学位論文要旨



No 214769
著者(漢字) 鈴木,聡
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ソウ
標題(和) 人工呼吸器による肺損傷に対する中枢温の影響
標題(洋) The Effect of Core Body Temperature on Ventilator-Induced Lung Injury
報告番号 214769
報告番号 乙14769
学位授与日 2000.07.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14769号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 山田,芳嗣
内容要旨 要旨を表示する

目的:

 人工呼吸を必要とするような重症患者において33℃から40℃の範囲の体温の変化は頻繁に認められる。重症炎症や感染などによる高体温の持続、また、最近、重症頭部外傷患者の管理などで見られるような人為的な低体温状態下の患者管理も増えて来ている。一方で、人工呼吸により肺損傷が生じたり、増悪することが人工呼吸の合併症として重要視されてきている。今回、一般的な集中治療で見られる範囲での中枢温(直腸温)の違い(低体温33℃、平温37℃と高体温41℃)が人工呼吸による肺損傷の程度のに与える影響をウサギの全身温を制御して検討した(Study 1)。さらに、体温による心拍出量の変導の影響を除去するためのウサギの心肺ブロックを用いた灌流実験(Study 2)で検討した。

使用した動物:New Zealand White Rabbit

 Study 1:気管切開したウサギ全体を全身麻酔下で使用。

 実験1 非侵襲的な換気条件

 実験2 侵襲的な換気条件

 Study 2:ウサギから取り出した心肺ブロック還流モデルを使用。

○Study 1(図−1参照)

 <実験1> 中枢温の違いのみにより人工呼吸による肺損傷の程度に差が生ずるか検索した。計18羽のウサギを、全身麻酔後体表よりの加温、冷却で、直腸温の違いによりにより33℃、37℃、41℃の3群に分類した。非侵襲的換気条件としてpressure control ventilation(PCV)の換気モードで最高気道内圧15cmH2O;PEEP3cmH20,吸気時間1.0秒、呼気時間1.6秒、吸入気酸素濃度0.5とした。圧―容量曲線、機能的残気量などを実験準備完了後(体温の変動前)、2時間の侵襲的人工換気の前、2時間の侵襲的人工換気の後の3点で測定した。また、持続的な測定項目としては、心拍出量(上行大動脈に超音波血流測定装置を装着)心拍数、動脈圧、各種換気パラメーターなどを測定した。

 <実験2> 実験1の体温変化に加え、侵襲的な換気を行い肺の損傷の程度を調べた。ウサギの数、分類法は実験1と同様とした。侵襲的換気条件としてPCVの換気モードで最高気道内圧35cmH20,PEEP3cmH20,吸気時間1.0秒、呼気時間5.0秒、吸入気酸素濃度0.5とした。呼吸回数は実験1と同じ平均気道内圧になるように設定した(約6回/分)。

結果:

1) 圧容量曲線・機能的残気量 実験2において、41℃群で圧容量曲線の左方変異、ヒステレーシスの拡大、機能的残気量の低下の所見が見られた。実験1では有意差は無かった。

2) 心拍出量 実験2で、侵襲的な換気を開始した直後に41℃群で心拍出量が有意に増加した。一方、非侵襲的な換気を行った実験1では体温の違いにより心拍出量に有意な差は生じなかった。

3) 動脈血酸素分圧 実験2において、41℃群の動脈血酸素分圧は侵襲的な換気開始後45分あたりから他の2群より有意に低下した。

4) 肺の重量による評価(図-2参照) 摘出直後と乾燥後の肺の重量の比較では、実験1では3群間で有意な差が生じなかった。これに対し、侵襲的な換気を行った実験2では温度の上昇とともに摘出直後の肺の重量比が増加し、33℃群と41℃群では有意差を示した。

5) 摘出後の肺の状態 実験2において摘出直後の肺では、温度の上昇に伴って肺の浮腫の程度が強くなり、明らかに出血を伴った背側無気肺の程度が強かった。41℃群ではほぼ全例に気管内に著名な浸出液を実験終了時に認めた。組織学的検索でも、温度の上昇に伴った肺損傷の増悪が認められた。

○Study 2

 Study 1の実験2において3群間で心拍出量に有意差が生じた。また、ウサギ全体を使用し

たため、肺損傷の形成に、顆粒球などの関与が考えられた。そのためこの2点の影響を排除するために、Study 2として、ウサギの心肺ブロック還流モデルを使用した実験を行った。血流量をポンプにより厳密に規定し、回路内に白血球を除去するフィルターを組み込んだ。そして、心肺ブロックをケース内に入れ、ケース内の温度と回路の循環液の温度を一定に保つように加温冷却した。41°と33℃の2群について実験を行った。

