学位論文要旨



No 214790
著者(漢字) 富田,泰輔
著者(英字) Tomita,Taisuke
著者(カナ) トミタ,タイスケ
標題(和) Presenilin遺伝子変異による家族性アルツハイマー病発症機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 214790
報告番号 乙14790
学位授与日 2000.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14790号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 講師 加藤,晃一
内容要旨 要旨を表示する

 高齢者の痴呆の原因としてもっとも頻度の高い疾患がAlzheimer病(AD)である。ADに特徴的な病理学的変化である老人斑の主要構成成分はアミロイドβ蛋白(Aβ)である。Aβは約40アミノ酸からなる凝集性の高いペプチドであり、前駆体蛋白βAPPからβセクレターゼ、γセクレターゼと呼ばれるプロテアーゼにより切り出され、細胞外に分泌される。γセクレターゼによって切り出されるAβのC末端には、第40番目のバリン残基で終わるAβ40と第42番目のアラニン残基で終わるAβ42が存在する。Aβ42はin vitroでAβ40よりもはるかに強い凝集性を示し、AD脳で最も初期から蓄積を開始する分子種であることから、Aβ42の産生・蓄積はAD発症に重要な役割を果たすものと考えられている。

 ADの一部は常染色体優性遺伝形式をとって家族性に発症し、これらは家族性AD(FAD)と呼ばれている。FAD原因遺伝子の一つはβAPPであり、その点突然変異(特にC末端側の変異)はAβ42の産生を特異的に上昇させる。これはβAPPのFAD変異によってAβ42産生が冗進し、アミロイド沈着の促進を介してFAD発症にいたることを示唆する。1995年、βAPPに続く新たなFAD原因遺伝子としてクローニングされたpresenilin1(PS1)・presenilin2(PS2)は新規の多回膜貫通型蛋白であった(図1)。私はPS変異がFAD発症を招来する分子機構について、特にPS2蛋白の代謝とAβの産生に注目して培養細胞レベルで検討を行った。

 まずマウス神経芽細胞腫由来のNeuro2a(N2a)細胞にPS2を恒常発現させてその代謝を検討した。遺伝子導入した細胞では全長蛋白に対応する50〜55kDaのバンドに加え、PS2のN末端を認識する抗体で35kDaのN末端フラグメント(NTF)が、C末端側を認識する抗体で23kDaのC末端フラグメント(CTF)が検出され、細胞内でPS2はプロセシングを受けていると考えられた(図2)。また蛋白合成阻害剤であるcycloheximideの投与により、PS2蛋白は10時間以内に完全に分解されてしまうのに対し、相当量のNTFやCTFが24時間後も残存していた(図3)。この結果から、PS2はプロセシングを受けると同時に何らかの機構によって安定性を獲得し、安定化されなかった全長分子は速やかに分解されると考えられた。次にFAD変異を持つPS2がAβ産生に及ぼす影響について検討することを目的に、AβのC末端(Aβ40、Aβ42)を識別するサンドイッチELISA法を用いてN2a細胞から分泌されるAβを測定した(図4)。野生型PS2を発現させた場合、分泌されるAβ2の比率は約13%程度であったが、N1411変異型PS2を発現する細胞から分泌されるAβ42の比率は52%と約4倍に上昇した。以上の結果から、PS2のFAD変異はγセクレターゼによるAβのC末端の切り出しに影響を与え、Aβ42の産生・分泌を特異的に上昇させることがわかった。

 PS2はプロセシングを受けフラグメント化するが、全長蛋白とフラグメント型蛋白のどちらが機能型分子であるかは不明であった。NTF型リコンビナントPS2蛋白はFAD変異を有する場合にもAβ42産生を上昇させず、安定化されていなかった。このことからPSのC末端側にAβ産生に関係するドメインが存在するものと考え、このサブドメインを同定するために、分泌されるAβ42の比率を指標にPS2の最C末端を改変し検討した。その結果、PS2が安定性を獲得し、さらにFAD変異によってγセクレターゼ活性に影響を与えるには、lle448の疎水性を含めた最C末端近辺の構造の保持が必要であることがわかった(図5、6)。一方PS2のN末端側の欠損は安定化、FAD変異効果に影響を与えなかった。さらにプロセシング部位を欠損したPS2は安定化、FAD変異効果を保っていたことから、PS2のプロセシングはこれらの現象に必要ないことがわかった。すなわち安定化を受けたPS分子がFAD変異によってγセクレターゼに影響を与えることができる病的機能型分子であると考えられた。

 本研究において、私は1)PS2遺伝子変異はγセクレターゼに影響を与えてAβ42産生を特異的に上昇させること、2)PS2は細胞内で安定化され、プロセシングを受けていること、3)PS2の安定化には最C末端構造の保持が必要であること、4)安定化されたPS2分子がγセクレターゼ活性に必須なコンポーネントとして働くことのできる機能型分子であることを明らかにした(図7)。近年、PSはβAPP以外の膜蛋白についても脂質二重膜近辺での限定分解に関わる可能性が示されている。PSの安定化はγセクレターゼ活性の発揮に重要な役割を果たすことから、今後PSの安定化機構の分子的実体を明らかにすることにより、AD発症の分子メカニズムに加えて、膜蛋白のバイオロジーについても新たな知見が得られるものと期待される。

