学位論文要旨



No 214775
著者(漢字) 塚田,縫子
著者(英字)
著者(カナ) ツカダ,ヌイコ
標題(和) 食行動調査(EAT)とエゴグラム(TEG第2版)による摂食障害の検討
標題(洋)
報告番号 214775
報告番号 乙14775
学位授与日 2000.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第14775号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 関根,義夫
内容要旨 要旨を表示する

I.はじめに今日,増加の一途をたどっている摂食障害は,その成因については未だに明らかになっておらず,代表的な摂食障害である神経性無食欲症(AN)と神経性過食症(BN)の,相互の関連もなお明らかになっていない。本研究は,摂食障害の下位分類群の相互関連について明らかにすることを目的とし,EATとTEG第2版によって各々の類似点と相違点の比較検討を試みた。その結果,ANを既往後BNになる群(ANBN)の位置づけに若干の示唆を得た。II.対象と方法

 1.対象:健常対照群として東京都内の看護系短期大学の1,2,3年生,計298人に,自記式質問紙による記名のアンケート調査によって食行動異常に関する調査を行い,同時に東大式エゴグラム第1版(以下TEGと記す)を施行した。食行動の調査にはGarnerらによる食行動調査(Eating Attitudes Testの縮小版であるEAT-26の邦訳版,以下EATと記す)を用いた。調査期間は1993年4月17日から5月8日であり年齢は18歳から22歳の全員女性であった。調査の中で全問の回答が得られている286人を健常対照群とした。月経の未初来の者および初来後中断して後未再来の者はなかった。

 次いで東京に隣接する千葉県I市の国立総合病院の心療内科を1997年5月から1998年3月までに初回受診し,専門医によりDSM-IVに基づき,摂食障害と診断された患者80人にEATならびに東大式エゴグラム第2版(以下TEG第2版と記す)を施行した。そのうちデータの不備な者を除いた15歳から35歳までの女性患者62人を摂食障害群とした。摂食障害群の内訳は,制限型無食欲症(ANと記す)12人,むちゃ食い/排出型無食欲症2人,排出型過食症23人,非排出型過食症19人,特定不能の摂食障害(NOS)6人であった。検討にあたって,過食症のうちANの既往が認められる群について明らかにするため,はじめに過食症をAN既往の群(以下ANBNと記す)16人と,ANの既往のないもの(以下BNと記す)26人に分けて分析した。次いで自己誘発嘔吐のある排出群(-P)と吐かない非排出群(-N)を分けてAN,ANBN-N,ANBN-P,BN-N,BN-Pの5群につき検討した。むちゃ食い/排出型無食欲症は少数であるため統計対象から除外した。

 2.調査方法

1)EAT値はGarnerらの方法により,26項目のそれぞれにつき「いつもそう」から「全くない」までの6段階のうち上位3段階に3-1点を与え,その合計を得点とした。

2)EATの各項目における対照群別の特性を検討するために,「いつもそう」から「全くない」までの6段階に6-1点を配点し,各項目ごとの値を比較検討した。

3)2)で得られた結果を,GarnerらによるEATの3構成因子に対比させて,健常対照群および摂食障害各群の特性,ならびに相互の関連を明らかにすることを試みた。

4)エゴグラムは交流分析理論に基づき作成された人格のプロフィールで,CP(批判的親),NP(養育的親),A(大人),FC(自由な子供),AC(順応した子供)の5つの自我状態を尺度とした行動パターンをみる心理テストの一種である。本研究では信頼性および妥当性がすでに得られている東大式エゴグラムを用いた。健常対照群ではTEGを用いたがその直後に改訂されたため,摂食障害群ではTEG第2版を用いた。TEG第2版は,TEGとほぼ同等のツールとして扱うことが可能として,摂食障害群のエゴグラムの平均値のプロフィールを健常対照群と比較したが,パターン分布についてはTEG2版はコード化されたため,それぞれによる分類を併記し検討した。

