学位論文要旨



No 214781
著者(漢字) 温,秀軍
著者(英字)
著者(カナ) オン,シュウグン
標題(和) 中国河北省地方におけるマツカレハ個体群の動態とアブラマツの成長に与える影響
標題(洋) Population dynamics of Dendrolimus spectabilis and effects of defoliation on the growth of Pinus tabulaeformis in secondary forests in Hebei province China
報告番号 214781
報告番号 乙14781
学位授与日 2000.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14781号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,公人
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 学助教授 久保田,耕平
内容要旨 要旨を表示する

 中国には4千万ha以上の面積のマツ林があり、チョウ目、カレハガ科、Dendrolimus伽属に属する昆虫は27種生息しているが、そのうち発生面積の多いものは6種である。その一つであるマツカレハ(Dendrolimus spectabilis Butler)は、マツ類の食葉性害虫として日本や韓国でも著名なものであるが、中国では江蘇省、山東省、遼寧省、河北省に分布し、アカマツ(Pinus densiflora)、クロマツ(P.thunbergii)、アブラマツ(P.tabuiaeformis)、ヨーロッパアカマツ(P.sylvestris)を食し、毎年22万ha以上ものマツ林に発生している。本論文はこれまでほとんど研究が行われてこなかったアブラマツニ次林のマツカレハについて、その個生態、分布様式、個体群動態および摂食が成長に与える影響をとりまとめ、防除指針を考察したものである。

 第1章は調査地の概要とマツカレハの個生態と生物季節との関連を述べている。河北省のアブラマツニ次林ではマツカレハは1年に1世代を経過し、4齢幼虫時に地中で越冬する。越冬後の幼虫は3月中旬になって日平均気温が1〜2℃をこえると樹上にのぼり、6月下旬から蛹化し始める。成虫は7月中旬から羽化し、つづいて産卵し始める。卵は7月下旬から9月上旬にかけて孵化する。10月になって最低気温が6℃をきると幼虫は越冬のために木を降りはじめる。

 雌の蛹重は1.51〜4.30g、蔵卵数は172〜607である。蛹重と蔵卵数の間には多くの昆虫類で認められるように直線関係が成り立ったが(r=0.943)、直線よりも放物(r=0.977)の方がよく適合した。

 第2章ではアブラマツニ次林でのマツカレハの分布様式、個体群動態、主要な死亡要因について明らかにした。林内の分布は、卵塊は密度が低ければ集中分布であったが、木あたりの卵塊数が0.63以上に高くなると機会的分布あるいは一様分布を示した。幼虫、蛹、成虫についてはいずれも集中分布であった。樹体内では、幼虫密度が低いときには樹冠中位の枝に、密度が高くなると下位の枝に多く分布した。樹冠内の方向の異なる枝間には幼虫数には差はなかった。

 マツカレハの個体群動態と死亡要因を調査し、マツカレハの発生程度、防除経過、住民による林地利用との関係でその特徴を明らかにした。その際、マツカレハの密度が低いところではつけ加えを行った。個体数の推定は1齢幼虫数は孵化化数で、成虫数は羽化後の蛹の調査で行い、同時に性比も記録した。死亡要因については現地での観察と、採集した個体の飼育によった。

 マツカレハがしばしば発生する林地と時に発生する林地でマツカレハの生命表を作成したところ、主要な死亡要因としては天敵類が観察された。時に発生する林地としばしば発生する林地を比較すると、時に発生する林地での平均死亡率は大きく、その違いが生じる発育段階としては1齢幼虫期(主として分散時の死亡)、2〜4齢幼虫期(主として捕食者によるもの)と蛹蠣期(主として寄生者によるもの)であった。個体群密度の変動を支配する発育段階をVarley and Gradwell(1960)の方法で検出したところ、2〜4齢幼虫期、蛹期、1齢幼虫期であることが明らかになった。

 河北省ではマツカレハの防除として殺虫剤の地上散布、殺虫剤を樹幹に環状に塗布する方法、森林環境の改善によって環境抵抗を高めるために住民によるマツの枝や下層植生の利用を禁止する方法などが採用されている。こうした防除経過の異なる林地で世代増殖ポテンシャルを比較したところ、しばしば発生し、選択性の低い殺虫剤を散布している林地では15.36、樹幹に殺虫剤を塗布して防除を行っている林地では3.19であったが、住民による利用を禁止しているところは0.86ときわめて小さかった。

