学位論文要旨



No 214777
著者(漢字) 津幡,卓一
著者(英字)
著者(カナ) ツバタ,タクイチ
標題(和) ヘプタノール感受性Pseudomonas putidaから得られたヘプタノール耐性変異株の脂肪酸とリポ多糖の変化による耐性機構の解明
標題(洋)
報告番号 214777
報告番号 乙14777
学位授与日 2000.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14777号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 通産省工業技術院生命工業技術研究所 部長 倉根,隆一郎
内容要旨 要旨を表示する

序論

 石油は硫黄、硫酸、ベンゾチオフェン、ジベンゾチオフェン(DBT)などという形で0.05から5%の硫黄を含んでいる。DBTは現在の石油精製の脱硫過程では除去が困難だが、酸性雨となる原因物質と考えられ、日本を始め、アメリカ合衆国や欧州は規制を施している。石油精製は爆発の危険性があるので空気が希薄な状態で行われる。微生物を石油の精製に利用するためには、その微生物は空気の希薄な状況下で生存することが必要である。しかし、嫌気性菌は生命活動が低く、しかも完全な嫌気状態を作るにはコストがかかるので好ましくない。そこで、わずかな空気が存在するような窒素置換された条件下で成長する微生物なら、嫌気性菌より成長が早く、好ましいと考えた。また、石油の精製に使用する微生物は石油に接触することになるため、高濃度の石油の存在下で生存できなければいけない。この二つの条件を併せ持つ微生物は石油精製に有用だと考えられる。

 石油から脱硫をする微生物を考えるとき、現行のプロセスでは難しいDBTを分解する微生物を得るのが最も良いと考えた。さらに、窒素置換条件下での成長と石油耐性を可能とする微生物でなければならない。この微生物のスクリーニングを考えるとき、窒素置換条件下で、DBTと有機溶媒を加えて培養し、しかもDBTが分解していなくてはいけないという選別の方法では条件が厳しすぎて微生物を得ることが難しいと考えた。また、DBTの分解だけでなく、他の有用な機能を持った微生物を有機溶媒に耐性にできれば、水に不溶な物質に微生物を作用させるためには大量の水が必要であったが、有機溶媒を用いることができれば、反応槽は小さくて済み、コストが低くて済む。そこで、選別の条件を厳しくするより、窒素置換条件下でDBTを分解する微生物を取得し、それを有機溶媒耐性にすることにした

 有用な性質を有する微生物を有機溶媒耐性にするとき、有用な性質が失われないようにしなければならない。強い毒性を有する変異源を用いると、有用な性質が失われ易い。そこで、自然の事象で起こりうる環境の変化ならば、有用な性質は損なわれにくいと考えた。その環境の変化として紫外線照射および有機溶媒との接触を行うことにした。

 アルコールの中では非常に強い毒性があるヘプタノールに対して菌を耐性にするなら、毒性のあるさまざまな有機溶媒に対しても耐性になるであろう。さらにヘプタノールは揮発性でない。こうした理由でヘプタノールに耐性な菌の創製を試みた。

結果と考察

 (1)土壌試料から窒素置換条件下で、DBTを分解し(145.3±1.2ppm)、成長する(OD660:0.241±0.005)微生物を得て、Pseudomonas putida No.69と名付けた。この菌株に紫外線の照射とn-ヘプタノールに浸すことで、窒素置換条件下、5%デカリンと1000ppm DBTを含む培地で30日間培養し、DBTの分解が188ppmである菌株を得た。この菌株をPseudomonas putida No.69-3と名付けた。好気条件下で、10%有機溶媒を含む培地でのNo.69-3株の成長は、n-ヘプタノール、2-オクタノン存在下ではOD660値は0.41まで、エトキシベンゼンとn-オクタノール存在下ではOD660値は1.22まで成長した。さらに、50%ヘプタノール存在下でOD660値は0.15まで成長した。

