学位論文要旨



No 214785
著者(漢字) 北岡,卓也
著者(英字)
著者(カナ) キタオカ,タクヤ
標題(和) ロジンエマルション系サイズ剤による紙のサイズ性発現機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 214785
報告番号 乙14785
学位授与日 2000.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14785号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 教授 飯塚,尭介
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 教授 鮫島,正浩
内容要旨 要旨を表示する

 紙の基本構造であるパルプ繊維ネットワークは、セルロース水酸基間の水素結合形成によるシート強度の発現に寄与する一方で、その水親和性と多孔質構造に起因する水系液体の高い吸収拡散性を示す。そのため、紙の印刷・塗工適性および筆記性の向上や紙の用途の多様化に対応するために、親水性の紙に相反する性質である撥水性を付与するサイズ処理は、紙の重要な表面改質処理の1つとして注目されている。特に、ロジンエマルション系サイズ剤を硫酸アルミニウム(アラム)と併用するシステムは、非常に効率的な紙のサイズ性付与技術として広く利用されている。しかし、サイズ効果の抄紙系pH依存性やサイズ発現に対するアルミニウム成分の機能など多くのメカニズムが未だ明らかになっておらず、また近年の製紙用水節減による抄紙系の化学環境の悪化に伴って微妙なサイズ性の制御も困難になっていることから、ロジン系サイズ発現機構の解明およびさらに効果的なサイズ性付与処理システムの構築が希求されている。そこで本研究では、ロジンエマルション粒子、アルミニウムイオン、セルロース繊維のそれぞれ形質・性状の異なる3成分間の相互作用を中心に、各添加剤成分のリテンション機構、サイズ成分の分散凝集挙動、シート中のサイズ成分の化学構造等とサイズ効果との相関を検討し、ロジン-アラム系サイズ処理における紙のサイズ性発現機構の解明を試みた。

 まず、アニオン性ロジンエマルション粒子がリテンションエイドであるアルミニウムイオンの供給によってパルプ繊維に定着する機構について、シート中のロジン成分およびアルミニウム成分をそれぞれオンラインメチル化熱分解GC法および蛍光X線元素分析法を適用して定量分析した結果、リバースサイジングにおけるアルミニウム成分のリテンション量がサイズ剤添加量と無関係であり、かつシート中のロジン含有量とサイズ効果が高い相関を示したことから、抄紙系に供給されたアルミニウムイオンは複雑な高分子錯体を形成することなく速やかに繊維表面に吸着し、アニオン性ロジンエマルション粒子の繊維への定着を促進することでサイズ発現に寄与していることが示唆された(Fig.1)。また、ロジン系サイズ処理システムの特徴である抄紙系pH依存性(抄紙系pHの上昇に伴ってサイズ性が低下する現象)についても、抄紙系内の水酸イオン濃度が高くなると急激にアルミニウム成分のカチオン性が低下し、最終的にはアルミニウム凝集体として繊維から脱離するため、ロジン成分を繊維に定着させる機能が消失することが示された(Fig.2)。さらに、パルプ繊維表面におけるロジン成分の定着接点として、これまでに提唱されてきたセルロース水酸基ではなく、極少量(セルロース水酸基の約1/200-1/800程度)の解離性カルボキシル基の支配的な機能が確認された(Table 1)。つまり、ウェットエンドにおいてアルミニウムイオンがパルプ繊維中のカルボキシル基と塩形成(pulp-COOAl2+)することによって吸着部位の近傍をカチオン化し、系内のアニオン成分の吸着サイトとして機能することが示唆された。これらの結果により、アルミニウムカチオンを媒介成分としたアニオン性ロジンエマルション粒子とパルプ繊維中の解離したカルボキシル基とのイオン的相互作用によるリテンション機構が明らかとなり、パルプ中のカルボキシル基の解離度、アルミニウムカチオンの荷電、ロジンエマルション粒子の安定性などが抄紙系pHの変化に鋭敏で、かつ系内の他の荷電成分との競合の結果、シートのロジン含有量とサイズ効果が決定される機構が示された。

