学位論文要旨



No 214773
著者(漢字) 増田,万里
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,マリ
標題(和) 緑色蛍光蛋白で標識したカチオン型アミノ酸輸送体蛋白を用いた新たな実験系の開発およびそれを用いたエコトロピックマウスレトロウイルスと受容体との相互作用に関する研究
標題(洋) Development and Application of a Novel System for Studying Receptor Usage by Ecotropic Murine Retroviruses, Using Green Fluorescent Protein-tagged Cationic Amino Acid transporters
報告番号 214773
報告番号 乙14773
学位授与日 2000.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14773号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 小池,和彦
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と目的

 レトロウイルスは後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)などヒト疾患の原因ウイルスや遺伝子治療用ベクターとして、近年医学研究において注目をあびている。従って、レトロウイルス複製機構の解明は、基礎医学における重要な課題の1つである。私は、レトロウイルスの宿主細胞内への侵入における受容体との相互作用に興味を持ち、エコトロピックマウス白血病ウイルス(MuLV)をモデルとしてその機構を解明しようとしている。レトロウイルスの宿主細胞への侵入における第一段階は標的細胞上にある受容体への結合であり、そのウイルスと受容体の相互作用がウイルスの宿主域や細胞指向性を決定する重要な因子となることが知られている。HIVでは外被蛋白のわずかな構造の違いによってCCR5とCXCR4のいずれを共受容体として用いるかが規定され、細胞指向性やAIDSの病態進行に影響を与えうることが最近の研究により明らかになっている。したがって、エコトロピックMULVとその受容体との相互作用の研究は、MuLVの細胞指向性や病原性機構の理解のみならず、ヒトのレトロウイルス感染症におけるウイルス侵入機構のモデル系としても有用と考えられる。また、安全で効率の良い遺伝子治療用レトロウイルスベクターの開発に役立つことも期待される。エコトロピックMuLVは14回膜貫通型のカチオン型アミノ酸輸送体蛋白1(CAT1)を受容体として利用することが知られている。MuLVはその外被蛋白SUで受容体と結合し、受容体結合部位(RBD)はSUのN末側約240アミノ酸残基の領域に存在する。また、マウスのCAT1(mCAT1)とエコトロピックMuLVに感受性の無いヒトのCAT1を比較解析した結果から、CAT1の第3細胞外ドメイン(TED)の構造がウイルス受容体としての機能に重要であることが示されている。しかしながら、CAT1に対する特異的抗体の作成が困難であったこともあり、エコトロピックMuLV受容体の発現様式や細胞内局在については推測の域を超えていなかった。またCAT1の発現量は放射性アミノ酸の取り込みの測定から間接的に推定されるのみであり、人為的変異体を用いた構造と機能の解析を高い信頼度で行うことは困難であった。本研究は、これらの問題を解決するためにmCAT1の検出を簡便かつ正確に行える実験系を構築し、その系を用いてエコトロピックMuLV受容体の発現様式や、ウイルスと受容体との相互作用について新たな知見を得ることを目的としている。

2.研究方法

 mCAT1遺伝子の3末にクラゲ(Aequorea victoria)の緑色蛍光蛋白(GFP)遺伝子をつなぎmCAT1-GFP融合蛋白を発現するプラズミドベクターを構築した。このプラズミドをヒト胎児腎由来293細胞、ミンク肺由来CCL64細胞、ウサギ角膜由来SIRC細胞に導入し、mCAT1-GFP発現細胞クローンを単離した。MCAT1-GFPの発現は蛍光顕微鏡やレーザー共焦点顕微鏡による観察、抗GFP抗体を用いた免疫沈降およびウエスタン法、あるいはフローサイトメトリーにより検討した。融合蛋白のエコトロピックMuLV受容体としての機能はモロニーMuLV、フレンドMuLV(F-MuLV)あるいはその神経病原性変異株PVC-211MULVでシュードタイプ形成したレトロウイルスベクターの導入効率により検討した。なお、PVC-211 MuLVは親株のF-MuLVと比べてラットやハムスターの細胞において特異な感染性を示すことが知られている。また、Site-directed mutagenesisによりmCAT1のTEDにアミノ酸残基を挿入し、ラットあるいはハムスターと類似のTED構造を持つ変異型mCAT1も作成し、GFPとの融合蛋白として発現させた。さらに、マウスCAT2A(mCAT2A)、ラットCAT3(rCAT3)についてもGFPとの融合蛋白の発現系を作成した。これらについて、野生型mCAT1と同様に発現様式や受容体機能を解析した。

