学位論文要旨



No 214778
著者(漢字) 伴野,安彦
著者(英字)
著者(カナ) トモノ,ヤスヒコ
標題(和) 海洋無脊椎動物由来のタテジマフジツボ幼生に対する着生阻害物質に関する研究
標題(洋) Studies on Antifouling Substances against the Banacle Balanus amphitrite Cyprids from Marine
報告番号 214778
報告番号 乙14778
学位授与日 2000.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14778号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授(理学系) 橘,和夫
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

 フジツボ、イガイ、コケムシ、ホヤなどの海洋付着生物による船舶、養殖施設、火力発電所の冷却管などへの生物汚損は産業に多大の損害を与えている。これら生物汚損に対する対策は、古くから種々講じられてきた。なかでも、船底塗料を中心とした防汚剤の開発は、海運業の進展に伴い、活発に行われてきた。特に、1960年代から導入された有機スズ化合物の効果はめざましく、船底塗料のみならず多方面に用いられた。しかし、その海洋生物に対する毒性が明らかとなり、有機スズ化合物の使用が禁止あるいは規制された。そこでこれに代わる“環境に優しい”防汚剤の開発が急務となっている。

 このような背景から本研究では、海洋付着生物が持つ化学防御機構に着目し、海綿、ソフトコーラル、ホヤなどに含まれるタテジマフジツボ(Balanus amphitrite)のキプリス幼生の付着・変態を阻害する物質を探索して“環境に優しい”防汚剤の開発に資することを目的とした。その結果、海綿および八放サンゴから14種の新規化合物を含む26種の活性物質を単離・構造決定できた。これらのなかには、防汚剤として有望な化合物もいくつか含まれた。その概要は以下の通りである。

着生阻害スクリーニング

 日本各地で採集したバクテリア、海藻、海綿、腔腸動物、ウミウシ、コケムシ、棘皮動物、ホヤなど合計314種の検体から、脂溶性および水溶性抽出液を調製し、各抽出液についてタテジマフジツボのキプリス幼生に対する付着・変態阻害活性を調べた。その結果、93検体の脂溶性抽出液、および35検体の水溶性抽出液に活性が認められた。生物の分類別に見ると、脂溶性抽出液では、腔腸動物(約52%)と海綿(約32%)に、一方水溶性抽出液では、海藻(約18%)と海綿(約14%)に活性検体の出現頻度が高かった。活性検体のうち、9検体の脂溶性抽出液と1検体の水溶性抽出液は活性が強いものの、毒性が弱く、防汚剤探索源として有望と思われた。

八丈島産海綿Acanthella cavernosaから発見された阻害物質

 上記スクリーニングで有望な活性が認められた八丈島産海綿、A.cavernosaから活性物質の分離・同定を試みた。すなわち、凍結試料をエタノールおよびメタノールで抽出後、溶媒分画、シリカゲルクロマトグラフィーでの分画およびHPLCでの精製を行い、18種の活性物質を得た。これらの化合物の化学構造を主に各種機器分析により解析した。先ず、新規の10-isothiocyanato-11-axene(1)を含む6種のセスキテルペンを同定した。一方、得られた6種のジテルペンのうち5種が新規で、珍しい炭化水素のbiflora-4,9,15-triene(2)以外は、イソシアノ基あるいはその関連官能基を含むカリヒナン型ジテルペン[10β-formamidokalihinol A(3)、10β-formamidokalihinol E(4)、10β-formamido-5β-isocyanatokalihinol A(5)および10β-formamido-5β-isothiocyanatokalihinol A(6)]であった。これらに加え4種の既知エピジオキシステロイドが得られた。

 得られた6種のセスキテルペンは、5 μg/mLの濃度で着生阻害効果を示したが、最も活性が強かったのはaxamide-3であった。面白いことに、ホルムアミド基がイソチオシアノ基に置き換わったaxisothiocyanate-3も同等な活性を示した。さらに、イソシアノ基やその関連官能基を有するカリヒナン型ジテルペンの活性は著しく、0.05 μg/mLでも幼生の着生を阻害した。特に、10β-formamido-5β-isocyanatokalihinol A(5)および10β-formamido-5β-isothiocyanatokalihinol A(6)の活性は強かった。

 4種のエピジオキシステロイドは、10 μg/mLの濃度でキプリス幼生の遊泳期間を2〜3倍に伸ばした。類似の炭素骨格を有するエルゴステロールがこの活性を示さないので、エピジオキシ基が活性発現に重要であると考えられる。伊豆半島産八放サンゴから得られたセコステロイド

 同様に、スクリーニングで有望な活性が認められた伊豆半島産八放サンゴDendronephthya sp.から活性物質の探索を行った。すなわち、凍結試料をメタノールで抽出後、溶媒分画、シリカゲルクロマトグラフィーおよびHPLCを行い、4種の活性物質を得た。IsogosteronesA-D(7-10)と命名したこれらの化合物は、各種機器分析により、これまでにない13,17-セコステロイドであることが判明した。

 これらのステロイドは、キプリス幼生の着生を2.2μg/mLで阻害したが、100μg/mLの濃度でも毒性を示さなかった。また、セコステロイド処理したキプリス幼生は7日間着生することなく泳ぎ続けた。その着生阻害機構に興味が持たれる。