5)摂食障害各群の平均値のエゴグラムを比較し,その各々の特性を検討した。

6)本調査の統計的検討にはSPSSを用い,群内の差の検討には一元配置分散分析とそのの後の多重比較にはScheffeの検定を用いた。

III.結果

1.食行動について

 健常対照群のEATの平均値は6.8(SD=6.7)であった。各摂食障害群のEAT平均値はANは22.6,(SD=12),ANBNは31.9,(SD=12.7),BNは33.5,(SD=15.5),NOSは38.7,(SD=13.8)の順で高かった。全ての摂食障害群のEAT値は,健常対照群より有意に高く,EATがANのスクリーニングテストとしてだけではなく,BNの一次的スクリーニングにも有用なことが示唆された。摂食障害群間ではANBNとBN群間にはEAT値に有意な差を認めなかった。

 EATの項目別平均値について,AN,ANBN,BNが共に健常対照群に比して有意に高値を示したのは7項目(2,3,6,10,18,20,21)で,項目2(空腹の時でも食事をさけ),項目3(食べ物のことで頭がいっぱい),項目6(食べ物のカロリーに気をつけ),項目10(食後にひどくやましいことをしたように思う),項目18(自分人生は食べ物に振り回されていると思う),項目20(他の人たちが自分に食べるように圧力をかけていると思う),項目21(食ベ物に関して時間をかけすぎたり考えすぎたりする)が摂食障害群に共通に見られることが認められた。EATの考案者であるGarnerらは40項目の中から因子負荷量0.40以上の項目として26項目を選んだ。それらから抽出したEATの3構成因子(I Dieting 摂食制限-項目1,6,7,10,11,12,14,16,17,22,23,24,25,II Bulimia and food preoccupation 過食と食事へのこだわり-項目3,4,9,18,21,26,IIIOral control 経口制限-項目2,5,8,13,15,19,20)に本調査の結果を対応させてみると,ANはIIIの値がANBNおよびBNに比して有意に高く,ANBNとBNは共にnの値がANに比して有意に高かった。また健常対照群は1のダイエットの因子がEAT値の中で高い割合を占めていた。Garnerらは過食型と制限型のANはEATの総点で違いがなくてもIIとIIIで違いが出ると述べている。本研究ではEATの26項目の3構成因子のそれぞれの値は,ANBNとBNに有意差は認められなかった。

2.TEG

 エゴグラムは健常対照群と摂食障害群で平均のプロフィールが全く異なった。摂食障害群はいずれも類似したエググラムパターンを示した。どの群も共通して高いCPと高いAC尺度に挟まれて,低いNPとFC尺度のプロフィールであった。

 TEG第2版では,摂食障害のエゴグラムプロフィールはANはW型,BNはU型を示したが,ANBNは上記両群の中間のプロフィールを示し,W型に近いNP低位型であり臨床像と一致した。ANおよびANBNはNP,FC尺度がBNに比しそれぞれ有意に低かったが,ANとANBN間では両尺度の差は認められなかった。

 さらにANBNとBNの排出型と非排出型を分けて,プロフィールを描くとそれぞれのエゴグラムはNP,A,FCに変化が見られた。NP尺度はANBN-N,AN,ANBN-P,BN-N,BN-Pの順で値が高くなりANBN-NとANはBN-Pに比して有意に低かった。TEGのパターン分布を見ると摂食障害群は優位型,台形,N型,M型が非常に少なく,低位型が多かった。ANは12人中TEGでは6人(TEG第2版では3人)がW型,NP低位型3人(TEG第2版では5人)であり他には2(TEG第2版では3)パターンのみであった。摂食障害各群のエゴグラムパターンでは60人中25%以上の16(TEG第2版では9)人がW型であり,ANにおいては12人中50%の6(TEG第2版では3)人がW型であった。摂食障害各群のエゴグラムパターンの数は,ANBNの非排出型,排出型,BNの非排出型,排出型の順で増えており,健常対照群では優位型,台形,N型,M型が多く,パターン分布は全てのパターンにわたっていた。

IV 考察

 EATの26項目中AN,ANBN,BNが共通して健常対照群より有意に高い値を示した項目をあわせると,摂食障害群の特性として,食事と食べ物へのこだわりと,それに対する否定的認識および自分に強いると受け取る他者の存在がうかがわれ,やせ願望,肥満恐怖,身体像障害ではなかった。ANのEATで特徴的であったのは,他者から見られる自分を意識していることおよび自分の行動について述べることであった。ANのやせ願望・肥満恐怖の得点は,健常対照群のそれと有意差はなく,むしろ他の全ての群に比して有意に低かった。BNのやせ願望・肥満恐怖はANに比し有意に高い値を示した。