3. 研究結果

 mCAT1-GFPは293、CCL64、SIRCなどの培養細胞において細胞表面で発現し、種々のエコトロピックMuLVに対してマウスNIH3T3細胞と同程度の高い感受性を賦与した。MCAT1のTEDをラット型、ハムスター型に改変した変異型mCAT1もエコトロピックMuLVに対して野生型mCAT1と同レベルの感受性を賦与した。一方mCAT2にはウイルス受容体活性が検出されず、mCAT1のTEDをmCAT2のTEDで置換したキメラも受容体活性を失った。rCAT3は、これらのウイルスに対して低レベルながら明らかな感受性を賦与した。

 mCAT-GFPは細胞質内ではゴルジ体との共局在が認められ、N-グリコシダーゼFによる処理の結果、N結合型糖鎖による修飾を受けていることが示された。また、MuLVが感染するとmCAT1-GFPは核周囲の粗面小胞体と思われる領域に集積し、抗GFP抗体を用いたウエスタン法では糖鎖付加の減少によると思われる分子量の低下が認められた。

 ウエスタン法によるmCAT1-GFPの検出に際して、単量体だけでなく二量体に相当するサイズのバンドが検出された。変異型mCAT1、mCAT2、rCAT3についても同様に二量体に相当するバンドが認められた。二量体のシグナルは細胞表面のクロスリンカー処理により増強した。また、インフルエンザウイルスの血球凝集素(HA)の抗原性部位で標識したmCAT2A-HAをmCAT2A-GFPと293細胞で共発現させると、この両者が免疫共沈することがわかった。mCAT2-HAとmCAT1-GFPでは共沈は見られなかった。

 MCAT1-GFPやそのTED変異体を293細胞で発現させF-MuLVやPVC-211MuLVを感染させると顕著な細胞融合が起こった。SIRC細胞の場合は、ハムスター型TEDを持つ変異型mCAT1では明らかな細胞融合が認められたが、野生型とラット型ではわずかな融合が見られるだけであった。

4. 考察

 mCAT1の検出や定量は今まで困難とされてきたが、C末側にGFPで標識することにより蛍光顕微鏡やレーザー共焦点顕微鏡を用いた観察、フローサイトメトリー、抗GFP抗体を用いた免疫学的検出法など様々な方法で容易に発現や局在を確認することができるようになった。MCAT1-GFPは種々の培養細胞で細胞表面に発現し、F-MuLVやPVC-211MuLVなどのエコトロピックウイルスの受容体としての機能も保持していた。また発現過程においてmCAT1がゴルジ体でN結合型糖鎖による修飾を受ける可能性を強く示唆する知見が得られ、今までの推測に根拠を与えるものである。MuLV感染によりmCAT1の糖鎖付加が減少することは以前にも報告されたが、本研究においてはそれが追試されたのみならず、ウイルス感染によるmCAT1の細胞内局在の変化、すなわち核周囲への蓄積も捉えられた。

 ウエスタン法による解析により、mCAT1を含む種々のCAT蛋白が細胞表面でSDS抵抗性のホモ2量体として発現する可能性が示された。還元条件下でも2量体形成があまり抑制されないことから分子間のS-S共有結合のみによるものとは考えにくい。グライコフォリンAなど他の膜蛋白で示されたように、αらせん領域間の疎水的相互作用が2量体形成の機構に関与している可能性が考えられる。また、mCAT1のアミノ酸輸送蛋白として、またウイルス受容体としての機能における2量体化の意義も今後検討を要する課題と思われる。

 CAT類縁蛋白のうち、mCAT2は以前の報告と同様エコトロピックMULVの受容体として機能せず、TEDの構造が受容体として不適合であることが示された。一方、rCAT3が低効率ながらもエコトロピックMuLV受容体として機能するという興味深い知見が得られた。MCAT1のTED変異体を用いた実験から、ラットやハムスターのCAT1 TEDに見られるアミノ酸の挿入は受容体としての機能に大きな影響を与えないことが示された。しかし、ウサギのSIRC細胞を用いた実験ではmCAT1のTEDの構造の差が、エコトロピックMuLV感染による細胞融合に対する感受性の違いとして明らかに認められた。従って、上記のアミノ酸挿入はウイルスとの相互作用において有意の差をもたらしているものと考えられる。MCAT1やそのTED変異体を発現するSIRC細胞における、ウイルス干渉やウイルス結合能の定量的解析により、この点も明らかにされると期待される。

