学位論文要旨



No 214757
著者(漢字) 中村,哲夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,テツオ
標題(和) ナイーブCD4陽性T細胞の初期分化および、Th1細胞とTh2細胞の可変性について
標題(洋) Early Differentiation of Naive CD4+ T Cells and Plasticity of Th1 and Th2 Lineage Cells
報告番号 214757
報告番号 乙14757
学位授与日 2000.07.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14757号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 講師 上島,励
 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

 CD4陽性T細胞はIFN-γ,TNF-β,IL-2を産生するTh-1細胞と,IL-4,IL-5,IL-6,IL-9,IL-10,IL-13を産生するTh2細胞に分類される。Th1細胞は細胞内寄生性病原体に対する細胞性免疫の主体として働き、Th2細胞はIgEおよびIgG1クラスの抗体産生など体液性免疫に関与する。胸腺外で抗原刺激を受けていないナイーブCD4陽性T細胞は、IL-4存在下に抗原刺激を受けるとTh2細胞に分化し、IL-12存在下に抗原刺激を受けるとTh1細胞に分化する事が知られているが、その分化過程の詳細は明らかではない。本研究は、Th1細胞とTh2細胞の分化過程、および両者問での可変性を明らかにする事を目的として行われた。

 (Part1)では、まず、両者に共通のprecursor細胞を経て、ナイーブCD4陽性T細胞からTh1細胞およびTh2細胞への分化が起こるか否かを検討した。

 コンカナバリンA(ConA)などの非特異的なT細胞刺激では、すでにTh1細胞あるいはTh2細胞へ分化したエフェクターCD4陽性T細胞が刺激される可能性があるため、クラスII組織適合抗原分子(I-Ek)に結合したチトクロームCの,C末端ペプチドを認識するT細胞レセプター(TCR)を導入したトランスジェニックマウスのリンパ節より,ナイーブphenotypeとされるCD45RBを強発現し、CD44発現の弱いCD4陽性T細胞をFuluorescence Activated Cell Sorter(FACS)を用いて分離した。

 IL-4あるいはIL-12存在下で抗原刺激されたナイーブCD4陽性T細胞より、RNAを抽出しcompetitive RT-PCR法により、Th1タイプのサイトカインとしてIFN-γ mRNAを,Th2タイプのサイトカインとしてIL-4mRNAを定量した。IL-4存在下に抗原刺激されたナイーブCD4陽性T細胞では、抗原刺激後、24時間の時点でIL-4およびIFN-mRNAの発現がみられた。48時問の時点では、IL-4mRNAの発現は著明に増強したが、IFN-γmRNAの発現は検出感度以下となった。一方、IL-12存在下に抗原刺激されたナイーブCD4陽性T細胞では、抗原刺激後、24時間の時、点でIL-4およびIFN-γmRNAの発現がみられた。48時間の時点では、IFN-γmRNAの発現は著明に増強したが、IL-4mRNAの発現は検出感度以下となった。以上、IL-4によりTh2細胞方向へ分化誘導されたナイーブCD4陽性T細胞は、その分化過程で一時的にIFN-γを発現し、IL-12によりTh1細胞方向へ分化誘導されたナイーブCD4陽性T細胞は、一時的にIL-4を発現する事が示唆された。

 IL-4は、CD4陽性T細胞上のIL-4RおよびCD30の発現を誘導する(Part2参照)。そこで、IL-4産生のマーカーとしてCD4陽性T細胞上のIL-4RおよびCD30の発現を検討した。IL-12存在下に抗原刺激され、Th1細胞方向へ分化誘導されたナイーブCD4陽性T細胞は、抗原刺激後、48時問の時点でIL-4RおよびCD30陽性となった。すなわち、Th1細胞方向へ分化誘導されたナイーブCD4陽性T細胞は、その分化過程で一時的にIL-4を発現する事が示唆された。

