学位論文要旨



No 214782
著者(漢字) 尾張,敏章
著者(英字) Owari,Toshiaki
著者(カナ) オワタリ,トシアキ
標題(和) 高性能林業機械化の推移と展望に関する研究
標題(洋)
報告番号 214782
報告番号 乙14782
学位授与日 2000.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14782号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 大橋,邦夫
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 助教授 坂井,秀夫
 東京大学 助教授 仁多見,俊夫
内容要旨 要旨を表示する

 わが国では1980年代以降,高性能林業機械(フェラーバンチャ,スキッダ,プロセッサ,フォワーダ,ハーベスタ,タワーヤーダの総称)の導入が進められてきた。林業をめぐる環境が厳しさを増すなかで高性能林業機械化に対する期待が高まり,1991年には機械化の推進が政策課題として位置付けられた。補助事業を中心とした導入推進施策の効果もあり,高性能林業機械の普及は急速に広がっている。しかし一方で,導入された高性能林業機械の多くは稼働率が低い状態にある。高性能林業機械化の取り組みが行き詰まりをみせるなかで,高性能林業機械化に対する関心自体も徐々に薄れつつあるのが現状となっている。

 林業生産技術におけるイノベーションの一形態である高性能林業機械化は,低迷を続ける林業経営を大きく変革する可能性を有している。高性能林業機械化の適正な発展を促進するために,より有効な方策を講じることが現在必要となっている。そこで本論文では,高性能林業機械化の推移と展望を明らかにし,今後の高性能林業機械化の発展に向けた取り組みに対して明確な方向付けを与えることを目的とした。過去における高性能林業機械化の発展経過をふまえつつ,将来の発展状況を数量的に予測することにより,現状での課題を明らかにした。

 II章では,北海道における高性能林業機械化の発展過程について,発展にかかわる諸条件とともに叙述的に明らかにした。北海道の高性能林業機械化は,次の3つの段階で進行していた;(1)一部の素材生産事業体による外国製機械の導入(黎明期),(2)紙パルプ企業などによる全機械化作業システムの採用(拡大期),(3)中小事業体を中心とした半機械化作業システムの普及(安定期)。また,各段階における技術的,経営的,政策的条件は次のとおりであった;(1)欧米における機械化の進展,人工林間伐の増大,素材価格の低迷と労働賃金の高騰により採算性の悪化,(2)高性能林業機械に対する認知の広がり,バブル経済による好景気,補助事業の積極的導入,(3)高性能林業機械化における問題の顕在化,景気の後退,労働力の減少・高齢化,行政による高性能林業機械化の推進。このほか,高性能林業機械の導入目的に労働力不足への対応を挙げる事業体が多いこと,導入された高性能林業機械の6割以上が稼働率70%以下と低い状態にあること,高性能林業機械化における主な問題が事業量確保の困難性であることなどを明らかにした。

 III章では,わが国の高性能林業機械保有台数に関する定量的な予測を行った。2つの成長曲線モデル(Logistic曲線とGompertz曲線)を1988〜1997年度の高性能林業機械保有台数にあてはめることで,今後の推移を予測した。両モデルのパラメータ推定には非線形回帰分析を用い,AIC(赤池情報量規準)によってモデルの妥当性を比較評価した。回帰分析の結果,将来的には保有台数の増加傾向が徐々に収束していくことが示された。保有台数の飽和水準は,Logistic曲線モデルが2,000台(漸近95%信頼区間:1,820〜2,250台),Gompertz曲線モデルが2,900台(同:2,750〜3,050台)と計算された。AICはGompertz曲線モデル(69.26)がLogistic曲線モデル(99.49)よりも小さく,適合度が高いと考えられた。機種別,地域別,保有形態別の保有台数に関する予測結果においても,全てのケースでAICはGompertz曲線モデルが小さかった。機種別では「ハーベスタ」(飽和水準:1,030台),地域別では「関東・中部」(同:690台)および近畿・中国・四国」(同:560台),保有形態別では「その他組合(林業労働力確保支援センターなど)」(同:910台)において,それぞれ保有台数が増加するとの予測結果が得られた。