 (2)No.69-3株を10%n-ドデカノール、n-ウンデカノール、n-ノナノール、n-オクタノール、n-ヘプタノールを含む培地で培養し、脂肪酸、リポ多糖、表層の疎水性を調べた。No.69-3株はlog P値の大きいアルコール(log」P値:ドデカノール、5.0;ウンデカノール、45;ノナノール、3.4;オクタノール、2.9;ヘプタノール、2.4)と培養すると、成長が良かった。これはアルコールの毒性がそのlog P値と深く関係あることを示す。

 No.69株と全てのアルコールと培養したNo.69-3株は脂肪酸として、n-テトラデカン酸、n-ヘキサデカン酸、トランス-9-ヘキサデセン酸、シス-9-ヘキサデセン酸、n-オクタデカン酸、トランス・11-オクタデセン酸、シス-11・オクタデャン酸を含んでいた。No.69-3株はn-ウンデカノール、n-ノナノール、n-ヘプタノールと培養すると奇数炭素数の脂肪酸と分枝脂肪酸(n-ペンタデカン酸、n-ヘプタデカン酸、トランス-10-ヘプタデセン酸、シス-10・ヘプタデセン酸、イソオクタデカン酸)も検出した。トランス型不飽和脂肪酸とシス型不飽和脂肪酸の比はNo.69株よりNo.69-3株の方が大きかった。濁度が増加するにつれて、No.69-3株では奇数炭素数の脂肪酸は増加し、偶数炭素数の脂肪酸は減少した。No.69株では18個の炭素数の脂肪酸は減少し、16個の炭素数の脂肪酸は増加した。濁度の大きさに関わらず、トランス型とシス型不飽和脂肪酸の和はNo.69株とNo.69-3株で一定だった。しかし、No.69-3株のシス型不飽和脂肪酸は減少し、トランス型不飽和脂肪酸は増加した。これはトランス型不飽和脂肪酸がシス型不飽和脂肪酸由来であることを示唆している。

 遊離脂肪酸の割合をどの程度脂肪酸が脂質に含まれていないかであると定義すると、遊離脂肪酸の割合はNo.69-3株をn-ドデカノール、n-オクタノールと培養したとき、および有機溶媒を加えず培養したとき、ほとんど全ての脂肪酸に対して遊離脂肪酸の割合は、使われたアルコールのlog P値が小さくな声ほど大きくなった。No.69-3株をn-ウンデカノール、n-ノナノール、n-ヘプタノールと培養すると、使われたアルコールのlog P値が小さくなると、ほとんど全ての脂肪酸に対して遊離脂肪酸の割合は大きくなった。しかし、n-ドデカノールと培養したときより、n-ウンデカノールと培養したときに、いくつかの遊離脂肪酸の割合が小さかった。これは奇数炭素数の脂肪酸の生産に関係あるかもしれない。

 膜を構成するリン脂質はリン酸基を膜の外側に向けている。それ故、脂質に含まれる脂肪酸と比較して、リン酸基のない遊離脂肪酸の増加は膜を疎水性にしうる。このことは水に比較的に良く溶ける毒性のあるアルコールにさらされると、脂質に含まれる脂肪酸に対して、遊離脂肪酸の量を増加させ、膜を疎水性にしたことを示す。

 No.69-3株のリポ多糖を20%ポリアクリルアミドゲルを使って分析した。n-ドデカノール、n-ウンデカノール、n-ノナノール、n-オクタノールで培養したときは二本の高分子量バンドを検出した。このアルコールの他にn-ヘプタノールで培養したときにも、共通の低分子量バンドを検出した。高分子量リポ多糖は親水性の糖を含んでいる。それ故、リポ多糖は低log P値の毒性のあるアルコールと接触すると、疎水性となった。

 No.69-3株の菌体溶液とn-ヘキサンと混合し、水層のOD660値を測定し、菌体表層の疎水性を調べた。OD660値の減少は低log P値のアルコールと培養すると大きかった。これは毒性のあるアルコールと培養すると菌体表層は疎水性が増したことを示す。

