学位論文要旨



No 214767
著者(漢字) 劉,煥亮
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,カンリョウ
標題(和) RANTESおよびCCR5遺伝子の多型性とAIDS病態進行およびHIV-1伝播との関連に関する研究
標題(洋) Polymorphisms in RANTES and CCR5 affect disease progression and viral transmission in HIV-1 infection
報告番号 214767
報告番号 乙14767
学位授与日 2000.07.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14767号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 増田,道明
 東京大学 助教授 平井,久丸
内容要旨 要旨を表示する

[目的と意義]

 ウイルスの宿主細胞への侵入は、標的細胞表面の特定分子(レセプター)への結合を介する吸着により開始されるが、後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)と2型の場合は、レセプターCD4分子のほかに、コレセプターが必要である。1996年にHIV-1コレセプターとして株化T細胞で増殖するT-cell line tropic virus/X4 virusが使用するCXCR4/Fusinと、マクロファージで増殖するMacrophage tropic virus/R5 virusが使用するCCR5が同定された。そして、それらのリガンドであるα-ケモカインSDF-1とβ-ケモカイン、RANTES、MIP-1α、MIP-1βがそれぞれX4ウイルスとR5ウイルスの増殖を競合的に阻害することが明らかになった。

 HIV-1コレセプターの発見は細胞レベルでのHIV-1増殖の理解を大きく進展させたばかりではない。ケモカイン、ケモカインレセプターの遺伝子内に認められる遺伝的多型とHIV-1感染抵抗性や病態進行速度の多様性との間に一定の相関があることが明らかになってきた。最初に報告されたCCR5のコーディング領域内32塩基欠損は、この変異をホモに持つ個体ではHIV-1感染にほぼ抵抗性を示し、ヘテロに持つ個体では、AIDS発症が遅延すると報告された。しかしこの変異の頻度は約10%ほどで白色人種に限られ、アフリカ人や黄色人種には認められない。一方、CCR2の第1膜貫通領域内点変異(CCR2-641)とSDF-1の3'側非翻訳領域内の点変異は、HIV-1感染に抵抗性を付与することはないが、ホモあるいはヘテロに持つ個体においてAIDS発症を遅延させる遺伝子変異として報告された。CCR2-641はCCR5の32塩基欠損とは逆に黄色人種でその頻度が多い。また、CCR5の第2イントロン内点変異(CCR5-927T)がCCR2-641と連鎖しており、やはりAIDS発症を遅延させることが報告された。さらに最近、CCR5制御領域のP1と名付けられたhaplotypeをホモに持つ個体ではAIDSの病態進行が加速されると報告された。しかしながら以上の報告はいずれも白色人種を対象に行ったものである。私は日本人HIV-1感染者および非感染者集団において、以下の2点の解析を行った。

(解析1)CCR5に結合する3つのリガンド、RANTES、MIP-1α、MIP-1βのうち抗HIV作用が最も強いのはRANTESである。またin vitroで培養するとPBMCが産生するRANTES量は個体によりて差が大きいことが知られている。そこでRANTES遺伝子のプロモーター領域に多型が存在するか否か、またその多型がHIV-1の感染およびAIDS発症に影響をおよぼすか否かを検討した。

(解析2)CCR5遺伝子は約6Kbの領域に4つのエクソンが分布している。プロモーター領域と全てのエクソンを含めた約8Kbの領域にどのような多型が存在するか、またその多型がHIV-1の感染およびAIDS発症に影響をおよぼすか否かを検討した。

[材料と方法]

(解析1)272名のHIV-1感染者と193名の非感染者のRANTES遺伝子制御領域の907塩基、非翻訳領域の68塩基、および翻訳領域56塩基をPCRで増幅し、ABI prism 377 DNA Sequencerにて塩基配列を決定した。

(解析2)383名のHIV-1感染者と226名の非感染者のCCR5遺伝子第2イントロン領域の687塩基をPCRで増幅した。また、52名のHIV-1感染者と非感染者のCCR5遺伝子を含む8,170塩基をPCRで増幅した。そしてこれらの塩基配列をABI prism 377 DNA Sequencerにて決定した。

[研究結果および考察]

(解析1)日本人HIV-1感染者および非感染者のRANTES遺伝子制御領域の塩基配列を決定した結果、転写開始部位から上流に数えて403番目にGあるいはA、28番目にCあるいはGの2箇所の遺伝的多型が検出された。そしてこれらの多型の組み合わせにより3つのhaplotypeに分類された。haplotype Iは403番目がGで28番目がC、haplotype IIは403番目がAで28番目がC、haplotype IIIは403番目がAで28番目がGであった。日本人HIV-1感染者でのhaplotype I、II、およびIIIの割合は、64.5%、20.0%、および15.5%、非感染者では62.4%、21.0%、および16.6%であり、感染者、非感染者間で差は認められなかった。

 126例のHIV-1感染者について未治療期のCD4陽性細胞の減少速度を計算したところ、haplotype IIIを持たない個体では平均月に6.86個であり、haplotype IIIをホモあるいはヘテロで持つ個体では平均月に3.04個であった(P=0.008)。従って、haplotype IIIを持つ日本人集団においてはAIDS病態の進行速度が遅延する可能性が考えられた。