 IV章では,高性能林業機械作業システムの普及過程についてシミュレーションを行った。II章の結果から,高性能林業機械作業システムの主要な普及要因を労働力の減少に伴う労働生産性向上の必要性と考え,普及過程をSystem Dynamicsによってモデル化した。モデルでは,素材生産作業システムを従来型,半機械化型,全機械化型の3つに区分した。作業システムの労働生産性,素材生産事業量,労働者数,平均就労日数の各因子について実績値をもとに条件設定を行い,北海道における普及推移をシミュレーションした。その結果,これまでの普及過程として,はじめに半機械化型の普及が進み,その後徐々に全機械化型が普及してきた様子が示された。1997年度における各作業システムの推定労働者数比率(従来型78%,半機械化型20%,全機械化型2%),および推定事業量(従来型130万m3,半機械化型155万m3,全機械化型66万m3)は,実際の状況をほぼ表していると考えられた。シミュレーションの結果から,高性能林業機械作業システムの労働者数比率が上昇した一方で,事業量はほとんど増えていなかったことが示唆された。また,今後の普及過程についてシミュレーションを行った結果,2007年度の推定事業量が従来型41万m3,半機械化型93万m3,全機械化型103万m3となり,全機械化型が最も多くなると予測された。

 V章では,III章とIV章の予測結果を受け,採算性を考慮した高性能林業機械作業システムの必要事業規模について検討した。東京大学北海道演習林で行われたハーベスタ・フォワーダ作業システムの人工林間伐事業結果をもとに,同作業システムの収益・費用モデルを構築し,収益と費用が一致するときの年間事業量(最小利用規模)を算出した。計算の結果,調査時の1日あたり出材量(20.1m3/日)では最小利用規模が1,978m3/年(年間作業日数:98日/年)となった。一方,これまでの事業実績による平均出材量(13.Om3/日)では,最小利用規模は3,001m3/年(同:231日/年)と計算された。また,作業システムの1日あたり出材量,平均素材単価,機械購入補助率の3つについて感度分析を行い,各因子が最小利用規模に及ぼす影響を明らかにした。出材量については,20m3/日以上ならば最小規模は2,000m3/年程度となるが,量が小さくなるにつれて最小規模は急激に増大した。素材単価については,13,000円/m3の場合,出材量が15m3/日以上であれば最小規模は1,500m3/年程度となるが,素材単価が低くなるに従ってその値は増大した。機械購入補助率については,出材量が15〜30m3/日の場合,補助率10%につき最小規模をおおむね200〜300m3/年低減させる効果がみられた。

 VI章では,高性能林業機械を含む様々な林業生産技術の将来展望について予測を行った。はじめに予備調査として,2030年頃までに実現が期待される技術課題に関してアンケート(自由回答方式)を行った。調査対象者は林業生産技術の専門家80名とした。調査の結果,機械・作業・労働・林業の各分野に対してそれぞれ多数の技術課題が抽出された。次いで,予備調査結果をもとに37の技術予測課題を設定し,デルファイ法によるアンケート調査を2回繰り返して実施した。調査対象者は79名であり,回答率は第1回調査が63%(調査対象者:79名),第2回調査が90%(同:50名)であった。調査の結果,各課題に対して重要度と実現予測時期が示された。調査対象とした課題のうち,重要度上位の3課題は,いずれも環境保全を志向した技術であった。実現時期については,調査課題の9割が2015年までに実現すると予測された。さらに,林業生産技術の振興に向けた方策として,技術開発・研究に対する資金的な支援,および産学官の人的交流や異分野間協力が特に必要であるとの結果が示された。

 以上の結果をふまえ,VII章では高性能林業機械化の推移と展望に関する結論を述べた。第一に,高性能林業機械化の発展過程に関する検討結果から,林業生産技術のイノベーションに関して以下の3点を特微として示した;(1)イノベーションは技術の導入主体(林業事業体)による能動的行動から始まること,(2)行政はイノベーションに対して受動的,追随的に対応せざるを得ないこと,(3)イノベーションには自然的,経済的な偶然事象が常に伴うと考えられること。第二に,高性能林業機械化の発展状況に関する予測結果をもとに,さらなる発展に向けた取り組みの方向性について提言を行った。(1)高性能林業機械台数の飛躍的増加が期待できない現状では,既に導入された機械をいかに活用していくかが重要となること,(2)高性能林業機械作業システムの事業量確保が一層困難になっていると考えられ,今後の機械化推進施策はハードの導入促進から機械利用の効率化へと転換を図るべきこと,(3)労働力の減少によってさらなる労働生産性の向上が必要とされるなかで,今後は全機械化作業システムの普及拡大が必要であること。(3)を実現するための方策としては,機械購入補助やリース・レンタルによる初期投資負担の軽減,およびV章で算出した最小利用規模以上の事業量の安定供給が考えられた。また,長期的な展望のもとでは,高性能林業機械を含む様々な林業生産技術のさらなるイノベーションが進むと期待された。

