子の相互作用については、医薬品の創製につながる情報となり得るものである。レセプターとリガンド分子の相互作用を解析するためには、レセプター分子の大量調製が不可欠である。しかしながら、レセプター分子は膜蛋白であり、遺伝子組換え法を用いても得られる量が限られること、さらに得られた膜蛋白を精製するためには界面活性剤で可溶化しなくてはならず、この操作によりレセプター分子が失活する場合が多いことなどの問題点がある。

 そこで本研究では、この間題を克服するために、レセプター分子全長を膜蛋白として発現する代わりに、細胞外領域を可溶性レセプターとして発現する試みを行った。次に得られた可溶性レセプターをターゲットとしてランダムファージライブラリーをスクリーニングすることで、ターゲットレセプターに結合するペプチドリガンドを同定した。さらに、この方法で得られたペプチドリガンドの情報を基にして、レセプタ、リガンド分子の相互作用を解析した。また、この方法をリガンド分子にも適用し、レセプター分子をミミックするペプチドリガンドを同定した。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章では、脂質の取り込みに関わるヒトLow density lipoprotein(LDL)、Very low density lipoprotein(VLDL)レセプターに着目し、昆虫細胞を用いて活性型可溶性レセプターの発現を試みた。LDLレセプターの場合には、可溶性レセプターは昆虫細胞で分泌しリガンドである125I-LDL,125I-β-VLDLに結合した。一方、VLDLレセプターの場合には可溶性レセプターは昆虫細胞内に発現は認められたものの、培養上清中には分泌せず、かつリガンドである125I-β-VLDLとも結合しなかった。従って、VLDLレセプターの細胞外領域は、昆虫細胞において不活性型として発現した可能性が考えられた。次に、LDLレセプタースーパーファミリーの細胞内リガンドであるReceptor-associated protein(RAP)に注目し、VLDLレセプターの細胞外領域との共発現系を試みた。この共発現系において、可溶性VLDLレセプターは培養上清中に分泌し、かつリガンドである125I-β-VLDLと結合した。さらにRAPとの共発現によって、分泌せず細胞内に留まる形で発現したレセプター分子もリガンドである125I-β-VLDLと結合したことから、RAPとの共発現によってレセプター分子が活性型になったと考えた。以上より、VLDLレセプターの細胞外ドメインの活性化及び分泌には、細胞内リガンドであるRAPが関与していることを明らかにすると同時に、活性型可溶性VLDLレセプターの発現系を構築することができた。

 第3章では、レセプターとして機能していることが示唆され、さらにectoenzyme活性を有するユニークな分子であるヒトBone marrow stromal cell antigen-1(BST-1/CD157,以下BST-1)に着目した。この分子は、NAD+からcADPリボース(cADPR)を合成するADP-ribosyl cyclaseと、cADPRを加水分解してADPリボースに変換するcADPR hydrolase活性を有する。特にADP-ribosyl cyclase活性によって合成されるcADPRは、細胞内のCa2+ストアーからCa2+をリリースさせるセカンドメッセンジャーとして機能する重要な分子である。このユニークな分子の機能解析を行うために、まず、可溶性型BST-1の大量発現系を昆虫細胞で構築した。可溶性BST-1は培地中に分泌し、この分泌した可溶性BST-1を、陽イオン交換クロマトグラフィー、ブルーアフィニテイークロマトグラフィーで95%以上の純度に精製した。精製された可溶性BST-1は、NAD+のアナログであるNGD+を基質とした蛍光法によりADP-ribosyl cyclase活性が確認され、NGD+に対するKm値は610±10.2μMであった。次に、精製した活性型可溶性BST-1をターゲットとして、15アミノ酸残基からなるファージデイスプレイランダムペプチドライブラリーをスクリーニングした。その結果、BST-1に結合するペプチド(SNP-1と命名)が、BST-1のADP-ribosyl cyclase活性を不拮抗型で阻害することが示され、阻害物質定数Ki=180±40nMであった。得られたSNP-1は、BST-1と同じ酵素活性を有するヒトCD38のADP-ribosyl cyclase活性は阻害しなかった。以上より、得られた阻害ペプチドSNP-1は、BST-1のADP-ribosyl cyclase活性に特異的であり、BST-1の産生するセカンドメッセンジャーcADPRの機能解析を行うための有力なツールになると考えられる。

 第4章では、新規ADP-ribosyl cyclaseインヒビターSNP-1と可溶性BST-1との結合を、バイオセンサーBIAcore、Isothermal titration calorymetry(ITC)、分析用超遠心器を用いて物理化学的に解析した。さらに、結合に重要なアミノ酸残基を決定するために、アラニンスキャン解析を行った。

 まず、可溶性BST-1とSNP-1の結合をBIAcoreを用いて解析した。結合速度定数(kon)、乖離速度定数(koff)から算出される乖離定数kdoff/on=520±20nMで、この値はScatchard plotから求めた乖離定数(kdeq=500±35nM)とよく一致した。分析用超遠心器を用いた解析では、溶液中ではSNP-1はmonomer、可溶性BST-1はdimerで存在することが示された。ITCを用いたSNP-1とBST-1との結合stoichiometoryは、モル比で0.8:1であり、算出された分子量から2:2で結合すると推定された。SNP-1の全てのアミノ酸残基をアラニンに変えたアラニンスキャン解析の結果、N末端からのアミノ酸2、4、5、7から12番目の部位が結合に重要な残基と同定された。これらの情報は、インヒビターを改変していく際の重要な知見になると同時に、BST-1のADP-ribosyl cyclase活性を理解する上でも重要であると考えられる。