 今回実験に用いたPVC-211MuLVは親株のF-MuLVと比べて特異な細胞指向性や宿主域を有し、それはSU蛋白のRBDにおける2つのアミノ酸残基によって規定されることが示されている。私が開発したmCAT1-GFPの実験系をこれらの解析の進んだウイルスと組み合わせて用いることにより、SUのRBDとmCAT1のTEDの相互作用を分子レベルで詳細に解析しうる可能性がある。そこから生まれる知見はレトロウイルスの複製機構の解明、あるいはレトロウイルスベクターの導入法の改良などに向けて大きな意義を持つと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、レトロウイルスの宿主細胞への侵入の際の受容体との相互作用解析のため、新たな実験系の構築をエコトロピックマウス白血病ウイルス(MuLV)をモデルに用いて行った。さらにその系を使用し、受容体の発現様式や、ウイルスと受容体の相互作用について検討を行い、下記の結果を得ている。

1. エコトロドツクMuLVの受容体であるカチオン型アミノ酸輸送体蛋白1(mCAT1)のcDNAにGFPのcDNAをつなぎmCAT1-GFP融合蛋白を発現するベクターを構築し、ヒト胎児腎由来293細胞に導入した。mCAT1-GFPはN結合型糖鎖修飾を受け、主に細胞表面に発現し、細胞質内ではゴルジ体と共局在することが確認された。また、エコトロピックMuLV由来のレトロウイルスベクターの導入効率を検討した結果、mCAT1-GFPは受容体としての機能を保持していることが示された。今までmCAT1の検出や定量は困難とされてきたが、この実験系の作製により蛍光顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡を用いた観察、フローサイトメトリー、抗GFP抗体を用いた免疫学的検出法など様々な方法で容易に発現や局在を確認できるようになった。

2.上記の系を用いて、ウイルス受容体機能に重要であるmCAT1の第3細胞外ドメイン(TED)をラット型、ハムスター型に改変した変異型mCAT1を持つ細胞のエコトロピックMuLVに対する感受性を検討した結果、野生型mCAT1と同等の高い受容体活性が示された。更にマウスCAT2A(mCAT2A)、ラットCAT3(rCAT3)についても同様にGFPとの融合蛋白の発現系を作製し、それらの発現様式や受容体機能の解析をおこなったところ、mCAT2Aには受容体活性が検出されず、mCAT1のTEDをmCAT2AのTEDで置換したキメラも受容体活性を失い、rCAT3は低効率ながらもエコトロピックウイルス受容体として機能することが示された。

3.ウエスタン法によりmCAT1-GFPと同様にTED変異型mCAT1や他のCAT類縁蛋白についても発現様式を検討した結果、これらの蛋白の二量体に相当するサイズのシグナルが検出され、クロスリンカー処理によりこれらのシグナルの増強が認められた。また、インフルエンザウイルスの血球凝集素(HA)の抗原性部位で標識したmCAT2A-HAとmCAT2A-GFPをヒト293細胞にて共発現させた結果、この両者が免疫共沈することが示された。mCAT2A-GFPとmCAT1-GFPでは共沈が見られなかったため、CAT蛋白がホモの二量体を形成すると考えられた。還元条件下でも二量体形成があまり抑制されないことから、膜貫通部位のα-ヘリックスを介したSDS抵抗性の二量体を形成していると考えられた。

4. mCAT1-GFPを発現するミンクCCL64細胞にエコトロピックMuLVを感染させると、受容体が核周囲の粗面小胞体と思われる領域に集積することが蛍光顕微鏡によって観察され、また、抗GFP抗体を用いたウエスタン法では、ウイルス感染後、mCAT1-GFPの糖鎖修飾のレベルが減少することによって分子量が減少がすることが示された。

5. ウサギSIRC細胞は野生型及びTED変異型めmCAT1-GFPを効率良く安定に発現することが示された。また、それらの細胞にエコトロピックMuLVを感染させた結果、野生型とラット型では殆ど細胞融合が見られないのに対し、ハムスター型のTEDを持つmCAT1-GFPを発現する細胞では感染後早い時期に明らかな細胞融合が認められた。したがって、SIRC細胞においては、mCAT1のTEDの一次構造の差がエコトロピックMuLVによる細胞融合に対する感受性を規定しうると考えられた。以上、本研究では新たな実験系を開発することによって、これまで困難とされてきたmCAT1及びCAT類縁蛋白の発現様式や細胞内局在を様々な手法で解析を行うことを容易にした。また、その系を用いてエコトロピックMuLVと受容体との相互作用に関して上記のような知見も得られており、これらはレトロウイルスの複製機構の解明に重要な貢献をなすと考えられる。また、レトロウイルスと受容体の相互作用の分子レベルでの解明や、レトロウイルスベクターの導入法の改良などに向けて、今後の応用も期待される。以上の理由から、本研究は学位の授与に値するものと判断した。

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