学位論文要旨



No 214776
著者(漢字) 森脇,将光
著者(英字)
著者(カナ) モリワキ,マサミツ
標題(和) Nicotiana plumbaginifoliaにおけるArabidopsis由来の温度感受性プロモーターの発現とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214776
報告番号 乙14776
学位授与日 2000.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14776号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 山川,隆
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

 伝子組換え植物の基礎研究及び応用研究において、Cauliflower Mosaic Virus 35S(CaMV35S)プロモーターは、殆どの器官で常時、強く発現することから、最も多くの形質転換植物に使用されてきた。しかしその反面、強い発現力を有するプロモーターであることから、オーバープロダクションによる障害や内在性遺伝子のコサプレションによる抑制等様々な問題点も報告されてきた。そこで一時的に発現するプロモーターを使用すれば、その発現を調整することにより、CaMV35Sプロモーター使用時に生じる様々な問題点が改善される部分もあるのではないかと考えられた。

 植物では一時的に発現するプロモーターとして、傷害誘導性、エリシター感受性、光感受性、化学物質感受性及び組織特異的プロモーター等が知られており、それらは限定された条件下で効率的に発現する為、特に応用上の利点が考えられている。しかし、例えば、テトラサイクリン感受性プロモーター遺伝子はタバコで開発されたものであるが、シロイヌナズナ及びトマト等では発現しないと報告されており、また組織特異的プロモーターの多くは、使用できる植物が限定される上に、かつ目的の組織以外でも発現するという報告がある。更に化学物質感受性プロモーターでは、化学物質の組織への浸透性等の原因で、発現を微調整することが困難なことが予想される。

 そこで本研究では、一時的に発現するプロモーターとして温度感受性プロモーターに着目した。その理由として、以下のような点を研究上また応用上長所として考えた。

 1. 温度感受性プロモーター遺伝子は、多くの植物に共通の配列を持つものが存在するので、汎用性が広いと考えられる。

 2.  温室等を利用して、その発現を調節できる可能性がある。

 また今までに、温度感受性プロモーター遺伝子の発現を調べる為に、レポーター遺伝子としてβ-D-Glucuronidase(GUS)遺伝子を導入した形質転換植物で報告されているが、温度条件、生長度、組織特異性等を含めて総合的に熱ショックによるGUS発現を報告しているものはない。また温度感受性プロモーターと有用遺伝子の融合した遺伝子を植物に導入し有効活用しようとする試みがなされた例もない。

 フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)酵素はシキミ酸経路で作られたフェニルアラニンから桂皮酸とアンモニアを生成する酵素であり、PAL酵素は、フェニルプロパノイド代謝の最初のステップになる重要な植物の代謝酵素である。そしてそのフェニルプロパノイド系代謝産物として、フラボノイド、リグニン、クマリン等があるが、それらは植物にとって、昆虫からの防御、UV防御、抗微生物作用等の役割を担う有用な代謝産物である。またそれら代謝産物であるアントシアニンは色素、フラボノイドは抗酸化剤、カプサイシンは香辛料として使用されており、人の生活においてもなくてはならないものとなっている。

 従って、PAL遺伝子を植物に導入し、二次代謝産物を効率的に産生させることは非常に重要なことと考えられた。しかしPAL遺伝子の植物への導入を考えた場合、常時強く発現するCaMV35Sプロモーターを使用すると、逆にPALの発現が抑制される報告があることから、温度感受性プロモーターとPAL遺伝子との融合遺伝子を導入した形質転換植物を作成し、温室等で熱処理を行い、PAL活性を外部から制御し、二次代謝系へのスイッチのon,offを調整することで、目的の代謝産物含量を変化させることが可能になるのではないかと推察された。

 そこでまず Arabidopsis の熱ショックタンパク質(HSP18.2)のプロモーターとGUSの融合遺伝子を導入したNicotiana plumbaginifolia を作成して熱誘導GUS活性の変化を比較検討した。その結果、温度という処理条件のスイッチon,offで選択的に、プロモーターが効率的に発現するということが判った。しかし、その発現レベルは、植物の生長度、器官・組織及び温度条件等で異なった現象を示すことが判った。