ウミトサカから得られた新規ステロイド

 上記のセコステロイドが有望な活性を示したので、新しいセコステロイドの誘導体を検索する目的で、数種のウミトサカ目八放サンゴの化学成分を調べた。その結果、セコステロイドは発見できなかったが、4種の新規ステロール誘導体を得ることができた。すなわち、相模湾産Alcyonium gracillimumから3-methoxy-19-norpregna-1,3,5(10),20-tetraene(11)、3-(4-O-acetyl-6-deoxy-β-galactopyranosyloxy)-19-norpregna-1,3,5(10),20-tetraene(12)および22,23-dihydroxyholesta-1,24-dien-3-one(13)を、一方紀伊半島産Dendronephthya sp.からmethyl3-oxochola-4,22-dien-24-oate(14)をそれぞれ分離・構造決定した。

 いずれのステロイドも、50 μg/mLでもキプリス幼生の着生を阻害せず、100 μg/mLでは致死的であった。

 以上、本研究では海洋付着生物がもつ化学防御機構に着目して、代表的な汚損生物であるタテジマフジツボのキプリス幼生に対する着生阻害物質をこれら生物から検索したところ、海綿A.cavernosaおよび3種の八放サンゴから14種の新規化合物を含む26種の阻害物質を単離・構造決定できた。これらなかには、低濃度でキプリス幼生の着生を阻害すものが少なくなかった。特に、イソシアノテルペン類は毒性が弱いので、防汚剤あるいはそのモデル化合物として有望と考えられる。これらの知見は環境に優しい防汚剤の開発に貢献できるものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 フジツボ、イガイ、コケムシ、ホヤなどの海洋付着生物による船舶、養殖施設、火力発電所の冷却管などへの生物汚損は産業に多大の損害を与えている。広く用いられてきた防汚剤の有機スズ化合物による海洋汚染が問題になっており、これに代わる“環境に優しい”防汚剤の開発が急務となっている。そこで本研究では、海洋生物が持つ化学防御機構に着目し、海綿やサンゴなどに含まれるタテジマフジツボ(Balanus amphitrite)のキプリス幼生の付着・変態を阻害する物質を探索して“環境に優しい”防汚剤の開発に資することを目的とした。その概要は以下の通りである。

 まず、日本各地で採集した314種の海洋生物から、脂溶性および水溶性抽出液を調製し、各抽出液についてタテジマフジツボのキプリス幼生に対する付着・変態阻害活性を調べた。その結果、93検体の脂溶性抽出液、および35検体の水溶性抽出液に活性が認められた。これらのうち、有望な活性が認められた2種から活性物質の分離・同定を行った。すなわち、八丈島産海綿Acanthella caveernosaのアルコール抽出物を、溶媒分画、シリカゲルクロマトグラフィーで分画後、HPLCで精製を行い、18種の活性物質を得た。これらの化合物の化学構造を主に各種機器分析により解析した。先ず、新規の10-isothiocyanato-ll-axene(1)を含む6種のセスキテルペンを同定した。一方、得られた6種のジテルペンのうち5種が新規で、珍しい炭化水素のbiflora-4,9,15-triene(2)以外は、イソシアノ基あるいはその関連官能基を含むカリヒナン型ジテルペン〔10β-formamidokalihinol A(3)、10β-formamidokalihinol E(4)、10β-formamido-5β-isocyanatokalihinol A(5)および10β-formamido-5β-isothiocyanatokalihinol A(6)〕であった。これらに加え4種の既知エピジオキシステロイドが得られた。

 これら6種のセスキテルペンは、5μg/mLの濃度で着生阻害効果を示したが、最も活性が強かったのはaxamide-3であった。一方、イソシアノ基やその聞連官能基を有するカリヒナン型ジテルペンの活性は著しく、0.05μg/mLでも幼生の着生を阻害した。特に、5と6の活性は強かった。

 同様に、スクリーニングで有望な活性が認められた伊豆半島産八放サンゴDendronephthya sp.から活性物質の探索を行った。すなわち、凍結試料をメタノールで抽出後、溶媒分画、シリカゲルクロマトグラフイーおよびHPLCを行い、4種の活性物質を得た。Isogosterones A-D(7-10)と命名したこれらの化合物は、各種機器分析により、これまでにない13,17-セコステロイドであることが判明した。

 これらのステロイドは、キプリス幼生の着生を2.2μg/mLで阻害したが、100μg/mLの濃度でも毒性を示さなかった。また、セコステロイド処理したキプリス幼生は7日間着生することなく泳ぎ続けた。その着生阻害機構に興味が持たれる。

 上記のセコステロイドが有望な活性を示したので、新しいセコステロイドの誘導体を検索する目的で、数種のウミトサカ目八放サンゴの化学成分を調べた。その結果、セコステロイドは発見できなかったが、4種の新規ステロール誘導体を得ることができた。すなわち、相模湾産Alcyonium gracillimumから3-methoxy-19-norpregna-1,3,5(10),20-tetraene(11)、3-(4-0-acetyl-6-deoxy-β-galactopyranosyloxy)-19-norpregna-1,3,5(10),20-tetraene(12)および22,23-dihydroxycholesta-1,24-dien-3-one(13)を、一方紀伊半島産Dendronephtha sp.からmethy13-oxochola-4,22-dien-24-oate(14)をそれぞれ分離・構造決定した。いずれのステロイドも、50μg/mLでもキプリス幼年の着生を阻害せず、100μg/mLでは致死的であった。

 以上、本研究では海洋付着生物がもつ化学防御機構に着目して、代表的な汚損生物であるタテジマフジツボのキプリス幼生に対する着生阻害物質をこれら生物から検索したところ、海綿A.cavernosaおよび3種の八放サンゴから14種の新規化合物を含む26種の阻害物質を単離・構造決定したもので、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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