学位論文要旨



No 214772
著者(漢字) 深澤,立
著者(英字)
著者(カナ) フカサワ,リツ
標題(和) 男性尿道におけるα1アドレナリン受容体サブタイプの検討 : 分子生物学的ならびに薬理学的検討
標題(洋)
報告番号 214772
報告番号 乙14772
学位授与日 2000.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14772号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 齋藤,英昭
 東京大学 助教授 保坂,義雄
内容要旨 要旨を表示する

 背景及び目的:α1アドレナリン受容体は生体内の様々な組織に分布しそのサブタイプが同定,比較されており,生体内機能との関係が探られてきた。ヒト下部尿路においてはα1アドレナリン受容体は尿道及び前立腺の平滑筋に多く存在しその収縮・弛緩に関与する。

 α1受容体サブタイプは,現在α1A,α1B,α1Dの3種類が生体組織レベルで確認されており,それぞれ分子生物学的にクローニングされたrecombinant receptor(α1a,α1b,α1d)がある。これらはα1アドレナリン受容体拮抗薬のprazosinと高い親和性を示すためα1Hアドレナリン受容体としてまとめられ,prazosinの親和性の低いサブタイプはα1Lサブタイプといわれている。

 α1Lサブタイプはヒト前立腺部尿道及び前立腺に存在し,収縮等に重要な役割を示すと推察されているが,その分布については明らかではない。またヒト男性尿道も尿禁制や排尿障害に重要な役割を持っていると推察されるが,ヒト男性尿道に対する同様の研究は必ずしも十分ではなく,αアドレナリン受容体サブタイプの割合,分布などを検索することは重要であると考えられた。

 本研究では,男性尿道におけるα1、アドレナリン受容体サブタイプmRNAの割合と分布を検索するためRNase protection assay及びin situ hybridizationを行なった。次に[3H]prazosinの結合実験と[3H]tamsulosinのprazosinによる結合阻害実験で尿道及び前立腺におけるα1Lアドレナリン受容体サブタイプの分布を明らかにした。

 対象と方法:ヒトの浸潤性膀胱癌に対する膀胱全摘除術より得られた前立腺部尿道を用いRNase protection assay及びin situ hybridizationを行いサブタイプmRNAの同定,割合を検討した。ヒトの前立腺肥大症に対する被膜下摘除術により得られた前立腺部尿道及び前立腺をbinding assayに用い,α1Lサブタイプの分布を検討した。

 RNAの準備:RNAの抽出はChomczymski及びSacchiの方法によった。Poly(A)+RNAの純化後,260nmの吸光域で定量し,-80℃で保管した。

 RNAプローブの準備:cDNAlibraryから得た3種類のα1、アドレナリン受容体サブタイプのcDNAクローンのC末端を選択し,各サブタイプのフラグメントをpBluescript transcription vectorに挿入した。アンチセンスRNAプローブはRNase protection assayに用いるために[α-32P]で標識し,in situ hybridizationに用いるためdigoxigenin-UTで標識した。

 RNase protection assay:尿道から抽出したPoly(A)+RNA(5μg)サンプルはそれぞれ放射性同位元素でラベルしたRNAプローブ (1×106d.p.m)でhybridizationを行った。RNaseで処理後,RNAのフラグメントを電気泳動し,imaging analyserを用いて測定をした。

 in situ hybridization:尿道を薄切し処理後,hybridization溶液内でpre-incubateした。digoxigeninでラベルされたアンチセンスプローブを用いhybridizationを行った。過剰なプローブを除き,抗digoxigenin抗体を用いてincubateし,基質溶解液で発色させ,光学顕微鏡にて観察した。