 さらに、同一細胞内でのIL-4およびIFN-γmRNAの共発現を検討するために、IL-4プロモーター下流に単純ヘルペスウイルス(HSV)のチミジンキナーゼ(TK)遺伝子を結合させたconstructを組み込んだ、IL-4-TKトランスジェニックマウスを用いた解析を行った。チミジンキナーゼはganciclovir(GANC)をリン酸化し、リン酸化されたGANCは複製中のDNAに取り込まれ、DNA合成阻害をおこす。したがって、IL-4プロモーターの活性化にともない、細胞内でチミジンキナーゼが合成された細胞は、GANC存在下で死滅する。もし、IL-12存在下にTh1細胞方向へ分化誘導されたナイーブCD4陽性T細胞が、その分化過程で一時的にIL-4を発現するのであれば、この細胞はGANCに対する感受性を示すはずである。そこで、IL-4.TKトランスジェニックマウスとTCRトランスジェニックマウスを交配し、IL4-TK-TCRダブルトランスジェニックマウスを作製し、これよりナイーブCD4陽性T細胞を分離した。IL-12存在下の抗原刺激後、48時間以内にGANCを培養液に添加した場合には、GANCに対する感受性がみられたが、72時間以降に添加した場合には、GANCの効果は認められなかった。この結果は、IL-12存在下にTh1細胞方向へ分化誘導されたナイーブCD4陽性T細胞は、その分化初期段階で一時的、一過性にIL-4を発現する事を示している。

 以上、ナイーブCD4陽性T細胞は、Th1タイプのサイトカイン(IFN-γ)およびTh2タイプのサイトカイン(IL4)の両者を産生するTh0タイプのprecursor細胞を経て、Th1細胞あるいはTh2細胞へ分化すると考えられた。

 (Pan2)では、CD30がTh2細胞の表面マーカーとなりうるか否かが検討された。CD30はTNFレセプターファミリーに属し、57KDaの細胞内ドメインを有する90KDa、あるいは120KDaの糖蛋白として細胞上に表出され、蛋白分解酵素により分解され88KDaの可溶性CD30(sCD30)を生じる。健常人の末梢血中には、ほとんどCD30陽性細胞は検出されず、リンパ組織のB細胞リンパ濾胞の周囲の大型単核球中に若干存在する。In vitroにおいて、CD30はHTLVにより形質転換したT細胞上や、EBウイルスにより形質転換したB細胞上、または抗CD3抗体により刺激されたCD45RO+T細胞(メモリーT細胞)の一部に発現する事が知られている。Romagnianiのグループは、Th2タイプのサイトカインを分泌するヒトCD4+T細胞表面上にCD30の表出がみられる事から、CD30がTh2細胞マーカーとなりうる可能性を示し、注目されるようになった。

 最近、マウスCD30に対する抗体が作製されたので、本研究では、マウスにおいてCD30がTh2細胞マーカーとなりうるか否かが検討された。TCRトランスジェニックマウスのリンパ節より分離したリンパ球より分離したナイーブCD4+T細胞を、そのTCRに特異的な抗原と脾臓より調製したAPC(抗原提示細胞)と共に、IL-2およびIL-4存在下で4日間培養し分化誘導したTh2細胞は、CD30陽性となる(注:ナイーブCD4+T細胞は、CD30陰性である)。分化誘導したTh2細胞をAPC存在下に抗原刺激しても、細胞はCD30陽性であり続ける。そこで、Th2細胞の分化誘導に用いたIL-4、あるいは分化誘導したTh2細胞の抗原刺激により放出される各種のTh2タイプのサイトカインが、CD30表出に関わる可能性を検討する為に、本研究ではIL-4ノックアウトマウス(IL-4(-/-))とTCRトランスジェニックマウスの交配によりIL-4(-/-)TCRトランスジェニックマウスを得て、このマウスのリンパ節より分離したリンパ球からナイーブCD4+T細胞を分離し、同様の実験を行った。IL-4(-/-)TCRトランスジェニックマウスのナイーブCD4+T細胞より分化誘導したTh2細胞は、2度目の抗原刺激以降はCD30陰性となり、CD30の表出維持にはIL-4の添加が必要であり、IL-4以外のTh2タイプのサイトカイン(IL-5,IL-10)を添加してもCD30の表出はみられなかった。さらに、Th2細胞上に表出したCD30は、γ-IFNによりdown regulationをうける事も明らかになった。一方、IL-12存在下に抗原刺激し分化誘導したTh1細胞上には、CD30の表出はみられなかった。このTh1細胞集団をIL-4存在下に抗原刺激すると、CD30陽性細胞とCD30陰性細胞に分かれた。CD30陽性細胞とCD30陰性細胞のサイトカイン産生能をmRNAレベルではcompetitive RT-PCR法により、また、蛋白レベルでは培養上清をELISA法により検討した。その結果、CD30陰性細胞はγ-IFNのみを産生するTh1細胞、CD30陽性細胞はγ-IFNとIL-4、-5を産生するTh0細胞である事が判った。つまり、Th1細胞のうち、まだ分化の不完全な細胞はIL-4に反応しCD30陽性となると同時に、IL-4産生能を獲得すると考えられる。結論としてCD30はIL-4によりCD4+T細胞上に誘導される分子であり、IL-4シグナルを受けとれない分化の最終段階にあるTh1細胞を除いてナイーブCD4+T細胞や分化途中のTh1やTh0、およびTh2細胞は、IL-4シグナルを受け、Th2細胞タイプのサイトカインを産生すると同時にCD30陽性になると考えられた。