 すなわち形質転換体の再分化後5-7ヶ月で5-8cmの長さの葉を使用した実験で、熱誘導GUS活性が42℃・2時間の熱処理で効率的に発現した。しかしその発現レベルは、葉長と相関が有り、かつ再分化後の栽培期間に影響された。

 また特に致死温度に近い44℃・2時間の熱処理を行った時は、他の熱処理条件の時とは大きく異なり、熱処理終了後約24時間はほとんど活性を示さず、その後除々に活性が上昇するというGUS発現パターンを示した(図1)。

 これら結果より形質転換株葉の発現は、熱処理条件、植物の栽培期間及び生長度が導入遺伝子の発現に関わる重要な因子であることが判った。

 また形質転換株組織による発現誘導温度条件を検討した。ほとんどの組織・器官の最適GUS活性誘導条件は42℃・2時間で、45℃・2時間処理では発現がほとんど観察されなかった。しかし果実の未熟種子及び胎座は、それぞれ36℃及び39℃が最適熱誘導温度で、他の組織よりも低かった(図2)。また完熟種子では48℃でさえ熱誘導活性を示すことが判った。これら結果より、N.plumbaginifoliaの果実組織及び種子は、他の組織と比較して、耐熱性に大きな違いがあるということが示唆された。また、HSPプロモーターを他の遺伝子を融合して利用する場合、ターゲットとした組織に応じて、それぞれの効率的な条件で検討する必要があることが示めされた。

 更に Arabidopsis HSP18.2プロモーターにparsley PAL遺伝子との融合遺伝子を導入した N.plumbaginifoliaの葉及び花芽を使用して、熱処理後のPAL発現を検討した。すなわちそれらの組織は、HSP18.2-GUS遺伝子を導入した形質転換株で熱処理後、GUSの高い発現を示したことから、HSP18.2-PAL遺伝子を導入した形質転換株組織でも、PAL活性が一過的に上昇するであろうと予想し実験を行った。

 しかし予想とは逆に、熱処理後parsley PALmRNAが発現すると、その転写が引き金になり、内在性PAL活性が抑制され(図3)、その減少に呼応して、下流の代謝産物であるクロロゲン酸含量も減少する結果となり、一過的にCo-supressionが見られることが示唆された。

 このことは熱処理により植物組織内のクロロゲン酸含量を増加させて、病害抵抗性を上昇させる、あるいは抗酸化剤として利用しようとした考えからいうと、目的とは逆の結果となった。

 しかしこれら結果から、植物に内在する遺伝子に影響しない外来遺伝子を導入する、あるいは外来遺伝子を導入した形質転換植物で、内在遺伝子に影響しないで高発現するlineを選択できれば、効率的に発現する可能性が考えられ、逆に内在する遺伝子に影響する遺伝子であれば、必要な時にその発現を抑制することにより、実用可能な遺伝子組換え植物への可能性も考えられた。

図1 形質転換株葉の熱誘導GUS活性

図2 中サイズ緑色果実組織における熱誘導GUS活性

図3 花芽における熱処理後のPAL活性44℃・5時間処理後の花芽のPAL活性を分析した。

審査要旨 要旨を表示する

 遣伝子組換え植物の基礎研究及び応用研究において、Cauliflower Mosaic Virus 35S(CaMV35S)プロモーターは、殆どの器官で常時強く発現することから最も多くの形質転換植物に使用されてきた。しかしその反面、オーバープロダクションによる障害や内在性遺伝子のコサプレションによる抑制等様々な問題点も報告されてきた。そこで一時的に発現するプロモーターを使用すれば、その発現を調整することにより、CaMV35Sプロモーター使用時に生じる様々な問題点が改善される部分もあるのではないかと考えられた。

 本論文は一時的に発現するプロモーターとして高温処理により誘導される温度感受性プロモーターに着目した。温度感受性プロモーター遺伝子は、多くの植物に共通の配列を持つものが存在するので汎用性が広く、温室等を利用してその発現を微調整できる可能性がある。

