学位論文要旨



No 214754
著者(漢字) 塩津,行正
著者(英字)
著者(カナ) シオツ,ユキマサ
標題(和) 微生物代謝産物およびその誘導体の血球細胞に対する作用
標題(洋)
報告番号 214754
報告番号 乙14754
学位授与日 2000.06.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14754号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

 血球細胞は全ての脊椎動物において必須の組織であり、酸素運搬、生体防御、血液凝固といった生命維持に欠かせない機能を担っている。全ての血球細胞は造血幹細胞と呼ばれる自己複製能と増殖能、を合わせ持つ細胞に由来しており、一部の白血病はこの造血幹細胞が癌化することに起因していると考えられている。本研究では微生物代謝産物およびその誘導体の血球細胞および白血病細胞に対する作用を検討した。

 始めに癌治療で用いられる化学療法や放射線療法により引き起こされる血小板減少症の治療薬を目指して、血小板増多活性を有する低分子化合物のスクリーニングを開始した。骨髄中にほんの少量しか存在しない巨核球細胞から血小板は放出されるため、巨核球細胞の増加を指標とする系(無血清巨核球コロニー形成系)を構築し、インターロイキン3存在下で造血前駆細胞に直接作用して巨核球コロニー数を増加させる活性を指標に低分子化合物のスクリーニングを開始した。その過程でインドロカルバゾール骨格を有するKT6352:6-Methylstaurosporineがマウス巨核球コロニー数を増加させることを見出した。さらにKT6352をマウスに腹腔内投与したところ末梢血小板数の増加、巨核球前駆細胞の増加、巨核球細胞の成熟が認められた。しかしながらKT6352は経口投与での血小板増加作用は示さなかった。

 その後、アルキル化剤である塩酸ニムスチン(ACNU)で誘導されるマウス血小板減少モデルにおいて、KT6352を母骨格とする誘導体をスクリーニングを開始した。その過程でACNUやマイトマイシンC、X線照射で誘導される血小板減少に対してKF41399を含むカルバゾール系化合物が経口投与により血小板減少を軽減する作用を示すことを見出した。

 KF41399の血小板減少効果は投与スケジュール依存性であり、ACNU処理前にKF41399投与することが必須で、ACNU処理後にKF41399を投与しても血小板減少の抑制効果は見られなかった。その作用機序をKF41399投与マウス由来の造血前駆細胞を用いて解析した結果、KF41399投与マウスの造血前駆細胞は細胞周期の静止期に留まっており、さらに細胞の自殺:アポトーシス(apoptosis)を抑制する蛋白Bcl-2の発現増加およびBcl-2のリン酸化が見られた。以上のことより、KF41399は造血前駆細胞を静止期に留め、apoptosis抑制蛋白の発現増加によりACNUの誘発する細胞死を回避している可能性が示された。

 次に、radicicol骨格を有するオキシム誘導体の慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia:CML)治療薬の可能性を検討した。ヒトCM:Lは第9番目の染色体にある癌遺伝子ab1が第22番目の染色体bcrの下流部に転座することにより生じるbcr-ab1融合遺伝子が強いチロシンキナーゼ活性を示すことにより生じる白血病である。この転座t(9;22)により分子量210KDのP210Bcr-Ab1と185KDのP185Bcr-Ablの2種類の遺伝子産物が生じる。P210Bcr-Ab1は95%以上のCM五で検出されCMLの原因遺伝子と言える。

 CMLに対しては代謝拮抗剤やアルキル化剤が治療薬として施されてきたが、近年ではインターフェロンにより生存率の増加も報告されている。またbcr-abl融合遺伝子であるp210Bcr-Ab1が強いチロシンキナーゼ活性を示すことより、チロシンキナーゼ阻害を指標にした薬剤の研究・開発も進められている。

 一方、ansamycin系薬剤Herbimycin AはヒトCML、K562細胞株に対して赤芽球系への分化誘導作用を示し、そのメカニズムがCMLの原因遺伝子の産物であるp210Bcr-Ab1の阻害であることが示されてきた。また同じAnsamycin系であるGAがHsp90蛋白に結合して、そのシャペロンしている蛋白を不安定化することも既に報告されている。