 (Pan3)では、Th1細胞とTh2細胞の可変性が検討された。これまで、IL-4存在下の抗原刺激により分化誘導したTh2細胞を、Th1細胞への分化誘導因子であるIL-12の存在下で抗原刺激してもγ-IFN産生細胞は誘導されず、Th2細胞は既に最終分化段階にあり、Th1細胞への変換は起こらないと考えられていた。本研究では、Th2細胞を抗原刺激した場合に放出されるIL-4が、Th1細胞への変換を阻害している可能性を考え、抗IL-4抗体添加により、Th2細胞より放出されるIL-4を中和した条件下でTh1細胞への変換が起こるか否かを検討した。その結果IL-4を中利した条件下でも、IL-12存在下の抗原刺激のみでは、Th2細胞にγ-IFN産生を誘導できないことが判明した。しかし、IL-4を中和した条件下で、IL-12およびγ-IFN存在下に抗原刺激すると、Th2細胞にγ-IFN産生を誘導できた。このようにTh2細胞より放出されるIL-4が、Th2細胞としての形質の安定化に重要であり、IL-4シグナルがなく、γ-IFNシグナルが存在すると、Th2細胞もIL-12感受性を示し、γ-IFN産生細胞への変換が起きる事が示された。また、IL-4存在下での繰り返し抗原刺激により樹立されたTh2細胞株では、たとえIL-4を中和した条件下でIL-12およびγ-IFN存在下に抗原刺激してもγ-IFN産生を誘導できず、最終分化段階にあるTh2細胞の形質は不可逆的であると考えられた。一方、IL-12存在下に抗原刺激し誘導されたTh1細胞は、IL-4存在下の抗原刺激によりIL-4を産生しCD30陽性となるが、Th1細胞分化段階で産生されるIL-4が存在しないと、つまり、IL-4非存在下に分化誘導されたTh1細胞は、IL-4存在下で2度目の抗原刺激によってもIL-4産生はおこさず、CD30陽性細胞も誘導されなかった。以上のことから、Th1細胞分化段階で一時的に産生されるIL-4は、Th1細胞の可変性に重要である事が示された。

 以上本研究では、(1)Th1およびTh2細胞はナイーブCD4陽性T細胞から、Th0タイプのプレカーサー細胞を経て分化する事、(2)分化初期段階のTh2細胞は自己が産生するIL-4の効果が阻害される条件下にγ-IFN産生細胞に変換しうる事、(3)γ-IFNはIL-4の効果を阻害しうる事、(4)Th1細胞は分化初期段階でIL-4が存在するとIL-4産生細胞に変換しうる事が示され、免疫反応に重要な役割を持つTh1およびTh2反応のバランス調節にγ-IFNとIL-4のシグナルバランスが重要であることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はCD4陽性T細胞の初期分化過程を解析したもので、3章からなる。第1章では、Th1,Th2に共通の前駆細胞の存在について、第2章では、CD30の細胞表面の分化マーカーとしての性格付けについて、第3章では、CD30マーカーを用いたTh1,Th2細胞問の可変性の検討について述べられている。