 EATはANのみならず,食行動異常の一次的スクリーニング・テストとして有用であることが示唆された。ANのエゴグラムはW型で高いCP,A,ACを特徴とし、自己の外部の規範を敏感に取り込んで自分の意志でしっかりと計画を立てて実行し,そのことをアピールしようとすることが伺えた。しかし共感的人間関係をもつことや自由な自己表現を行うことは困難であることが推察された。ANBNのエゴグラムが,ANのエゴグラムとBNのエゴグラムの中間を示し,ANのプロフィールに比してNP,FC尺度が上がり中間のA尺度が下がったプロフィールを示したことは興味深い。摂食障害のエゴグラムはいずれも強く規範を意識し,それを達成しようとする一方,共感的な人間関係や自由な自己表出が妨げられる葛藤状況にある。

 EAT値ではANBNはBNと有意差が認められなかった。一方エゴグラムの各尺度ではANとANBN間で差が認められなかった。ANを既往してBNになった群は,BNの考えと行動をとるがANの心理的構造を持った群であることが推察された。またANBN-NはANのエゴグラムに最も近いプロフィールであり,ANBN-PはBN-Nに近似であった。BN-NとBN-Pでは前者はU型,後者がA低位型を示し,共感的人間関係や自由な自己表現の他に理論的思考や意志に弱さを伺わせるプロフィールとなっている。エゴグラムパターンでは摂食障害群はいずれも高いCPとACに挟まれた低いNP,A,FCによる低位型が共通して多かった。とりわけTEGで見ると対照群では286人中8人であったW型が,BNでは26人中3人,ANでは12人中6人であったことはAN群のエゴグラムパターンの偏りを示し,ANは性格が強化因子になっている摂食障害の一型と考えられる。

 TEGとTEG第2版を比較検討した結果では,評価尺度の25〜75パーセンタイルを一つに括った分だけ,TEG第2版がパターンについての感度が落ちていると推察された。本研究はANとBNは相互排除的な臨床単位ではなく,AN既往後BNを発症する場合には,ANの心的構造をもち,BNの思考と行動をとるという形で重複することを裏付けた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,近年著しく増加傾向を示している摂食障害の,各臨床形態の特性および各型の相互関連を明らかにするために食行動調査(以下EAT)と東大式エゴグラム第2版(TEG)によって健常対照群と摂食障害群および各摂食障害群間の比較検討を行ったものであり,以下の結果を得ている。

1.EATの項目のうち摂食障害群は健常対照群に比し,食事に対するこだわりと自己欺瞞の意識が共に有意に高く認められたことが示された。しかし神経性無食欲症既往後神経性過食症を発症した群(ANBN)とはじめから神経性過食症(BN)で発症した群間にはEAT値および各EAT項目の値に差は示されなかった。

2.EAT項目分析では神経性無食欲症(AN)の痩せ願望・肥満恐怖は健常対照群のそれと同程度であり,一方ANBNとBNは強い痩せ願望・肥満恐怖が認められたことが示された。

3.エググラムは健常対照群と摂食障害群では平均のプロフィールが全く異なっており,摂食障害群は,いずれも高いCPとAC尺度に挟まれた低いNPとFC尺度を特徴とすることが示された。またTEGのパターン分布では摂食障害群は優位型,台形型,N型,M型が非常に少なく低位型が多いことが示された。

4.エゴグラムプロフィールはANはW型,BNはU型を示したがANBNは両群の中間のW型に近いNP低位型のプロフィールを示し臨床像と一致していることが示された。

5.ANおよびANBNは,NPおよびFC尺度がBNに比しそれぞれ有意に低かったがANとANBN間では両尺度の差がないことが示された。

6.摂食障害群におけるW型の割合の多さが示された。なかでもANは12人中6人がW型を示し,AN群のエゴグラムパターンの偏りを示し,ANは性格が強化因子になっている摂食障害の一型と考えられた。

7.EATとTEGによりANを既往してBNを発症した群はANの心理的構造をもってBNの考えと行動をとる群であると考えられた。

 以上本論文は食行動調査(EAT)とエゴグラム(TEG第2版)を同時に測定に用いて,ANとBNは相互排除的な臨床単位ではなく,ANを既往してBNを発症した群はANの心理的構造をもってBNの思考および行動をとるという形で重複する場合があることに示唆を与えるものである。以上により本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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