 シャペロンは様々な蛋白のフォールディングに重要な働きをしており、mRNAから翻訳された蛋白は種々のシャペロンの作用により、正確に折りたたまれることにより、本来の機能を保持できる。その過程で正確に折りたたまれた蛋白は少なくとも3つのシャペロンから構成されるHsp90/Hsp70/p23複合体により安定化されており、細胞内の各器官に輸送されてその蛋白の機能を発揮する。また正確にフォールディングできなかった蛋白もシャペロンにより、ユビキチン・プロテアソーム系に輸送されて分解を受ける。近年、シャペロンは蛋白の折りたたみ、輸送、分解に関わるだけでなく、腫瘍との関係も指摘されてきた。正常細胞に比べて癌細胞ではHsp90の発現量が高いことは多くの研究者により明らかにされてきたが、Hsp90自身のシャペロン機能により安定化されている蛋白の多くは癌化と密接な関わりを持つことが、最近になって明らかにされてきた。

 その過程で大きな役割を果たしてきたのが微生物代謝産物であるansamycin系化合物のGeldanamycin(GA)である。GAおよびその類縁体であるHerbimycin A(HA)はもともとチロシンキナーゼとして広く用いられていたが、不純物を含むv-Srcキナーゼに比べて精製したv-Srcキナーゼに対する阻害活性が弱いことから、単純にキナーゼ酵素を阻害する薬剤でないことが予想された。その後、NCIのNeckers等はGAがHsp90のN末のATP binding siteに結合してそのATPase活性を阻害し、その結合蛋白であるRaf-1を消失させることを報告した。また、我々はradiciolがRaf-1の消失活性を有することを見出し、radicico1もGAと同様のHsp90結合薬であることを見出した。このGAとradicicolといったHsp90結合薬(一種のバイオプローブ)によりHsp90にシャペロンされて安定化される蛋白が徐々に明らかになりつつある。

 本研究はradicico1と同様にHsp90結合作用を有すGAの類縁体であるHAがいわゆるチロシンキナーゼ阻害剤として広く用いられている一方で、CML細胞株K562に対して赤芽球系へ分化誘導作用を示し、CMLの原因遺伝子であるp210Bcr-Ablのキナーゼ活性を阻害することに注目して開始した。

 Radicicolは様々な生理活性を示す新規抗がん剤としての可能性を秘めているが、生体内(血清中)で不安定性なため十分な延命効果、抗腫瘍効果が認められなかった。そこで活性の増強および安定性の向上を目指したradicicol誘導体合成を展開した結果、オキシム側鎖の誘導体が強い抗腫瘍効果を示すことを見出した。

 本研究では最初に、CML細胞K562株に対してradicicolおよびオキシム誘導体(KF25706、KF58333)が赤芽球系へ分化誘導し、増殖と分化が逆相関を示す点を明らかにした。その分化と増殖阻害のメカニズムを解明する目的で、KF58333処理したK562細胞のシグナル伝達に関与する因子に対する作用を検討した結果、分化誘導作用に先駆けて、p210Bcr-Abl蛋白の消失、チロシンリン酸化蛋白の消失が認められ、引き続きRaf-1蛋白の消失が見られた。KF58333ではシグナル伝達蛋白の消失に引き続いて起きる、分化誘導と細胞周期のGl期集積作用がほぼ一致しており、CMLの原因遺伝子産物であるp210Bcr-Abl蛋白の消失が細胞増殖を停止させ、分化を誘導するものと推定された。また細胞周期制御蛋白の発現に対する影響を検討した結果、G1期に機能するCdk4とCdk6の減少が認められ、Cyclin/Cdk複合体を形成できずにG1期からS期への移行に必須の基質のりん酸化が妨げられてG1期集積作用を示すものと推定される。G1期集積された細胞は最終的にはapoptosisに至ることも確認された。

 以上の結果より、CMLの原因遺伝子であるp210Bcr-Ab1蛋白もHsp9Oにより安定化されていることが推測されたため、免疫沈降法でp210Bcr-Abl蛋白と複合体を形成している蛋白の同定をしたところ、予想通り薬剤未処理のK562細胞ではp210Bcr-Abl/Hsp90/hsp70/p23複合体を形成していることが明らかになった。一方、KF58333処理によりP210Bcr-AblはHsp90/p23複合体から離脱して、Hsp70の発現誘導に伴うP210Bcr-Abl/Hsp70/p60Hopという新しい複合体を形成する。これはp210Bcr-Abl蛋白が最終的にユビキチン・プロテアソーム系で分解されることを示唆するものである。

