学位論文要旨



No 214788
著者(漢字) 宮崎,将
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,ススム
標題(和) バンコマイシンアグライコンの全合成
標題(洋)
報告番号 214788
報告番号 乙14788
学位授与日 2000.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14788号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 要旨を表示する

 1)はじめに

 バンコマイシン(図1)はグライコペプチド系抗生物質であり、現在間題となっている院内感染MRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus)に対する治療薬として現在臨床で用いられている。その作用機序としてはバクテリアの細胞壁生合成前駆体のC末端D-ala-D-ala部分に水素結合により結合することにより、細胞壁の合成を阻害する。しかし、近年、D-ala-D-ala 部分がD-ala-D-lactateに変異したバンコマイシン耐性菌の出現が問題となっており、この耐性菌の発現により、その克服を目的としたバンコマイシン誘導体合成が脚光を浴びている。また、heptapeptideであるバンコマイシンは、その9つの不斉点、3つのAtmpisomeri8mに由来する立体化学、リジッドな3つの環を如何に構築するかなど合成的にも興味が持たれる化合物である。

 Boger研では既に、閉環反応としてSNAr法を用いて、部分構造であるC-D環、D-E環、C-D-E環のモデル化合物を効率的に合成している。さらに、GD環上、D-E環上での立体異性体であるAtropisomerの熱力学的安定性を計算して、その熱力学的安定性の違いをC-D-E環システムに応用することにより、間接的にC-D-E環上のAtropisomerの制御にも成功している。私は、biaryl構造とcisアミド結合を持つ12員環であるために構築が困難と予想されたA-B環のモデル化合物の合成に成功し、そのAtropisomerの熱力学的安定性を計算した。さらに、これまでに得られた熱力学的安定性の結果に基づき3つの環の閉環する順番を理論づけ、3つのAtropisomerismを間接的に制御してバンコマイシンアグライコンの全合成に成功した。

2)バンコマイシンアグライコンのDegradation Study

 2環性モデル化合物C-D-E環システムにおけるD-E環上の選択的Atropisomerismが既に見出されている。そこで3環性のバンコマイシン誘導体を加熱することにより、A-B環の存在によるAtropisomerismへの影響を検討した。また得られたバンコマシン誘導体をバンコマイシンアグライコンに変換することにより、全合成の最終段階における化合物の化合物の反応性、安定性を検討した。バンコマイシンをTFAで処理し、糖部分を除去、アミンをBOCで保護した後、メチルエステル化、4つのフェノールをメチルエーテルで保護し、化合物(P,P,P)-3を得た。CF3CONMeTBSを用いて、2つの2級アルコールをTBSで保護することを試みたところ、目的物(P,P,P)-4と少量のモノアルコール保護体(P,P,P)-5が得られた。この条件で、分子にさらにTBSが導入された化合物も得られたが、クエン酸で処理することにより、目的物に変換可能であった。TFAA-pyridineを用いたAsn carboxamindeからニトリルヘの脱水反応で目的物(P,P,P)-6を高収率で得た。化合物(P,P,P)-6からバンコマイシンアグライコンヘの変換は以下の条件を用いた。ニトリルからcarboxamideへの加水分解はmodified Katritzky条件(H202-K2CO3aq.)を用い、AcOH-TBAFでTBSを脱保護し、最後に4つのメチルエーテル、メチルエステル、BOC全てをAIBr3-EtSHを用い脱保護して、目的物であるバンコマイシンアグライコンを合成した。この得られた化合物は標準品とNMR,IR,旋光度、HPLCで一致した。次に、バンコマイシン誘導体3,4,5,6のAtropisomerismについて調べた。全ての化合物に関して適切な加熱温度設定、溶媒の選択によりD-E環上の選択的Atropisomerismが観測され、A-B-C-D環は影響を受けなかった。ただし、2級アルコールの存在によりretro-aldol反応が、Asn carboxamideの存在により分子内succimide生成が、条件により副反応として観測された。一方、2級アルコールをTBSで保護し、Asn carboxamideをニトリルでマスクした化合物6では最も効率的にD-E環上の選択的Atropisomerismが観測され、そのAtropisomerism Ea(activation energy)は23.6kcal/molであった。Atropisomerismより得られた(M,P,P)-6からバンコマイシンアグライコンのD-E Atropisomer(M,P,P)-2を合成し、合成誘導体の生物活性を調べたが、天然型に比べ10-20倍活性の低下が見られた。

