学位論文要旨



No 214779
著者(漢字) 松田,政広
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,マサヒロ
標題(和) 海洋性細菌Pseudomonas sp. WAK-1菌株の生産するムコ多糖および硫酸多糖の構造解析と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 214779
報告番号 乙14779
学位授与日 2000.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14779号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和田,紘一
 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 村上,昌弘
 東京大学 助教授 木暮,一啓
内容要旨 要旨を表示する

 瀬戸内海沿岸でワカメ(Undaria pinnatifida)葉体表面より分離されたWAK-1菌株は、3%ショ糖添加ZoBell 寒天培地上で異なった2種の多糖を生産することが認められた。本研究はWAK-1菌株の同定を行うと共に、生産される2種の多糖の構造決定と抗ウイルス活性について明らかにした。

 WAK-1菌株はグラム陰性菌と認められ、TEMによる電子顕微鏡観察で菌体は幅0.5-0.7μm、長さ1.3-1.9μmの短桿菌で単極鞭毛を有しており、光学顕微鏡観察で運動性が認められた。本菌株の生育pH範囲はpH 6.0-12.0、生育食塩濃度は2.0-10.7%、生育温度範囲は10-30℃と認められた。このように本菌株は塩化ナトリウム無添加や酸性領域で生育できず、海水で調製した培地に良く生育することから、海洋性細菌と考えられた。WAK-1菌株はオキシダーゼテスト、カタラーゼテスト、β-ガラクトシダーゼテスト陽性、O/Fテストで酸化型を示し、D-グルコースから酸を産生し、L-アルギニン分解、硝酸塩還元能で陰性を示した。これらの形態学的、生理・生化学的性状、DNAのGC比(59.7%)から、本菌株は海洋性Pseudomonas属と同定された。

 海洋性細菌Pseudomonas属WAK-1菌株が培養中に生じた粘質物からEtOHおよびCTAB沈殿、DEAE-セルロースイオン交換クロマト分離によって多糖A-1およびB-1を分離・精製した。得られた多糖は超遠心分析とセルロースアセテート膜電気泳動分析でそれぞれ均一性の高いことが認められ、平均分子量はそれぞれ1.6×106と3.8×105の値を示した。

 多糖A-1は酸加水分解、カルボキシル基還元、ペーパークロマト、セルロースアセテー膜電気泳動、HPLC、イオンクロマト、GLC、1H,13C NMR分析などによりβ-GlcUAp:β-GalNAcp:α-GalNAcp:Pyr=1:2:1:1からなるムコ多糖と同定された。また、部分酸加水分解によって得られた精製オリゴ糖はβ-D-GlcUAp(1-3)-D-GalNpのアルドバイオウロン酸の構造をもつと同定された。カルボキシル基還元多糖を脱アセトール処理、過ヨウ素酸酸化一スミス分解、箱守、およびPurdie法によるメチル化、GLC-MS、1H,13CNMR分析などを行った。これらの結果より多糖A-1は下記に示す構造と解析された。

 多糖B-1は酸加水分解など多糖A-1と同様の手法によりβ-D-Glcp:β-D-Galp:硫酸基=1:2:2からなる硫酸多糖と推定された。多糖B-1とこれの脱硫酸多糖をそれぞれ過ヨウ素酸々化-スミス分解、箱守、およびPurdie法によるメチル化、GLC-MS、1H,13C NMR分析などを行った。これらの結果より多糖B-1は下記に示す構造と解析された。

 多糖A-1には各種ウイルスに対して抗ウイルス活性は認められなかったが、これに化学修飾により硫酸基を付与したA1-Sには新たに抗インフルエンザウイルスA型(FluV-A)活性、抗単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)活性が発現した。一方、多糖B-1には抗HSV-1活性が認められ、化学修飾より硫酸基含有量を増加させたB1-Sには新たに抗FluV-Aと抗呼吸器系ウイルスA型(RSV-A)活性が発現した。多糖A-1には各種動物培養細胞に対する毒性は認められなかったが、多糖B-1にはヒトT-リンパ系の白血病細胞MT-4細胞に対して細胞毒性が認められ、また黒色腫HMV-2と子宮頸ガンG-HeLa細胞に対しても弱い細胞毒性が認められた。脱硫酸された多糖B-1には抗ウイルス活性および細胞毒性は認められなくなった。