審査要旨 要旨を表示する

 わが国では1980年代以降、高性能林業機械(フェラーバンチャ、スキッダ、プロセッサ、フォワーダ、ハーベスタ、タワーヤーダ)の導入が進められ、1991年には機械化の推進が政策課題として位置付けられている。導入推進施策の効果もあり、高性能林業機械の普及は急速に広がっている。林業生産技術におけるイノベーションの一形態である高性能林業機械化は、低迷を続ける林業経営を大きく変革する可能性を有し、より有効な方策を講じることが現在必要となっている。

 本論文は、高性能林業機械化の推移と展望を明らかにし、今後の高性能林業機械化の発展に向けた取り組みに対して明確な方向付けを与えることを目的としている。

 本論文の構成は7章からなり、以下概要を示せば、I章は序論でII章は、北海道における高性能林業機械化の発展過程を論じ、(1)一部の素材生産事業体による外国製機械の導入(黎明期)、(2)紙パルプ企業などによる全機械化作業システムの採用(拡大期)、(3)中小事業体を中心とした半機械化作業システムの普及(安定期)の3つの段階を示した。このほか高性能林業機械化における主な問題が事業量確保の困難性であることなどを明らかにしている。

 III章では、わが国の高性能林業機械保有台数に関して、2つの成長曲線モデル(Logistic曲線とGompertz曲線)を1988〜1997年度の高性能林業機械保有台数にあてはめ、今後の推移を予測した。保有台数の飽和水準は、Logistic曲線モデルが2,000台、Gompertz曲線モデルが2,900台と計算し、機種別、地域別、保有形態別の保有台数に関する予測結果においても、それぞれ保有台数が増加するとの予測結果を得ている。

 IV章では、II章の結果から、高性能林業機械作業システムの主要な普及要因を労働力の減少に伴う労働生産性向上の必要性と考え、普及過程をSystem Dynamicsによって、素材生産作業システムを従来型、半機械化型、全機械化型の3つに区分し、モデル化した。その結果、はじめに半機械化型の普及が進み、その後徐々に全機械化型が普及してきた様子が示された。シミュレーションの結果から、高性能林業機械作業システムの労働者数比率が上昇した一方で、事業量はほとんど増えていなかったことが示唆された。また、今後の普及過程についてシミュレーションの結果、全機械化型が最も多くなると予測してしいる。

 V章では、III章とIV章の予測結果を受け、採算性を考慮した高性能林業機械作業システムの必要事業規模について検討した。東京大学北海道演習林で行われたハーベスタ・フォワーダ作業システムの人工林間伐事業結果をもとに、同作業システムの収益・費用モデルを構築し、年間事業量を算出した。また、作業システムの1日あたり出材量、平均素材単価、機械購入補助率の3つについて感度分析を行い、各因子が最小利用規模に及ぼす影響を明らかにした。

 IV章では、高性能林業機械を含む様々な林業生産技術の将来展望を、デルファイ法により予測した。その結果、機械・作業・労働・林業の各分野に対してそれぞれ多数の技術課題が抽出され、調査対象とした課題のうち、重要度上位の3課題は、いずれも環境保全を志向した技術であった。実現時期は、調査課題の9割が2015年までに実現すると予測された。

 以上本研究では、高性能林業機械化の推移と展望に関して、この発展過程に関する検討結果から、林業生産技術のイノベーションについて以下の3点を特徴として示した。(1)イノベーションは技術の導入事業体による能動的行動から始まること、(2)行政はイノベーションに対して受動的、追随的に対応せざるを得ないこと、(3)イノベーションには自然的、経済的な偶然事象が常に伴うと考えられること。また、高性能林業機械化の発展状況に関する予測結果をもとに、さらなる発展に向けた取り組みの方向性について、(1)高性能林業機械台数の飛躍的増加が期待できない現状では、既に導入された機械をいかに活用していくかが重要となること、(2)高性能林業機械作業システムの事業量確保が一層困難になっていると考えられ、機械利用の効率化へと転換を図るべきこと、(3)今後は全機械化作業システムの普及拡大が必要であること等の提言を行っている。

 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40212