結果:

心肺ブロックの重量増加分は41℃群で25.0±19.2g、33℃群で6.4±4.3gであった。また外見上も41℃群の方が明らかに浮腫が進行し、還流液の漏出などの所見を呈し明らかに肺損傷の程度が強かった。

考察:

 本研究の主要な成果は中枢温が人工呼吸による肺損傷に大きな影響を与えることを明確に示したことである。一般に生体では侵襲を受ける前に体温が上昇するような環境にさらされると、障害の程度が減少する反応がある(stress response)。しかし今回の実験では高体温の状況の方が肺損傷の程度が強かった。理由として、侵襲的な換気条件に加えて高体温の二重のストレスがstress responseの保護機構を上回るものであった可能性がある。また、stress responseに伴って生じるheat-shock proteinsの産生が始まる前に侵襲的な換気が行われた可能性がある。

 人工呼吸による肺損傷の原因として物理的な力による肺実質の損傷により炎症反応が惹起される可能性が高い。他方、低体温により炎症反応が抑制されるとの知見がネズミの外傷性脳損傷や体外循環の実験などで示されている。今回の実験では、肺の乾燥重量比において低体温の保護作用が示唆されたが、機序として炎症反応の抑制が一つ考えられる。

 侵襲的な換気条件で体温を上昇させたグループにおいて有意な心拍出量の増加を認めたが、これも肺損傷を増悪させた可能性がある。しかし、Study 2において肺血流量をポンプで制御しても、高い中枢温の群で肺損傷が強かった。そのため体温の上昇による肺血流量の増加以外の因子が肺損傷の増悪に関与している可能性がある。

 Study 2では白血球の除去を目的に回路内にフィルターを設置している。このことより、人工呼吸による肺損傷では、血管内に存在する血球成分が損傷の主因ではなく、肺の実質を構成する細胞の働き、反応により肺の損傷が惹起される可能性が考えられる。

 いずれの点においても今後個々に検索を進める必要があり、かつ各要因の相互関係についても調べる必要があると考える。

図1. Study 1プロトコールの概略

図2. 摘出直後の肺とその乾燥後の重量比(Study 1)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、中枢温(直腸温)の違い(33℃、37℃、41℃)が人工呼吸による肺損傷に与える影響をウサギ全体を用いて検討したものである(Study 1)。さらに、体温による心拍出量の変導等の影響を除くため、ウサギの心肺ブロックを用いた灌流実験も合わせて行った(Study 2)。

 Study 1: 気管切開したウサギ全体を全身麻酔下で使用。

 実験1 非侵襲的な換気条件

 実験2 侵襲的な換気条件

 Study 2: ウサギから取り出した心肺ブロック還流モデルを使用。

下記の結果を得ている。

○Study 1

1) 圧容量曲線・機能的残気量 実験2において、41℃群で圧容量曲線の左方変異、ヒステレーシスの拡大、機能的残気量の低下の所見が見られた。実験1では有意差は無かった。

2) 心拍出量 実験2で、侵襲的な換気を開始した直後に41℃群で心拍出量が有意に増加した。一方、実験1では体温の違いにより心拍出量に有意な差は生じなかった。

3) 動脈血酸素分圧 実験2において、41℃群の動脈血酸素分圧は侵襲的な換気開始後45分あたりから他の2群より有意に低下した。

4) 肺の重量による評価 摘出直後と乾燥後の肺の重量の比較では、実験1では3群間で有意な差が生じなかった。実験2では33℃群と41℃群では有意差を示した。

5) 摘出後の肺の状態 実験2において体温の上昇に伴った肺損傷の増悪が認められた。

○Study 2

 心肺ブロックの重量増加分は41℃群で25.0±19.2g、33℃群で6.4±4.3gであった。また外見上も41℃群の方が明らかに損傷の程度が強かった。

 以上、本研究の主要な成果は中枢温が人工呼吸による肺損傷に大きな影響を与えることを明確に示したことである。今日、重症患者の管理において人工呼吸は疾患の種類を問わず重要な位置を占めている。また、重症患者では疾患の自然経過による体温変化、また、人為的な体温調整による体温の変化が生じる。このように、人工呼吸による肺損傷と体温の関係は非常に重要であり、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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