 第1章ではまず、Th1,Th2細胞が、各々の前駆細胞より独立した分化経路を経て分化するのではなく、刺激に応じてIL-4と、γ-IFNのいずれをも産生しうる前駆細胞(ナイーブCD4+T細胞)を共有し、その後、一方のサイトカインの産生能を失って細胞運命の決定が行われる事を示した。これはIL-4プロモーター支配下にチミジンキナーゼ遺伝子が発現するトランスジェニックマウス由来のリンパ球を用いることにより、一次刺激後1日目では将来IL-4、γ-IFNを産生する両方の細胞が、2日目では将来のIL-4産生細胞のみがIL-4を発現していることを示すことによって証明された。従来、直接的な証明がなく、推測の域を出なかったTh1,Th2細胞の初期分化過程を明らかにした意義は大きいと思われる。

 第2章では、従来Th2細胞の表面マーカーと考えられていたCD30分子の発現機序を詳細に解析し、CD30分子はTh2細胞の分化に伴い表出される不変的、内在的な表面マーカーではなく、その発現がIL-4により増強され、γ-IFNにより抑制される分子である事を証明した。つまり、Th2細胞に限らず細胞内のIL-4シグナルがγ-IFNシグナルに優る状態の細胞はCD30陽性細胞となる事を証明した。CD30がIL-4とγ-IFNにより相反的制御を受ける事を初めて証明した意義は大きく、またCD30の発現解析によりIL-4とγ-IFNシグナルのバランスをモニターできる事が示された事により、今後IL-4とγ-IFNによる遺伝子発現調節の分子機構の解析の際に、簡便で有用な手段が提供された。

 第3章ではさらにCD30の発現解析によりIL-4とγ-IFNシグナルのバランスをモニターできる事をTh1細胞とTh2細胞間の可変性の検討に応用し、Th2細胞分化段階で産生されるIL-4自身がTh2細胞としての形質維持に重要であり、初期分化段階のTh2細胞では、γ-IFNによりIL-4シグナルが抑制された状態で、Th1細胞への分化因子であるIL-12のシグナルが伝達され、γ-IFN産生細胞に変換しうる事を証明した。一方、初期分化段階でIL-4シグナルを受けたTh1細胞には、Th2細胞への分化因子であるIL-4のシグナルが伝達されIL-4産生細胞に変換しうる事を証明した。このように、Th1およびTh2細胞の初期分化過程でTh0細胞を経る事により産生されるIL-4とγ-IFNは、Th1およびTh2細胞としての形質に“ゆらぎ”を持たせる事を証明した。また、より分化段階の進んだTh細胞株では形質は固定しており相互変換は起こらない事を示し、この事は、Th1およびTh2細胞の不均衡により起こる疾患の治療を考えた場合、まず分化段階の進んだTh細胞の形質変換は困難であり、この不均衡の是正には、アポトーシスの誘導などにより分化段階の進んだTh細胞を除去した上で、IL-4あるいは、γ-IFNおよびIL-12によりTh1およびTh2細胞の初期分化をコントロールする方法の妥当性を示し、重要な知見であると考えられる。

 共著者が多いが、Y.Kamogawaはトランスジェニックマウスの作製の技術指導、R.K.Lee, S.Y.Nam, E.K.Podackはマウス抗CD30抗体の作製、B.K.Al-RamadiおよびP.A.Koniはトランスジェニックマウスおよびノックアウトマウスの維持、管理、K.BottomlyおよびR.A.Flavellは本研究の進行、論文作製に関する指導と、それぞれの役割は限定されており、実質的研究の大部分を主体となって行った論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)を授与できると認める。

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