 [3H]prazosin及び[3H]tamsulosin結合実験:尿道及び前立腺を摘出後ホモジナイズし,2層のガーゼにて濾過した。濾液を40,000gで20分間遠心し得られた沈渣に緩衝液を加え懸濁し,再度遠心した。最終的に得られた沈渣に16倍量の緩衝液を加え懸濁したものを受容体膜標品とした。ヒトα1a,α1b,α1dアドレナリン受容体を発現させたCHO細胞を超音波破砕機で破砕し,3,000gで10分間遠心し,得られた上清を再度遠心し沈渣にインキュベーション用緩衝液を加えて懸濁したものを受容体膜標品とした。[3H]tamsulosin(結合阻害実験では0.2nM,飽和実験では0.02-1nMにて用いた),[3H]prazosin(0.02-2nMにて用いた)及び被験薬物を添加し全量を0.5mlとしインキュベートした。反応液に氷冷した緩衝液を加えた後,予め0.1%polyethylenimine溶液に浸しておいたガラス繊維濾紙上に吸引濾過した。この濾紙を3回洗浄後,放射活性を測定した。非特異的結合は1μM prazosinの存在下での[3H]tamsulosinの結合量,あるいは10μM phentolamineの存在下での[3H]prazosinの結合量とし,特異的結合は全結合(被験薬物を加えないときの結合)と非特異的結合を減じて求めた。

 解析方法:結合阻害実験で得られた用量反応からHill plot法を用いIC50値(50%結合阻害値)を算出した。KD値(解離定数)は非線形最小二乗法を用いて算出した。

 実験結果:1)RNase protection assay:α1amRNAは尿道において優位に分布しているサブタイプmRNAであり,α1Hアドレナリン受容体mRNAの100%を占めているが,α1b及びα1dサブタイプmRNAは全く同定できなかった。内因性コントロールmRNAであるglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(G3PDH)に対する発現レベルは各検体で変化はなかった。2)in situ hybridization:前立腺部尿道におけるα1aサブタイプmRNAは尿道平滑筋内に明らかに局在していた。センスRNAプローブでは陰性であった。α1b及びα1dサブタイプmRNAはかすかに平滑筋層に局在がみられた。3)[3H]Prazosinの結合による飽和実験:尿道及び前立腺に対する[3H]prazosinの特異的結合は飽和曲線を示し、その親和性は高いものであった。前立腺における[3H]prazosinの解離定数は(0.088nM)は尿道(0.254nM)と比して低値を示した。4)[3H]tamsulosinの結合実験:尿道及び前立腺の[3H]tamsulosinに対する非特異的結合は[3H]prazosinに比して低かった。それぞれに対する[3H]tamsulosinの特異的結合は十分飽和され高い親和性を示した。尿道及び前立腺の[3H]tamsulosinにおける解離定数は0.113nMand0.031nMであった。[3H]tamsulosin結合はprazosinにより濃度依存的に抑制された。[3H]tamsulosin結合阻害作用を指標とした尿道におけるprazosinの親和性(pKi,8.60)はヒト前立腺(pKi,9.61)やクローニングされたα1受容体サブタイプ(pKi,9.36-9.58)に比して低かった。

 考察:尿道,前立腺においてはα1アドレナリン受容体が広く分布している。前立腺肥大症は肥大結節による尿排出路の機械的閉塞がその病態の一つであるが,α1アドレナリン受容体を介する平滑筋収縮による機能的閉塞も関与するため,この排尿障害の治療にはαアドレナリン受容体拮抗薬が汎用されている。α1受容体は薬理学的にα1A,α1B,α1Dが認められており,またα1受容体拮抗薬であるprazosinとの親和性によりα1H及びα1Lサブタイプに分けられている。

 α1アドレナリン受容体サブタイプmRNAは様々な人体組織で検討され,各臓器において分布が異なっている。ヒト前立腺では機能的研究よるとα1aサブタイプが優位に存在し,RNase protection assayよる優位なアドレナリン受容体サブタイプmRNAはα1aサブタイプである。ラット,ウサギ,イヌの尿道における放射性リガンド結合実験ではα1aアドレナリン受容体はα1、サブタイプが優位である。

