学位論文要旨



No 214774
著者(漢字) 内野,茂夫
著者(英字)
著者(カナ) ウチノ,シゲオ
標題(和) NMDA受容体サブタイプの誘導発現系と興奮性アミノ酸放出の可視化
標題(洋) Inducible expression of NMDA receptor subtypes and visualization of excitatory amino acid release
報告番号 214774
報告番号 乙14774
学位授与日 2000.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14774号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 助教授 和泉,孝志
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 講師 廣瀬,謙造
内容要旨 要旨を表示する

 中枢神経系を構築する神経細胞は、一部の幹細胞を除きその多くは胎児期にでき上がり、その後、増殖、分化することはない。従って、神経細胞が大量に喪失する事態が生ずると、脳は機能障害をおこす。近年、神経細胞の脱落を特徴とする神経変性疾患や脳血管障害の機構解明が精力的になされ、神経細胞死を誘発する機構の一つとして、グルタミン酸やアスパラギン酸等の興奮性アミノ酸により活性化されるNMDA受容体チャネルの異常な活性化が注目をあびている。従って、NMDA受容体チャネルの異常な活性化を抑制することは、神経変性疾患や脳血管障害の治療において有効な手段の一つと考えられる。このような背景のもとに、本研究は、NMDA受容体チャネルの異常な活性化を抑制する医薬開発のための評価系の構築、および、異常な活性化をもたらす興奮性アミノ酸放出の解析法の開発という二つの側面から進められた。

 NMDA受容体チャネルは2つのサブユニットファミリー(GluRε1〜ε4、GluRζ1)から構成されている。現在、神経変性疾患や脳硬塞等の治療薬として、GluRε2/ζ1に選択的な薬剤が開発されつつある。しかし、その他のサブタイプに選択的な薬剤の開発は、簡便なサブタイプ毎の医薬評価系が確立されていないため遅れていた。そこで、本研究では各サブタイプ選択的阻害剤開発のための医薬評価系の構築を目的に、各サブユニットからなるNMDA受容体チャネル(GluRε1/ζ1〜GluRε4/ζ1)発現細胞株を樹立し、既存のアンタゴニストを用いてそれらの発現細胞株の医薬評価系としての有用性を検討した。NMDA受容体チャネルの構成的発現細胞株の樹立は、培地中のリガンド様物質によるチャネルの活性化が細胞死を誘発することから困難であるため、熱ショックプロモーターを利用した誘導発現系を用い発現細胞株を樹立した。これらの発現細胞株は、43℃で2時間の培養後、3〜12時間後に機能的なNMDA受容体チャネルを発現した。次に、これらの発現細胞株の医薬評価系としての有用性を検討するため、3種類の既存のアンタゴニスト(APV、ifenprodil、MK-801)について各サブタイプに対する阻害効果を評価した。評価方法は、NMDA受容体チャネルがカルシウム透過性を持つことから、カルシウムイメージング法を用いた。その結果、APVに対する阻害効果の序列は、GluRε1/ζ1>GluRε2/ζ1>GluRε3/ζ1>GluRε4/ζ1であること、ifenprodilはGluRε2/ζ1に選択的であること、また、open channel blockerであるMK-801は15分程度の洗浄では受容体チャネルから容易に解離しないことを確認した。これらの結果は、これまでの一過性発現系での知見とよく一致することから、発現細胞株は医薬評価系に利用できるものと考えられる。そこで、新規のNMDA受容体アンタゴニストであるPPDCについて、各サブタイプに対する阻害効果を評価した。これまでの知見から、PPDCは、NMDAおよびエフェクターであるグリシンの解離定数を変えることなくNMDAの反応性を低下させる。また、他のグルタミン酸受容体(AMPA、カイニン酸、メタボトロピック型受容体)やニューロトランスミッター受容体(GABA、セロトニン、アセチルコリン受容体)には作用しないことから、非競合型NMDA受容体特異的アンタゴニストであることがわかっているが、NMDA受容体各サブタイプに対する阻害効果は知られていない。本発現細胞株を用いた薬理学的解析から、PPDCの阻害効果の序列は、GluRε4/ζ1(IC50=1.59μM)>GluRε3/ζ1(8.34μM)>GluRε2/ζ1(13.4μM)>GluRε1/ζ1(42.8μM)であることがわかった。