 RANTES制御領域の変異の日本人以外の人種における頻度を明らかにする目的で、中国、タイ、フランス、西アフリカのHIV-1感染者と非感染者のRANTES制御領域の多型を検討した。その結果、haplotype IIIの割合は、それぞれ13.3%、7.0%、3.0%および0.0%であり、いずれも日本人の17.0%より低い頻度を示した。特にアフリカではhaplotype IIIが全く検出されず、人種によってHIV-1感染症の病態進行に影響する遺伝因子の分布に大きな差が存在することが明らかになった。

(解析2)日本人HIV-1感染者および非感染者のCCR5遺伝子を含む8,170塩基の配列を決定した結果、25箇所の遺伝的多型が認められた。そしてこれらの遺伝的多型によって日本人のCCR5遺伝子は主に12個のhaplotypeに分類されることが明らかになった。CCR2-641と連鎖し、AIDS発症遅延との相関が既に報告されているCCR5-927Tはhaplotype6、7、8、9、10に存在していた。今回検討したHIV-1非感染日本人集団ではCCR5-927Tの頻度が31.4%を超え、またこの変異をホモに持つ個体の割合も13.3%に達した。しかし、HIV-1感染者日本人集団では変異頻度は25.8%(P=0.037)、変異をホモに持つ個体の割合は7.0%(P=0.012)であり、いずれも非感染者集団と比較して有意に低値を示した。従って、CCR5-927Tを持つ日本人集団はHIV-1感染そのものにもある程度抵抗性を示す可能性が示唆された。

 137例のHIV-1感染者について未治療期のCD4陽性細胞の減少速度を計算したところCCR5-927Tを持たない個体では平均月に5.96個であり、CCR5-927Tをホモあるいはヘテロに持つ個体では平均月に3.73個であった(P=0.041)。従って、CCR5-927Tを持つ日本人HIV-1感染者集団においてはAIDS病態の進行速度が遅延することが示唆された。

 CCR5-927TはCCR5の第2イントロンの中にあるので、その変異がHIV-1感染とAIDS病態進行を直接抑えることの説明は難しく、むしろCCR2-641もしくは同じ遺伝子座にあるほかのまだ同定されていない変異と連鎖があり、そのためにHIV-1感染とAIDS病態進行が抑えられていると考えられた。今後、その変異はどこにあるのか、また、その変異が病態進行やHIV-1に対する感受性を決定する機構はどのようなものであるのかを解明していく必要がある。

[結語]

 以上のようにRANTES haplotype IIIを持つ日本人集団はAIDS病態進行が遅延すること、およびRANTES制御領域の遺伝的多型の頻度は人種によって大きく異なること、が明らかになった。また、CCR5-927Tを持つ日本人集団はAIDS病態の進行速度が遅延することだけでなくHIV-1感染そのものにもある程度抵抗性を示す可能性が初めて示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、マクロファージで増殖するHIV-1の細胞侵入において重要な役割を果たすコレセプターCCR5とそのリガンドの一つであるRANTESの遺伝子多型がHIV-1の感染およびAIDS発症に及ぼす影響を解明するため、日本人HIV-1感染者および非感染者集団において解析を行ったもので、下記の結果を得ている。

1. 日本人HIV-1感染者および非感染者のRANTES遺伝子制御領域の転写開始部位から上流に数えて403番目にGあるいはA、28番目にCあるいはGの2箇所の遺伝的多型が検出された。そしてこれらの多型の組み合わせにより3つのhaplotypeに分類された。403番目がGで28番目がCをhaplotype I、403番目がAで28番目がCをhaplotype II、403番目がAで28番目がGをhaplotype IIIと命名した。

2. 日本人HIV-1感染者および非感染者間で、haplotype I、II、およびIIIの割合の差は認められなかったが、感染者について未治療期のCD4陽性細胞の減少速度により、haplotype IIIをホモあるいはヘテロで持つ日本人集団においてはAIDS病態の進行速度が遅延する可能性が考えられた。

3. 中国、タイ、フランス、西アフリカのHIV-1感染者と非感染者のRANTES制御領域の多型の検討により、haplotype IIIの割合は、いずれも日本人のそれより低い頻度を示した。特にアフリカではhaplotype IIIが全く検出されず、人種によってHIV-1感染症の病態進行に影響する遺伝因子の分布に大きな差が存在することが明らかになった。

4. HIV-1の伝播およびAIDS発症に重要な機能を有することが知られているCCR5遺伝子の多型を調べ、日本人のCCR5遺伝子は主に12個のhaplotypeに分類されることが明らかになった。

5. CCR2-641と連鎖し、AIDS発症遅延との相関が既に報告されているCCR5-927Tの解析から、それをホモに持つ日本人集団はHIV-1感染そのものにもある程度抵抗性を示す可能性が示唆された。

6. HIV-1感染者について未治療期のCD4陽性細胞の減少速度を計算することにより、CCR5-927Tをホモあるいはヘテロに持つ日本人HIV-1感染者集団においてはAIDS病態の進行速度が遅延することが示唆された。

 以上、本論文はRANTES制御領域の3つのhaplotypeを発見し、そのhaplotype IIIを持つ日本人集団はAIDS病態進行が遅延すること、およびその頻度は人種によって大きく異なること、を明らかにした。また、CCR5-927Tを持つ日本人集団はAIDS病態の進行速度が遅延することだけでなくHIV-1感染そのものにもある程度抵抗性を示す可能性が初めて示された。本研究はヒトゲノムの多様性がHIV-1の感染およびAIDS発症に及ぼす影響を解明するために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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