図1 PSの構造

PS1とPS2の間で相同性の低い部分を点線で示した。白四角はPS1遺伝子のFAD変異、黒四角はPS2の変異を示す。

図2 PS2のウェスタンブロット解析

PS2をN2a細胞に発現させると35kDaのNTFと23kDaのCTFを生成した。

図3 PS2フラグメントの安定性

cycloheximide(CHX)処理時間をバーの下に示す。PS2全長蛋白(fl)は迅速に分解されるのに対してフラグメント(NTF)は安定に存在する。

図4 PS2のFAD変異がAβ2産生に与える影響FAD変異を持つPS2の発現により、Aβ42の産生が特異的に上昇する。

図5 最C末端改変型PS2の代謝

最C末端のイソロイシンをアルギニンに置換したPS2/1448R分子はフラグメントを生成せず、安定化も受けていなかった。

図6 最C末端改変型PS2がAβ42産生に与える影響

PS2/1448RはFAD変異によるA42産生上昇効果を示さなかった。

図7 本研究のまとめ

最C末端構造の保持を前提として安定化を受けたPS2蛋白が、γセクレターゼに影響を及ぼすことのできる機能型分子である。

審査要旨 要旨を表示する

 Alzheimer病(AD)は高齢者の痴呆の原因としてもっとも頻度の高い疾患である。ADに特徴的な病理学的変化である老人斑の主要構成成分アミロイドβ蛋白(Aβ)は約40アミノ酸からなる凝集性の高いペプチドであり、前駆体蛋白βAPPからβセクレターゼ、γセクレターゼと呼ばれるプロテアーゼにより切り出され、細胞外に分泌される。γセクレターゼによって切り出されるAβのC末端には、第40番目のバリン残基で終わるAβ40と第42番目のアラニン残基で終わるAβ42が存在し、Aβ42はin vitroでAβ40よりもはるかに強い凝集性を示し、AD脳で最も初期から蓄積を開始する分子種であることから、Aβ42の産生・蓄積はAD発症に重要な役割を果たすものと考えられている。

 ADの一部は常染色体優性遺伝形式をとって家族性に発症し、家族性AD(FAD)と呼ばれる。FAD原因遺伝子の一つはβAPPであり、その点突然変異(特にC末端側の変異)はAβ42の産生を特異的に上昇させる。これは岬PのFAD変異によってAβ42産生が亢進し、アミロイド沈着の促進を介してFAD発症にいたることを示唆する。1995年、BAPPに続く新たなFAD原因遺伝子として、新規の多数回膜貫通型蛋白をコードするpresenilin1(PS1)、presenilin2 (PS2)がクローニングされた。論文提出者はPS変異がFAD発症を招来する分子機構について、特にPS2蛋白の代謝とA仏の産生に注目して培養細胞レペルで検討を行った。

 まずマウス神経芽細胞腫由来のNeuro2a(N2a)細胞にPS2を恒常発環させてその代謝を検討した。遺伝子導入した細胞では全長蛋白に対応する50〜55kDaのバンドに加え、PS2のN末端を認識する抗体で35kDaのN末端フラグメント(NTF)が、C末端側を認識する抗体で23kDaのC末端フラグメント(CTF)が検出され、細胞内でPS2はプロセシングを受けていると考えられた。また蛋白合成阻害剤cycloheximideの投与により、PS2蛋白は10時間以内に完全に分解されてしまうのに対し、相当量のNTFやCTFが24時間後も残存した。この結果から、PS2はプロセシングを受けると同時に何らかの機構によって安定性を獲得し、安定化されなかった全長分子は速やかに分解されると考えられた。次にFAD変異を持つPS2がAβ産生に及ぼす影響について検討することを目的として、AβのC末端(Aβ40、Aβ42)を識別するサンドイッチELISA法を用いてN2a細胞から分泌されるAβを測定した。野生型PS2を発現させた場合、分泌されるAβ42が総Aβ中に占める比率は約13%であったが、N1411変異型PS2を発現する細胞から分泌されるAβ42の比率は約52%と4倍に上昇した。以上の結果から、PS2のFAD変異はγセクレターゼによるAβのC末端の切り出しに影響を与え、AM2の産生・分泌を特異的に上昇させることが明らかになった。

 PS2はプロセシングを受けフラグメント化するが、全長蛋白とフラグメント型蛋白のどちらが機能型分子であるかは不明であった。NTF型リコンビナントPS2蛋白はFAD変異を有する場合にもAβ42産生を上昇させず、安定化されなかった。この結果はPSのC末端側にAβ産生に関係するドメインが存在することを示唆した。このサブドメインを同定するために、最C末端に種々の改変を加えたPS2分子を発現し、分泌されるAβ42の比率を指標として検討した結果、PS2が安定性を獲得し、さらにFAD変異によってγセクレターゼ活性に影響を与えるためには、lle448の疎水性を含めた最C末端近辺の構造が保持されていることが必要であることがわかった。一方PS2のN末端側の欠損は安定化、FAD変異効果に影響を与えなかった。さらにプロセシング部位を欠損したPS2は安定化、FAD変異効果を保っていたことから、PS2のプロセシングはこれらの現象に必要でないことがわかった。すなわち安定化を受けたPS分子が、FAD変異の存在下でγセクレターゼの切り出し位置をAβ42位にシフトする異常機能を獲得した病的分子種であると考えられた。

 本研究において、論文提出者は1)PS2遺伝子変異はγセクレターゼに影響を与えてAβ42産生を特異的に上昇させること、2)PS2は細胞内で安定化され、プロセシングを受けること、3)PS2の安定化には最C末端構造の保持が必要であること、4)安定化されたPS2分子がγセクレターゼ活性に必須なコンポーネントとして働く機能型分子であることを明らかにした。これらの結果はAD発症機構の理解に新たな知見を加え、その治療法開発にも大きな示唆を与えるものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40213