3)A-B環モデル化合物

 最もひずみが大きい12員環の構築には分子内ラクタム化を用い、立体障害の大きいbiarylの構築にはSuzuki couplingを用いることを検討した。まず、Arylboronic acid7と、Dipeptide8 のカップリング反応を様々なPd、リガンド、溶媒系で検討した。Arylboronic acid7は反応系中で不安定であり、分解するために、反応を加速する必要があり、Pd2(dba)3,(o-tolyl)3Pの組み合わせで反応時間15分、収率90%(S-9:R-9=2:1)でbiaryl体が得られた。しかも、望みの立体でないR-9は120-130℃に加熱することにより、副反応なくAtropisomerismが観測され、S-9:R-9=3:1で平衡に達し、このA-B biaryl化合物のAtropisomerism Ea(activation energy)は25.2kcal/molであった。望みの立体であるS-9はエステル加水分解、CBZの脱保護の後、生じたアミノ酸の分子内ラクタム化条件を検討した結果、良好な収率で閉環体S-10を得た。R-9に関しても同様に分子内ラクタム化を検討した結果、主副生成物である2量化して閉環した化合物の生成を抑えてR10を得ることができた。このS-10とR-10は140℃に加熱することにより、Atropisomerismが観測され、平衡に達するが、そのAtropisomerism Ea(activation energy)は37.8kcal/molであり、閉環前に比べ閉環体10は熱力学的にかなり安定であることが判明した。

4)バンコマイシンアグライコンの全合成

 Atorpisomerismの熱力学的安定性はD-E環上(Ea=23.6kcal/mol)<AFB環閉環前駆体(Ea=25.1kcal/mol)<C-D環上(Ea=30.4kcal/mol)<A-B環(Ea=37.8kca/mol)であることから、C-D環、A-B環、D-E環の順番で閉環することにより、目的の立体でないAtropisomerをAtropisomerismにより目的の立体に変換することが可能であると推測した。まず、C-D閉環体である11とarylboronic acid 12のカップリング反応はモデル実験で最も良好な結果が得られた条件を用い、望みの立体配置であるbiaryl体S-13とカラム分離可能なAtropisomerR-13を合わせて収率88%(S-13:R-13=1:1.3)で得た。主生成物である目的の立体でないR-13は120℃で加熱することにより、S-13にAtropisomerismし、しかもS-13:R-13=3:1で平衡に達する為に、最終的に目的の立体であるS-13を主生成物として得ることが可能であった。AcOH-TBAFでTBSを脱保護し、エステルの加水分解、CBZの脱保護をへて、アミノ酸14を得た。C-D環存在の為に歪がかかり、分子内ラクタム反応はモデル化合物より困難が予想されたが、様々な条件を検討したところ、EDCI-HOBt条件が最も良好の結果を与え、目的とするABCD閉環体15を収率62%で得ることができた。この閉環反応の際の主な副生成物はカルボン酸のα位がエピメリ化し、閉環した化合物であった。2級アルコールをTBSで保護した化合物に関しても同様に閉環反応を試みたが、満足のゆく結果は得られなかった。反応点に近いかさ高いTBS基が閉環反応に影響を与えていると推測される。また、モデル実験と異なり、R-13由来アミノ酸の分子内ラクタム化は進行しなかった。ギ酸を用いてMEM存在下、BOCを選択的に脱保護し、16とのカップリング反応でD-E閉環前駆体17を得た。このカップリング反応でβ-cyanoalanine部分がエピメリ化した化合物が主な副生成物として得られたが、試薬、溶媒を検討した結果、ジアステレオマー比3:1で目的とする17が主生成物として得られた。CsFを用いたSNArにてD-E環を閉環して、目的とするABCDE閉環体18を収率77%((P,P,P)-18:(M,P,P)-18=8:1)で得た。目的の立体を持つ(P,P,P)-18のニトロ基を接触還元後、Sandmyer置換反応にて立体配置を失うことなくD-E環上にクロライドを導入し、2つの2級アルコールをTBSで保護した。BOC存在下MEMの選択的脱保護を検討したが満足のいく結果は得られなかったので、BOC、MEM両方を脱保護し、生じたアミンを再ぴBOCで保護した後、1級アルコールを2段階でカルボン酸に酸化し、TMSCHN2にてエステル化して、以前合成した中間体(P,P,P)-6を得た。この化合物からバンコマイシンアグライコンヘの変換は既に確立した方法にて行った。

 以上まとめると、3つのAtropisomerismにより合計8つのAtropisomerの可能性があるが、推測した通り、閉環する順番をC-D環、A-B環、D-E環の順で行なうことにより、加熱によるAtropisomerismを最も効率的に利用し、最終的に1つのAtropisomerであるバンコマシンアグライコンに収束することが実証された。