 第5章では、ランダムペプチドライブラリー法をレセプター分子ではなくリガンド分子に適用し、レセプター分子をミミックしたペプチドリガンドがこの方法で得られるかを検証した。ターゲット分子としては、スーパー抗原であるToxic shock syndrome toxin-1(TSST-1)を選択した。スーパー抗原は、従来の抗原とは異なり抗原提示細胞内におけるプロセッシングを経ることなく、抗原提示細胞上のレセプターである主要組織適合性抗原クラスII(MHC class II)に結合し、T細胞を異常に活性化させる分子の総称である。スクリーニングの結果、TSST-1に結合する配列が4種類得られた。得られた配列を基にして化学合成したペプチド(Pep-3と命名)は、リガンドTSST-1とそのレセプターであるMHC classIIとの結合を濃度依存的に阻害した。さらに得られた配列のなかに、MHC classIIのβ鎖との相同部位が2カ所認められた。以上より得られた配列は、TSST-1のレセプターであるMHC class llをミミックしたものであると結論した。レセプター分子をターゲットとせず、リガンド分子をターゲットとするランダムペプチドライブラリースクリーニング法は、レセプターとリガンド分子の相互作用を解析するための有用な方法であると同時に、レセプター分子の低分子化法としても有用であると考えられる。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られる研究成果をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 生体においては、レセプターとリガンド分子とが相互作用することによりシグナルが細胞内に伝達され、様々な生物学的機能が発現される。従って、リガンド分子がレセプター分子を認識するメカニズムの解明は非常に重要であり、特に疾患との関係が示唆されるレセプターとリガンド分子の相互作用については、医薬品の創製につながる情報となり得るものである。本論文は、可溶性レセプター分子の発現、ランダムペプチドライブラリー法を用いたレセプター、リガンド分子の相互作用に関する研究を述べたものであり、6章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、脂質の取り込みに関わるヒトLow density lipoprotein(LDL)、Very low density lipoprotein(VLDL)レセプターに着目し、昆虫細胞を用いて活性型可溶性レセプターの発現を述べている。LDLレセプターの場合には、可溶性レセプターは昆虫細胞で分泌しリガンドである125I-LDL,125I-β-VLDLに結合した。一方、VLDLレセプターの細胞外領域は単独発現では培養上清中に分泌せず、細胞内リガンドであるReceptor-associated protein(RAP)と共発現することにより、培養上清中に分泌した。分泌した可溶性レセプターは、リガンドである125I-β-VLDLと結合した。以上より、VLDLレセプターの細胞外ドメインの分泌、及び活性化には、細胞内リガンドであるRAPが関与していることが明らかになった。

 第3章では、ectoenzyme活性を有するレセプター分子であるヒトBone marrow stromal cell antigen-1(BST-1/CD157,以下BST-1)に着目している。この分子の機能解析を行うために、可溶性BST-1の大量発現系を昆虫細胞で構築した。可溶性BST-1は培地中に分泌し、この分泌した可溶性BST-1を、陽イオン交換クロマトグラフィー、ブルーアフィニティークロマトグラフィーで精製した。次に、精製した可溶性BST-1をターゲットとして、ファージディスプレイランダムペプチドライブラリーをスクリーニングした。その結果、BST-1に結合するペプチド(SNP-1と命名)は、BST-1のADP-ribosyl cyclase活性を不拮抗型で阻害することが示された。得られたSNP-1は、ヒトCD38のADP-ribosyl cyclase活性は阻害しないことが確認され、BST-1に特異的なインヒビターであった。

 第4章では、新規ADP-ribosyl cyclaseインヒビターSNP-1と可溶性BST-1との結合を、バイオセンサーBIAcore Isothermal titration calorymetry(ITC)、分析用超遠心器を用いて物理化学的に解析した結果を述べている。SNP-1と可溶性BST-1との結合解離定数は、BIAcoreで500±35nM、ITCで210nMと算出された。分析用超遠心器を用いた解析では、可溶性BST-1はdimerで存在することが示された。ITCを用いてSNP4とBST-1との結合stoichiometryを解析し、算出した分子量から2:2で結合すると推定された。

 第5章では、ランダムペプチドライブラリー法をレセプター分子ではなくリガンド分子に適用し、レセプター分子をミミックしたペプチドリガンドがこの方法で得られるかを検証している。ターゲット分子としては、スーパー抗原であるToxic shock syndrome toxin-1(TSST-1)を選択した。スクリーニングの結果、TSST-1に結合する配列が4種類得られた。得られた配列を基にして化学合成したペプチド(Pep-3と命名)は、リガンドTSST-1とそのレセプターであるMHC class IIとの結合を濃度依存的に阻害した。さらに得られた配列のなかに、MHC class IIのβ鎖との相同部位が2ヵ所認められた。以上より得られた配列は、TSST-1のレセプターであるMHC class IIをミミックしたものであると結論された。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめてある。

 以上、本研究は細胞のレセプターに関連した医薬品開発をめざし、活性型可溶性レセプターの発現、ペプチドライブラリーを用いたレセプター/リガンド分子の相互作用を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42812