 (3)表面の疎水性が増した菌体への界面活性剤の相互作用を調べるために、0.01%(v/v)の濃度のTriton X-100、Triton X-165、Emulgen911、tween80、セチルメチルアンモニウムブロミド存在下でのNo.69-3株の成長は成長のstationary phaseでのOD660値および培養液当たりのタンパク質量は界面活性剤存在の有無に拘わらず、同じだったが、Triton X-100があると、成長のearly-logphaseまでは早く成長した。成長のmid-logphaseでは成長は非常に似ていた。Triton X-100濃度依存性を調べたところ、0.01%(v/v)の濃度で最も良く成長した。

 Triton X-100の成長を向上するための時間を決定するために、培養中にTriton X-100を加えた。OD660値が0.070でTriton X-100を加え、0.01%(v/v)とした。2時間後にはTritonX-100を加えない場合に比べて、OD660値が0.048大きかった。さらに2時間後にはOD660値の差が0.132まで広がった。Triton X-100が成長を向上させるのに2時間かからなかった。しかし、培養液はOD660値が0.251のときに0.01%(v/v)Triton X-100にしても、成長は向上しなかった。

 Triton X-100による菌体の凝集の変化を理解するために菌体の沈降における変化とTriton X-100の添加による菌体表面の疎水性を調べた。Triton X-100なしに培養したNo.69-3株はTriton X-100存在下で培養したときより、早く沈殿した。このことは菌体の沈殿の速度の相違は凝集の程度によることを示唆する。

 菌体の凝集の程度の減少は菌体表面の疎水性の減少によるかどうかを調べるために、菌体表面の疎水性の変化を調べた。No.69-3株の膜はNo-69株より疎水性度が大きかった。しかし、Triton X-100の添加に拘わらず、No.69-3株に対しては疎水性は非常に似ていた。凝集の程度がTriton X-100非存在下で培養したNo.69-3株より、Triton X-100存在下で培養したNo.69-3株の方が小さいのはTriton X-100により菌体表層の疎水性度が減少したからではない。

審査要旨 要旨を表示する

 厳しい環境の下で生育する極限環境微生物が取得され、その特徴が分子レベルで明らかとなってきている。しかし、毒性の大きい有機溶媒存在下で生育する微生物の有機溶媒耐性に関わる機構は未だ明確にされていない。毒性の大きい有機溶媒存在下で取得された微生物の特徴を調べても、それが有機溶媒に接触したために生じているのか、耐性を獲得するための機構であるのか明確にできないからである。本研究ではn-ヘプタノール感受性菌に突然変異を生ぜしめ、n-ヘプタノール耐性株を取得し、これらの2株を比較することでかヘプタノール耐性に関与すると思われる変化を見いだした。

 序論では緒言を述べた。

 第1章ではη-ヘプタノール耐性株の取得方法と脂肪酸の変化について述べた。有機溶媒耐性機構を調べるためのひとつのモデルとして、ジベンゾチオフェンを分解する菌株を取得してn-ヘプタノール耐性にした。まず窒素置換条件下でジベンゾチオフェンを分解する微生物を土壌から取得し、28日間でのジベンゾチオフェン分解能が大きい8株について同定を行い、ジベンゾチオフェン分解能が大きく(145.3ppm)、生育が良い(光路長1cmのセルでの660nmの濁度が0.241)Pseudomonas putidaを紫外線照射とn-ヘプタノールに接触させることでn-ヘプタノール耐性とした。取得した耐性株は50%n-ヘプタノール存在下で生育でき、5%デカリン存在下で188.Oppmのジベンゾチオフェンを分解できた。さらに耐性株は10%n-ヘプタノール存在下でも21.5ppmのジベンゾチオフェンを分解できた。この耐性株と感受性株の脂肪酸を比較したところ、感受性株に検出された炭素数16と18の脂肪酸に加えて、耐性株には炭素数15と17の脂肪酸を検出した。さらに耐性株には感受性株に比べてどの炭素数の脂肪酸でもトランス型不飽和脂肪酸が増加していた。脂肪酸の経時変化を調べることにより、このトランス型不飽和脂肪酸はシス型不飽和脂肪酸由来であることが示唆された。