 一方、NMDA受容体チャネルの異常な活性化は、脳虚血に代表されるように生理的レベル以上の興奮性アミノ酸の放出によってももたらされる。従って、ある刺激に対する興奮性アミノ酸放出の時間経過とその領域の解析は、神経細胞死誘発のメカニズム解明、さらには疾患の治療法の開発において重要なことと考えられるが、その解析方法は未だ開発されていないため十分に検討されていない。そこで、本研究では、ラット海馬切片からの虚血時の興奮性アミノ酸放出をモデルケースとして、NMDA受容体チャネル発現細胞株を用いて脳切片からの興奮性アミノ酸放出のリアルタイムかつ二次元的な可視化方法を開発した。システムの原理は、まずカルシウム蛍光指示薬(fura-2)を負荷したNMDA受容体チャネル発現細胞に海馬切片を直接重曹する。その後の刺激により海馬切片から興奮性アミノ酸が放出された場合、発現細胞上のNMDA受容体チャネルが活性化されることによる細胞内のカルシウム濃度の上昇を蛍光強度の変化として検出することにより、海馬切片からの興奮性アミノ酸の放出をリアルタイムかつ二次元的に可視化するものである。この方法を用いて、ラットの海馬切片に10分間の虚血負荷を与えたところ、虚血後数分からCA1領域下で蛍光強度の増大が観察され始め、次いでCA3、歯状回下、最終的に切片下全体で蛍光強度が上昇した。この蛍光強度の変化は、NMDA受容体チャネルを発現していない細胞では観察されないことから、虚血負荷中に海馬切片から放出された興奮性アミノ酸による発現細胞上のNMDA受容体チャネルを介した細胞内カルシウム濃度の上昇であることが示された。従って、この方法により、興奮性アミノ酸放出の時間経過とその領域の可視化が可能であることがわかった。

 以上、本研究では、各サブユニットからなるNMDA受容体チャネル発現細胞株を樹立し、これらの発現細胞株がカルシウムイメージング法を用い医薬評価系に利用できることを示した。カルシウムイメージングによるアンタゴニストの評価方法はハイスルプットスクリーニングに適用できるため、樹立した発現細胞株はサブタイプ選択的な新規阻害剤の簡便なスクリーニングおよび評価系への利用が期待できる。さらに、この発現細胞株を用いることにより、脳切片からの興奮性アミノ酸放出をリアルタイムかつ二次元的に可視化する方法を開発した。この方法は、被験動物の種類や年齢を問わず、また、虚血のほか薬剤投与や電気刺激等に応用可能であると考えられる。今後、これらの研究成果が、NMDA受容体チャネルの阻害剤の開発、および、興奮性アミノ酸放出の機構解明の一助となることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

 中枢神経系の情報伝達において主要な役割を担うNMDA受容体チャネルを異常に活性化すると、神経細胞死が誘発されることが知られている。本研究は、NMDA受容体チャネルの異常な活性化を抑制する医薬開発のための評価系の構築、およびNMDA受容体チャネルの異常な活性化をもたらす虚血時の興奮性アミノ酸放出の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. NMDA受容体チャネルの構成的発現細胞株の樹立は、培地中のリガンド物質によるチャネルの活性化が細胞死を誘発することから困難である。そのため、熱ショックプロモーターを利用した誘導発現系を用いて発現細胞株を樹立した。

2. 樹立したNMDA受容体各サブタイプ発現細胞株について、43℃で2時間の培養後、3〜12時間後に機能的なNMDA受容体チャネルが発現することをカルシウムイメージング法を用いて確認した。

3. 新規の非競合型NMDA受容体アンタゴニストであるPPDCを用いて、本発現細胞株が医薬評価系として利用できることを実証した。NMDA受容体各サブタイプに対するPPDCの阻害効果の序列は、GluRε4/ζ1(IC50=1.59μM)>GluRε3/ζ1(8.24μM)>GluRε2/ζ1(13.4μM)>GluRε1/ζ1(42,8μM)であった。

4. カルシウム蛍光指示薬を負荷した本発現細胞株(E1細胞)の上に海馬切片を重層し、E1細胞の蛍光強度の変化を経時的にモニタリングすることで虚血時の海馬切片からの興奮性アミノ酸の放出を、実時問かつ二次元的に可視化した。その結果、興奮性アミノ酸は、虚血後数分でまずCA1領域から放出され始め、次いでCA3、歯状回、最終的に海馬切片全体から放出されることが示された。

 以上本研究は、NMDA受容体チャネル各サブタイプの発現細胞株を用いた医薬品開発のための評価系を構築すると共に、その発現系を用いて虚血時の興奮性アミノ酸放出を実時間かつ二次元的に可視化する系の開発を報告したもので、NMDA受容体チャネルのサブタイプ選択的阻害剤の蘭発および興奮性アミノ酸放出の機構解明に貢献するものであり、学位の授与に値するものと認められる。

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