学位論文要旨



No 214794
著者(漢字) 安藤,尚一
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ショウイチ
標題(和) サステナブル建築政策の国際的な動向及び評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 214794
報告番号 乙14794
学位授与日 2000.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14794号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 野城,智也
内容要旨 要旨を表示する

 本論は、「建築と環境」の関わりを国際的な視点から検討したものである。ここで、従来の建築分野の環境対策に関する調査研究の多くが技術的な事項を中心としているのに対して、本論では技術政策を含む幅広い政策事項をその対象としている。この中には、法律を含む規制政策、市場原理を生かした経済政策、杜会や産業のシステムに応じた情報政策などが含まれるが、いずれもその国における建築と環境の関わりとその問題点を把握した上で、政策目標を設定して、その効率的な達成方法を模索した結果、生まれてきた政策である。つまり、今後の環境重視杜会における建築の在り方を探る上で、これらの政策目標を検討していくことは、重要な示唆を与えてくれるものといえる。

 また、これらの政策を実施する際に用いられる手段は、その国の自然条件、杜会条件や財政事情によって異なるが、いかなる条件のもとで、どのような政策が実施可能であり、また効果的であるかという政策決定者にとって必要な情報は今まであまり提供されていなかった。これは、建築政策に関する情報交流のための国際的組織が存在していないことやそもそもその様な情報交換の必要性が今まであまりなかったことが原因である。しかし、建築資材の国際的な流通が活発化し、規格の共通化や規制緩和といった対応策だけでは済まされなくなってきているのが現状である。特にEU統合を目指している欧州各国では、共通の政策目標や政策手法を模索する動きが、各分野で広がってきており、福祉、環境や都市計画と並んで地域的な政策である建築分野でも、欧州エコラベルや欧州指令を通じた規制の共通化などが始まり、例外ではなくなりつつある。

 本論の対象である、建築と環境に関する政策は、建築分野の省エネルギー政策を開始して以来、約四半世紀が経っている。とはいえ、環境政策と同様、国レベルの政策としては比較的新しい分野であり、気候変動や拡大生産者責任などの新しい課題や概念と共にその姿を変えつつある。これは、従来の安全対策や歴史的環境の保全といった建築政策が、その目的はもちろん政策手段もあまり変化していないのに比べると、各国でまさに知恵比べをしているといった状況であり、優れた政策事例については、他国のみならず他の政策分野にも大きな影響を与えることがある。例えば、持続可能な開発といった新しい概念が、温暖化防止、持続可能な農業、サステナブル交通、循環型杜会の構築といった新しい政策目標を生んでいることが挙げられる。

 サステナブル建築政策の目的は、持続可能な開発の在り方や地球環境に配慮した建築及び建築活動の在り方を検討して、その目標を設定し、更にそれを様々な政策手法で実施、誘導することといえる。具体的には、建築政策の中に環境を目的として取組んだうえで、環境政策の全体像に合致した形で個々の建築政策制度を構築することである。緊急の課題としては、環境汚染防止の観点からも必要な建設廃材の適正処理、資源の循環を進めるための建設材料のリサイクル、省エネをはじめとする建築分野の地球温暖化防止、省エネが進むことに起因する室内空気質汚染対策、世界標準として普及が進んでいる環境管理システムの建設業への適用等が先進各国共通の課題として挙げられよう。

 この論文は、主として、1998年4月から2000年5月に掛けての2年間に、経済協力開発機構(OECD)環境局において、筆者が中心となって携わった「サステナブル建築」プロジェクトで得られた情報をもとにしている。このプロジェクトは、1997年12月に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)に、OECD環境局の課長が出席した際に、日本の建設省が提案したものである。

 本論は、以上のような背景から、建築と環境を巡るOECD諸国の政策をその政策目的別に検討し、国際比較することを通じて、共通の政策目標と優れた政策手法について考察することを目的としている。本論の第1章は、建築と環境の関わりを経済活動と環境政策の立場から各々把握し、第2章で歴史的な経緯、第3章で「持続可能な開発」という基本概念を踏まえた上で、第4章以下で資源、エネルギー、健康、周辺環境、システムといった政策目的別の検討を行っている。また、第7章では、これらを政策手法により分析し、これらの政策を理解し評価する試みを第8章で行い、第9章で以上の成果をまとめている。また、別冊として、以上の研究のもととなった資料をまとめた各国のサステナブル建築に関する政策情報の概要を、和文(国順で欧州住宅大臣会合のデータを含む)と英文(政策分野順)で付けている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、建築分野における環境対策に関するOECD諸国の政策を、歴史的背景及び環境政策で用いられている新しい概念を踏まえて、その政策目的別及び政策手法別に検討し、優れた政策を選択、開発するための政策評価方法を提案したものである。