 これまでに研究を行ってきた海産硫酸多糖のうちで、分子量、硫酸基含有量の比較的類似する渦鞭毛藻 Cochlodiuium polykrikoidesが作る天然硫酸多糖と本多糖B-1の抗ウイルス活性を比較した結果、本多糖B-1は、前者に比べ抗ウイルススペクトラムがはるかに狭いことが認められた。しかしながら、化学修飾により硫酸基含有量を増加させることにより、本多糖に新たな抗ウイルス活性が発現した。このことから、本多糖の示す抗ウイルス活性は、硫酸基含有率および糖鎖構造が深く、関わっていることが推定される。

海産多糖の分子量および硫酸基含有量による抗ウイルス活性効果

審査要旨 要旨を表示する

 瀬戸内海沿岸でワカメ(Undaria pinnatifida)葉体表面より分離された海洋性細菌WAK-1菌株は3%ショ糖添加ZoBell寒天培地上で2種の多糖を生産することが認められた。本研究はWAK-1菌株の同定を行うと共に、生産される2種の多糖の構造決定と抗ウイルス活性について明らかにしたものである。

 WAK-1菌株はグラム陰性、単極鞭毛による運動性を有し、幅0.5-0.7μm、長さ1.3-1.9μmの短桿菌でオキシダーゼ、カタラーゼおよびβ-ガラクトシダーゼテスト+、O/Fテスト酸化型、D-グルコースから酸を産生し、L-アルギニン分解および硝酸塩還元能を示した。これらの形態学的、生理・生化学的性状、DNAのGC比(59.7%)から、海洋性細菌Pseudomonas sp.と同定した。

 WAK-1菌株が培養中に生じた粘質物をEtOH、CTAB沈殿、DEAE-セルロースイオン交換クロマト分離によって多糖A-1およびB-1を分離・精製した。超遠心分析とセルロースアセテート膜電気泳動分析でそれぞれ均一性の高いことが認められ、平均分子量はそれぞれ1.6×106と3.8×106の値を示した。

 多糖A-1は酸加水分解、カルボキシル基還元、ペーパークロマト、セルロースアセテー膜電気泳動、HPLC、イオンクロマト、GLC、1H,13C NMR分析などによりβ-GlcUAp:β-GalNAcp:α-GalNAcp:Pyr=1:2:1:1からなるムコ多糖で、部分酸加水分解によって得られた精製オリゴ糖はβ-D-GlcUAp(1-3)-D-GalNpのアルドバイオウロン酸の構造をもつことを明らかにした。カルボキシル基還元多糖を脱アセトール処理、過ヨウ素酸酸化一スミス分解、箱守、およびPurdie法によるメチル化・GLC-MS.1H,13C NMR分析などを行った結果より、構造を以下のごとく明らかにした。

 多糖B-1は酸加水分解など多糖A-1と同様の手法によりβ-D-Glcp:β-D-Galp:硫酸基=1:2:2からなる硫酸多糖と推定され、多糖B-1とこれの脱硫酸多糖をそれぞれ過ヨウ素酸々化一スミス分解、箱守、およびPurdie法によるメチル化、GIC-MS、1H,13C NMR分析などを行った。これらの結果より多糖B-1は下記に示す構造であることを明らかにした。

 多糖A-4には抗ウイルス活性は認められなかったが、化学修飾により硫酸基を付与したA1-Sには新たに抗インフルエンザウイルスA型(FluV-A)活性、抗単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)活性が発現した。一方、多糖B-1には抗HSV-1活性が認められ,化学修飾より硫酸基含有量を増加させたB1-Sには新たに抗FluV-Aと抗呼吸器系ウイルスA型(RSV-A)活性が発現した。多糖A-1には各種動物培養細胞に対する毒性は認められなかったが、多糖B-1にはヒトT-リンパ系の白血病細胞MT-4細胞に対して細胞毒性が認められ、また黒色腫HMV-2と子宮頸ガンG-HeLa細胞に対しても弱い細胞毒性が認められた。脱硫酸された多糖B-1には抗ウイルス活性および細胞毒性は認められなくなった。

 以上、本研究は海洋性細菌Pseudomonas sp.WAK-1菌株の生産する2種の多糖の構造を決定すると同時に、その抗ウイルス活性については硫酸基含有率および糖鎖構造が深く関わっていることを明らかにしたものであり、学術上また応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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