 更にSCIDマウスにK562細胞を移植した白血病モデルでもKF58333は有意な延命効果を示した。今回のin vivo試験ではKF58333の投与を5日間としたが、投与期間を更に延長することにより、Hsp90に直接作用して、CMLの原因遺伝子産物であるp210Bcr-Ab1蛋白を消失させるというCMLの根本治療の可能性を示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、医薬の開発をめざし微生物代謝産物のスクリーニングを行い、活性物質の血球細胞に対する作用、ヒト慢性骨髄白血病の原因蛋白に対する作用についての知見を述べたものである。また、活性物質から誘導した種々の合成化合物の活性についても述べている。

 無血清巨核球コロニー形成系を構築し、IL-3存在下で造血前駆細胞に直接作用して巨核球コロニー数を増加させる活性(Meg-POT)を指標に低分子化合物のスクリーニングを行なった。その結果、インドロカルバゾール骨格を有するKT6352:6-methyl staurosporineがマウス巨核球コロニー数を増加させることを見出した。さらにKT6352をマウスに腹腔内投与したところ末梢血小板数の増加、巨核球前駆細胞の増加、巨核球細胞の成熟が認められた。しかしながら、KT6352は経口投与での血小板増加作用は示さなかった。

 一方、アルキル化剤ニムスチン(nimstine:ACNU)で誘導されるマウス血小板減少モデルにおいて、KT6352を母骨格とする誘導体をスクリーニングをしたその過程でACNUやマイトマイシンC、X線照射で誘導される血小板減少に対してKF41399を含むカルバゾール(carbazole)系化合物が経口投与により血小板減少を軽減する作用を示すことを見出した。KF41399のACNUに対する血小板減少効果は投与スケジュール依存性で、ACNU処理前にKF44399投与することが必須で、ACNU処理後にKF41399を投与しても血小板減少の抑制効果は見られなかった。KF41399投与マウス由来の造血前駆細胞は非投与群と比較して、細胞周期の静止期に留まっており、さらに細胞の自殺:アポトーシス(apoptosis)を抑制する蛋白Bcl-2の発現増加およびBcl-2のリン酸化が見られた。KF41399は造血前駆細胞を静止期に留め、apoptosis抑制蛋白の発現増加によりACNUの誘発する細胞死を回避している可能性が示された。

 ヒト慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia:CML)は第9番目の染色体にある癌遺伝子ablが第22番目の染色体bcrの下流部に転座することにより生じるbcr-abl融合遺伝子が強いチロシンキナーゼ活性を示すことにより生じる白血病である。この転座により分子量210kDaのp210Bcr-Ablと185kDaのp185Bcr-Ablの2種類の遺伝子産物が生じる。p210Bcr-Ablは95%以上のCMLで検出されCMLの原因遺伝子と言える。CMLに対しては代謝拮抗剤やアルキル化剤が治療薬として施されてきたが、近年ではインターフェロンにより生存率の増加も報告されている。またbcr-abl融合遺伝子であるp210Bcr-Ablのチロシンキナーゼ阻害を指標にした薬剤の研究・開発も進められており、2-phenylaminopyrimidine骨格を有する化合物CGP57148がin vitroおよびin vivoでCML細胞の増殖を抑制することが報告されている。一方、ansamycin系薬剤herbimycin Aは、ヒトCML、K562細胞株に対して赤芽球系への分化誘導作用を示し、そのメカニズムはCMLの原因遺伝子の産物であるp210Bcr-Ablの阻害であることが示されてきた。Radicicolは様々な生理活性を示す新規抗がん剤としての可能性を秘めているが、生体内(血清中)で不安定なため、マウス白血病細胞P388やヒト乳癌腫瘍MX-1を移植したマウスモデル系においては十分な延命効果、抗腫瘍効果が認められなかった。そこで活性の増強および安定性の向上を目指したradicicol誘導体合成を展開した結果、オキシム側鎖の誘導体が強い抗腫瘍効果を示すことを見出した。本誘導体はHSP90蛋白に結合してHSP90とp210Bcr-Ablの結合を阻害することによってp210Bcr-Ab1蛋白の消失をもたらすことが明らかになった。

 以上、本論文はスクリーニングの過程で見出した微生物代謝産物およびその誘導体を医薬へ応用するための基礎的知見を述べたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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