 ヒト尿道においてはサブタイプmRNAの分布や密度については検討されておらず,またαILサブタイプについては存在が示唆されているのみである。RNase protection assayとin situ hybridizationを用いて尿道におけるサブタイプmRNAについて検討した結果,男性尿道におけるサブタイプmRNAはα1aが優位であり,割合はα1受容体mRNA全体の100%に及び,男性尿道はα1Aサブタイプを介して収縮をするものと考えられた。α1bサブタイプmRNA及びα1dサブタイプmRNAは検出されず,尿道の収縮に両者は関与が低いと考えられた。in situ hybridization実験においてはα1aサブタイプmRNAは平滑筋内に存在し,尿道の部位による違いはなく,RNase protection assayの結果を支持するものと思われた。

 mRNAにより発現した蛋白の実際の存在状況を放射性リガンド結合実験で検討すると,[3H]prazosin飽和曲線からは,前立腺に比して尿道におけるα1アドレナリン受容体へのprazosinの親和性は低く,尿道にα1Lアドレナリン受容体サブタイプがより多く存在することが示唆された。更にα1Lアドレナリン受容体サブタイプにも高い親和性をもつ[3H]tamsulosinを用い,prazosinによる結合阻害を測定すると,ヒト尿道におけるα1アドレナリン受容体のprazosinの親和性はヒト前立腺に比べて低く,α1Lサブタイプの分布は前立腺よりも尿道に多いことが確かめられた。尿道におけるα1Aとα1Lの割合は,prazosinのα1A及びα1Lに対するpA2値は9-10及び<9であり、本研究におけるヒト尿道のpKi値が8.6であることからα1Lが50%以上を占めていると考えられる。

 Fordらはα1a受容体を発現したintact CHO細胞がα1L受容体と一致する薬理学的特性を示すことを報告し,α1Lサブタイプはα1Aサブタイプと機能的には異なるが,これらは同一の遺伝子から産生されると示唆している。本研究でも尿道に認められたサブタイプmRNAはα1aサブタイプが100%であったが,binding assayではα1aサブタイプ以外にα1Lサブタイプも認められた。このことはmRNAレベルではα1aサブタイプであるが形質を発現する過程でα1aだけでなくα1Lサブタイプの発現も生じている可能性を支持すると考えられる。

 男性尿道においては,α1Lアドレナリン受容体サブタイプは前立腺よりも多く分布することが確かめられた。α1Lアドレナリン受容体サブタイプの選択的薬剤が開発されることで排尿障害への新たなアプローチが可能となると思われる。

 まとめ:男性尿道におけるα1アドレナリン受容体サブタイプについてサブタイプmRNAをRNase protection assay及びin situ hybridizationにて検討し,α1aサブタイプが100%であり,尿道平滑筋内に平均して存在していた。α1bサブタイプmRNA,αldサブタイプmRNAはほとんど存在が確認できなく,男性尿道の収縮はα1aサブタイプによると考えられた。放射性リガンドのbinding assayではα1Lアドレナリン受容体サブタイプは前立腺に比して尿道の方が多く認められ,尿道収縮にはα1Lサブタイプの関与が強く示唆された。よりα1Lサブタイプに選択性をもつ薬剤の開発が新たな排尿障害の治療へとつながると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒト下部尿路においてはα1アドレナリン受容体は尿道及び前立腺の平滑筋に多く存在しその収縮・弛緩に関与し,そのサブタイプは,現在α1A,α1B,α1Dの3種類が生体組織レベルで確認されており,それぞれ分子生物学的にクローニングされたrecombinant receptor(α1a,α1b,α1d)がある。これらはα1アドレナリン受容体拮抗薬のprazosinと高い親和性を示すためα1Hアドレナリン受容体としてまとめられ,prazosinの親和性の低いサブタイプはα1Lサブタイプとされている。

 ヒト尿道においてはサブタイプmRNAの分布や密度については検討されておらず,またα1Lサブタイプについては存在が示唆されているのみである。本研究では,RNase protection assay及びin situ hybridizationにて男性尿道におけるα1アドレナリン受容体サブタイプmRNAの割合と分布を検索し,更に[3H]prazosinの結合実験と[3H]tamsulosinのprazosinによる結合阻害実験にて尿道及び前立腺におけるα1Lアドレナリン受容体サブタイプの分布を検討した。