審査要旨 要旨を表示する

 天然物バンコマイシン(図1)はグライコペプチド系抗生物質であり、現在問題となっている院内感染MRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus)に対する治療薬として現在臨床で用いられている。近年、バンコマイシン耐性菌の出現が問題となっており、この耐性菌の発現により、その克服を目的としたバンコマイシン誘導体合成が脚光を浴びている。また、三環性のheptapeptideであるバンコマイシンは、その9つの不斉点と3つのAtropisomerismの立体化学を如何に構築するなど、合成的にも興味が持たれている化合物である。

 宮崎将は以下の検討を行った。1)バンコマイシンアグライコンのDegradation Study。2)A-B環モデル化合物の合成法の確立。3)得られたAtropisomerismの知見を利用した効率的なバンコマイシンアグライコンの全合成。

1)バンコマイシンアグライコンのDegradation Study

 宮崎将は、全合成の最終段階における化合物の反応性、安定性を検討するために、バンコマイシンからその誘導体を合成し、得られたDegradation化合物をバンコマイシンアグライコンに変換することを計画した。

 バンコマイシンをTFAで処理し、糖部分を除去、アミンをBocでは保護した後、メチルエステル化、4つのフェノールをメチルエーテルで保護し、(P,P,P)-3を得た。2つの2級アルコールをTBSで保護した後、TFAA-pyridineを用いた脱水反応でDegradation化合物(P,P,P)-6を得ることに成功した。

 (P,P,P)-6からバンコマイシンアグライコンヘの変換は以下の条件を用いた。modified Katritzky条件(H202-K2CO3aq.)を用いてニトリルの加水分解後、TBSを脱保護し、最後にAlBr3-EtSHを用いて4つのメチルエーテル、メチルエステル、Boc全てを脱保護して、目的物であるバンコマイシンアグライコンを合成した。

 次に、宮崎将は、6を加熱することにより、最も効率的にD-E環上Clの選択的Atropisomerizationが観測されることを見出した。そのAtropisomerism Ea(activation energy)は23.6kcal/molであった。

 また、(M,P,P)-6からバンコマイシンアグライコンのD-E Atropisomer(M,P,P)-2を合成し、その生物活性を調べたが、天然型に比べ10-20倍活性の低下が見られた(Scheme 1)。

2)A-B環モデル化合物の合成

 次に宮崎将は、biarylの構造とcisアミド構造を持ち、最もひずみが大きいと想定される12員環構築を検討した。

 立体障害の大きいbiarylの構築にはSuzuki coupling反応を用いト12員環の閉環には分子内ラクタム化を用いることを計画した。7のSuzuki coupling反応系中での不安定さを克服し、9(S-9:R-9=2:1)を得ることに成功した。

 続いて望みの立体である39をエステル加水分解、CBZの脱保護後、様々なlactamization条件を検討し、S-10を得ることに成功した。9、10は加熱することによりAtropisomerizationが観測され、それぞれのAtropisomerism Ea(activation energy)は25.2kcal/mol、37.8kcal/molであった(Scheme 2)。

4)バンコマイシンアグライコンの全合成

 宮崎将は、得られたAtropisomerの熱力学的安定性の結果からC-D環、A.B環、D-E環の順番で閉環することにより、目的の立体でないAtropisomerを目的の立体に変換することが可能であり、間接的にdiastreoselctiveなバンコマイシンアグライコンの全合成が可能であると推測した。

 まず、11と12のSuzuki coupling反応によって13(S-13:R-13=1:1.3)を得た。目的の立体でないR-13は加熱することによりAtropisomerizationし、容易に目的の立体であるS-13への変換が可能であった。14の分子内ラクタム化はC-D環存在の為に歪がかかり、モデル化合物より困難が予想されたが、様々な条件を検討した結果、EDCI-HOBt条件を用いることにより、目的とする15を得ることに成功した(Scheme3)。

 CsFを用いたSNAr反応で17を閉環し、18を収率77%((P,P,P)-18:(M,P,P)-18=8:1)で得ることに成功した。目的の立体を持つP・18はニトロ基を接触還元後、Sandmyer置換反応にて立体配置を失うことなくD-E環上に塩素を導入した。官能基の保護、脱保護をへて、1級アルコールをカルボン酸に酸化し、メチルエステル化することにより以前合成した中間体(P,P,P)-6を得た。この化合物から既に確立した方法を用い、バンコマイシンアグライコンの全合成を達成した(Scheme4)。

 以上宮崎将は、バンコマイシンアグライコンの全合成研究にて顕著な成果をおさめた。本研究は博士(薬学)に十分相当すると判断される。

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

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