 このような建築と環境に係る「サステナブル建築政策」は、1970年代の省エネルギー対策以降、自然保護、廃棄物削減、リサイクル、室内空気質対策、地球温暖化防止対策とその対象を拡大してきている。また、従来から環境対策では一般的であった規制手法から、次第に経済手法、情報手法や自主的手法へと多様化してきている。その背景として1990年代に入って加速した小さな政府を目指す各国の動きがあり、実効性は高いものの手間のかかる規制だけでなく、市場原理を活用した経済手法や、市場を誘導する情報手法、さらには規制と市場の双方を狙った自主的手法などが世界的に求められている。

 そこで、本論では、OECD諸国で現在開発されている建築分野の環境対策を「サステナブル建築政策」として調査、分析、評価した結果を紹介し、サステナブル建築とは何か、その実現のためのより良い政策とはどのようなものであるかを探り、その成果は、今後我が国における建築分野の環境対策を進める上で、貴重な知見を与えている。

 本論の第1章では、建築部門の活動が、エネルギー消費全体や資源消費全体の中で占める割合を国際的な統計値をもとに示し、建築部門が産業部門や交通部門と並んで重要な役割を負っていることを明らかにしている。また、第2章では、環境問題全般の歴史の中で、建築部門が何を課題としてきたか、背景となった世界情勢や政策の変遷をもとに分析している。さらに、第3章では、サステナブル建築の基礎的概念である持続可能な開発をめぐる環境経済学の議論や、この概念を建築に当てはめたサステナブル建築を各国でどのように捉えているかを提示している。

 第4章から第6章では、サステナブル建築政策の目的別に、その政策の特徴を分析している。第4章では、資源消費に的を絞り、拡大製造者責任(EPR)やエコラベル、環境効率といった環境政策における新しい考え方を示し、建築部門の廃棄物対策、リサイクルや材料選択政策の先進的な事例を紹介している。また、第5章では、エネルギーに焦点を当て、省エネルギー対策、地球温暖化防止対策、再生可能エネルギー政策それぞれの先進的な事例を紹介し、あわせて国際的に比較することで、建築部門での政策の特徴を分析している。さらに、第6章では、室内空気質汚染や騒音対策などの汚染防止政策、自然保護や杜会環境との調和、歴史的環境の保全などの周辺環境との調和に関する政策とISO14000シリーズに代表されるシステムアプローチや総合的な対策の具体例をそれぞれ取り上げ、その特徴を分析している。ここでは、OECD加盟16ヶ国とEUからの合計169に及ぶ政策事例が調査、分析の対象となっている。

 第7章では、政策をさらに分析するために、政策手法を、規制手法、自主手法、経済手法、情報手法、技術研究手法とそれらの組合せである複合手法の6つに分類するよう提案している。また、政策分析の軸として政策の目的や手法の他にも、建築物のライフサイクル局面や政策対象者なども検討している。さらに第7章では、これらの政策手法ごとに、サステナブル建築政策の特徴、課題と限界を分析している。このような政策の分析手法の提示や具体的な建築政策の分析は、国際的にも行われていない。

 第8章では、以上のサステナブル建築政策の分析をもとに、建築部門の特徴を踏まえ、政策評価方法を提案している。ここで、サステナブル建築政策を決定し、評価する際に、建築ストックの長期性や多様性、生産供給課程や利用者の多様性、さらには政府部内での政策調整がその特徴や課題であるとしている。また、これらの政策を評価する基準として具体的に、環境効果、経済効率、技術開発効果及び実行可能性の4つを挙げている。そして、この4項目に照らして、省エネルギー政策を例にして、規制政策、経済政策、情報政策などにおける政策比較を行っている。その結果、例えば規制政策で用いる使用規定基準と性能規定基準で、それぞれの利点と欠点が明らかにされている。

 第9章では、各章の結論を総括し、その意義と今後の課題を提示している。付属資料として、169政策の具体的な内容と、その他に文献で得られたサステナブル建築政策情報を国別、政策別に、和文と英文で整理している。

 以上より、本論文は、近年先進各国で急速に進歩しているサステナブル建築政策を、総合的に調査、分析、評価したものであり、中でも、政策評価の手法や政策分析の基準を提案したことは、今後の研究や政策開発に大いに役立つことが期待される。特に近年、あらゆる分野で透明性や効率を高めることを目的として、政策評価が導入されており、比較的新しい建築分野の環境対策、すなわちサステナブル建築政策においても、政策の評価やそのための研究は、ますます必要性が高まってきている。サステナブル建築政策のように先進各国が競って政策開発を行っている分野では、各国の情報交換や議論の場が求められており、本論文の果たす国際的な役割は、OECD加盟各国政府や国際的な研究の場でも高いものであるといえる。

 このように、本論文は、サステナブル建築政策の分析、評価という新たな分野を開拓するとともに、重要かつ有益な数多くの知見を示しており、建築分野における環境対策の推進及び建築環境工学の発展に寄与するところが極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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