 次に、ロジン成分のシート内分布状態とサイズ性との相関を、ウェットエンドでサイズ成分の吸着サイトとして機能することが判明したパルプ繊維中のカルボキシル基に着目して検討を行った。パルプ繊維中にカルボキシル基を導入するために、水溶性ラジカル試薬TEMPO(2,2,6,6-tetramethyl-1-piperidinyloxy radical)を触媒的に利用したTEMPO-NaBr-NaCIO酸化システムを適用し、セルロース鎖中の1級アルコールのみをカルボキシル基に変換した。得られた酸化パルプ繊維を用いてロジン系サイズ処理シートを調製し、シート中のカルボキシル基量、ロジン成分量、アルミニウム成分量とサイズ特性との相関を検討した。その結果、アラム少量添加領域ではパルプ繊維中のカルボキシル基量が増加するに従ってロジン成分のリテンション効率が低下し、その結果サイズ効果も低下した。逆にアラム多量添加領域では、シート中に導入されたロジン成分量が一定であっても、シートのサイズ効果はパルプ繊維中のカルボキシル基量と高い相関を示した(Fig.3)。このサイズ処理シートのSEM観察の結果から、酸化前のパルプ繊維を用いた場合はアラム多量添加によってロジンエマルション粒子の凝集が促進され、ロジン含有量に対するサイズ効果の低下要因となっており、逆にパルプ繊維中のカルボキシル基量を増加した場合は添加したアルミニウムイオンがフロックを形成することなくパルプ繊維に吸着され、効果的に繊維表面をカチオン化することでロジンエマルション粒子のシート内分散性の向上に寄与することが推測された(Fig.4)。つまり、シートのサイズ効果はシート中のロジン成分量だけではなく、アルミニウム成分量とパルプ繊維中のカルボキシル基量とのバランスにも左右され、パルプ繊維側の吸着接点である解離性カルボキシル基にアルミニウムイオンが凝縮することなく吸着して形成されたカチオン性吸着サイトに、アニオン性ロジンエマルション粒子が効率的に定着することによって、サイズ成分のシート内分散性が向上し、シート中に導入されたサイズ成分量に対するシートのサイズ性付与効率が向上する機構が示された。

 次に、シート中のロジンサイズ成分の化学構造とシートのサイズ性との相関について、パルプ膨潤性溶媒によるサイズ成分の抽出処理およびシート中のサイズ成分の固体13C-NMR分析による化学構造の同定を試みた。まず、パルプ膨潤性の抽出溶媒としてジオキサン-水混合溶媒を用いてサイズ処理シートを抽出した結果、シート中の約80%以上のロジン成分がフリー型として抽出された(Table 2)。さらに、抽出後のシートはサイズ性が消失したことから、抽出されなかった約20%程度がロジン酸のアルミニウム塩であったとしても、直接シートのサイズ発現に寄与していないことが示唆された。また、ロジン酸のモデル化合物である直鎖飽和脂肪酸のステアリン酸およびパルミチン酸のカルボニルカーボンを13Cラベルした両親媒性サイズ成分からアニオン性あるいはカチオン性エマルションサイズ剤を調製し、サイズ効果を発現している状態のシート中のサイズ成分について固体13C-NMR分析を適用した結果、サイズエマルション粒子の荷電に関係なくシート中のサイズ成分の大部分がフリー型の脂肪酸であり、これまでに提唱されてきたアルミニウム塩形成は確認されなかった(Fig.5)。つまり、ロジン-アラム系サイズ処理におけるアラム添加の必要性とサイズ発現に対するアルミニウムロジネート形成とは無関係であり、シート中のサイズ成分の大部分はアルミニウム塩を形成することなく元のフリー型の構造を維持したままシートのサイズ性発現に寄与していることが証明された。

 最後に、内添サイズ処理からより効果的な内添一表面サイズ処理併用システムヘの移行を踏まえて、エマルションサイズ剤を用いた表面サイズ処理について、サイズ性発現機構および酸性エマルションサイズ剤の表面サイズ処理システムヘの適用の可能性を検討した。まずノニオン性界面活性剤を用いて調製した脂肪酸ブレンドエマルションサイズ剤による表面サイズ処理シートでは、これまで酸性サイズ剤に必要不可欠であったアラムの代わりにカチオン性高分子PAEを内添したシートでも良好なサイズ効果が発現した(Fig.6)。つまり、不必要な凝集作用を伴う内添系と異なり、表面サイズ処理ではシート中のカチオン成分としてアラム以外のカチオン性高分子添加剤が十分に機能することが示された。これはアラム無添加系で調製されたシートであっても、表面サイズ処理に酸性サイズ剤を適用可能であることを示唆しているまた、サイズ成分自体はアルミニウム成分と反応接点を持たないアニオン性石油樹脂系エマルションサイズ剤を用いた場合でも、ロジンサイズ剤と同様にシート中のアルミニウム成分によってサイズ効果が著しく向上したことから、サイズ成分の反応性に関係なくエマルション粒子の荷電に応じたサイズ挙動を示すことが判明した。つまり、エマルションサイズ剤を用いた表面サイズ処理の場合、良好なサイズ発現にはサイズ成分のリテンションと繊維表面への定着の2つの因子が複雑に関与しており、シート中の少量のカチオン成分がサイズエマルション粒子のアニオン基と結合することで形成される安定な固着状態が浸透水に対する抵抗性(サイズ性)を発現し、シートの撥水現象に寄与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 紙はセルロース繊維のネットワークからなり、その強度発現はセルロースの水酸基間での水素結合の形成に起因している。一方セルロースの親水性と紙の多孔構造はシートの高い液体吸収性の原因となるために、印刷適性、塗工適性、筆記特性を付与する目的でサイズ処理により撥水性を与える必要がある。特にロジンエマルション系サイズ剤と硫酸アルミニウム(アラム)と併用するシステムは効率的なサイズ性付与技術として長年利用されてきたのにもかかわらず、サイズ効果の抄紙系pH依存性やサイズ発現に対するアルミニウム成分の機能など多くのメカニズムは未解明である。また近年は用水のクローズド化による水の再利用やパルプ原料からのイオン種の混入などにより水の品質が低下し、薬品の効果を最適に発現させるのが困難になりつつあり、ロジンサイズ系サイズ発現機構の詳細な解明とサイズ性付与のための新たなシステムの構築は製紙業界の緊急の課題である。