 第2章ではさまざまな炭素数(7から12)の直鎖飽和脂肪アルコールを用い、これと接触した耐性株の脂肪酸、リポ多糖、菌体表層の疎水性を調べた。10%アルコールと培養すると、炭素数が小さいアルコールと培養するほど生育は悪くなった。炭素数の小さいアルコールと培養すると遊離脂肪酸の割合が大きくなり、脂肪酸により異なるが、n-ドデカノール存在下では5.2-13.8%であったが、n-ヘプタノール存在下では23.5-80.2%となった。またリポ多糖の多糖部分O抗原を電気泳動により調べたところ、n-ドデカノール存在下では検出した高分子量の3本のバンドがn-ヘプタノール存在下では検出できなかった。遊離脂肪酸が増えると親水性であるリン酸基が減り、リポ多糖のO抗原が減ると親水性部分が減ることになる。さらにn-ヘキサンと菌体溶液をよく混合し、水溶液中の濁度を測定することにより菌体表層の疎水性度を調べた。炭素数の小さいアルコールと培養すると水溶液中の濁度が減少し、菌体表面の疎水性度が大きくなっていることが判明した。

 第3章では界面活性剤、特にTriton X-100のn-ヘプタノール耐性菌株の生育への影響を調べた。n-ヘプタノール耐性菌株に非イオン性、イオン性界面活性剤を加え、培養したところ、非イオン性界面活性剤のTriton X-100を0.01%(v/v)添加して培養したときに生育の対数増殖期に濁度の上昇が大きくなった。しかし、どの界面活性剤を加えても定常期の濁度は同じだった。また培養途中でTriton X-100を0.01%(v/v)添加して生育を調べたところ、添加時期がearly log phaseのときには濁度の上昇効果を検出したが、mid log phaseではこの効果を検出しなかった。Triton X-100の添加がn-ヘプタノール耐性菌株の菌体表面の疎水性度を減少させたかどうか知るために疎水性度を調べたが、疎水性度の変化を検出しなかった。またTriton X-100の添加が菌体の凝集を減少させているかどうかを調べるために、培養液を500gで遠心して上清の濁度を調べた。Triton X-100を添加して培養した庁ヘプタノール耐性菌はTriton X-100を添加しないで培養した菌体に比べて上清の濁度が大きく、凝集度が小さいことが分かった。Triton X-100の添加によるn-ヘプタノール耐性菌の対数増殖期における濁度の上昇はn-ヘプタノールの添加による菌体表面の疎水性度の上昇により凝集した菌体をTriton X-100が分散させることによると結論づけた。

 結論ではn-ヘプタノール耐性株の菌体表層のモデルを示した。トランス型不飽和脂肪酸の増加により膜の隙間が小さくなる。また遊離脂肪酸の増加により膜の中の疎水性部分に遊離脂肪酸が結合し、隙間を埋めていく。さらにリン酸基が減少することにより、菌体表面の疎水性度が大きくなる。またリポ多糖の高分子量の親水性多糖部分が減少して疎水性度を大きくする。菌体表面は疎水性度が大きく、膜は隙間がなく、炭素数が小さいために親水性で毒性の大きい直鎖飽和脂肪アルコールの進入を排除する。

 本研究では、n-ヘプタノール感受性菌と耐性変異株を比較し、毒性の大きいn-ヘプタノールと接触したときの変化を調べ、脂肪酸とリポ多糖の寄与による菌体表面の疎水性の変化が耐性に関与していることを示した。この成果は水に不溶な物質の微生物による変換を行っているさまざまな分野に大きな影響を与えると考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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