 網の目の大きさの異なるケージを使って死亡要因の解析を実験的に行ったところ、越冬後の幼虫にはアシナガバチ類の捕食、蛹期には寄生性天敵が重要であった。選択性の低い殺虫剤を散布している林地では卵期と蛹期の寄生率が有意に低かった。マツ林の利用との関係では、住民の利用に開放されている林地でのマツカレハの世代死亡率は利用が禁止されている林地よりも低く、個体群密度も高かった。こうしたことから、住民の利用の禁止は環境抵抗を高めているものと考えられた。

 第3章ではアブラマツの生物量(針葉重量と枝重量)、マツカレハ幼虫の摂食量、摂食がナブラマツの成長に与える影響について明らかにした。アブラマツの生物量は樹齢と立地要因によって異なるが、以下のように推定される。

針葉生重量(g)は

W=-2469.626+134.403D+878.055G+592,219C+84.977n,r=0.901

枝生重量(g)は

Wbranch=3.2849D0.61662N0.61886n1.41032,r=0.899

ただし、D:胸高直径(cm)、G:樹冠直径(m)、C:樹冠高(m)、N:枝階数、n:枝数である。

 幼虫1頭あたりの摂食量を飼育によって推定したところ、長さで3129.38cm、生重で22.98g、乾重で10.52gである。摂食量は齢が高まると共に増加し、摂食量の75.0%は終齢幼虫によるものである。越冬前と越冬後の比較では越冬前は3.1%、越冬後が96.9%である。齢ごとの摂食量を個体群単位でみるには、次の式によるのがよい。ただし、Yn:n齢での個体群の摂食量、Fm:1個体あたりの生涯摂食量、nm:経過する齢数、No:最初の幼虫数、通例は孵化時の幼虫数、n:幼虫の齢、r1:齢の低下に伴う摂食量の瞬間低下率、r2:幼虫数の瞬間減少率である。

 個体群としての終齢の摂食量を求めると全摂食量の65.2%となり、個体として測定した75,0%よりも小さい。3齢までの摂食量は8.96%で、これは個体として測定した1.75%よりも増大した。

 マツカレハの摂食がマツの成長に与える影響の解析は10、15、20、25年生の林地でハサミによる摘葉実験によった。ハサミによる摘葉とマツカレハによる摂食を比較したところ、マツの成長に関しては両者の間には差は認められなかったためである。摘葉は25、50、75、100%の4段階とし、5月下旬に行った。成長量は樹幹解析によって推定した。

 摘葉実験の結果、材積成長に与える摂食の影響は25%以上の摘葉で顕著となり、食害後2年間継続した。摂食率が高いほど成長率は低下するが、20年生と25年生の林地と10年生と15年生の林地を比較すると若い林地での影響が大きく、食害の影響は樹齢によって異なることが明らかになった。

 摂食が胸高直径と新梢の成長に与える影響は摂食の程度と樹齢によって異なったが、胸高直径には2年、新梢の成長には3年間の影響が現れた。

 食害後の成長低下は以下の式によって推定される。

材積成長の3年間の低下量(m3)は

 ΔVL=0.00000052998AC+0.0000224329An-0.0000224329A

胸高直径の3年間の成長低下量(cm)は

 ΔDBHL=2.571768-3.801136n+1.229368n20.002634Cn

樹高成長の3年間の低下量(cm)は

 ΔHL=0.61006C+247.79-371.96n+124.17n2-0,01837AC

生物量成長の3年間の低下量(生重、g)は

 W branch+leaf=6.5698Nw0.61886nb1.41032-((D+ΔD)0.61662-(D+ΔD')0.61662)

A:樹齢、n:摂食の回数、C:摂食率(0%と100%)、Nw:単木あたり枝階数、nb:単木あたり枝数、D:胸高直径(cm)、ΔD=2.57174-0.0757A、ΔD'=0.0000257-0.0757A+3.801136n-1.229368n2-0.002634Cnである。

 第4章は総合考察である。以上の研究結果をもとに、マツ林地の経済性、防除によるマツカレハの直接的な死亡率、防除効果が現れる時間、長期にわたる経済的な効果、生態的な影響、社会的な効果を考慮した防除指針モデルを作成した。