 1.ヒトの浸潤性膀胱癌に対する膀胱全摘除術より得られた前立腺部尿道を用いRNase protection assay及びin situ hybridizationを行った。また,ヒトの前立腺肥大症に対する被膜下摘除術より得られた前立腺部尿道及び前立腺を用い,放射線リガンドによるbinding assayを行った。

 2.RNase protection assayによりα1アドレナリン受容体mRNAの割合を調べた結果,α1amRNAは尿道において優位に分布しているサブタイプmRNAであり,α1Hアドレナリン受容体mRNAの100%を占めていた.一方でα1b及びα1dサブタイプmRNAは全く同定できなかった。内因性コントロールmRNAであるglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(G3PDH)に対する発現レベルは各検体で変化はなかった。よって男性尿道はα1Aサブタイプを介して収縮をするが,α1B及びα1Dサブタイプは尿道の収縮に関与が低いと考えられた。

 in situ hybridizationにより前立腺部尿道におけるα1aサブタイプmRNAの分布を調べた結果,α1aサブタイプmRNAは尿道平滑筋内に明らかに局在していた。センスRNAプローブでは陰性で,α1b及びα1dサブタイプmRNAはほとんど平滑筋層に局在はみられなかった。よってα1aサブタイプmRNAは平滑筋内に存在し,尿道の部位による違いはなく,RNase protection assayの結果を支持するものであった。

 3.[3H]prazosinの結合による飽和実験では尿道及び前立腺に対する[3H]prazosinの特異的結合は飽和曲線を示し親和性は高いものであった。前立腺における[3H]prazosinの解離定数は(0.088nM)は尿道(0.254nM)と比して低値を示し優位な差(p<0.001)であった。[3H]tamsulosinの結合実験では尿道及び前立腺の[3H]tamsulosinに対する非特異的結合は[3H]prazosinに比して低かった。それぞれに対する[3H]tamsulosinの特異的結合は十分飽和され高い親和性を示した。尿道及び前立腺の[3H]tamsulosinにおける解離定数は0.113nM及び0.031nMであった。[3H]tamsulosin結合はprazosinにより濃度依存的に抑制された。[3H]tamsulosin結合阻害作用を指標とした尿道におけるprazosinの親和性(pKi,8.60)はヒト前立腺(pKi,9.61)やクローニングされたα1受容体サブタイプ(pKi,9.36-9.58)に比して低かった。よってα1Lサブタイプの分布は前立腺よりも尿道に多いことが確かめられた。尿道におけるα1Aとα1Lの割合は,prazosinのα1A及びα1Lに対するpA2値は9-10及び<9であり,本研究におけるヒト尿道のpKi値が8.6であることからα1Lが50%以上を占めていると考えられた。

 男性尿道に認められたサブタイプmRNAはα1aサブタイプが100%であったが,binding assayではα1aサブタイプ以外にα1Lサブタイプも認められ,このことはmRNAレベルではα1aサブタイプであるが形質を発現する過程でα1aだけでなくα1Lサブタイプの発現も生じている可能性を支持すると考えられる。

 以上本論文は,男性尿道におけるα1アドレナリン受容体サブタイプmRNAはα1aサブタイプが100%であり,かつ尿道平滑筋内に平均して存在し,α1b,α1dサブタイプmRNAはほとんど認められないことを明らかにした。更に、男性尿道には前立腺に比してより多くのα1Lアドレナリン受容体サブタイプが認められ,α1Lアドレナリン受容体サブタイプが50%以上を占めていることを証明した。

本研究はこれまで不十分であった男性尿道におけるα1アドレナリン受容体サブタイプの分布,割合や尿道,前立腺におけるα、Lアドレナリン受容体サブタイプの分布を明らかにしたもので,排尿障害の機序の解明や治療方法の開発に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものである。

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