 そこで本論文では、ロジンエマルション粒子、アルミニウムイオン、セルロース繊維というサイズシステムを形成する成分間の相互作用を中心に添加剤成分のリテンション機構、サイズ成分の分散凝集挙動、シート中のサイズ成分の化学構造等とサイズ効果との関係を検討し、ロジン-アラム系サイズ処理におけるサイズ性発現機構の総括的解明を試みた。

 第1章は序論であり、当該分野の従来の知見、研究の歴史、更に本研究の目的を総括し、第2章から第7章は本論文の中心で6部より構成され、第8章では全体を総括している。

 第2章はロジン成分およびアルミニウム成分の繊維への定着機構について記述しており、熱分解GC法および蛍光X線元素分析法を用い、抄紙系に供給されたアルミニウムイオンは速やかに繊維表面に吸着しカチオンサイトを生じ、ロジンエマルション粒子の繊維への定着を促進することでサイズ発現に寄与していることが示唆された。

 第3章ではロジンエマルション-アルミニウムイオン系リテンション機構について記述しており、ロジン成分の定着点が従来提唱されてきたセルロースの水酸基ではなく、微量に存在する解離性カルボキシル基であり、アルミニウムイオンと塩形成することにより繊維表面の吸着部位をカチオン化し、アニオン成分の吸着サイトとなることが示唆された。

 第4章ではロジン成分のシート内分散凝集挙動とサイズ特性の関係を記述しており、パルプ繊維中のカルボキシル基を増大させたシートを調製し、カルボキシル基量とサイズ特性の相関を検討した結果、シートのサイズ効果はシート中のロジン成分量だけでなく、アルミニウム成分量とパルプ繊維中のカルボキシル基量とのバランスに左右されることが分かった。また解離性カルボキシル基にアルミニウムイオンが凝集することなく吸着して形成されたカチオン性吸着サイトにアニオン性ロジンエマルション粒子が効率的に定着することにより、サイズ成分のシート内分散性が向上し、シート内に導入された一定のサイズ成分量に対するシートのサイズ性付与効率が向上するという機構を提唱した。

 第5章ではロジン成分の化学構造とサイズ発現の関係を記述しており、パルプに対して膨潤性をもつ溶媒を用いてサイズ処理シートの成分抽出を行った結果、シート中の80%以上のロジン成分が遊離型として抽出され、残余の約20%はロジン酸のアルミニウム塩であっても、サイズ性発現には直接は寄与していないことが示唆された。

 第6章では固体13C-NMR分析によるサイズ成分の化学構造解析を記述しており、ロジンのモデル化合物のカルボニルカーボンをラベルしたサイズ成分からエマルションサイズ剤を調製し、サイズ効果を発現している状態のシート中のサイズ成分についてNMRで解析した。その結果ロジン系酸性サイズ処理におけるアラム添加の必要性とサイズ発現に対するアルミニウム塩形成とは無関係であり、遊離型の構造を維持したままシートのサイズ性発現に寄与していることが証明された。

 第7章ではエマルションサイズ剤による表面サイズ処理を記述しており、アラムの代わりにカチオン性高分子PAEを内添したシートでも良好なサイズ効果が発現し、カチオン性高分子添加剤が定着助剤として十分に機能することが示された。すなわち表面サイズ処理の場合、良好なサイズ発現にはサイズ成分のリテンションと繊維表面への強固な定着の二つの因子が複雑に関与し、撥水現象を発現させていることが示唆された。

 第8章では本論文の総括を行っている。

 以上本論文は最新の微量分析法を用い、ロジンエマルション系サイズ剤の各成分の挙動を詳細に解析し、サイズ性発現との相関関係を明らかにし、次世代型サイズ剤の開発のための指針を与え実用性も高い。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42824