審査要旨 要旨を表示する

 中国にはマツ林が4千万ha以上あり、マツカレハ(Dendrolimus spectabilis Butler)は江蘇省、山東省、遼寧省、河北省に分布している。主要な食餌宿物はアカマツ(Pinus densiflora)、クロマツ(P.thunbergii)、アブラマツ(P.tabulaeformis)、ヨーロッパアカマツ(P.sylvestris)等で、毎年の発生面積は22万ha以上に達し、中国では最も重要な森林害虫の一つである。本論文はこれまでほとんど研究が行われてこなかったアブラマツニ次林のマツカレハについて、その個生態、分布様式、個体群動態および摂食がマツの成長に与える影響等を解析し、防除指針を考察したものである。

 第1章は調査地の概要、マツカレハの個生態と生物季節との関連を述べている。

 第2章ではアブラマツニ次林でのマツカレハの分布様式、個体群動態、主要な死亡要因について解析した。分布様式に関しては、林内の卵塊の分布は密度が低ければ集中分布であったが、密度が高くなると機会的分布あるいは一様分布であった。幼虫、蛹、成虫についてはいずれも集中分布であった。樹体内では、幼虫密度が低いときには樹冠中位の枝に、密度が高くなると下位の枝に多く分布した。

 マツカレハの個体群動態と死亡要因を調査し、マツカレハの発生状態、防除経過との関係でその特徴を明らかにした。マツカレハがまれに発生する林地としばしば発生する林地を比較すると、まれに発生する林地での平均死亡率が大きかった。その違いは1齢幼虫期(主として分散時の死亡)、2〜4齢幼虫期(主として捕食者によるもの)と蛹期(主として寄生者によるもの)の死亡の違いによるものであった。個体群密度の変動を支配する発育段階を検出したところ、共に2〜4齢幼虫期、蛹期、1齢幼虫期であることが明らかになった。

 河北省ではマツカレハの防除として殺虫剤の地上散布、殺虫剤を樹幹に環状に塗布する方法、森林環境の改善によって環境抵抗を高める方法などが採用されている。こうした防除経過の異なる林地で世代増殖ポテンシャルを比較した。マツカレハがしばしば発生し、選択性の低い殺虫剤を散布している林地では増殖ポテンシャルは高く、森林環境の改善によって環境抵抗を高めているところは増殖ポテンシャルは低く、樹幹に殺虫剤を塗布して防除を行っている林地ではその中間の値であった。

 死亡要因としては、越冬後の幼虫にはアシナガバチ類の捕食、蛹期には寄生性天敵が重要であった。選択性の低い殺虫剤を散布している林地では卵期と蛹期の寄生率が有意に低かった。世代死亡率もその他の林地よりも低く、個体群密度も高かった。

 第3章ではアブラマツの生物量(針葉重量と枝重量)、マツカレハ幼虫の摂食量、摂食がアブラマツの成長に与える影響を明らかにした。まず、アブラマツの生物量を胸高直径、樹冠直径、樹冠高、枝階数、枝数から推定できることを明らかにし、飼育によって推定した摂食量から、マツカレハの個体群密度とマツの失葉量の関係を明らかにした。

 マツカレハの摂食がマツの成長に与える影響の解析は林地での摘葉実験によった。摘葉実験の結果、材積成長に与える摂食の影響は25%以上の摘葉で顕著となり、食害後2年間継続した。摂食率が高いほど成長率は低下するが、食害の影響は樹齢によって異なり、若い林地ほど影響が大きいことが判明した。また、摂食が胸高直径と新梢の成長に与える影響は摂食の程度と樹齢によって異なったが、胸高直径には食害後2年間、新梢の成長には3年間影響が持続した。

 第4章は総合考察である。以上の研究結果をもとに、マツ林地の経済性、防除によるマツカレハの直接的な死亡率、防除効果が現れる時間、長期にわたる経済的な効果、生態的な影響、社会的な効果を考慮した防除指針モデルを作成した。

 以上、本論文はこれまで研究がなかったアブラマツ林のマツカレハの個生態、個体群動態を詳細に調査し、また摂食がアブラマツに与える影響をくわしく解析した結果とあわせて、森林害虫防除のあり方を考察したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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