 そこで第1章ではArabidopsisの熱ショックタンパク質のプロモーター(HSP18.2 promoter)とβ-D-Glucuronidase(GUS)の融合遺伝子を導入したNicotiana plumbaginifoliaを使用して、熱ショックで誘導されるGUS活性の変化を比較検討した。その結果、温度という処理条件のスイッチオン、オフで選択的に、プロモーターが効率的に発現するということが判った。

 第2章ではその発現レベルについて述べているが、植物の生長度、器官・組織及び温度条件等で異なった発現を示すことが判った。たとえば再分化後5-7ヶ月の形質転換株から5-8cmの長さの葉を使用した実験では、熱誘導GUS活性が42℃・2時間で効率的に発現した。しかもその発現レベルは、葉長と相関があり、かつ再分化後の期間に影響された。そしてほとんどの組織・器官の最適GUS誘導活性は42℃・2時問で、45℃・2時間処理では発現がほとんど観察されなかった。しかし果実の未熟種子及び胎座は、それぞれ36℃及び39℃が最適熱誘導温度で、他の組織よりも低かった。また完熟種子では48℃でさえ熱誘導活性を示すことが判った。これらの結果より、N.plumbaginifoliaの果実組織及び種子は、他の組織と比較して、耐熱性に大きな違いがあるということが示唆された。また、HSPプロモーターを他の遺伝子を融合して利用する場合、ターゲットとした組織に応じて、それぞれの効率的な条件で検討する必要があることが示された。

 第3章では熱ショックを利用した二次代謝産物の生産制御を試みた。フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)は、フェニルプロパノイド代謝への最初のステップとなる重要な植物の代謝酵素である。温度感受性プロモーターとPAL遺伝子との融合遺伝子を導入した形質転換植物を、育成チャンバー等で熱処理を行い、PAL活性を変化させ、二次代謝系へのスイッチオン、オフを調整することで、目的の代謝産物含量を変化させることが可能になるのではないかと推察された。そこでArabidopsis HSP18.2プロモーターにパセリPAL遺伝子との融合遺伝子を導入したN.plumbaginifoliaの葉及び花芽を使用して、熱処理後のPAL発現を検討した。しかし予想とは逆に、熱処理後、パセリPALmRNAが発現した際にその転写が引き金になり、内在性PAL活性が抑制され、その減少に呼応して組織中のフェニルプロパノイド系代謝産物であるクロロゲン酸含量も減少する結果となり、一過的にコサプレッションが起きていることが示唆された。

 このことは熱処理により植物組織内のクロロゲン酸含量を増加させて、病害抵抗性を上昇させる、あるいは抗酸化剤として利用しようとした考えからいうと、逆の結果となった。しかしこれらの結果から、植物に内在する遺伝子に影響しない外来遺伝子を導入する、あるいは外来遺伝子を導入した形質転換植物で内在遺伝子に影響しないで高発現するlineを選択できれば効率的に発現する可能性が考えられ、逆に内在する遺伝子に影響する遺伝子であれば必要な時にその発現を抑制することにより、実用可能な遺伝子組換え植物への応用の可能性も考えられた。

 本研究ではHSP18.2-GUS融合遺伝子を導入した形質転換株の実験で、その発現レベルは各組織、生長度およびその熱処理条件により大きく異なり、プロモーターを制御する多くの要因があることを浮き彫りにした。そしてHSP18.2-PAL融合遺伝子を導入した形質転換株の実験で、その発現がきっかけになり、内在するPAL遺伝子の発現に干渉し、その発現が抑制されたことから、外来遺伝子を融合して発現させるには更に多くの制御する因子のあることをはっきりさせた。

 本実験は熱ショックにより二次代謝産物の生合成の流れを人為的に変えた実例であり、将来的にはこれら制御機構を更に明らかにすることにより二次代謝系の遺伝子発現を促進あるいは抑制して望まれる代謝産物の生産、あるいは抑制へ応用することが考えられ、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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